38.辛い過去の清算 フレデリックルート
もしも、フレデリック王太子殿下とアンネリーナが結ばれるのなら、という本編とは別ルートです。
ボーフォート王国へ帰国して1週間後、フレデリック王太子殿下の歓迎パーティーが開かれた。
フレデリック王太子殿下はその甘いマスクと、優しく親しみやすい性格で多くの令嬢を魅了していた。
加えて、21歳で独身、ボーフォート王国と並ぶ世界一位、二位を争う大国のとても優秀と評判の王太子である。
令嬢達が気に入られようと躍起になるのも当然のことだ。
シーモア王国でも、すごい人気だとは思っていたが、ボーフォート王国でも同じようなものだった。
ボーフォート王国一の美貌のリオネル王太子殿下と、シーモア王国一の美貌のフレデリック王太子殿下は、多くの令嬢の目を釘付けにしていた。
フレデリック王太子殿下、リオ様ともダンスを踊ったけど、妊娠中の私の体調を気遣ってくれているのが伝わってきた。
私はリオ様のエスコートで参加していたけど、リオ様がご令嬢とダンスを踊るタイミングで、護衛のロラン様のエスコートをしてもらった。
「ロラン様にエスコートしていただくのは、私の結婚式以来ですね。」、「アンネリーナ様をエスコートさせていただくのは、これ以上無い幸運です。ますますお綺麗になりましたね。」とロラン様と他愛の無い会話をすると、すぐに
「どの面を下げて戻ってきたのでしょう。売春婦は。」
と言う令嬢達からの声が聞こえて来て、ビクッとする。
リオ様がすぐ隣にいたから、令嬢達も黙っていたけど、リオ様がいなくなった瞬間に、私を嘲笑う声が聞こえてくる。
「っ…。。申し訳ございません、控室で休憩しましょう。」
ロラン様に声をかけられて、歩き始めようとした時に、フレデリック王太子殿下が近づいて来た。
フレデリック王太子殿下は、今までたくさんのご令嬢に囲まれて、話をしたりダンスをしたり、忙しそうにしていたけれど、言い寄ってくる令嬢達をかわしながら私の方に少し足早に近づいてくる。
「やぁ、アンネ。リオネルとアンネが離れたから心配で来てみたんだ。大丈夫?」
「まぁ、フレデリック王太子殿下!アンネリーナ王太子妃殿下のような売春婦などとお話するのはよくありませんわ!」
フレデリック王太子殿下を引き留めるご令嬢の声が聞こえた。
「フレデリック王太子殿下はご存知ないかもしれませんが、アンネリーナ王太子妃殿下が体を売ってリオネル王太子殿下に取り入ったのは、ボーフォート王国では有名な話ですのよ。」
「アンネリーナ王太子妃殿下は男に媚を売るのが上手なのです。フレデリック王太子殿下は、騙されてはいけませんわ。」
「それに、アンネリーナ王太子妃殿下のお兄様の、トリスタン伯爵令息も、アンネリーナ王太子妃のせいで亡くなられたのですわ。」
トリスタンお兄様の話も持ち出され、私は限界だった。
あの苦しくて辛い頃に、時が巻き戻されたような錯覚に陥り、何も言い返せずに、ガタガタと震え始める。
あの時から私は何も変わらない…。。
何も言い返すことなどできない。。
「アンネリーナ王太子妃殿下が、あなた達が言うようなお方ではない事は、僕が一番分かってるよ。僕は彼女を信じてる。まだ、ジネット王太子妃殿下が言っていた世迷言を信じているの?これ以上、彼女を傷つけるのは僕が許さない。」
人の良さそうな笑顔を消して、フレデリック王太子殿下が私の為に怒ってくれているのが分かる。
令嬢達は驚きつつも、「これで失礼いたしますわ。」と遠ざかっていく。
あの辛い時にいなかったフレデリック王太子殿下が、私のことを信じて庇ってくれた事にじわりと涙が出た。
「大丈夫?アンネ。少し休憩した方が良さそうだ。ロラン、エスコートは僕が変わるよ。」
「ありがとうございます。よろしくお願いいたします。うまく対処できずに、申し訳ございませんでした、アンネリーナ様。」
ロラン様が落ち込んだいるのが分かる。
「いいえ、ロラン様はあの場から私を控室に連れ出そうとしてくださいました。決してロラン様のせいではありません。ありがとうございました。」
ロラン様を伴って、フレデリック王太子殿下のエスコートで控室に向かう。
