四章 絡み合う出会い 九話
9、載舟覆舟
風蘭と椿が、長秤一族当主、海桐花の屋敷に世話になること数日。
彼らは至って快適に過ごしていた。
霞がふたりの身の回りの世話をかいがいしくしてくれるのも、海桐花邸の居心地をよくさせている要因のひとつだった。
しかし、海桐花と直接会うことは、あの日以来なかった。
やはり、反乱をしようとする風蘭たちとは関わりたくない、という意思表示なのだろうか。
「連翹、遅いな・・・」
霞と共に薬草を摘みに行っている最中、ふと、風蘭はつぶやいた。
あの暗闇の森で連翹と分かれてからずいぶんと経つ。
先に愁紅に行けと言われて彼を待っているが、あまりにも遅い。
連翹の身になにかあったのだろうか。
「連翹に限って最悪のことなんて起きないわよ。だいたいあれくらいの襲撃、連翹と『闇星』にかかればなんてことないわ」
心配そうにつぶやく風蘭の隣で、椿がけろりとそんなことを言った。驚いたのは風蘭である。
「なんだって?!『闇星』?!」
「気付いてなかったの?皐月さんたちがずっとあたしたちへの襲撃を止めてくれてたのよ。じゃなきゃ、こんなに早く秋星州へ来れないわよ」
「『闇星』は試してるのか、『黒花』になる椿を」
「風蘭も、よ。『仕えるべき王』であるかどうか」
椿の強い視線が、風蘭を捕らえる。風蘭もまた、しっかりとそれを受けとめる。
「なるほどな。受けてたとうじゃん」
「迷いがなくなって、強くなったわね」
ふ、と笑う椿に風蘭も笑い返す。
「国を変えたい。そのために為すべきことだけ考えることにしたんだ。・・・霜射州主のようにな」
「なんでそこで州主が出てくるのよ」
「俺は霜射殿を尊敬しているからな」
「げ?!なんでそうなるのよ?!それじゃぁ星華国も破滅だわ」
「え?!」
それまでおとなしく風蘭と椿のそばで黙って薬草を摘んでいた霞が、ぱっと顔を上げて慌ててふたりの顔を交互に見た。
「こ、この国が、破滅してしまうのですか?!風蘭公子さまは、いい国に変えてくださるのではないのですか?!」
今にも泣きだしそうな霞の剣幕に、風蘭はあわてて少女を宥めようとした。
「もちろん、そう思っているよ、霞。だから、色々な偉人たちを見習って・・・」
「あ~あ。それで冬星州州主を見習うんじゃ、貧乏大国のできあがりね」
「そ、そうなんですか?」
「そうよ。冬星州州主は、自分の一族の繁栄しか考えてない、勝手な『偉人』なの。だから、いつまでも冬星州の貧困はよくならない」
「椿!!」
霞に嘆く椿に、とうとう風蘭が声を荒げた。
「霜射殿はそんな方じゃない。あの方が州主になる前からの貧困を、なんとか食い止めようと様々な策を練っていたんだ。雲間姫の件も、霜射一族の繁栄のためだけにやったわけじゃない。どうしてわからないんだ?!」
「じゃぁなんで、冬星州の貧困はよくならないの?!州主が決定打を出してくれなければ、力のない民はどうすることもできないわ」
「それは・・・」
何年にもわたって積もり積もった冬星州の貧困は、民の意識をも変化させた。
自分たちでなんとかしようとする気力さえ失い、貴族が、国がどうにかしてくれることだけを期待する。
そして、冬星州を守る3貴族のうちのひとつ、北山羊一族は26代国王の時代に、その務めを放棄した。
北山羊一族に養護されていた町や村はたちまち荒廃した。
それを瓶雪一族と霜射一族が補おうとしたが、ただでさえ貧困にあえぐ冬星州に、それは追い打ちをかけるだけだった。
何代にもわたる冬星州州主たちは、王に、国に助けを求めた。しかし、彼らは耳を貸さなかった。
王を、朝廷を見限り、なんとか自力で冬星州の荒廃を食い止めようとしたのが、柘植だった。
その努力の形跡は、民部を調査しているときに気付いた。それでも、柘植ひとりの力では限界があった。
「霜射殿ひとりの力では、冬星州を救い出すことは難しい。だけど、霜射殿は一族を巻き込むことも、他貴族を巻き込もうともしなかった」
だから、結果は顕著として出ることはなかった。
「本当は、朝廷が乗り出すべき問題なんだ。・・・そもそも3貴族だけに州を預けている組織形態が、問題なんだよな」
「は?!」
論点がずれはじめた風蘭の発言に、椿が呆れるように問い返す。
