五章 見定める宿命 一話
1、「お節介」
兵部に所属することとなった木蓮の仕事は、武器庫の管理だった。
毎日訓練で出し入れされる武器の管理、状態の維持、補完、修理を仕事とし、木蓮は与えられた職務をただひたすらにこなしていた。
「木蓮~なぁなぁ、聞いてくれよ~」
「水蝋さん?!こんなところまでどうしたのですか?!」
木蓮がすっとんきょんな声をあげたのも無理はない。武官であるはずの水蝋が、文官の室である武器庫の管理室にやってきたのだから。
「も~ほんとに訓練きっつい!!オレは武官に向いてないんだよ!!」
「今日はどうしたんですか?」
くすくすと笑いながら木蓮は請け負う。このやりとりは、すでに恒例になりつつあった。
日々赤星軍の武官として訓練を積む水蝋は、本人の希望とは異なるその職務に辟易しているようだった。
だからといってさぼるわけではないのだが、募る不満をこうして木蓮のもとに吐き出しに来ているのだ。
「・・・で?木蓮は大丈夫か?いじめられてないか?」
ひとしきり自分の不満をおもしろおかしく話したあとで、水蝋は木蓮にそう尋ねた。
実は、水蝋がこうして毎日木蓮のもとにやってくるのは、木蓮の様子を見にくるためだと木蓮は知っている。
恥ずかしがり屋の水蝋に問い詰めたところで、素直に答えてくれないことはわかってはいるが。
「大丈夫ですよ、何も問題なく過ごしてます。ただ・・・」
「なんだ、どうした?!実はいじめられてるのか?!」
「あ、いえ、そんなことではなく」
血相を変えて尋ねてきた水蝋に、木蓮は慌てて首を横に振る。
「なかなか・・・兵部長官にお会いする機会がなくて」
双 縷紅兵部長官。
兵部大将を兼任する彼は、あまり長官室にはいない。
木蓮は、どうしても縷紅に話しておきたいことがあった。なのにその縷紅に会うことができず、彼はもどかしい思いを抱えて日々を過ごしていた。
そんな木蓮の気持ちをこの兵部で理解してくれるのが、この牛筍 水蝋だけだった。
水蝋は、木蓮が心配している人物である連翹と同い年であり、また、兵部で訓練を受けていた時代の連翹を知っている、数少ない風蘭側の貴族だった。
だからこそ、水蝋は連翹を救おうと木蓮と共に色々と画策してくれていた。
執政官である蘇芳により中部から兵部へ強引に移され、木蓮は、牢獄の中にいるであろう連翹に連絡がとれないでいる。
水蝋は、縷紅もまた、風蘭側の人間であるから、連翹の話をすればきっといいように取り計らってくれると助言してくれたが、その肝心の縷紅が大将としての任務で忙しいらしく、なかなか面会することができないでいた。
再びもうひとつため息をついた木蓮に、にやっと水蝋は笑いかけた。
「水蝋さん?」
「落ち込むな、木蓮。いい知らせだ」
「いい知らせ?」
「今、赤星軍の訓練に、双大将が見にきてる」
「え?!」
だからいつも以上に訓練がきついんだよ~と嘆く水蝋は、そのまま笑いながら手招いた。
「来いよ。そのためにオレがここまで来たんだから」
言われずとも、木蓮はすでに、整備中だった武器を放り投げて室を飛び出していた。
やっと縷紅に会える。
連翹と話をするため、風蘭の現状を知るための最後の橋に手が掛かった。
慌てて駆け出していく木蓮の後を水蝋が追い掛ける。
奇しくもその光景は、かつて民部棟を走り回る風蘭と、彼を追い掛ける連翹の姿に似ていた。
「双大将!!」
訓練場で、木蓮はすぐに目的の人物を見つけた。