フレデリック王太子殿下と控室に入り、少し開けた扉の前にロラン様が立っている。
「フレデリック王太子殿下、先ほどはありがとうございました。」
「お礼なんていいよ。それより大丈夫?少し…泣いてる。」
「これは…フレデリック王太子殿下が私を庇ってくれたことの、嬉し涙です。」
フレデリック王太子殿下が、驚いた顔をする。
「先程は、辛かった時に戻ってしまったかのような錯覚をしてしまいました。トリスタンお兄様の名前も出て…私は平気でなどいられなかったのです。フレデリック王太子殿下には、本当に助かりました。」
「…もしよかったら、何があったか僕に話してくれない?その時のアンネの気持ちも。ずっと辛かったでしょ。今も…辛そう。話せば楽になることもあるかもしれない。」
「フレデリック王太子殿下。。」
「話したくなかったら、無理にとは言わないよ。僕じゃ力不足なのかもしれないし。でも、僕はいつでもアンネの力になりたいんだ。」
「ありがとうございます。長くなりますけれど、いいですか?」
「もちろんだよ。いくらでも聞くよ。」
「お見苦しい上に、思ったことを口にすると過激なことも言いますが、それでもいいですか?」
「もちろんだよ。」
「始まりは、私が15歳の時に学園に入学して、リオ様に出会い、生徒会に誘われて、生徒会のメンバーとして働き始めたことでした。リオ様の婚約者だったジネット王太子妃殿下からの嫌がらせが始まりました。リオ様やシルヴァン様が私を庇おうとすると、嫌がらせは更にエスカレートして、私の事を庇えなくなりました。」
「そんな中、私はシルヴァン様と恋に落ちました。16歳の時に、シルヴァン様にプロポーズされ、婚約をして、幸せな1週間でした。」
「でも、その幸せは一瞬で終わりました。私とシルヴァン様の婚約の話を聞いたリオ様が、私を無理矢理。。必死に抵抗しましたが、男性の力には敵わなかった。『痛い、やめて』といくら抵抗しても、聞き入れてもらえる事は無かったのです。」
私は涙が出て来て、フレデリック王太子殿下の顔が苦痛に歪む。
でも、フレデリック王太子殿下は黙って私の話を聞いてくれている。
「私とシルヴァン様は『一時の過ちなど忘れて欲しい』とリオ様にお願いしましたが、リオ様はこの王宮に私を連れて来ました。それからです、私が皆から『売春婦』と呼ばれるようになったのは。」
「逃げたいと強く思いましたが、王命には逆らえませんでした。それからは毎日、子供ができないように薬を飲むようになりました。私はリオ様に…王宮で毎日何度も抱かれました。嫌で仕方がないのに、好きでもないのに、リオ様を求める自分の体が恨めしかった。いじめも酷くなり、私は皆が言うように自分のことを売春婦のようだと思いました。」
「仲のいい令嬢も私を庇うといじめられるので、私は友人達から距離を置きました。シルヴァン様をお慕いしていても、シルヴァン様と生徒会室で会う時は常にリオ様がいたので、頼ることなどできませんでした。そんな中、いつも私を励ましてくれたのがトリスタンお兄様です。トリスタンお兄様と2人きりで会う事は、リオ様に反対されませんでした。」
「私はいつしか、リオ様に依存していきました。そして、私が王宮に住むようになり、2ヶ月が過ぎてジネット王太子妃殿下とリオ様がご結婚されて、正妃になられたのです。リオ様はジネット王太子妃を正妃にして、リオ様とジネット王太子妃の間に第一王子をもうけるようにとの王命を受けていました。」
「私はリオ様の愛情を失うのが怖いと思いました。あんなに嫌だったはずなのに。ジネット様との初夜の後、リオ様は私のもとを訪れました。私は初めて、自分からもリオ様を求めました。私も愛してると言いました。今思えば、歪んだ愛の形だったのかもしれません。私とリオ様の結婚はジネット王太子妃殿下との結婚の1ヶ月後と決まっていました。」
フレデリック王太子殿下はとても辛そうな顔をしながらも、私の話を聞いてくれている。
「リオ様は毎日ジネット王太子妃殿下を抱いた後に、私を抱きました。リオ様に愛を囁かれる度に、私の心は満たされました。それでも私は幸せだったのです。ジネット王太子妃殿下が卒業されたことで、今まで仲の良かったご令嬢達とも仲良く話ができるようになりました。」
