表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
たとえ記憶が消えたって  作者: 彩坂初雪
脱走事件の真相
81/84

大変な騒ぎだったよ

 黒花は眼を瞬かせる。

 まあ、これだけ聞いてなんのことだか分かる人間などいないだろう。

「順を追って説明しよう。……二年前の五月九日、俺の姉、前島瀬名がグループホームから脱走したんだ」

「脱走……?」

「そうだ。細かい説明は省くが、戸締りが悪かったっていうのが打倒かな? で、そりゃもう大騒ぎになった。グループホームを脱走したのは午後三時過ぎ。俺はまだ中学校にいたけど、学校を早退して街中探し回った。東京にいた父さんも戻ってきて、一緒に探した。警察も動いたよ。ニュースにはなってないけど、知ってる人は知ってるってくらい大変な騒ぎになった」

「ちなみに、あたしはその時、ちょっといろいろあってね。脱走事件については全然知らないよ。ただ、その日がどういう日で、ここが大切な場所なんだって後から駿平に聞いただけ」

 いろはは、ちょうどその時期、グループを解散するか否かでもめていたのだ。

 きっぱり解散宣言をしたものの、グループの仲間から引き止められたり、いろいろあったそうだ。その件については、逆に駿平がよく知らない。

「話を戻すぞ。姉ちゃんがグループホームから抜け出したっていうんで、手の空いてる職員さんはもちろん、俺や父さんだけでなく、親戚も集まってきてな、あっちこっち探し回ったよ。けど、街中をどれだけ探し回っても見つからなかったんだ。総勢五十人以上だったかな? 手分けしてあっちの区画は探したとかこっちはまだとか、そんなやって探し回った」

 駿平は大きなため息をつく。

「本当に大変な騒ぎだったよ。午前零時まで探したのに姉ちゃんは見つからないんだ。次第に関係者以外で一緒に探してくれていた人が抜け始めてな。人数が減っていった。

 でも、そんな時に、誰だったかがもしかして山に入ったのでは? って言ったんだよ。皆、バカなと思った。だって、グループホームから一番近い山までだって二十キロ近くある。時間的にみれば確かに行けない距離ではなかったけど、さすがにそれはないと却下されたんだ」

 どこかを目指していたとしても、街を離れてしまえばおかしいと思い、引き返すだろう。それが当たり前で、普通の考え方だ。

「けど、再度、街中を探そうと散開した時、康弘さんが俺に声をかけてきたんだ」

「康弘さん?」

「グループホームの管理者だよ。がっしりとした身体で、いかにもスポーツできますって感じの人」

 いろはの補足に、思い当たる人物がいたのか、黒花は納得した様子で頷く。

「その時点で残っていた職員は康弘さんだけだった。他の職員さんは通常業務もあるからね。その時間には帰ってた」

「それで、康弘さんはなんて?」

「『山に入ったことは十分考えられる。二人で探しに行こう』って」

 認知症の人の徘徊行為をただふらふらしているだけと捉えてしまうとそんな言葉は出てこない。認知症で見られる徘徊行為は、なにかしらの理由があるのだ。

「徘徊に理由があると考えれば、姉ちゃんはどこかを目指して出て行ったはずなんだ。だから、街中を回って、もしその目的地が見つからなければ、山に入っていくことも考えられる。そういうことだ」

「で、見つかったのがここなのね?」

「そう。真っ暗な中、康弘さんの車でこの近くまで来てさ。懐中電灯を頼りに探してたら、ここに一人でポツンといたんだよ。足が痛くて動けなくなったのか、座り込んでた。でも、そんな大変な思いをして見つけたのに、俺も康弘さんも、見つけられた喜びより驚きのほうが大きかった」

 少し間を空けて、駿平は言う。



「姉ちゃん、泣いてたんだ」



 いろはが驚くのが伝わってくる。

 瀬名は昔から穏やかで、頑張り屋で、そしてとにかく優しかった。

 父親や駿平、いろはを心配させまいと苦しくても笑っているような人だった。

「それで、康弘さんがどうしたんだって聞いた。そしたら、姉ちゃんは『家に帰らなきゃ』って答えた。

 驚いたよ。まさか家を探してこんな山の中まで来てるんだからさ。俺の家はグループホームからそんなに離れてないから、探せば見つかったはずなんだけど、たぶん、見落としたんだろうな」

「駿平」

 と、興味を持ってくれてるのか、それとも別の理由か、黒花が口を挟んでくる。

「なんだ?」

「駿平のお姉さんはどうして家に帰りたいって? 普通、家の場所が分からなくても引き返す。こんなところまで来ない。よっぽど大切な用事でもあったの?」

 その問いに、駿平は「どうだろ?」と苦笑いで返す。

「大切、ではあるんだけどな。でも、姉ちゃんはそれを忘れてた。どうして家に帰りたかったのかを聞いても結局本人からははっきりした答えが帰ってこなかったよ」

 ただ、と続ける。

「俺はそれを見つけた時、嬉しくて泣いたよ」

 突然の泣いた宣言にいろはも黒花もポカンとする。

「えっと、それってなに?」

「んー、ぶっちゃけると、ケーキだよ」

 そこでいろはは、ああ、と納得した様子。

 やっぱりよく分からない黒花はまた首を傾げる。

「黒花、五月九日ってのはな」



「――俺と姉ちゃんが二人暮らしを始めた記念日だったんだよ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