訓練中の武官たちが不審そうに木蓮を見るが、彼は気にしない。真っすぐに縷紅に向かっていく。
「血相を変えてどうしたんだ、羊桜 木蓮?」
「お話し申し上げたいことがあるんです・・・火急に」
切羽詰まった表情で訴えてくる木蓮の様子にさすがに異変を感じたか、縷紅はすぐさま頷いた。
「わかった。長官室に行こう」
訓練中の武官たちをそのままにして、縷紅は背を向けてすでに歩き去っていく。
木蓮もすぐさま彼を追い掛けていくと、水蝋に軽く袖を引かれた。
「オレも、同席してもいいか?」
連翹の件はなるべく内密に隠密にことを進めていきたい。
連翹の、そして風蘭の立場が危険な立ち位置にあるがゆえに、知る者は少ないほうが情報が漏洩していくのも防いでいける。
けれど。
「水蝋さんは連翹さんのご友人なのでしょう?ぜひ一緒に考えてください」
「あ、いや、別に連翹と友達ってほど仲がいいかはわからないけど」
苦笑をもらしながら水蝋はそう言うが、木蓮は水蝋が少なからず連翹のことを知人以上に心配しているのはわかっていた。
「君がわたしに話したいことは、蜂豆 連翹のことだろう?」
長官室に入るなり、縷紅はずばりと木蓮に尋ねた。突然核心に触れられた木蓮は、一瞬驚いた表情を見せたが、すぐにそれを引き締めた。
「・・・すでにご存じなのですね、双大将」
「ひとつ進言しておくとだね、羊桜 木蓮」
「はい」
「わたしとしては訓練場にいるときは『双大将』、この兵部棟にいるときは『双長官』と呼ばれたいのだけどね」
「・・・はい?」
目を瞬いている木蓮の横で、水蝋が吹き出す。
「木蓮をからかっちゃだめですよ、双長官。こいつは超がつく真面目っ子なんですから」
「からかった覚えはないけどね」
すまして言いながらも、にやりと笑っているその顔は、縷紅のいたずら心を物語っていた。
だがすぐに、縷紅は高官としての厳しい表情に切り替える。
「牛筍 水蝋。君もまた、知っているのかい?」
「それを連翹の入獄のことをおっしゃっているのなら」
「なるほど。たしかに君と連翹は特によく一緒にいたね」
「すぐ独りになりたがる一匹狼っぷりが気に入らなかっただけですよ」
憮然として答える水蝋に、縷紅は薄く笑った。そして視線を木蓮に移す。
「誰から聞いたのかな?」
「双大后さまからお話を伺った、女月貴妃からです」
「・・・なるほど」
そして縷紅は値踏みするように目を細める。まるでそれは、戦場に出る前の武官のような鋭さを孕んでいて、思わず木蓮は身震いしてしまう。
「それで?なぜわたしに話そうとしたのかな?」
「双長官が双大后さまの実弟でいらっしゃると聞いたからです」
「肉親であっても、裏切るかもしれないよ。その懸念は?」
「ありません。双長官は連翹さんが幼いときから手解きをされていたと聞いていましたから」
「それはそれは、情報通だね」
くすりと笑んで縷紅は言う。
「それで?わたしにどうしてほしいのかな?」
「・・・大獄にいる、連翹さんに会いたいんです」
「会ってどうするんだい?」
「本当に連翹さんは入獄されるようなことをしたのか聞きたいです。・・・それから、風蘭公子のことも・・・」
「これは、星官であるわたしの父から聞いた極秘情報だけどね」
急に声を落として、縷紅は言った。
「風蘭公子は、反旗を翻したようだ」
一瞬、言われた意味がわからなかった。頭が真っ白になって、縷紅の言葉がうまく頭に入ってこない。
風蘭が反旗を翻した?
