②昔からの付き合い
「御手を煩わせる必要はありません」
コルティが軽く手を払う。
「行きの間に大体片付けたと思ったんだが………今ので何匹だ?」
「三十二匹になります」
青年が斧の進んだ先に視線を向けると、そこには巨大な二足歩行の牛の死骸が仰向けになって事切れていた。左右の腕は先程の斧で綺麗に斬り落とされ、頭はいつの間にか放たれていた三本目の斧で胴体と乖離している。
「デスタウロス、か。本来この洞窟には、生息していないはずなんだが………こいつぁ、色々と勘付かれたか?」
「アリアスに来て、既に数か月になります。下層とはいえ、洞窟に移動用の魔法陣を敷いていれば、遅かれ早かれいつかは気付かれるかと」
だが、その前に魔法陣を破壊しにきて正解だった。コルティは、地面に刺さったままの三日月斧を回収すると、空間に生まれた水面の中へと吸い込ませる。
通路を抜けると、そこは水辺がある広間だった。
青年がピタリと足を止める。
「どうかしましたか?」
主人の動きが止まった事に、コルティは彼の先にある壁を見上げる。
「これは………墨の書き置きですね。褪せ具合からして、かなり新しいものかと」
足元には、使われたであろう木炭が一本転がっていた。壁に大きく書かれた黒い文字は汚いが、書いた者の名で生きている事と、これから上層を目指す内容が記されていた。
「………あの馬鹿垂れが。ここまで落ちて来たのか」
青年の感情の籠る声に、コルティが見えない天井を見上げる。
「しかし、ショートカットできる二層の専用落下罠は、岩壁で隠しておいたはずですが」
「ギルドに未報告の場所だ。まさか………偶然、小突いて穴を開けたのか?」
なくはない。
だが、コルティが反論する。
「それにしては、私達が下層に潜ってからのタイミングを考えると、真に偶然と呼んでよいものか、分かりかねます」
「………だよなぁ」
やれやれと、青年が力を落としながら溜息を吐く。
そして、踵を返した。
「コルティ、別のルートで帰るぞ」
「お優しいですね、御主人様は」
肩をすくめ、コルティが両手を背中で隠すように、笑顔のまま青年の後ろを歩き始める。
「お、俺はただ! 約束を守らなかったあいつに………そう! せ、説教をしに行くだけだ!」
「最短で、ですね。えぇ、えぇ分かってます。ついでに助けに行かれるのでしょう?」
苦笑する彼女の言葉に、青年はそれ以上言い返す事を止めた。
何年、何十年、何百年経っても、青年は彼女に言葉で適わないからである。