しかし、一度熱くなった風蘭を止めることはできない。
「貴族だけに州を預けるんじゃなくて、民にも州を運営させるような機関を設けるべきだよな。国も州も、民がいてのものだ。それを為されるがままになるから、不満だってたまるんだ」
「民が州の運営に携わったらますます混乱するだけじゃないの?」
「なぜだ?自分が暮らす州を滅ぼそうとするようなやつが、いるのか?」
「だって・・・」
「霞だってそう思わないか?州のために、もっとできることが広がったら、州がよくなるように考えたり行動したりするだろ?」
「え、あ、はい」
突然風蘭に話をふられ、霞は戸惑いながらも首を縦に振る。
「私は、医官になって州の人たちを助けたいです」
「それなら町医者でいいんじゃないの?」
椿の問いかけに、霞は今度は首を横に振った。
「町医者では、金銭面でも権力面でも、限界があるんです」
金銭の工面は自分でなんとかするしかない町医者は、薬品を思うようにそろえることができない。
せっかく医学の様々な知識があっても、道具も薬もそろえることができなければ、それはただ無駄になるだけ。
「医官になれたら、国がすべてを補ってくれます。そうしたら、治療をあきらめたりしなくてすむようになるんです!!」
すべての病を治療できるわけじゃない。病によっては諦めるしかないものもある。けれど、条件が整えば助けることもできる病だってあるのだ。
医官になれば、最低限のことは国が援助してくれる。医官のほとんどは朝廷で働く者が多いが、何人かは町医者のように開業する者もいる。
「私も、いつかは町医者になってみんなを助けたいと思ってました。でも、そのためには資金が必要なんです。でも、もしも風蘭さまが平民でも医官になれるような道をつくってくださったら、もっと可能性は広がります」
目を輝かせて風蘭に訴える霞を見ていて、彼は思う。
ここには、この国にはどれだけ霞のように夢を諦めた平民がいるのだろう。
国のため、州のため、大儀を抱えながらも、平民だからと諦めてしまった者たちが。
木蓮の言葉を、思い出す。
『国は11貴族だけで成り立っているんじゃない。民がいてこその星華国だ。だから、彼らにも朝廷への門戸を開くべきだ』
11貴族でありながら、平民のことを考え、国の未来を想っていた青年。
彼は、もしかしたら霞のように夢を諦めた民を見たのかもしれない。
今なら、木蓮の思いも、わかる。
「霞。必ず、霞の夢が叶うようにしてみせるよ」
「当たり前よ。国を根本から変えるためにあたしたちは風蘭を選んだんだから。民の声を聞いてくれる王じゃなきゃ、誰も風蘭を支えてなんかくれないわよ」
厳しい椿の言葉にも、風蘭は力強く頷く。
「わかってる」
「あ、あの」
霞が風蘭に告げるべきか迷いながらも、ためらいがちに彼に言った。
「旦那さまも、同じお気持ちなんです。旦那さまもよく、おっしゃっておられます。秋星州で多くの知識を得た民が、国のためにもっと働くことができればいいのにって」
「本当に・・・?」
風蘭のなかに、小さな期待の光が灯る。
理解者は欲しい。特に、貴族からの理解と協力が、今はなによりも必要だった。
「・・・霞。海桐花殿とちゃんと話をしたい。ふたりきりで話せるような場をつくってくれないか」
「・・・わかりました」
きゅっと口を引き結んで、霞が頷く。椿はそれを眺めているだけだった。
椿はこういうときに出しゃばったりはしない。
風蘭が同席してくれといえば一緒に来てくれるだろうが、自分から参加する、とは言い張らない。
各々の役目を理解しているのだ。
風蘭は、自分のすべきことを胸に抱えて、それを海桐花に伝えようと思った。
その機会の場は、すぐに用意された。
その日の夜、風蘭は海桐花の自室に呼び出された。
「お呼び立てをして、申し訳ありません、風蘭公子さま」
「いや、話す場を与えてくれて感謝する」
風蘭は、海桐花にすすめられるがままに、円座に座り、海桐花と向かい合った。
「昼間、霞から話を聞いた。海桐花殿も秋星州の民たちが政務に携わることができればと、考えておられると」