それはつまり・・・・・・。
「風蘭公子が、王となるために反逆者になったのですね」
驚くほど真剣な声で、水蝋が縷紅に確認する。縷紅はしっかりと頷いた。
「そうだ。・・・おそらく、わたしたちは選択を迫られる。芍薬王を選ぶか、風蘭公子につくか」
いつだったか、木蓮は聞かれたことがある。風蘭が謀反を起こしたら、木蓮はどうするつもりかと。
理想がある。
夢がある。
でも、木蓮は国と王に仕える官吏。
官吏としての誇りをもつなら、王である芍薬を選ぶのが必至。
風蘭を選ぶなら、王を裏切るなら、官吏とはいえない。
「オレは風蘭公子を支持します」
悩む木蓮のとなりで、水蝋がはっきりと言い切った。
「風蘭公子なら星華国を変えてくださる。だからオレは、風蘭公子を支持します」
水蝋は、国と王を守る国軍の武官。
その彼が、自らの立場と地位を捨てても、風蘭を選んだ。
縷紅は、即答した水蝋に厳しい表情を向ける。
「本当にそれでいいのだな?風蘭公子を支持するということは、逆賊を意味することになる」
「構いませんとも。・・・双長官だって同じ気持ちじゃないんですか?」
水蝋が問い返せば、縷紅は苦笑して頷く。
「そうだな。面倒な役職さえなければ、迷わずそうしていたかもしれない」
そして、縷紅の視線は、水蝋から木蓮に移る。
「君は迷っているようだね、羊桜 木蓮」
上司に指摘され、木蓮はびくりと肩を震わせる。そんな木蓮に、縷紅は優しい眼差しを向けた。
「責めているわけではない。迷うことはいいことだ。その先に得た答えに、二度と迷うことはなくなるからね。だいたい、こんな国家の一大事を即決する水蝋が軽はずみなのだから」
「あ~!!長官、それはひどいっすよ!!オレを引き合いに出して落としめるなんて!!だいたい、長官だって即決する側じゃないですか?!」
「わたしは所詮武官だからね。武官は即断即決。どちらがよりよい選択肢か、即座に選択しなくてはいけない」
「オレだって武官ですよ」
口を尖らせる水蝋に、縷紅は肩を竦めた。
「君は文官だよ、水蝋。君は戦場に立ったとき、自らの体を矛にして戦い敵を減らすこ
とより、盾になって味方の犠牲を減らそうとするだろう?」
「・・・いけませんか?」
「そんなことはない。守りがなくては攻めることもできないからね」
くすりと笑って縷紅は答えてから、もう一度木蓮に向き直った。
「官吏でありたいなら、芍薬王を選べばいい。けれど、多くの犠牲の先にある変革を望むのなら、覚悟がいる。・・・だが、期待もできる」
「僕は・・・」
官吏でありたい。
だけどそれは、平民たちを救える官吏でありたいという思いが前提だ。
執政官の顔色を伺って、不正を不正と唱えることもできない、そんな朝廷に仕える官吏になりたいわけじゃない。
夢がある。
理想がある。
梅と約束した、朝廷の門戸を民にも開くと。
国は貴族たち官吏だけのものではないから。
力なき者たちの声も聞いていきたいから。
だから、朝廷を変えていければ、と官吏になった。
だけど、下っ端の木蓮にできることはとても少なくて。
それでも、中部にいる間は王妃となった紫苑とも多く語り合う機会があった。
そしてなにより、風蘭と出会うことができた。
木蓮と同じ、いやそれ以上の理想者。
不正に立ち向かい、高官とやりあう意志と心の強さ。
木蓮にとって、心強く眩しい存在だったのに、風蘭は木蓮との壁を簡単に壊して、理想を語り合う場をくれた。
風蘭の願いを叶えるために奔走していた日々が、一番楽しかった。
実際は、民部の不正調査という危ない橋渡りな行為だったのだが、夢と理想に近づいているようで、木蓮はやりがいを感じていた。
風蘭の元でなら、理想が叶うと信じてた。
その彼が、逆賊に。
自分は、なにを選ぶのか。
ふと、木蓮は思い出した。
最近、同じ質問をされたことがある。
執政官と同一族の当主である、蠍隼 藍に、同じことを尋ねられたことがあったのだ
風蘭がもしも逆賊となったら、それでも彼を支持できるのか、と。
あのとき、なぜ藍がそんなことを尋ねてきたのか、木蓮にはわからなかった。けれど、当主のひとりとして、すでに風蘭の行動を知っていたのだとしたら。
あのとき、木蓮は藍に答えることができなかった。
だけど、今、選択は目の前に来ている。
「焦ることはない、木蓮。君には君の夢と理想がある。そのすべてを賭けて、即座に選択ることを強いたりはしない。ただ・・・」
