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四章 絡み合う出会い 八話







8、隠忍自重








水陽に向かう馬車の中では、連翹は至っておとなしかった。


ここで暴れたところで逃げても仕方のないことはわかっていたから。






そもそも、遅かれ早かれ、執政官が動いて刑部をよこしてくることは予想していたことだ。今までが何事もなかったのをむしろ刑部長官に感謝すべきだろう。










それにしても、と外の景色を眺めながら連翹は思う。


「民部長官殺害の嫌疑のため更迭」と聞いたときの逸初と皐月の表情。


驚愕、という言葉では表しきれないほどの驚いた顔をしていた。


信じられない、と口には出さなかったが態度に出ていた。






刑部の官吏たちは、連翹がおとなしく捕まったことで逸初や皐月には特になにもしなかった。それが彼には救いだった。




風蘭と椿のそばにいられないのは心残りだが、『闇星』がそばについていてくれるなら心強い。




連翹には連翹のやるべきことがある。


それに、と彼は誰にも気付かれないようにそっと懐から一枚の小さな絹を取り出す。










そこに描かれているのは、フウランの花。










冬星州を出る前に、風蘭は自らの決意を支持してくれた柘植、黒灰、椿、そして連翹に小さな絹を渡した。


それは水陽から持ってきた風蘭の正装の衣を切り取ったものだった。








「別に、『花』を下賜する、とか難しいことじゃない。俺がやろうとしていることに背中を押してくれる、感謝の気持ちだ」


だから、燃やしてもいいしとっておいてもいい。風蘭はさらにそう言った。


風蘭らしいとその場の誰もが笑って言った。


しかし、笑った彼らは、今も大事にその仮初めの『花』を持っていることを連翹は知っている。






今の風蘭には味方が少ない。その味方に、風蘭なりの感謝と、これから巻き込むことへの共存の覚悟を示すのがこの仮初めの『花』だった。


彼の判断は正しい、と連翹は評価していた。縛り付けるほど重くはない、『花』。






持つか捨てるかすら相手の判断に委ねて。


『花』に対してあれほど過剰反応をしていた風蘭に、なにかしらの心情の変化があったことは確かだった。








仮初めでも、連翹は『花』を渡されたことがうれしかった。自分の想像以上にその喜びは大きく、自分でも驚いたほどだった。








再び彼は懐にそれをしまい、静かに瞑目した。










行きよりもはるかに早く、連翹は水陽に着いた。寄り道もなくひたすら走り続けたのだから、当然といえば当然なのかもしれないが。








水陽に着いた彼に待っていたの帰還への暖かい歓迎ではなく、冷たい牢獄だった。


外朝の地下にひっそりと存在する、大罪人だけを収容する牢獄。


軽い罪人くらいなら、各州にある牢獄に収容される。


朝廷のある夏星州ですら、この外朝にある牢獄とは別に、夏星州内に小さな牢獄がいくつかあった。








しかし、連翹は大罪人扱いらしい。


わざわざ帰りたかった水陽に帰還させてくれた。








衛生的にいいとはお世辞にも言えない牢屋のひとつに入れられて、連翹は小さく笑った。


たぶん、待てば来るはずだ。


連翹が会いたい人物は。








それまでおとなしく待っていなければならない連翹は牢屋を見渡して考えた。


ここには、人殺しは人殺しでも、貴族を殺した者たちが収容されている。


それも、平民だけ。








貴族が貴族を殺すことがあっても、それは闇から闇へ葬られていく。


貴族がこんな薄汚い場所へ来ることがあるなら、同族の一族に見離されたときだろう。


連翹は、後宮で桔梗や風蘭から信頼され、共に暮らしていたとしても所詮は平民。執政官である蘇芳の一言であっさりと監獄行きである。












「・・・風蘭さまたちは前に進んでくださるといいが・・・」


愁紅に先に行ってくれと連翹は風蘭達に言った。その言葉を信じて、いつまでもふたりが愁紅に留まられては先に進まない。


逸初たちが見兼ねて教えてくれればいいが、彼女達の性格上、それもないだろう。








「信じています、我が君」


剣を奪われても、大切なこの絹は奪われなかった。








風蘭が寄せてくれた信頼に応えるのが自らの役目。


石榴が風蘭を守って命を失ったとき。


連翹が風蘭を守り切れなかったあの夜に、連翹は決意した。


風蘭を信じて守る、と。


彼は彼のやり方で、大切な主人を守ると。










こうして今、連翹が水陽の牢獄にいるのもまた、風蘭を守り助けるため。


風蘭自身の身の危険は、椿や『闇星』たちが回避してくれるだろう。ならば彼女達を信じて、連翹は連翹なりに風蘭を守るだけ。


彼はひたすら、時機を待つことにした。












「牢獄の居心地はどうかね?」


薄暗い牢屋に放り込まれてから数日。


ひとりの男が連翹のいる檻の中に問い掛けた。








連翹は男の声を聞く前から、気配で誰だかわかっていた。


「いい、とは申し上げられませんね、蠍隼執政官さま」


「まだ軽口をたたく余裕があるとはな」


連翹が檻に近づくのを見つつ、蘇芳は口元を歪めた。






「おまえは元民部長官殺害の容疑がかかっている。明日から尋問を始めるから心してかかるがいい」


「なぜわたしにそんな嫌疑がかかっているのか、身に覚えがございませんが?」


脅してくる蘇芳の言葉を連翹は涼しい顔で受け流す。そんな態度が気に食わないらしく、蘇芳はいらいらした様子で連翹を眺める。






「平民が貴族を羨むあまりに殺害することなどよくあること。やはり教養も誇りも持たぬ平民を朝廷に入れるなどしてはならなかったのだ。双大后さまも今頃は後悔しておいでだろう。双大将にも責任をとっていただこうか」


