五章 見定める宿命 五話
5、「いい友を持っている」
季節はすでに、冬にうつりかわっていた。
比較的暖かい地域である夏星州や春星州は、雪が降ることは多くはない。
けれど、冬星州はこの季節になると常に銀世界に覆われることになり、秋星州も冬星州ほどではなくとも積雪はあった。
夏星州に向かっている風蘭と椿も、雪が阻む道程を馬を走らせ急いでいた。
けれど、やはり日中に移動できる時間は限られてしまう。おのずと今までよりも移動距離は短くなっていた。
「やっとここまで来たわね」
夏星州の関所まであと少しという所で、椿は嘆息してつぶやく。隣の風蘭も同じようにして頷いた。
「うまくすれば、明日には海燈に辿り着けるかもしれないな」
「・・・夏星州に入れるのかしらね?あたしたち、指名手配みたいにされてないのかしら?」
白い息を吐きながら、彼女は首を傾げる。それに対し、彼は肩を竦めるしかない。
「もしかしたら、手配されてるかもしれないな。追っ手もどうやら二組あるようだし」
風蘭の言葉に、椿は頷く。
ふたりが秋星州、州都である奏穂を出て、人目を避けるように主道ではない道を進んでいくと、何度か襲撃にあった。
もしも、以前椿が言ったように『闇星』が多少なりとも風蘭たちを助けているのだとしたら、それでこの襲撃回数なら多いと感じた。
それも、二種類あるのだと風蘭と椿は感じていた。
襲撃態勢、方法、機会が異なるのだ。
おそらくは、蘇芳の追っ手と、北山羊一族の追撃。
そのたびにふたりはなんとかその場を凌いできたが、夏星州海燈に入ることができれば、これほど襲撃されることも減るだろうとふたりは考えていた。
それでも予想以上に早くここまで辿り着けたのは、脇道に反れた成果だといえた。
「ま、関所を通過できるかどうかは明日になればわかる。今夜の宿を探そう」
度重なる襲撃と過酷な旅路を乗り越えて、風蘭は逞しくなっていた。いつもそばにいて彼を守ってくれていた連翹、という存在がないことも大きかった。
今の風蘭を見たら泣いて喜ぶに違いない、と椿はよく彼をからかっていたが、風蘭はそれ以上に連翹の身を案じていた。
女月 石蕗に教えられた、衝撃的な情報。
連翹が、大獄に捕まっているなんて。
しかもそれを決行したのが蘇芳だというのだから、危険性は高まる。
おそらく、聡い桔梗は蘇芳に逆らうようなことはせずに、連翹をそのまま大獄に置いておいているのだろう。
彼を救い出せるのは、すでに反逆者と知れ渡っている自分達だけ。風蘭はそう確信していた。
次の日の朝早く、ふたりは早々に馬を駆っていた。
海燈の関所まではあと少し。ふたりの間には昨日にはない緊張感があった。
「・・・ねぇ?気配が少し、減ってると思わない?」
「・・・ん?そうか?」
「そうよ。絶対昨日から減ってる」
椿が言うのは襲撃者たちの気配。
それらが減っているというのだが、さすがに武人としての本格的な訓練を受けていない風蘭は、危険を回避させる程度に気配を読めるだけで、その数を正確に把握することはできない。
この旅路で成長したのは風蘭だけではない。
椿もまた、武人として、『黒花』として、その能力を開花させようとしていた。
「海燈が近づいてきて、敬遠してるんだといいけどな」
「もしくは、噂の執政官が別の作戦に出ているかも知れないわよ?」
「・・・ありうる」
蘇芳のあの嫌味ったらしい顔を思い出して、風蘭はうんざりとした様子で同意した。
そして、とうとうふたりの前に、運命の関所が現われた。
何食わぬ顔をして風蘭と椿は関所を通過しようとしたが、やはり役人にそれを阻まれた。
「お待ちください。風蘭公子・・・さまですね?」
「この札がそれ以外の者を示しているように見えなければな」
役人に呼び止められても、風蘭はあわてもせずにしらっと言い返した。当然、連れの椿も止められている。
「このまま海燈にお入りいただくわけにはいきません」
「・・・なぜだ?」
きっぱりと言い切った役人に、ふたりは警戒を強める。
海燈には、風蘭の母、双 桔梗の実家がある。つまり、双一族当主の屋敷があるのだ。
