五章 見定める宿命 四話
4、「裏切り」
王の執務室に、堂々と我が物顔で入室してきた人物は、その中央の机に向かっている最高権力者にきっぱりと言い切った。
「『輝星』の出軍を認めてください」
「何度も言うが、その必要性はまったく感じないんだが、蠍隼執政官?」
芍薬は、ため息混じりにもう何度目かわからない蘇芳の要請を拒絶した。
「必要性を感じない?陛下は少し、危機感がなさすぎではありませんか?」
「執政官が大げさすぎるとは思わないのか?戦でもないのに国軍を派遣するなど・・・」
「戦になってからでは遅いのですよ、陛下」
ぴりぴりした雰囲気を纏ったまま、蘇芳は冷ややかに芍薬に告げる。
芍薬は、再びため息を吐いてから、首を横に振った。
「風蘭が冬星州から出たというだけで、なぜ『輝星』を派遣しなければならない?何のためだ?」
「ならば、五星軍でも構いません」
「だから、なぜ?」
「芍薬王は風蘭公子が心配ではないのですか?何の沙汰もなく冬星州を出てしまわれた風蘭公子が」
わざとらしく悲哀をこめた表情を浮かべる蘇芳に、芍薬はうんざりした様子で答えた。
「こちらがわかっているのは風蘭が冬星州を出た、という事実だけだ。それだけで風蘭の身に『輝星』を派遣しなければならないほど危険があるとは思えない、と何度も言っていると思うが?・・・それとも蠍隼執政官、あなたは風蘭が危険な目に遭うことを『知って』いるのか?」
芍薬は鋭い視線を蘇芳に送る。しかし、蘇芳から冷たい視線を返され、思わず芍薬は視線を逸らした。
「・・・執政官、正直に言ったらどうだ?風蘭が反旗を翻したと」
「・・・なるほど、陛下もご存じでしたか」
白々しい。
ちらりと再び蘇芳に視線を送ってからまた逸らし、芍薬は小さくため息を吐いた。
「それでも、風蘭ひとりを討つためだけに『輝星』や五星軍を派遣するのはおかしいだろう?風蘭の傍にいるのは連翹だけだ」
「いいえ、蜂豆 連翹は水陽におります」
「・・・え?」
蘇芳から告げられた情報に、思わず芍薬は顔をあげた。そこにはにやにやと笑う、『策士』の顔があった。
「霜射元民部長官殺害の嫌疑があったため、大獄に拘束いたしました」
「連翹が?!馬鹿な・・・!!」
「そうでしょうか?彼は貴族ではなく平民。貴族に対し、謂われのない恨みを抱き犯行に及ぶ平民も少なくはありませんよ?」
「けれど、連翹は双大后さまが・・・」
「後宮の方々はなぜそうも、彼を買い被っているのでしょうね」
仰々しく蘇芳は嘆息して、眉間に皺を寄せたままの芍薬を見る。
「当時の民部長官室に最後に入室したのが、彼、蜂豆 連翹に他ならないのですよ」
驚愕の表情を浮かべる芍薬を、蘇芳は満足そうに見る。
「霜射民部長官は自殺ではありえない。そうおっしゃったのは、風蘭公子です。覚えておいでですよね?」
「・・・あぁ」
消え入りそうな声で芍薬は返事をする。あまりの衝撃に、彼は動揺を隠せないでいた。
「自殺でないのなら他殺。そして、最後に入室したのは蜂豆 連翹。皮肉にも、風蘭公子のご意見を尊重させていただいたら、護衛の者を疑う形になりましたね」
意地悪くくすくすと笑う蘇芳を睨みつけながら、芍薬は問い掛けた。
「ならばなおさら、なぜ風蘭ひとりのために国軍を動かさなければならない?」
「・・・風蘭公子は、ひとりではないからですよ」
すっと表情を凍らせて蘇芳は答える。
「ひとりではない?」
「そうです。彼の傍には、国軍に匹敵する勢力がついているのです」
蘇芳の抽象的な表現に、芍薬は先を促すように首だけ傾げた。
「『闇星』ですよ」
「『闇星』とは・・・幻の・・・?」
「どうやら拠点を冬星州としていたらしいですね。そして、『闇星』と他の者たちも風蘭公子側についたようです」
「他の者たち?」
「霜射一族当主、霜射 柘植と、瓶雪一族当主、瓶雪 黒灰が筆頭です」
「一族の当主ふたりも?!」
次々と告げられる蘇芳の報告に驚愕した芍薬は、思わず立ち上がる。先程まで座っていた椅子が、ガタンと音を立てて倒れる。
「『闇星』に霜射一族、瓶雪一族。これだけ逆賊が揃えば、国軍派遣の理由にもなりましょう?そして、風蘭公子はおそらく今、秋星州あたりにいるはず」
「・・・なぜ執政官がそれを知っている?」
「部下に風蘭公子の動向をつけさせていたからですよ」
しれっと平然とした様子で、蘇芳は芍薬に言ってのける。
