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六章 連なる決意 十四話









14、木蓮の場合












「命を奪う」


そう言い切った風蘭が、木蓮には遠い存在に感じられた。





水陽を出て、冬星州、秋星州を経て海燈で再会した風蘭は、何かが変わったようだった。


再会したときは漠然としたものだったが、春星州の華鬘の屋敷で、それは次第に木蓮の中で確かなものになっていった。


彼の立場を思えば、当然の変化だったのだろう。


ただ「国を建て直したい」という理想と夢を掲げて語り合ったのが、遠い昔に思えてしまうほど。



彼は、自らが玉座を獲ることを選んだ。選ぶしか、なかったのだと思う。


「俺は王の器じゃない。王は、芍薬兄上でいいんだよ」


そう笑って告げた風蘭は、もう、いない。



そういえば、最後に風蘭とふたりきりで話したのは、いったいいつだっただろうか。


もはや、彼は木蓮なんかが近付くことができないほど、遠い存在になってしまった。


「水陽に夜襲する」という風蘭の作戦を具体化するために始まった、軍人たちの参謀会議にも参加できず、木蓮はただ、離れたところでそれを見守るしかできなかった。









夏虫が鳴いている。


眠ることもできず、与えられた室でひとりでぼんやりとしていた木蓮は、薊の屋敷の庭院で鳴いている夏虫に、ふと、耳を傾けた。




もう、夏になる。


風蘭と出会って2年になろうとしている。


ゆっくりとした動作で、木蓮は庭院に向かってみる。




誰もいない深夜の回廊は静かで冷たく、それがなんだかほっとした。


庭院をふらふらと歩いていると、どちらが現実かわからなくなってきた。


こうして静かな夜だというのに、あと少しすれば、朝廷との戦が始まる。


嵐の前の静けさ。


そんな感じにも思えるが、ここまできても木蓮にはまだそれが現実に感じられず、こうして静かな庭院を散歩していることが、ただ現実だと実感できた。




ふらふらと夢遊病者のように庭院をさ迷う木蓮の視界に、思ってもいなかった人物がうつった。


「・・・・・・あ」


思わず溢れた呟きを聞きつけ、その人物がゆっくりとこちらに振り返る。


「・・・木蓮?こんな時分にどうしたんだ?」


呆気にとられたように問い返してくるその表情は、木蓮の知る表情。だから、ついほっとして、彼に近づいてしまう。




「・・・風蘭」


「どうした?寝れないか?」


「風蘭こそどうしたの?こんなときこそ、ゆっくり休まなきゃ」


労るように木蓮がそう言えば、風蘭は少し顔を歪めて自嘲的に笑った。



「・・・春星州に着いてから、あまり話をする機会がなかったな、木蓮」


「・・・うん」


「・・・・・・なんか、悪かったな。強引に巻き込んじゃって・・・」


「そんなこと・・・!!僕は自分の意思で風蘭のそばにいることを決めたのだから・・・」


「でも、こんな物騒な戦に巻き込まれるつもりじゃなかったろ?」


「・・・っっ」




あまりにも図星で、取り繕うこともできずに黙ってしまった木蓮を、風蘭は怒るでも笑うでもなく、ただ静かに見返した。


「・・・ごめん。木蓮をこんな血生臭いことに巻き込むつもりじゃなかったんだ。木蓮とは、一緒に理想を追いかけていたかった」


庭院に涼しい風が吹き、風蘭と木蓮を平等に撫で上げる。ふと、風蘭が喉奥で笑ってから木蓮には問いかけた。



「なぁ、覚えてるか?水陽で、星華国の未来について、色々話したよな。朝廷をどう変えていけばいいか、とか、官吏たちの意識をどう変えていくかとか」


「・・・風蘭・・・」


「そういえば、木蓮は平民を官吏に登用したいって言ってたよな。俺も、秋星州で医官になりたがっている平民の子と会ったんだ。きっと貴族よりも優秀な平民なんてたくさんいるよな~・・・」