「たしかに、わたしもそうあればいいと思ってはいます。ですが、なぜ、そのために謀反をしなければならないのですか?!芍薬陛下がそれを取り行ってくだされば・・・」
「芍薬王が、それをできると真に思っておられるのか、海桐花殿」
海桐花の視線は、風蘭のそれから逃げるように泳ぎ彷徨う。
「・・・先日も言ったが、現状ではなにも変えられない。執政官をひきずりおろさない限りは、なにも変えられない」
「では、蠍隼執政官を罷免されればいい。執政官が交代することは、彼が執政官になるまでは何度もあったことではないですか」
「執政官を罷免できるのは、式部の権限ではない。王だけの権限。・・・そして、芍薬王はそれができない。蠍隼執政官が何年にもわたって蜘蛛の巣のように張り巡らせた人脈と権威を、知っているから」
「風蘭公子さまはそれを知っていても、蠍隼執政官を罷免できると?!」
「早急に、罷免すべきだと思っていますね。・・・執政官が今、最も欲しているのは『玉座』」
「・・・まさか・・・!!」
きっぱりと言い切った風蘭の言葉に、海桐花が驚きの声をあげる。
「たしかに、玉座そのものは奪えないでしょう。獅一族がいる限りは。けれど、それに相応する権力を、彼は求めている」
もし、それが得られないのなら、獅一族を滅ぼしてでも。
「・・・それは、なにか証拠あってのことですか?」
「いや?ただの俺の勘です。・・・ですが、こうも何度も命を狙われると、そう思えてきてしまうのですよ」
「命を?!」
海桐花はめまいを抑えるように額に手を当ててしばらく瞑目した。
けれど、風蘭は構わずに続ける。
「蠍隼執政官にとって、俺は邪魔でしかない。こうして、俺が反逆することを恐れていたのでしょう。傀儡の王となる芍薬王ならばいいにしても、俺が王になれば、彼はたちまち立場も権威も失いますからね」
「今の朝廷は・・・・・・そんな・・・」
芍薬と同じくらいの年頃であろう、若い当主は、頭を抱えて嘆いている。
「そう、今の朝廷はそれほどまでに狂っている。けれど、芍薬王は、決して変化を求めない。・・・だから、民を政務に携わらせたいという『理想』も今のままでは叶うこともない」
「それは・・・・・・」
海桐花の迷いも、風蘭はよくわかる。
国に、王に刃向かうことが、どれだけ恐ろしく愚かなことか、子供だってわかる。
それを、一族の当主である海桐花に選択させようとしているのだから、風蘭としても心が痛まないわけじゃない。
「海桐花殿、あまり時間はないんです。国の立て直しが遅れれば遅れるだけ、腐敗も進行する。力を、貸していただきたい。星華国のために、民のためにも」
「・・・わたしも・・・」
力なく、ぽつりと海桐花がつぶやく。
「わたしも、当主になるまでは、ずっと風蘭さまのように思っていました。もっと民たちが望むような生活を、仕事を、与えたいと。州のため、国のためを想う民たちに、その機会を与えたいと」
風蘭とは目を合わすことなく、海桐花は心中を語る。風蘭はおとなしくそれを見守った。
「ですが、当主になり、その責任の重さを知り、一族を背負うことの重大さを知って、怖くなりました。理想を語るには、それを犠牲にするものが、あまりにも大きすぎると・・・」
「では、理想は理想のまま、一族の保身だけしていればいいと?体裁だけ守れればいいと?」
風蘭の鋭い刃のような言葉が、海桐花の心に突き刺さる。彼はひどく悲しげな顔を浮かべ、風蘭をやっと見つめた。それは、迷いの表情だった。
「・・・海桐花殿。あなたもご存じでしょう、初代星華国国王、牡丹王のことを」
誰もが知る、伝説の王。
戦乱の世を鎮め、国を統一し、平和をもたらした、永遠の彼らの王。
「牡丹王もまた、理想を掲げ、多くのものを犠牲にし、この国を建国された。それに比べれば、わたしたちが犠牲にするものは限りなく少ない。・・・むしろ、11貴族が理解さえしてくれれば、戦だって起こさずに済む。・・・俺は、戦いを望んでいるんじゃない」
最後の一言だけは、「風蘭公子」としてではなく「風蘭」として彼は言った。そのまっすぐな言葉に、海桐花は心を動かされる。
「星華国は今、変わらないといけない。そして、俺たちもまた、変わらなければ、国は変わらないんだ」
それはただの理想者の言葉。