「秋星州でまた味方を増やせば、風蘭公子の・・・いや、反乱軍の勢力は増すばかりです」
反乱軍。
蘇芳の言葉の響きに、芍薬は目を閉じる。
正妃の公子でありながら、第3公子だった風蘭。彼はいつだって、第1公子である芍薬の前に出るような真似はしなかった。
次期王は芍薬だと、公の場で膝を折って礼さえとった。
それなのになぜ、謀反など。
玉座が、惜しくなったのだろうか。
「・・・秋星州には、州主に女月 石蕗殿がいる。王妃である紫苑の一族が、わたしを裏切るようなことはしないだろう」
「女月一族はそうでしょう。無論、蠍隼一族も同様です。ですが、長秤一族はどうでるか・・・」
もはや、風蘭は昔の彼とは違うのか。
幻の国軍、『闇星』を筆頭にして、多くの一族をひきつれ、水陽に襲い掛かってくるつもりなのか。
大軍となった反乱軍を迎え撃つしか、芍薬に残されていないのならば。
「・・・反乱軍がまだ大きくなる前に、討ったほうがいいというのだな?」
「その通りです、陛下」
にやりと蘇芳は笑う。芍薬は苦渋の選択を迫られている気分だった。
蘇芳の話を信じるのなら、風蘭は今、大軍を引きつれて秋星州にいるというのか。
そして、長秤一族をも味方につける可能性がある。
水陽に襲撃する前に、その力を削がなければ。
「・・・わかった」
短く答えた芍薬には、蘇芳が実に満足気に笑っていたのを見ることはできなかった。
兵部長官であり、国軍『輝星』の大将でもある双 縷紅は、彼の部下である羊桜 木蓮と牛筍 水蝋と共に、外朝にある門にいた。
この門の先は朝廷外、さらに行けば水陽を出る。
「・・・気を付けて行ってこい」
「かしこまりました」
短い縷紅の激励に、ふたりの若者は頷くとこっそりと門を出た。
彼らが抱える特殊任務は、誰にも知られるわけにはいかない。特に、執政官である蠍隼 蘇芳には。
ふたりがうまく去っていくのを見送ったあと、縷紅は足早に兵部棟に戻った。彼が長官室に戻るのと同時に、蘇芳がこちらに向かってくるのが見えた。
「・・・これはお珍しい。こんなところでどうされました、執政官殿」
「双大将こそどちらかにおでかけだったのですか?」
「少し体がなまっていたので訓練をしていただけですよ。・・・どうぞ。なにか話があるのでしょう?」
縷紅はただ無表情に、蘇芳を長官室に招き入れた。その蘇芳は、なぜか機嫌がよさそうに縷紅に続いて入室してくる。
「それで?ご用件は?」
机に向かうと、縷紅は蘇芳を見ることなく、投げ遣りな言葉で尋ねる。しかし、蘇芳はそんな縷紅の態度で気を悪くした様子もなく、にやりと笑いさえして口を開いた。
「ずいぶんとお急ぎのようですね?」
「これでも兼務なもので、忙しいのですよ」
「その忙しい最中、先日大獄にいらしたそうですね」
「えぇ。蜂豆 連翹に会いに行ったのですよ。いけませんか?」
隠すことも悪びることもなく、縷紅は正直に告げる。果たして、蘇芳は縷紅が木蓮と一緒だったことも掴んでいるのだろうか。
「蜂豆 連翹はずいぶんと人気があるようですね」
「さて、それはわたしにはわかりかねますね。わたしはかつての愛弟子の様子を見に行っただけですから」
「双一族はずいぶんあの者に目を掛けているようですね」
「双大后さまが信を置かれている若者でしたからね」
わざと過去形で縷紅は言う。
今は、桔梗と連翹の関係がわからないから、というのもあったが。
「大獄の出入り調査でもなさっているのですか、執政官?他の執務もあってお忙しいでしょうに、多忙なことですね」
縷紅の嫌味も、蘇芳は薄く笑うだけで答える。
「ご用件はそれだけですか?それでしたらもう・・・」
「『輝星』を出軍させてください」
さっさと蘇芳を追い出そうと促した縷紅の言葉に被せられた発言に、一瞬、縷紅は固まった。
「・・・なんですと?」
「『輝星』を出軍してくださいと申し上げました」
問い返した縷紅にも、蘇芳は嫌味なほどのんびりと繰り返した。縷紅は怪訝な顔で首を横に振る。
「蠍隼執政官、あなたはどうやら様々なところでその権威を行使されているようですが、いくらあなたでも国軍の出軍命令は出せませんよ」
式部、刑部の権威を無視して、執政官としての権力をかざした横暴ぶりを縷紅は知っている。そのために、木蓮は兵部へと異動してきたし、連翹は今、大獄にいるのだから。
とはいえ、縷紅は兵部長官として、『輝星』の大将として、蘇芳の要請を受け入れるわけにはいかなかった。
