39.辛い過去の清算 フレデリック視点 フレデリックルート
僕の歓迎パーティーは、シーモア王国同様に、数えきれない程の令嬢に囲まれた。
アンネ以外に興味が無い僕に気に入られようと必死な令嬢達に、王太子の笑顔の仮面を貼り付けながら対応する。
アンネとダンスを一曲踊れたのは嬉しかったけど、妊娠初期で体調の悪いアンネが心配だった。
上部だけの言葉を口にする。
アンネだけだ。
アンネだけが、僕の世界に彩りを与えてくれる。
アンネに出会うまでの僕は、何にも興味が出ずに、ただ王太子として生きているだけの人生だった。
初めて会った時、その美しさに一目惚れした。
僕もアンネも18歳の時だった。
話をして、その聡明さに驚いた。
エマと名乗る彼女は、ボーフォート王国から逃れて来たアンネリーナ王太子妃だと確信した。
僕は出会った日に、彼女の前に跪き、求婚をした。
モリスと名乗っていたシルヴァンが、彼女の夫としてそばにいる事も気にならなかった。
アンネはいつも僕を驚かす。
彼女は経営者として、これ以上なく優秀で、画期的で斬新なアイデアを次々に出す。
彼女から事業計画を聞く度に、心からワクワクした。
僕を頼ってくれるのも嬉しい。
僕を褒めてくれるアンネがいるから、王太子としての政務も頑張ろうと思えるようになった。
アンネを知れば知るほど、更にどんどん好きになる。
アンネにシルヴァンとの子供ができた事も、嫉妬はしたけどそこまで気にならなかった。
アンネがシルヴァンを愛していて、幸せな生活を守ろうとしていることも分かっていたとしても、僕はアンネに求婚し続けた。
求婚せずにはいられなかった。
そんな日々が三年経った時に、リオネルがアンネを迎えに来た。
一目見た瞬間に、ジョエルの父親がリオネルと分かるくらいに、ジョエルにそっくりだった。
僕がシーモア王国で一番の美貌に対し、リオネルがボーフォート王国で一番の美貌と言われるのも納得の、男でも惚れ惚れする程の美貌の持ち主だった。
アンネがボーフォート王国から逃げてシーモア王国へ来た事は噂でも、調べた事からも知っていた。
『帰ってきて』と言うリオネルに対し、アンネが『考える時間をもらえませんか。』と答えると、『アンネが嫌がったとしても、絶対に連れて帰る。』とリオネルが言った。
アンネはまたリオネルから逃げ出したいと思っているのかもしれないと、僕は思った。
僕ならアンネをリオネルから逃してあげられる。
翌日、リオネルは僕の父であるシーモア国王に
『アンネはボーフォート王国で命を何度も狙われ死にかけてシーモア王国へ亡命したが、ようやくボーフォート王国での危機が去ったので帰国することになった』
と使者を通して、伝えた。
自国の醜聞を晒してまで、アンネを強引に連れて帰ろうとするリオネルにやられたと思った。
アンネが考える時間が欲しいと言った次の日には、強引にアンネを連れて帰ろうとするリオネルに苛立ちも覚えた。
アンネに会いにいくと、首元もあるドレスで隠しきれてないキスマークが見えて、嫉妬した。
アンネがボーフォート王国に帰ってしまうと焦ってしまった僕の理性は飛んだ。
既成事実さえ作ればアンネは帰らなくて済むんじゃ無いかと思った。
「やめて」「だめ」と言いながらも、僕で感じてるアンネに、僕の気持ちはこの上なく昂った。
言葉とは裏腹に、僕を求める淫らなアンネに…、アンネの涙にすら酷く興奮した。
あそこで、リオネルに止められなければまずかった。
きっと僕はアンネの同意も得ずに、最後までしていただろう。
今でもあの時のことを思い出す度に、酷く興奮してしまう自分がいる。
アンネはたまに僕の顔に見惚れてくれていることがある。
ずっと令嬢達に言い寄られて、鬱陶しくも思っていたこの顔も、アンネに見惚れてもらえるのであれば、この顔に産んでくれた親に感謝すらする。
アンネに、リオネルから『逃してあげる』と言ったら、『逃して欲しいだなんて思っていませんよ』と言われてしまった。
ジョエルのためにも、リオネルと帰ると。
僕もアンネとの間に僕の子供が欲しいと言うと、リオネルに怒られた。
