⑧間一髪
あるのか分からないが、目の前の魔獣は自尊心を傷つけられたかのように大きな咆哮を上げる。最早、その声の勢いで倒れてもおかしくない程の力しか残っていないが、俺はその衝撃に何とか耐えた。
「さぁ………来いよ」
俺の呟きに応えた訳ではないのだろうが、魔獣がこちらへと大股で接近して来る。
これで多少なりとも、ロロが死ぬ時間を稼げただろう。結論は変わらないかもしれないが、少なくとも俺はあの世でも彼相手に、多少は偉そうに振る舞えるだろう。
そう思うと、俺の頬が思わず僅かに緩んでいた。
魔獣が俺の前で止まる。そして、右の拳を大きく振り上げた。
どうやら地面に叩き潰すと決めたようだ。
「悪ぃ、ティリア。俺は―――」
「間に合えぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
瞬間、俺の前を強風が一瞬横切った。
風はデスタウロスが振り下ろした右腕を内側へ弾くと、遅れて通り過ぎた二つ目の風に横腹を斬られる。
魔獣が喉を鳴らしながら、大きく数歩後退する。
「白級が、この階層で一晩生存出来たとはなっ! まったく、後で先生に感謝しろ!」
今にも膝をつきそうな俺の前に、元気な軽戦士が立っていた。揺れる赤い髪、首の隙間から見える冒険者証の色は銀。
「あ………アルゼットさん?」
今まで見て来た中で、最高の冒険者、姉弟子とも言える銀級冒険者のアルゼット。彼女がここにいる理由は分からないが、張り詰めていた糸が一気に緩み、俺は地面に座り込んでしまった。
「ま、間に合ったかっ!」
遅れて、細身の中年と大柄で褐色肌の冒険者が合流して来る。
「シランド………それに、ダッカ―も」
「ダイジョウブカ」
今にも後ろに倒れそうだった俺の背中をダッカ―が大きな腕が支え、腰から回復薬を即座に取り出して口の中へと流し込んで来た。
「ご、ごほっ」
ややむせてしまったが、冷たい液体が喉を通過し、爽やかさの後に腹部が温かくなり、手足の痛みと疲れが和らいでいく。
「済まねぇ………だが、俺よりも先に、ロロを!」
半分残っていた回復薬を丁寧に押しのけ、俺は二人にロロの居場所を指さす。
「………分かった、そっちは俺に任せろ」
シランドはダッカ―に頷いて見せると後を任せ、ロロの下へと走り出した。