「『輝星』の出軍命令をくだせるのは、国王ただおひとりです」
「もちろんですとも、双大将。だから、芍薬王がそうお望みなのです」
「・・・なんですって?」
「こちらが、芍薬王からお預かりした命令書文です」
悠々とした動作で、蘇芳は縷紅に一枚の紙を手渡した。それを広げて、縷紅は絶句する。
たしかに、芍薬の署名付きの出軍命令書。
兵部幹部として、この命令に逆らうことはできない。
「・・・芍薬王に何を言われたのですか、執政官?」
「ただ事実をお教えしただけですよ。風蘭公子が、『闇星』や冬星州の貴族たちを味方につけた、と。そして今、こちらに向かっている、と」
「・・・まるで風蘭公子が反乱軍を率いて水陽に来るかのように言ったわけですね」
「そうではない証拠はありませんからね。用心に越したことはないと助言させていただいただけです」
得意げににやりと笑ってから、蘇芳は命令書を指差して言い加えた。
「『輝星』を春星州に出軍してください」
「春星州?秋星州の間違えでは?」
「いや、おそらく風蘭公子は今頃秋星州を発っておられるはず。蜂豆 連翹のことを秋星州の貴族にでも聞いて、慌ててこちらに向かってくるでしょう」
「ならば、夏星州への関所前で待機しては?」
「いえ、おそらく風蘭公子は秋星州から夏星州を訪れることなく、春星州へ向かうとわたしは想像しますので」
「・・・なぜです?」
こちらの動きが読まれているかのような蘇芳の言動に、縷紅はそっと冷や汗をかく。
木蓮と水蝋を風蘭のもとに向かわせた。おそらく、彼らは春星州に迂回することになる。
「残りの貴族も味方にしようと動くだろう、というのがわたしの予想です。だから双大将、『輝星』を春星州に向かわせてください」
「あいにくと蠍隼執政官、軍の指揮をとるのはわたしです」
言い返す縷紅に、蘇芳は笑みを崩さずに言い放つ。
「それが芍薬王の命令だとしたらどうします?」
「・・・なんですって?」
「王よりその権限をわたしに委任していただきました。委任状も御覧になりますか?」
にやにやと笑う蘇芳を縷紅はじろりと睨む。
「・・・いや」
「では、『輝星』を春星州に向かわせてください。・・・それでも抵抗されると、あなたも反逆者として王に報告しますよ?そうしたら、いくらあなたが双大后の実弟であっても、官吏としてここにいることはできないでしょう」
「・・・別に、従わないとは申しておりません。いいでしょう、『輝星』を春星州へ派遣しましょう」
「その間水陽が手薄になるので、五星軍にはしっかりと守っていただきますよ」
「・・・ならば五星軍のうちのひとつを春星州に向かわせますか?そうしたら、陛下がいらっしゃるこの水陽が手薄になることもありますまい」
「いいえ。陛下が『輝星』を、とお望みです。『輝星』とて、この平和な世にたまには出軍する機もなければ、自慢の腕もふるえないでしょう」
「・・・それはご丁寧にどうも」
縷紅はあまりの展開に焦りと怒りが混在した感情を抱いていた。
この蠍隼 蘇芳という男、芙蓉王だけでなく芍薬王すら操ろうというのか。
それとも、こうもたやすく操られてしまう王たちに責があるのだろうか。
「いかがされました、双大将?」
勝ち誇ったかのような蘇芳の笑みを、縷紅は黙って睨み付ける。
風蘭が逆賊などと言う前に、この男こそ、最悪の裏切り者ではなかろうか。
そしてふと、縷紅はあることを思いついた。こみあげていた感情が、この考えによって、和らいでいくのを感じる。
そう、蘇芳の狙いを逆手にとったこの考えなら、時間を稼げる。
「・・・いや、なんでもない、執政官。王のご命令しかと承った。『輝星』を春星州に派遣いたしましょう」
「期待しておりますよ、双大将。風蘭公子を必ずや拘束してくださいね」
それだけ言い残して、蘇芳は縷紅の室を出ていく。
その背中を、縷紅もまたにやりと笑って見送っていた。
すでに風蘭を水陽から迂回させるように派遣した木蓮と水蝋に連絡することはできない。
そんなことをすれば、隠密に動いている意味がなくなる。
だから、縷紅のできることは、なるべく時間を稼ぐこと。
じわりじわりと、『その時』が近づいているのを、縷紅は感じていた。
蘇芳の花言葉でした。
それにしても、縷紅と蘇芳の掛け合いは、なんだか腹黒くて書いていて楽しいですね(笑)
芍薬は完全に蘇芳に押されてしまってますからねぇ・・・。