それ以来、僕はリオネルの前だろうがアンネに求婚を続け、アンネの子供が欲しいと言う度に、リオネルに怒られ続けている。
アンネに相手してもらえた事など、無いというのに。
僕は、アンネと一緒にいたいから、ボーフォート王国に移り住む為に、アンネ達と一緒にボーフォート王国へやってきた。
アンネと離れ離れなど耐えられない。
王宮の近くの屋敷を購入し、留学という名目で院で研究をしつつ、王太子の政務もして、アンネの事業を引き続き支援することになった。
ボーフォート王国の王宮に到着した日に、アンネが妊娠していると聞いて、嫉妬もした。
それから1週間程が経った今日、僕の歓迎パーティーに来ていた。
言い寄ってくる令嬢達の多さを面倒に思いながらも、対応していると、私がアンネに求婚していると噂を聞いた令嬢達が「売春婦などフレデリック王太子殿下に相応しくありませんわ。」と口々に言うのに驚いた。
内心は凄く怒りつつも
「アンネリーナ王太子妃を、そんな風に言うのは良くありませんよ。」
と貼り付けた笑顔で対応する。
リオネルにエスコートされているアンネに聞かせられるような内容では無い。
怒りを抑えつつ、逆上されない程度にそんな事を言ってはいけないと注意しながら、適当に令嬢達の相手をしていたら、リオネルがアンネのもとを離れて別の令嬢と踊り始めるのが見えた。
アンネのエスコートをロランがしていたが、心配でアンネのもとにかけつけると、周りの令嬢がアンネに聞こえるように
「まぁ、フレデリック王太子殿下!アンネリーナ王太子妃殿下のような売春婦などとお話するのはよくありませんわ!」
「フレデリック王太子殿下はご存知ないかもしれませんが、アンネリーナ王太子妃殿下が体を売ってリオネル王太子殿下に取り入ったのは、ボーフォート王国では有名な話ですのよ。」
「アンネリーナ王太子妃殿下は男に媚を売るのが上手なのです。フレデリック王太子殿下は、騙されてはいけませんわ。」
「それに、アンネリーナ王太子妃殿下のお兄様の、トリスタン伯爵令息も、アンネリーナ王太子妃のせいで亡くなられたのですわ。」
と口々に話し始める。
何も言い返せずに、青ざめた表情でガタガタと震えるアンネを見たら、自分の怒りが抑えられずに、
「これ以上、彼女を傷つけるのは僕が許さない。」
と言っていた。
それから、アンネの過去の話を聞いた。
想像を遥かに上回る酷い話で、涙が出た。
リオネルがアンネに乱暴を働いていた事にも、強い憤りを覚えた。
泣きながら、震えながら話す彼女がどれだけ辛かったのか、今でも辛いのかが伝わってきて、少しでも気持ちが楽になるように抱きしめた。
アンネは今でも、自分が死ねば良かったと思っている。
その事に涙が出る。
いつも気丈に振る舞う彼女は、どれだけの事を今まで我慢してきたのだろう。
今だって、リオネルに無理矢理ボーフォート王国に連れて帰られたのだ。
リオネルがアンネに働いた乱暴に憤ると共に、自分もアンネの同意なく、無体を働こうとした事を思い出して、激しく後悔した。
あの時、アンネは泣いていたのに。。
それに、一度アンネを手に入れてしまったのなら、二度と手放すことなどできないだろう。
僕と抱きしめ合いながら、辛そうに泣きながら震えるアンネの感触が残ってる。
全身で、辛かった、辛いと訴えるアンネを思うと、涙が止まらなくなる。
こんなに涙が出るのは初めてだ。
アンネをここから逃してあげたい。
一言でも、アンネが逃げたいと言ってくれれば、逃してあげられるのに。
アンネは今、幸せなのだろうか。
ここにいる事を本当に望んでいるのだろうか。
リオネルがアンネの側からいなくなった途端に、彼女を傷つける言葉の飛び交う、この無理矢理連れてこられた王宮で。
早く泣き止まなければ、アンネが帰ってきてしまう。
しばらくして、化粧を直したアンネがロランと一緒に帰ってきた。
化粧で上手に隠しているが、よく見ると今まで泣いていたのが分かる。
「先程は、ありがとうございました。フレデリック王太子殿下。私はもう大丈夫です。私をエスコートしてくださいますか?」
いつもと同じ笑顔で微笑む彼女に、泣きそうになるのをこらえる。
