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五章 見定める宿命 二話











2、「謙虚」










風蘭と椿は、必死に馬を駆っていた。


目指すは夏星州、水陽。


彼らは秋星州で、州主である女月 石蕗から衝撃的な事実を伝えられたのだ。






風蘭の護衛でもあり、保護者のような存在でもある連翹が、水陽の大獄に入獄しているというのだ。


風蘭にはなんでそんな事態になっているのか、さっぱりわからなかった。


連翹はずっと、風蘭のそばにいたはず。それがなぜ、刑部により入獄などさせられなければならないのか。






しかも理由が、よりにもよって、霜射民部長官の殺害の嫌疑だというのだ。










「・・・怪しいわね」


石蕗の別宅でその話を聞いたとき、椿は即座にそう言った。


「そうだよな、怪しいよな。連翹は誰かにはめられたのかも・・・」


「・・・っていうのが、怪しいのよ」


「は?」


力む風蘭に対し、椿は至って冷静に事態を把握しようと分析していた。








「たしかにこんなに突然、しかも絶妙な頃合いを見て連翹を入獄したのは、怪しい影がちらちらしているわ。でもそれとは別に、連翹自身も怪しいと感じるわ」


「連翹が怪しい・・・?」


「そもそも風蘭公子、あなたは霜射民部長官の死の解明のために冬星州に追い出されたのでしょう?それなのに、土壇場になって、連翹がその理由を知ってる、と言いだしたのよね?」