「いいえ、双長官」
俯いて黙り込んだままの木蓮を気遣って縷紅が声をかけてくれたが、木蓮自身がそれを遮った。
「いいえ、僕の答えは決まってます」
顔を上げて、まっすぐに縷紅を見返す。その彼の瞳に、先程まではなかった光が宿っていることを、縷紅も水蝋も気付いていた。
「僕は、民にも国政に携われるようにしたいんです。この国は、貴族だけのものじゃない、この国にいるみんなのものだから」
縷紅も水蝋も、木蓮の言葉に何も言わない。ただ黙って彼の話を聞いている。
「風蘭公子は、そんな僕の理想を理解してくれました。もっと、民を救えるようになりたいと、国を変えたいと、彼はよく言っていました」
瞳を輝かせて、凛とした態度で。風蘭はいつも堂々と理想を語った。
「僕が官吏になったのは、一族の誇りのためではありません。理想を叶えたかったからです。そして、その理想の最も近くにいるのが、風蘭公子です」
そう。たとえ父が危篤の状態であろうと、官吏として従うのは、いつか叶えたい理想と、そして約束があるから。
でも、現状の朝廷ではそれも難しい。根底から変えていけるだけの大きな変革がなければ。
「僕は、風蘭公子だから彼を支持するわけではありません。風蘭公子の掲げる理想の先に、僕の理想があるから、僕は風蘭公子を支持したいと思うんです」
きっぱりと言い切った木蓮は、軽く息を切らしながらも、すっきりとした表情で縷紅と水蝋を見た。
そして、縷紅が何かを言う前に、水蝋がけらけらと笑い始めた。
「さすが、木蓮は熱いね~!!なるほど、木蓮の理想と風蘭公子の理想が同じってわけか。いいじゃん、頼もしい若者だ」
「他人事ではないはずだよ、水蝋。君も未だ若く、そして文官であろうと願うなら、なぜ官吏になりたいかをよく考えるのだね」
ぴしゃりと言ってのけた縷紅の言葉に、水蝋は軽く首を竦める。
「よく覚えておきますよ、双長官」
「さて、羊桜 木蓮。君の決意のもとはよくわかった」
縷紅と木蓮の視線がぶつかる。真剣な瞳で、縷紅は彼に言った。
「わたしは君の意見にとやかく言える立場ではないから、今は黙っておこう。ただ、君たちに頼みがある」
水蝋と木蓮を交互に見据えて縷紅は言う。
「風蘭公子が今、水陽に向かっている。けれど今、風蘭公子は水陽に来るべきではないと予言を受けた。彼らが水陽に着く前に、海燈で彼らを足止めしてほしい」
「予言・・・?それは・・・」
「北山羊神祇所長が内密にこちらに伝えてくれた」
「では、北山羊神祇所長も風蘭公子を・・・?」
「さて、それはどうかな。まだ迷っておられるようにも見えた」
蘇芳に見つからないように、柊は縷紅にそっと予言を託した。
風蘭に近い場所にいた縷紅なら、なんとかしてくれると信じて。
「どうだ、行ってくれるか?」
縷紅の問い掛けに、水蝋は頷き、木蓮も迷わずに答えた。
「もちろんです。風蘭公子を水陽にいれないようにすればいいのですね?」
「今は未だ、だ。いずれ相応の時期が来る」
「・・・わかりました」
なにかを思いついたらしい木蓮に、縷紅はおもしろそうに口端を上げた。
「あまり無茶はするなよ、木蓮」
「え・・・え?!」
なぜか思惑が読まれていそうで焦った木蓮の横で、水蝋はにやにや笑いながら喉をならす。
「で、オレはそんな木蓮くんを護衛すればいいですかね、大将?」
武官として尋ねる水蝋に、縷紅も大将として答える。
「そうだ。時間がない。早急に発ってくれ」
「かしこまりました」
水蝋と木蓮は、同時に礼をとって応えた。そのまま退室しようとした木蓮の背に、縷紅は笑い声を交じらせながら呼び掛けた。
「木蓮、君は本来の目的を失念しているのではないか?」
「えっと・・・?」
「わたしに話があったのは連翹のことだろう?」
くすっと笑って縷紅は言い、そして静かに言い加えた。
「大獄にいる連翹に会わせてあげよう。海燈で風蘭公子に会う前に、連翹からの言伝でも聞いてやってほしい」
思いもかけない縷紅からの申し出に、木蓮はすぐさま飛び付いた。
「ありがとうございます、双長官!!」
木蓮は、たしかに大きな流れの変化を感じていた。
五章のサブタイトルは、すべて花言葉。
今回は縷紅草の花言葉。そうです、双 縷紅大将の花言葉でした。
次回以降、誰の花言葉がくるのか、想像してみてくださいね★