「・・・風蘭!!」


明るい口調で、まるで何かを取り戻すかのように話し続ける風蘭を、木蓮は名前を呼んで制止した。彼は明るい表情を張り付けたまま、首をかしげる。


「ん?どうした、木蓮?」


「・・・無理を…しなくていいよ、風蘭・・・・・・」




そんな、明るい表情を繕わなくていい。


さっき、庭院でひとり佇んでいた風蘭は、何かを堪えるように、きつく唇を噛み締め、苦悶の表情を浮かべていた。


なのに、木蓮に会った途端、それを消し去ってしまった。そんな姿を見せるわけにはいかないとばかりに。




「・・・僕はたしかに武官でもないし、華鬘さまたちみたいに偉いわけじゃない。僕なんかが頼りにならないのはよくわかっているけど・・・」


「木蓮・・・?何を言って・・・・・・」


「風蘭、頼りにならないかもしれないけど、でも、僕は同い年の君が描く理想と僕の理想が同じだったから、水陽を飛び出したんだ。君の・・・力になりたかったんだよ、風蘭」


「木蓮・・・」


「僕は、最後まで君の味方だからね」




必死に、木蓮は自分の思いを伝える。


それは近いと思っていた遠い存在の風蘭に。


たとえ、ただの自己満足だと笑われても。




木蓮のことを凝視している風蘭に、彼は少し悲しげに笑う。きっと、こんな近くで話をできるのは最後かもしれないから。


「風蘭と再会して、春星州の華鬘さまのお屋敷に行ってから、僕は風蘭をとても遠くに感じられたんだ。改めて・・・・・・風蘭が王族なんだって、感じたんだ」


「木蓮、それは・・・」


「それは、確かに真実なんだ。風蘭は王族。僕は貴族だけど、何の権力も持っていない。それなのに、こうして話せることが奇跡に近い偶然なんだってことは・・・」


「やめろ、木蓮・・・!!」


自分を納得させるかのように、気持ちを整理するかのように、淡々と彼が感じた<真実>を口にすると、その風蘭から鋭い制止の声が飛んできた。


驚いて、思わず風蘭を見れば、彼はこちらを見ずに、けれど鈍い痛みを堪えるかのように、拳を握りしめて立っていた。



「・・・俺は、そんな立派な者じゃない・・・。華鬘殿のお屋敷で王族として振る舞ったのは、そうしなければ著莪殿たちに示せないと思ったからだ。・・・規模はどんどん大きくなってる。それを、制御するにはああいう態度に出るしかなかったんだ・・・」


「・・・風蘭・・・」


「・・・もう、王にならずに国を変えたいなんて言わないし、思ってない。・・・玉座の上でなきゃできないことがある。だから、俺は芍薬兄上から玉座を奪う」


はっきりとそう言い切った昼間の彼とは異なり、今、彼は震える声で小さくそう言った。


まるで、自分に言い聞かすように。




「・・・だけど木蓮、怖いんだ・・・・・・」


「・・・芍薬陛下と争うことが?」


風蘭と同じように呟きのような小さな声で、木蓮は聞き返す。


夏の風がふたりの間を吹き抜ける。



「・・・いや、変化そのものが、怖い」


「変化・・・が?だけど、この国を変えるには・・・・・・」


「そう、この国を変えるには変化がいる。王を変え、高官を変え、制度を変えなければ何も変わらない。だけど、本当に、変えたあとに、民にとって『いい国』ができているだろうか?俺一人の自己満足じゃないだろうか・・・」


己の掌を見つめ、彼は自問するように呟く。きっと、何度も何度も彼自身がずっと自問してきたもの。



「これだけ規模が大きくなり、血を流すことになったとしても、その先に約束した未来がなかったら・・・・・・」


「それは、大丈夫」


自分でも驚くほどあっさりと、明るく木蓮はそう言うことができた。


問うような視線を向けてくる風蘭に、木蓮はにっこりと笑った。




「約束した未来がすぐに実現するには難しくても、風蘭ひとりが悩む必要はないんだ。僕らだって星華国で暮らす一員なんだ、風蘭に・・・王にすべての責任を押し付けるつもりなんかない」


「だけど、王の判断ひとつで、民をもっと窮地に追いやることだって・・・」


「うん、あると思う。王さまの意見は絶対だから、それで苦しむ民がいても、官吏は見て見ぬふりして実行しなきゃいけない。だから、風蘭が気を付けなきゃいけないのはそこだけだよ」