それ故、関所を監修する役人もまた、双一族の者たち。
だからといって風蘭たち反逆者が見逃されるかどうかは賭けに近かったが、どうやら双一族であったとしても謀反人には厳しいらしい。
けれど、この海燈を通過しなければ水陽まで行くことができない。
もしかしたら蘇芳の思う壺になるかもしれないが、少々手荒な真似になっても、風蘭たちは海燈に入るつもりだった。
風蘭と椿が目配せして戦闘態勢に入ろうとしたそのとき、目の前で風蘭を止めていた役人が苦笑した。
「どうかそんなに警戒せず、抵抗されないでください。お忘れですか?夏星軍は我々双一族がお預かりしているのですよ?ここで大事になれば、州軍を出軍させなければならなくなるかもしれません」
「大事にしたくないのなら見逃してくれ。どうしても水陽に行かなければならないのだ。海燈には長居しない」
「いいえ、長居していただきます」
「・・・は?」
無駄な押し問答を続けるかと思われた風蘭と役人の会話は、役人の思わぬ一言で崩れた。
怪訝そうに風蘭は尋ねる。
「・・・なぜ、海燈に長居する理由がある?」
「双 縷紅さまの命令で、おふたりにお会いしていただきたい方々がいるからです」
「双大将の・・・命令?」
ますます混乱する風蘭と椿に、役人は道をあける。海燈への道を。
「部下がその方々のところまでご案内します。どうか、抵抗されず、ついてきてはいただけませんか?」
役人の言葉と丁寧な態度に、戸惑いながら風蘭と椿は再度目配せする。
役人の言葉は真実か否か。
これは、蘇芳のはった罠ではないのか。
ついていくべきかどうか。
けれど、ここで風蘭と椿のふたりが抵抗すれば、先程の役人の警告通り、夏星軍が出軍しかねない。
一瞬にして、風蘭と椿はさまざまな思いを互いに目で交わした。そして、ほぼ同時に決意してうなずいた。
「・・・わかりました、案内してください」
逃げることは、いつでもできるから。
役人が案内してきたのは、屋敷というよりも小屋だった。それも、武器庫のような小屋。
見渡すほどの広さもない小屋の扉を開けると、風蘭の目には予想外の人物が飛び込んできた。
「も、木蓮?!」
「お待ちしておりました、風蘭公子」
「なに、風蘭の知り合い?」
ひょっこりと風蘭の肩越しに小屋の中を覗いた椿は、そこで木蓮と目が合った。
「あ・・・れ・・・?」
ふと、木蓮の表情が乱れる。何かを思い出すかのように歪んだ木蓮の表情を見て、風蘭ははっと我に返った。
「久しぶりだな、木蓮!!元気にしていたか?!」
強引に木蓮の視線を風蘭に向けるように、彼は大きな声で木蓮に呼び掛けた。思考を中断させられた木蓮は、一瞬きょとん、と風蘭を見返したあと、にっこりと笑った。
「はい。お陰様で病ひとつなく、元気です」
他人行儀な受け答えをする木蓮に眉を寄せた風蘭は、まだそばに役人たちが控えているのに気付いた。
「・・・案内、ご苦労だった。あとはこの者たちと話をするから、帰っていいぞ」
公子である風蘭にそう言われると、役人たちは礼をとってその場を去った。
小屋の中に残されたのは、風蘭と椿、木蓮とあとひとりの武官だけだった。
「やーね。感じ悪い追い出し方」
小屋の扉を後ろ手で閉めながら、椿がじろりと風蘭を睨む。
「し、仕方ないだろ?早く話をしたかったんだから」
そして風蘭は、改めて木蓮に向き直った。
「本当に、久しぶりだな。采女所の仕事は慣れたか?母上たちはお元気か?」
そう、木蓮は中部采女所に勤める官吏。
最も後宮に深く関わる職種である彼は、おそらく、椿を後宮で一度くらいは見かけているはずだった。
ただし、雲間姫に扮した椿を、だが。
だからこそ、椿を見てなにかを思い出そうとした木蓮を、慌てて風蘭は止めたのだ。
木蓮はいくら親しくしても、朝廷の官吏。今や反逆者である風蘭にとっては、警戒すべき、朝廷側の人間。
だからまだ、椿がかつて雲間姫と偽って、妃審査のために後宮にいたことがばれるわけにはいかない。