「そりゃぁ・・・まぁ・・・」


「それは真ですか?!」


椿の指摘に口籠もる風蘭とは対照的に、石蕗が驚いたように勢い良く口を挟んできた。








「連翹殿は、かねてより双大后さまの厚い信頼のもと、平民の身でありながら特別に後宮に仕えていた者。なのに、それを裏切って貴族を・・・」


「ちょっと待ってくれ、石蕗殿」


憤る彼を風蘭は慌てて押し止める。


「まだ連翹がそうとは決まっていない。なにかの間違えということも・・・」


「ですが、それなりの証拠があって、刑部も連翹殿を拘束したのでは・・・」


「いや、それは違う」


今度はきっぱりと風蘭は言い切った。椿も横で頷く。








「今回、おそらく刑部の官吏はただ命令されるがまま連翹を拘束したんだ」


「そんな強引なこと、双刑部長官がされるとは・・・」


「されないと思われます。その方のことを知りませんが」


狼狽する石蕗に、椿がすまして口を挟む。


椿はずっと、石蕗の前では口調をいつもよりも丁寧に、厳かにしている。かつて、雲間姫として石蕗の娘である紫苑と関わった矜持のためであろうか。


そんな彼女の様子を見ながら、風蘭も厳しい顔で頷いた。






「あぁ、きっと、その命令を出したのは双刑部長官ではない」


「では、次官が?」


「いや、双長官に有無を言わせる事無く刑部の官吏を動かすことができる地位にいる者は、ひとりしかいない」


険しい顔で言う風蘭の横で、椿はお茶を入れながら頷いている。今この室には3人しかいない。自然と椿が立ち上がり、お茶の用意をする形となる。








「その存在とはまさか・・・」


さすがに石蕗もそれにはすぐ気付き、瞠目しながらも言葉を続ける。


「蠍隼執政官が、連翹殿を拘束したと・・・?」


「そう考えるのが妥当かと。おまえもそう思うだろ、椿?」


「まぁ、そうね。どの道、こちらの動きはすでに相手には伝わっているでしょうし」








どれだけ内密に動こうとも、蘇芳のことだ、すでに風蘭が反旗を翻していることには気付いているだろう。


風蘭が冬星州を発ったのは夏の終わり。今は秋が終わり、季節は冬に移ろうとしている。


その期間風蘭が冬星州にいないことを蘇芳が調べるのはたやすいことだ。








「執政官は芍薬さまを王座に据えたがったいらした。それが叶った今、なぜそんなことを・・・」


「風蘭公子への警告でしょうね」


石蕗にお茶を差出しながら、椿はさらりと言う。


「警告?」


「このまま反逆者でいれば、風蘭公子の大切な方々を追い詰めていくことになる、という警告です」


椿の淡々とした口調に、風蘭は唇を噛みながらも頷く。








おそらく、連翹だけではなく、桔梗もいずれ追い込まれ、風蘭を支持した霜射、瓶雪、長秤一族も追い詰められることになるだろう。


それでも、もう風蘭は後戻りするつもりも立ち止まるつもりもない。








「・・・わかっています。執政官が行っている国政が正しいわけではないことは」


絞りだすように石蕗が言うのを風蘭は苦笑して聞いていた。


「だからといって、わたしを支持してほしいとは申しませんよ、石蕗殿。こちら側に加担すれば、反逆者として追われますから。ただ・・・」


遠慮がちに声を落とし、風蘭は石蕗に頼んだ。






「執政官と同じ、蠍隼一族の当主にお会いしてみたい。まだわたしと年の変わらない若い当主と聞きましたが?」


「はい。正式に今年から星官として就任されました。ただ、その関係で今、蠍隼 藍殿は水陽にいるはずですが・・・」


「蠍隼 藍殿か。秋星州に不在とは残念だが・・・なぜこんな時期に水陽に?」


「それは・・・」


突然、石蕗の歯切れが悪くなる。


その反応だけで、風蘭はなんとなくその理由がわかった気がした。








「執政官がらみですね?」


「・・・新しい民部長官に、蠍隼一族の方が就任したのです。それも、式部の命ではなく、執政官の命で」


さすがに風蘭も、そして椿も、石蕗の話には驚いた。




会計の不正が明るみにでかけた民部。


不審な死を遂げた民部長官。


もっと掘り下げて調べるべきその組織を、あえて蠍隼一族を添えることで隠そうというのだろうか。








「馬鹿な・・・そんなこと・・・」


どんどん蘇芳の独裁ぶりが加熱していく。芍薬はそれを止めることもできないでいるのだろうか。


それとも父である芙蓉同様、黙認しているというのだろうか。




「芍薬王は何も言ってないのか?」


「・・・なにも」


風蘭の問いに答える石蕗の表情には、隠しようのない失望の色があった。


「・・・っ。これじゃぁ、いつまでも何も変わらないっ・・・」


「変えるのでしょう?」


歯痒さのあまり額に手を当て悲痛に叫ぶ風蘭の横で、椿が静かに告げる。思わず顔を上げて、彼は彼女を見返した。