「え・・・?」


「形の見えない未来は、風蘭だけじゃなくて僕らだって一緒に変えていける。でも、王さまが民を気にかけて行動できるかは王さま次第なんだ」




風蘭がすべてを抱える必要はない。


風蘭ひとりだけが、国の未来に責任があるわけじゃない。


国を変えるために動き出したのは風蘭だけど、彼に賛同して彼のそばについた木蓮たちもまた、同じだけの責任を負っている。


もちろん、風蘭を支持する民たちも。


だから、風蘭がそれをひとりで背負うことはないと、木蓮は力強く伝えた。




風蘭は瞳を揺らして視線をさ迷わせたあと、「・・・ありがとう」と小さく言った。


だが、木蓮にはわかっていた。


もしも風蘭が、変わらず木蓮の知る風蘭でいてくれるなら、彼が一番悩んでいるのは・・・・・・


「みんなの血を流すのが、怖いんでしょう、風蘭?関係のない人たちまで巻き込まれるのが」


「それは・・・」


「・・・風蘭が玉座をずっと望まなかったのは、争うことを望んでいなかったからじゃないの?」




王は芍薬でいい。


ずっとそう言い続けていた風蘭。けれど、まるで王のように国の未来を想っていた。


木蓮は、そんな時期の風蘭を知っている。




「・・・あぁ。本当は、争いたくなんか、なかった。逆賊なんかにならずに済む方法があったら、そうしてた。でも・・・これしか、なかった。それを、口にすることもできないくらい、物事がどんどん大きくなって・・・・・・いつのまにか、ここまで来てしまったんだ」


自嘲するように苦笑し、風蘭は木蓮に言った。


「おかしいだろ?玉座を奪う国賊なら、もっと排他的にならなくちゃいけないのはわかってるんだ。こんなことで躊躇して、迷っている場合でも。・・・・・・木蓮は、俺が遠い存在になったっていうけど、木蓮の方がずっと俺より先に進んでる。華鬘殿と話しているときの木蓮の顔は、すっかり官吏の顔だったよ」



意外なことを言われた木蓮は、あまりの不意打ちに一瞬自分のことを言われているとは思わなかった。だが、風蘭の言葉を理解すると、たちまち顔を赤くした。


「な、そ、そんなこと・・・。僕はまだまだだよ。まだ、全然理想には遠いんだ」


「俺だって、理想には遠いさ。・・・俺たちはまだ、18の子供だもんな」


そう言って、風蘭は庭院を眺める。


「・・・・・・そうだね。僕らはまだまだ子供だよね」


だから、足りない部分がたくさんあるし、悩むこともいくらでもある。




風蘭と木蓮。


ふたりは2年前に出会い、わずかな期間だけ時間を共にし、一年半、会うこともなかった。


一年半ぶりに再会したふたりは、互いの変化に戸惑っていたが、こうしてまた静かに思いを語り合うことで、その距離も、溝もなくなっていく。




「・・・それに、俺は変わらないぜ?木蓮との約束もあるしな」


「・・・約束?」


「なんだ、言った本人が忘れてるのか?俺が冬星州に行くことになったときに、言ったじゃないか」


「・・・あ」






変わらずに、無事に帰ってきてほしい。


共に理想を追いかけて、共に国を変える仕事をしたいから。






「俺の理想は、変わってないぜ?」


挑戦的な瞳で、風蘭は木蓮に言う。それは、朝廷や後宮の中で、ふたりで夢を語り合ったときと同じ顔で。


「僕だって、変わってないよ」


木蓮もまた、同じ顔で風蘭を見返し、ふたりは笑い合った。




共に追いかけよう、ふたりの夢を。




それから、着々と出軍の準備は整っていき、次第に五星軍とぶつかり争うことが増えてきた。


そして、とうとう『そのとき』が来る。




風蘭を含む精鋭部隊が、水陽へ突撃したのだ。







あのおふたりの夫婦のあと、このふたりが登場すると幼く見えますね(笑)

本当は、新婚当初のあの夫婦のほうが若いのに(笑)


揺れ動く風蘭の心を支える木蓮。

そんなふたりの構図がじわじわと出来上がってきていて、紫月は書いていて楽しかったです♪


さて、終わりまであと少し。

ぜひ、お付き合いください。

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