そうだ!呪物を埋めに行こう!
空には丸い月が浮かび、辺りはすっかり薄暗くなっていた。
町から離れるにつれ、家々の灯りは少なくなり、それまで聞こえていた人々の声も、いつの間にか消えている。
播磨とお菊は、提灯の頼りない明かりを頼りに、人気のない道を並んで歩いていた。
播磨の手には提灯。
お菊の腕には、十枚絵皿の入った木箱が抱えられている。
「なあ、お菊……」
「何ですか?」
「もう少し明るいうちに来た方が良かったんじゃないか?」
「誰かに見られたら、どう説明するつもりです?」
「いらなくなった皿を埋めに来ました、と」
「不法投棄ですね」
「ふほう……?」
播磨が聞き慣れない言葉に首を傾げる。
「とにかく、余計に怪しまれます」
「呪われた皿を埋める時点で、十分怪しいと思うんだが……」
二人の足元で、乾いた土を踏む音が鳴る。
ざっ、ざっ。
道の両脇には背の高い草が生い茂り、風が吹くたびに葉先が擦れ合った。
さわさわと揺れる草むらの奥からは、虫の声が絶え間なく響いている。
「……なあ」
「今度は何です?」
「さっきから、何かついてきていないか?」
播磨が足を止め、恐る恐る後ろを振り返った。
提灯の明かりが届かない先には、月光に照らされた細い道が続いているだけで、人影は見当たらない。
「誰もいませんよ」
「そうか……」
播磨は安心したように前へ向き直った。
その直後、背後の草むらが大きく揺れる。
ガサッ!
「ひっ!」
播磨は飛び上がり、お菊の背後へ隠れた。
草むらから一匹の野兎が飛び出し、二人の前を素早く横切っていく。
「……兎ですね」
「分かっていた」
「私を盾にしながら言われても、説得力がありませんよ」
「お前なら、兎くらい素手で倒せるだろ」
「私を何だと思っているんですか?」
「呪われた皿より怖い女中?」
お菊が足を止めた。
「ハリマさま」
「じょ、冗談だ! さあ、先を急ごう!」
播磨は慌ててお菊を追い越し、早足で歩き始めた。
やがて道の先に、木々の密集した雑木林が見えてくる。
月の光は枝葉に遮られ、その奥は墨を流し込んだように暗い。
風が吹くたびに木々がざわめき、伸びた枝が互いに擦れ、不気味な音を立てていた。
播磨は林の手前で立ち止まった。
「……本当に、ここへ入るのか?」
「人が来ない場所がいいと言ったのは、ハリマさまですよ」
「言ったけど……もう少しこう、明るくて、人が来なくて、怖くない場所はなかったのか?」
「そんな都合の良い場所があるなら、私も知りたいです」
お菊は木箱を抱え直すと、ためらうことなく雑木林へ足を踏み入れた。
「ちょ、ちょっと待て! 置いていくな!」
播磨も提灯を掲げ、慌ててそのあとを追う。
二人の姿が林の中へ消えると、辺りには再び虫の声だけが残った。
その時、木箱の中から小さな音が鳴る。
――コトン。
しかし、その音に二人が気づくことはなかった。
※
「こ、ここら辺で大丈夫でしょう……」
「だぁぁ、疲れた……」
雑木林の奥まで辿り着いた二人は、肩で息をしていた。
お菊は抱えていた木箱を地面へ置き、周囲を見回す。
辺りに人の気配はない。
木々の隙間から差し込む月明かりが、地面をまだらに照らしていた。
「さあ、ハリマさま。穴を掘ってください」
「……私だけ?」
「まさか、私にも穴を掘れと?」
「い、いや、ほら。二人で掘った方が早いんじゃないかなぁ……」
「そうですね」
お菊はにこりと笑う。
「“か弱い”女性に穴掘りを強制する、立派なご主人様のご命令とあらば、喜んで穴を掘りましょう」
「私一人で掘ります!」
「そうですか。それは残念です」
播磨は鍬を手に取り、ぶつぶつと心の中で文句を垂れた。
『まったく! なんて女中だ!』
『主人に肉体労働をさせるとは!』
「『まったく、なんて女中だ。主人に肉体労働をさせるとは』とか思っていません?」
「お前、絶対にエスパーだろ! そうなんだろ!」
「やっぱり思っていたんですね」
「い、いや、嘘だ! そんなこと、少しも考えていない!」
「そもそも、誰のせいでこんな目に遭っていると思っているんですか?」
「……一所懸命、掘らせていただきます!」
「よろしい」
それからしばらく、播磨は黙々と穴を掘り続けた。
ざくり。
ざくり。
鍬を土へ打ち込み、掘り返した土を穴の外へ積み上げていく。
額には汗が浮かび、息もすっかり上がっていた。
「なあ、お菊……」
「何ですか?」
「どれくらい掘ればいいんだ? もう大分掘ったぞ……」
穴の底から播磨が顔を上げる。
お菊は穴を覗き込み、少し考えるように首を傾げた。
「そうですね……もう少し」
「まだ掘るのか?」
「ええ。そうですね……ハリマさまが一人、すっぽり入れるくらいまで掘りましょう」
「何か怖いんだが!?」
お菊は何も答えず、にこりと笑った。
「その笑顔をやめろ! そして、なぜ鍬を握っている!?」
お菊は播磨から鍬を受け取ると、穴の縁に積まれていた土を、少しずつ穴の中へ落とし始めた。
「ごめんなさい! ごめんなさい!」
播磨が穴の底で両手を合わせる。
「本当にごめんなさい! もう二度と変な物は買ってきませんから!」
「そうですか」
「土をかけるのもやめてください!」
播磨は本気で命の危機を感じた。
二人は何とか木箱を土の中へ埋めた。
これで、すべて終わった。
少なくとも、この時の二人はそう思っていた。