「変えるのでしょう?あなたが」


もう一度、椿が風蘭に問い掛ける。


「・・・ああ」


風蘭もそれにしっかりと答える。








自分が、王となってこの国を変える。


そう決意した。


芍薬ができないのなら、風蘭が。










「俺が、この国を変える」












風蘭が改めて強い意志を示すと、石蕗が小さく嘆息したのが聞こえた。


「石蕗殿?」


「芍薬王の在り方が・・・蠍隼執政官のやり方がいいとは思っていません・・・。もっとよい方向に変えることができればと・・・」


けれど、石蕗は決して風蘭に賛同することはできない。


風蘭の敵となった芍薬の妃の座に、娘の紫苑がいるのだから。








「風蘭公子、芍薬王を討たれるとは、いずれは朝廷を戦場に変えるおつもりですか?!後宮の中に住まう、双大后さまたちや姉姫、妹姫たちはいかがされるおつもりですか?!」


石蕗の問い掛けに、風蘭は苦悩の表情を浮かべる。


芍薬を討つと決めてから、決して避けて通ることはできない問題だとは思っていた。


「できる限り、血を流さずに済めばとは思っています。ですが、芍薬王が抵抗を強くするようであれば、あるいは・・・」








これは、子供の玩具の奪い合いではない。


国の行く末を賭けた、玉座を奪い合う戦いだ。


風蘭としてみれば、極力血を流さず、争いごとを避けたい。蘇芳と芍薬さえその座から降ろすことができれば、あとの問題はゆっくりと調整していけばいい。






しかし、相手は執政官と王。


国のありとあらゆるものを動かし、抵抗されたら・・・。








「・・・それでも、これは朝廷での問題。後宮にまで被害が及ばぬよう、最善を尽くします。我が母、双大后を始め、王妃となられた紫苑姫も」


あの場には、風蘭を愛してくれた人たちがいる。桔梗も、姉姫や妹姫たちも。


特に、蓮姫は風蘭によくなついてくれていた。


彼女はよく言っていた。「お兄さまが王となればいいのに」と。






桔梗たちは風蘭が王となることを受け入れてくれるだろうか。


芍薬を支持して抵抗するだろうか。










「・・・風蘭公子のお気持ちは、よくわかりました。今夜はどうぞこちらでお休みください。・・・わたしは、これにて失礼させていただきますので・・・」


突然あっさりと石蕗はそう言って身を退き、その場を立ち去ろうと腰を上げた。


彼の態度の急変に驚きながらも、風蘭もともに腰を上げる。


「色々とすまない、石蕗殿。連翹の件もあるから、明日にはこちらを失礼するとしよう」


「・・・かしこまりました。何もお構いもできませんが、どうぞごゆるりとおくつろぎください」


そう言い残すと、彼は屋敷を出ていってしまった。








残された椿と風蘭は首を傾げるだけだ。


「突然なんであんなにあっさりと退いちゃったのかしら?」


「さぁな・・・。ま、あれ以上話していても、石蕗殿だって辛いだけだったんじゃないか?板挟みみたいになっちゃうわけだし」


「ふぅん・・・。それだけかしらね・・・」


物言いたげに頷く椿に、風蘭は眉を寄せた。


「なんだよ?」


「別にぃ。ただ、なんとなく、いやな予感がするだけ」


「なんだそれ?」


「『黒花』の勘よ、気にしないで」


ひらひらと手を振ると、椿はさっさと風蘭とは別の室に入ってしまった。ひとり取り残された風蘭は、軽く肩をすくめたあと、自身にあてがわれた室に戻った。












石蕗に言ったように、翌日の早朝には水陽に向かうつもりでいたふたりは、早々に床に就いた。


異変に気付いたのは、真夜中だった。








窓も開けずに寝たというのに、風が風蘭の頬をなでた。その冷たい風に目を覚ますと、人の気配を感じてすばやく起き上がった。


同時に風蘭は本能で身の危険を感じ、枕元に置いていた剣をとった。


暗闇の中で、白刄の光が向かってくるのが見えて、風蘭は剣を抜く間もなく、鞘のままそれを受けた。






「・・・誰だっ?!」


剣を向けた男は、無言で風蘭に襲い掛かってくる。


月は今、雲に覆われていてわずかな明かりさえ届かない。相手の顔も見えず、風蘭はただひたすらに防戦する。




容赦なく切り付けてくる刄を交わしていくうちに、やがて彼は壁際に追い込まれた。


「何者だ?!なぜこの屋敷に侵入できた?!」


じりじりと迫ってくる相手に風蘭は怒鳴る。やがて、雲間が開き、月明かりが風蘭の室を照らすのと、椿の声が聞こえてきたのがほぼ同時だった。








「そりゃぁ、この屋敷に出入りは自由ですよね、女月さま?」










満月を迎える前のふっくらとした月の放つ光が、風蘭の室を照らす。それにより、彼は襲撃者の顔をしっかりと見ることができた。








「石蕗・・・殿・・・?」


月明かりが照らしたその人物は、女月 石蕗その人だった。