ところが、風蘭が問い掛けると、木蓮は困ったように首を横に振った。
「僕は今、中部に所属していないんだ」
「・・・え?」
「今、僕の所属は兵部にあるんだよ」
「兵部?!異動したのか?!でも出仕を始めて一年でなんて・・・異動願いでも出したのか?」
「いや、そうじゃなくて・・・」
「あなたの大嫌いな執政官の命令で、木蓮は中部から兵部に異動してきたんすよ、風蘭公子。いや、謀反人なら、公子はいりませんかね?」
木蓮の代わりに歯に衣着せぬ勢いで陽気に答えたその男は、木蓮の斜め後ろに立って軽く礼をした。
「・・・おまえは、何者だ?」
「これは失礼しました。兵部赤星軍所属、牛筍 水蝋と申します」
「赤星軍・・・」
水蝋と名乗る武官を直接知るわけではないが、たしかに風蘭は五星軍の訓練にまじることもあったので、相手が風蘭のことをよく知っていても不思議ではない。
しかし。
「なぜ、赤星軍の武官がここに?」
赤星軍だけではなく、五星軍は『輝星』同様、国軍。
国と王のために在る軍に所属する武官が、すでに反逆者だと知れている風蘭の前に現われるのだとしたら・・・。
「あ~・・・なんか勘違いして警戒されてるようですけど、違いますよ?」
歳は連翹程だろうか。
たしかに大人びて、武官特有の鋭利な顔つきなのに、連翹とは異なりころころと表情を変える水蝋は、親しみがあった。
「オレも木蓮も、今は立場を捨てた謀反人のひとりですから」
にやっと笑う水蝋の言葉を風蘭は一瞬理解できなかった。そして木蓮が頷いているのを視界にとらえると、彼の目はこれ以上ないほどみるみる見開いていった。
「あら、あたしたちの味方ってこと?」
即座にそう切り返したのは椿。
冬星州でよく見た、妖艶な笑み。雅炭楼の妓女としての挑戦的な微笑み。
「へぇ?ずいぶんと素敵な連れがいらしたんですね、風蘭さま」
口笛でも吹きそうなほど軽い口調で水蝋が請け合うが、椿の気迫には気付いているのか、その瞳は笑っていない。
さすが、武官といったところか。
「冬星州から共に旅して来たのよ。睦 椿よ」
「おや、平民の方でしたか」
「妓女よ。星華国一の」
胸を張って妓女だと名乗る椿に、さすがの水蝋も瞠目する。木蓮も言わずもがなだ。
「風蘭さまもずいぶんと粋な旅をされていたんですね?」
「は?なにを言って・・・」
水蝋のからかうような言い方に風蘭が眉を寄せれば、目の前の木蓮は非難するような視線を風蘭に向けている。
一方、椿はひとり、くすくすと笑い続けている。
「いったい何が・・・って・・・あ!!」
やっと風蘭も気付き、顔を赤くして首を横に振った。
「ち、違う!!椿と俺はそういう関係じゃ・・・」
「妓女と旅をしていて、今更そんなこと言わなくてもいいっすよ~」
「・・・・・・っ!椿!!」
焦れて風蘭が椿に叫ぶのと、椿が剣を抜き、水蝋に突き付けたのはほぼ同時。
そして、対する水蝋もまた、抜剣して椿の剣を受けていた。
「・・・わかっていますよ、風蘭さま。剣を腰にさげた妓女がただ者じゃないってことくらいは」
「ふぅん。わりと冴えてるのね。そちらの坊やは本気にしてたみたいだけど」
くすり、と水蝋に挑戦的に笑ってから、椿は木蓮をからかうように言い加えた。
椿の妖しいまでの視線を向けられて、木蓮はますます顔を赤くする。
「かわい~純情な坊やね!!」
「・・・椿。木蓮は俺とおまえと同い年だからな」
「え、嘘?!」
風蘭の言葉に椿は本気で驚き、その椿の言葉に木蓮は傷ついたようで、しゅんと頭を垂れてしまう。
そんな同い年3人のやりとりを眺めていた水蝋は、豪快に笑った。
「まるで漫才のようだな。ちなみに、オレは連翹と同い年ですよ、風蘭さま」
「連翹と?!」
連翹の名が出てきて、風蘭ははっと表情を変える。
「・・・連翹を知っているんだな、水蝋殿?」
「水蝋で構いませんよ。えぇ、知ってますとも。彼がまだ兵部で訓練をしていた頃からね」
「連翹にそんな友人がいるとは知らなかった・・・」
「まぁ、友人と呼べるような仲だったかは謎ですけど」
苦笑する水蝋の横で、木蓮は真剣な瞳で風蘭を見返した。