「それは真にわたしに罪があったときにご考慮ください。むしろ、冤罪であった場合のご自身の立場をお考えになられては?」


「なに?!」


急に険しい表情になった蘇芳にも動じず、連翹は言葉を続ける。






「刑部長官の認可もなく、執政官の独断でわたしをここまで連れてこられたのでしょう?もしもわたしに罪がないとわかったとき、双大后さまは黙ってはいらっしゃいませんよ?」


「双大后さまが朝廷のやることに口出しされることはあるまい。所詮、女人に政などはおわかりにはならないからな」


「さて、それはどうでしょうね」


あくまで飄々とした様子の連翹に、蘇芳は自分が乱されているのを自覚していた。










「双大后さまは、芙蓉陛下の折より賢妃と名高かった方。芙蓉陛下のなさることに口出しをせずとも、臣下の勝手な振る舞いをいつまでも放ってはおかれないでしょう」


「芙蓉陛下のご即位間もない頃から、わたしはずっと陛下のおそばで政に携わっていた身。芍薬陛下もまた、わたしめを頼りにしてくださっている。国を支えるわたしと、たかが平民に過ぎぬ貴様が、並ぶはずもない」


「芍薬陛下があなたを頼りに?違いますでしょう。『あなたの』朝廷となってしまったこの状態を、陛下はどうすることもできずにあなたに委ねるしかなくなっているのでしょう?」


「今上陛下を愚弄されるか?」


「まさか。長い間王をないがしろにしてきたのはあなたがた11貴族ではないですか」








真っすぐに射抜くような視線を連翹は蘇芳に向ける。


それを受けて、蘇芳はふっと余裕の笑みを無理矢理浮かべた。


「我ら11貴族のなにをおまえが知るのだ。たかが平民の貴様が」


ガン、と檻を叩き、蘇芳はきびすを返した。


「せいぜい明日からの尋問もそうして生意気な口をきいているがいい。いつまでその姿勢を貫けるか見物だな」


そうして去ろうとする蘇芳の背中に、連翹はさらに強く言い放った。








「よく覚えておかれるがいい、蠍隼執政官。この国を治めることを天に許されたのは獅一族のみ。たとえいかなる理由があろうとも、王族である獅一族を陥れることは許されない」










その言葉に、蘇芳はゆっくりと顔だけ振り向く。探るような視線を連翹に向け、彼は小さく尋ねた。








「おまえは・・・何者だ・・・?」


「平民ですよ、ただの、ね」


これ以上のやりとりは無駄だと悟ったか、蘇芳は今度こそその場から立ち去った。


うしろを振り返ることなく。








その背中を見送ったあと、連翹は瞑目した。


蘇芳は、調べるだろうか。連翹のことを。






連翹がなぜ桔梗に拾われたかを。


おそらく、芙蓉さえ知らなかったその過去を。








でも、どうしても蘇芳に言い渡しておきたかった。


忠告しておきたかった。




はるか昔、牡丹王の時代の誇りと立場を忘れた者達に。


王となり、国を統べることができるのは獅一族だけだと忘れている者たちに。










「・・・これでは、風蘭さまのことを笑えませんね」


くすり、とひとりで連翹は笑う。


いつも、風蘭は蘇芳と言い合っては言い負かされて帰ってきていた。




長年執政官をしていたのは伊達ではなく、蘇芳は弁もたてば機転もまわった。風蘭がよかれと思って発言する突拍子もないことも、26年近く国の運営を担っていたあの男はにべもなくばっさりと切り捨てていた。






風蘭の、詭弁にも近い理想論は、現実主義の蘇芳には理解されなかった。


そもそも彼は自分の意志でこの国を動かしたがっているのだから、風蘭が横からあれこれと口出しすることを嫌った。








たしかに、分家の一族として生まれた蘇芳は、王族として、正妃の公子としてちやほやと育った風蘭が憎いのかもしれない。


蘇芳が味わった苦しみをなにひとつ知る事無く、理想だけを掲げる彼に。










風蘭は、知る必要があった。


煌びやかではない、裏の世界を。下々の生活を。






だから、連翹は風蘭の冬星州行きに、驚きはしたものの桔梗に抗議はしなかった。


現実を直視して、風蘭がどう判断するか、見極めたかった。








結果としては、連翹の期待以上だった。


彼の主は、彼の想像以上に強く、高い理想を掲げていた。






そしてなにより、強い運を持っていた。




変化の風を、感じた。


時代が、変わると確信した。










邪魔は、させない。


風蘭のことは、自分が守る。


風蘭の理想も、未来も、すべて。


だから、先にここに来た。








あとは、『あの人』がここに来るのを待つだけ。








「すべての運は、こちらにありますよ、風蘭さま」


連翹は、懐のフウランの絹に触れて、そっとささやいた。







連翹のターンは、謎が多くて書くのが楽しいです(笑)

謎は、ちりばめているときが楽しいですね!!

回収するのをうっかり忘れそうですが(爆)

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