「なぜ・・・あなたが・・・」


「紫苑姫を守るため、ですよね?」


驚愕に言葉も満足に出ない風蘭とは違い、椿はいっそ冷ややかな態度で石蕗に言い放つ。






そして、その石蕗の背後で彼女は自身の剣を突き付けている。


「風蘭が芍薬王を討てば、その妃の紫苑姫だって追われる身になる。最悪の場合、その身さえ保障はされない」


「この国を変えたいのはわたしも同じ・・・けれどなぜ、『今』なのですか・・・!!紫苑が、後宮にいる、なぜ今・・・!!」


「石蕗殿・・・」


椿に剣の切っ先を突き付けられた石蕗は、力なく手に持っていた剣を床に落とす。


悲痛な彼の父としての叫びに、風蘭は為す術もなく黙って石蕗を見下ろす。








「風蘭公子、あなたが思い止まってくだされば、紫苑も助かる。あの子を危険にさらしたくはないのです」


「石蕗殿・・・これはもう、止めることはできない。霜射、瓶雪、長秤家の貴族を巻き込んだ今、俺はもう後戻りはできない」


「歯車は、すでに回りはじめているのです。その歯車を止めようというのなら・・・」


石蕗に剣先を向けていた椿の空気が、冷たく冷酷なものになっていく。一切の感情がなくなり、氷のような瞳で石蕗を見据え、言葉を続ける。








「もしも歯車のひとつである風蘭公子に害を為すのであれば、『黒花』の名のもとに、容赦は致しません」










石蕗は、息を呑んで目を見開く。


「『黒花』・・・?まさか、『闇星』の・・・?あなたが?!」


石蕗の問い掛けに、椿は妖艶に微笑むだけで答えない。しかし、石蕗は大きく息を吐いて、祈るように風蘭に懇願した。




「見苦しいとお思いになられても構いません。けれどどうか、紫苑の命は・・・」


「紫苑姫だけでなく、俺は無益な殺生はしたいとは思っていません。もしも紫苑姫が後宮に在ることができなくなったときは、あなたのもとに帰れるように、努力しましょう」


風蘭の言葉に、石蕗はがっくりと頭をうなだれた。そして、つぶやくような小さな声で、ふたりに言った。






「馬舎に2頭の馬をつないであります。どうぞそれをお使いになって、お発ちください」


「石蕗殿?」


「・・・女月一族は、あなたと同じ思いを抱えているのね?」


尋ねる風蘭の横まで歩み寄って、椿は納得顔で石蕗に確認した。


「・・・はい」


「・・・つまり?」


「ここでぼーっとしてたら、女月一族のみなさんがやってくるってわけよ」取


り繕うことをやめた椿は、ひょい、と肩をすくめてなんてことのないように言う。それに慌てたのは風蘭だ。








「な、な、な、じゃぁ、どうするんだ?!」


「今から出発するしかないでしょうね。水陽に向かいましょう」


「蠍隼一族に会っていないのに?!」


「当主がいないんじゃ仕方ないでしょ。それよりも先を急いだほうがいいでしょ?雪が降る前に」


椿に言い包められるように圧され、とうとう風蘭は首を縦に振った。


「・・・わかった」


「じゃぁ、さっさと用意しましょ。ほら、早く荷物を馬につないできて」


「はいはい」


従順に椿の指示されるがままに室を出ていった風蘭の背中を見送ってから、椿も室を出ようとした。


しかし、室にひとり取り残された石蕗をもう一度見下ろして、静かに言った。










「紫苑姫は、本当に一族のみんなに愛されているのですね。優しくて愛らしい姫」


槐に敵意を向けられた椿を庇った紫苑。


国政をとらない王の王妃となって何をすればいいのかと迷っていた彼女。


椿の助言に、素直に喜んだ姫。


そして、伯父の死により一族の不始末という理由で帰州する『雲間姫』に、最後まで残念そうにしていた妃候補。






同い年なのに、くるくる変わる表情がかわいくて、まるで妹のようだった。


今度はまた、『椿』として再会したいと思うほど、椿は紫苑が好きだった。










「愛情をたくさん受けて育った姫君という感じでしたね。あなたが紫苑姫を守りたい気持ち、よくわかります」


風蘭もまた、紫苑に強く惹かれているのがわかる。そして紫苑も・・・。


「あなたはやはり・・・紫苑に会ったことが・・・」


「・・・あたしは幼い頃、口減らしのために家族に殺されそうになった、貧しい生まれの平民ですよ。そんな者が、王妃にお会いすることなど?」


くすり、と笑って椿はそう言い残して、室を後にした。


















そしてふたりは今、馬を駆っている。


水陽まではまだ遠い。


けれど、どんな結末を迎えようとも、『その時』はじわじわと近づいてきているように、風蘭も椿も感じていた。










今回は石蕗の花言葉でした~!!

紫苑のパパでございます。

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