「・・・風蘭、水陽に行くつもりだね?連翹さんを助けるために」
「それだけじゃない。・・・俺は、芍薬兄上から玉座を奪おうとしているのだから」
水陽に、朝廷に戻り、風蘭がやるべきことは連翹を助けることだけではない。
いや、むしろそれはおまけでしかない。
風蘭の言いたいことをしっかりと理解した木蓮は、声を低くして首を横に振った。
「今は、風蘭たちは水陽に向かわないほうがいい」
「・・・なぜだ?」
味方と言いながらも風蘭の行動に異を示した木蓮に、彼は表情を険しくする。
「双大将が教えてくださったんです。北山羊神祇所所長が、そうおっしゃっていたと」
「・・・北山羊神祇所所長が・・・?」
木蓮の思いがけない発言に、風蘭の険しい表情は戸惑いに変わる。
「風蘭、神祇所って、祭典の取り締まりとか、占いをやったりするとこよね?」
「あ、あぁ・・・」
椿の問い掛けに、風蘭は頷く。と、同時に、風蘭はすぐに思い至った。
神祇所は、妃審査も職務としていた。
所長である北山羊 柊とも、彼女は面識があるのだろう。
・・・雲間姫として。
何かを言いたそうにしながら言えないでいる風蘭の様子を可笑しそうに笑いながら、椿は言った。
「神祇所の所長の助言は、予言にも等しいんじゃない?その所長さんは、『今は』水陽に来るべきじゃないって言ったのよね?」
「あ、はい」
木蓮が慌てて即座に頷く。
「じゃぁ、今は水陽に向かうのはやめましょう、風蘭」
「椿?!でも・・・」
「焦りは禁物よ、風蘭。北山羊所長まで心配してくれるなんて、強い味方じゃない」
「・・・信じるのか?北山羊一族のひとりの言葉を」
風蘭だって柊の言葉を、助言を疑っているわけじゃない。
けれど、相手はあの北山羊一族。
冬星州からずっと、風蘭の命を狙い続け追ってきている一族なのだ。
「彼女を知らなければ疑っていたわね。でも、あたしは知っているから、信じてるの。彼女は白露山にいる連中とは違うわ」
「椿・・・さんは、北山羊所長をご存じなんですか?!」
「同い年なんだから、椿でいいのに。・・・そうね、いつか教えてあげるわよ、かわいい坊や」
くすっと椿が木蓮をからかうと、水蝋が再び笑い転げる。
「あんた、本当にいい女だな」
「あら、ありがとう」
にっこりと答えてから、椿は風蘭に向き直った。
「水陽に行けないなら、春星州に向かいましょ。もしかしたら、また味方してくれる貴族がいるかもしれないし」
「また・・・?」
木蓮のつぶやきのような問い返しに、風蘭が力強く答える。
「冬星州では霜射、瓶雪一族、秋星州ては長秤一族が力を貸してくれることを約束してくれた」
「長秤一族・・・?!」
さっと木蓮の表情が変わったのを、風蘭は見逃さなかった。
「木蓮?」
「・・・詳しいことは馬車の中で話すよ。朝廷・・・後宮内でも色々あったんだ、風蘭がいない一年で」
「馬車って・・・」
「おや?今、そこのいい女が言ったじゃないですか」
水蝋がおどけた調子で言う。
「春星州へ向かわれるのでしょう?オレたちもお供しますよ」
「だけど、俺たちと来れば・・・」
すでに反逆者として広く広まりつつある風蘭と椿に同行するということは・・・。
「さっきも言ったじゃないすか。オレたちは立場を捨てた謀反人のひとりですからって」
「一緒に春星州まで行っていいかな、風蘭?僕たちも君の手伝いがしたい。君が望む国を一緒に見てみたいんだ」
水蝋に続いて、木蓮が言い加える。
穏やかな口調の中に、強い意志を孕んで。
そこに、風蘭の拒絶の余地はなかった。
「・・・いいんだな?」
「覚悟はしているよ、風蘭」
「双大将黙認ですしね」
風蘭の最後の確認にすら、木蓮も水蝋も迷わず即答する。
それを見守っていた椿が、最後に明るく言った。
「じゃぁ向かいましょうか。春星州へ」
今回の花言葉は水蝋でした。まさにぴったりじゃありませんか?(笑)
これで風蘭と木蓮も再会を果たしてくれたので、話はぐんぐん進んでくれるはずです・・・・・・たぶん。
次回は後宮サイドのお話です。