「もちろんだよ。アンネ。パーティーでアンネをエスコートできるだなんて、光栄だな。とても綺麗だ、アンネ。」
僕もできるだけいつも通り、明るく返事をする。
会場に着くと、すぐにリオネルが話しかけてきた。
「アンネ、探したぞ。どこに行ってた。ロランにエスコートを頼んだのに、フレデリックにエスコートされてるとはどういことだ。」
アンネを責めるようなリオネルに、アンネがビクッと僅かに震えたのが伝わってくる。
イラッとしてしまい
「令嬢達に酷い事を言われているアンネを、控え室で少し休ませただけだ。リオネルがアンネの側を離れたからだろ。アンネは悪く無い。」
と言い返した。
「アンネ、大丈夫か?何を言われた。」
「その…売春婦などと言われただけですが、私は大丈夫です。リオ様。」
無理に作った笑顔でアンネが微笑む。
僕はまた、涙が出そうだった。
「大丈夫なものか。すまない、アンネに対してそのような事を言わないように注意したのに、まだそんな事を言う者がいるとは。」
「アンネは大勢のご令嬢から言われてたけどね。」
「フレデリック王太子殿下、その話はもう…」
「そうなのか、アンネ。知らなくて、すまない。今後はこんな事が無いようにしよう。お願いだから、次からひどい事を言われたら、私に相談してくれ。今は特にアンネの身体が大事な時期だ。ずっと体調も優れないだろう。もう休め。」
アンネの妊娠はまだ公表できないが、リオネルがアンネの体調を気遣う。
「ありがとうございます、リオ様。でも、私は大丈夫です。せっかくの、フレデリック王太子殿下の歓迎パーティーですもの。エスコートしてくださいますか?リオ様。」
「もちろんだ、アンネ。でも、くれぐれも無理をしないでくれ。」
アンネが僕のエスコートから離れて、リオネルにエスコートをされる。
アンネの笑顔すら、悲しく感じる。
無理に笑わないでって、抱きしめてあげたい衝動に駆られる。
それができない事がもどかしい。
僕は自分の手を強く握りしめた。
近くにいるロランを見ると、僕と同じような表情をしていた。
だから、ロランはアンネを逃したのだと気づいた。
アンネを死なせない為に、シルヴァンとアンネが幸せに暮らせる為に。
リオネルの隣でアンネが他の貴族と談笑している間に、
「『トリスタンの死はアンネのせいだ』とまで言われていたぞ、しっかりアンネを守ってくれよ。」
と耳打ちをした。
驚いた後、「迷惑をかけた。すまない、必ず守る。」と険しい表情でリオネルは返事をした。
「もしアンネを守れないのなら、アンネは僕がもらうからね。」
「そんなことにはならないから安心しろ、フレデリック。」
アンネはシルヴァンを愛してる。
シルヴァンもアンネを愛してる。
時々、アンネはシルヴァンを切なそうに見つめる。
シルヴァンもアンネを切なそうに見つめる。
アンネがシルヴァンを見つめると、リオネルはアンネに話しかけたりして、アンネの気を逸らせる。
リオネルもアンネの心が今も、シルヴァンにある事を分かっているはずだ。
アンネは
『ボーフォート王国を出発してから一年後、ずっと私を支え続けてくれたシルヴァン様を再び愛した私は、初めてシルヴァン様と結ばれ、本当の夫婦になりました。』
と言っていた。
あのアンネと1年間も夫婦のふりをしていて、しかも相手は身分を捨てでも一緒に逃げるほど愛している女性で、手を出さずにいられたなど、尊敬に値する。
私だったら…すぐに手を出してしまっていただろうと思う。
アンネの気持ちが再び自分に向くまで待った、シルヴァンには敵わないと思った。
シルヴァンだってアンネとの間に子供までいるのだから、そういう欲求が無いはずがない。
そんな男だからこそ、アンネはシルヴァンを愛しているのだろう。
アンネはボーフォート王国を逃げた時の事を『シルヴァン様ではなくリオ様を愛していました。』と言っていたけど、その時ですら本当はシルヴァンを愛していたのでは無いだろうか。
そうでなければ、シルヴァンと2人きりで逃げようとは思わないだろう。
今もアンネはリオネルといるのが辛いのでは無いだろうか。
辛そうなアンネの姿が頭から離れない。