その重みを知らぬ、愚者の戯言。
なのにどうしてだろうか。海桐花の中で、その責任ある立場に立つ前の自分の想いがふつふつと蘇ってくるように感じるのは。
「・・・霞を拾ったのは、わたしなんです」
沸き起こる感情を抑えきれず、海桐花はなにかを吐き出すように、そう話し始めた。
「病で両親を失い、路頭に迷っているところをわたしが拾いました。我々長秤一族が知る医学の一部を、わたしは彼女に伝えました。それは、彼女が将来自身で生きていくための最低限の教養として伝えただけでした。・・・けれど、最近、彼女は言うのです」
『この国のために、この国のひとたちのために、医官になりたい。町医者では、限界がある』
純粋な想い。それを感じて、海桐花も霞に言った。
『貴族とか、平民とか、そういうものが関係なく、自由に職を求めることができたらいいのにね』
霞はそれをずっと覚えていた。海桐花も忘れてはいなかった。
だけど、その願いはあまりにも途方もない、理想だったのだ。
なのに今、その『理想』を『現実』にしようとしている王族がいる。
「・・・この愁紅のあたりには、山賊が多いと報告をよく聞きますが?」
風蘭の言葉に、はっと海桐花が息をのむ。
「彼ら山賊もまた、本当は『理想者』なのではありませんか?」
この州、秋星州は学問の州。
それは、貴族も平民も関係なく、さまざまな知識を得る機会を平等に与えられた、星華国の中では珍しい州。
けれど、学問を得た後は。
それを活かすだけの場を与えられることはない。
州のために、国のためにどれだけ学ぼうと、それに携わることができるのは11貴族だけ。
なぜ。
「・・・そうです。彼らは何度もわたしたちに言うのです。『なぜ、平等に機会を与えてくれないのか』と」
「至極もっともな主張だな」
中には本当にただのゴロツキのような山賊もいるだろう。
けれどその一方で、理想を砕かれ失望した者たちも多いだろう。
国と民を想うのに、それを発揮させる場を与えてもらえない。
それを主張するために。
けれど、そのために死傷者が出ては元も子もない。
だからこそ、彼らは医官一族である長秤一族が治める愁紅で騒ぎを起こしているのだろう。
おそらく、理由はもうひとつ。
傷を癒し、病を診る医者である長秤一族は、どの貴族よりも平民と視線を合わせてくれる。
貴族としての誇りはもちろんだが、彼らは『医官』としての誇りをなによりも大切に受け繋いできた一族だから。
「海桐花殿。ともに、『理想』を『現実』にするために協力をしてくれないだろうか」
医者一族である彼らの力があれば、それは大きな原動力となる。民の心を大きく動かすことになる。
「それは・・・」
海桐花も迷う。
風蘭の覚悟はわかった。想いも、考えもわかった。
それは、かつての海桐花が望んだものに、とても近いもの。
だけど、『今』の自分に、勝手にそれを決めることはできない。
「・・・では、風蘭さま、条件がございます」
「なんだ?」
「霜射 柘植さまや、瓶雪 黒灰さまは、その長年の当主としての地位と信頼により、独断で風蘭さまをお助けすつことを決断できたかもしれません。ですが、わたしはつい最近着任したばかりの、新米当主」
まっすぐ、初めて海桐花が風蘭に挑むように視線を投げかける。
「長秤一族を集めます。そこで集まる面々たちを納得させ、一族みながあなたに従うよう、説得していただけませんか。彼らを説き伏せ、納得させることができたら、わたしは長秤一族当主として、あなたのお力になりましょう」
当主としての独断ではなく、貴族の者たちすべてを納得させろと。
自らの掲げる『理想』の国を彼らの前で、描いて見せろと。
海桐花は試しているのだ。風蘭のその覚悟と、決意を。
長秤一族を納得させることができずに、執政官を罷免させ、王を玉座からおろすなどという暴虐を果たすことができるのか、と。
風蘭の口の端がにやり、と釣り上った。
「わかりました。ぜひ、その場を設けてください。長秤一族のみなさまとお話をいたしましょう」
しばらく、今後はピッチをあげて更新できるんじゃないなぁ~なんて思っています。
・・・思って・・・いるだけだったら・・・どうしよ・・・(笑)