「ジネット王太子妃殿下のご結婚から2週間後、私は学園からの帰りの馬車の中で1人、10人の暗殺者に襲われました。全員、1人で返り討ちにしましたが、証拠を残さない為に目の前で全員が自死しました。そこで出会って、それ以来、私の騎士でいてくださるのがロラン様です。」
「…酷いな。10人が目の前で自死するだなんて、辛かっただろう。それにしても、アンネは随分と強いのだな。」
「酷いショックを受けた私に、リオ様がジネット王太子妃殿下のところへ行かずに寄り添ってくださいました。それからはリオ様がジネット王太子妃殿下を抱くことは無くなりました。3日後、今度は私は毒で倒れて3日間意識を失いましたが、奇跡的に命は助かりました。毒を持った犯人は、証拠を残さない為に自死をしていました。それ以来、毒味をしていただいてから、食事を口にするようになりました。」
「トリスタンお兄様は、死にかけた私に『ここから一緒に逃げよう』、『アンネを救えるのなら身分を捨ててもいい、2人で平民になるのもいいかもしれない』と言ってくれたのに、私は逃げないと言ってしまいました。トリスタンお兄様を平民にしてまでも逃げたくはないと思ってしまったのですが、私は後からこの時のことを数えきれない程後悔しました。」
「そして、私とリオ様は結婚をしました。」
「あの有名な結婚式だよね。気が狂ったジネット王太子妃殿下が、花嫁を売春婦と何度も叫んでいたと世界中で有名だ。」とフレデリック王太子殿下が言う。
「お恥ずかしい話です。」
「アンネが恥じることなど、何もない。おかしいのはジネット王太子妃殿下なのだから。」
「私の結婚式の時に、リオ様がジネット王太子妃殿下をエスコートしてくださっている間に、久しぶりにシルヴァン様とお話することができました。その時の私は、シルヴァン様の事を目で追い、お話ができた事に浮かれていました。リオ様を愛しているのに、シルヴァン様を愛していたのです。」
「私の結婚式から2週間後、ジネット王太子妃殿下の妊娠が分かりました。私には護衛が常についていて、毒味もされていて、私の命の危険も脅かされ無くなりました。ジネット王太子妃殿下はその状況でも私を暗殺しようとしましたが、今度は暗殺しようとした犯人を生きたまま捕えることに成功し、ジネット王太子妃殿下が暗殺を指示していた証拠も見つかったので、ジネット王太子妃殿下は幽閉されました。」
「それからアレクシ第一王子が生まれるまで、売春婦と言われながらも比較的平穏で幸せな日々を過ごしました。リオ様はいつも私を大切にしてくださいました。」
「アレクシ第一王子がお生まれになり、私は妊娠しなくなる薬を飲まなくなりました。しかし、アレクシ第一王子誕生から2ヶ月後、トリスタンお兄様が毒殺されたのです。私がボーフォート王国から逃げた後に証拠が出たのですが、またもや指示したのはジネット王太子妃殿下でした。」
涙が止めどなく出てくる。
「毒殺した犯人は証拠を残さない為に自死をしていて、自らの血で死の間際に『アンネリーナのせいでトリスタンは死んだ』と書き置きました。トリスタンお兄様はまだ、19歳だったのです。死ぬべきでは無かった。」
「トリスタンお兄様は私を驚かせるのがお好きな方だったので、また私を驚かせようとしているのだと思いました。」
「でも、頬に触れるとお兄様は冷たくて…目を開けてくださいとお願いしても目を開けてくれなくて。。」
「お兄様に私を置いておかないでとお願いしました。」
「お兄様が亡くなったのは、私のせいなのです。お兄様が私と2人で逃げて平民になろうと言ってくれた時に、どうして私はお兄様と2人で逃げなかったのでしょう。」
「あの時、私が逃げていればお兄様は殺されなかった。」
「お兄様では無く、私が死ねば良かった!殺すのなら私を殺して欲しかった!」
あの時の感情がぶわっと押し寄せてくる。
「アンネ…。。」
フレデリック王太子殿下に抱きしめられる。
フレデリック王太子殿下も泣いていた。
「『お兄様、あなたのもとへ私も連れて行ってくださいませ』と目を開けないお兄様に、お願いしました。」
「私は…怖かった。また、誰かが私のせいで殺されてしまうと怯えた。」
「2週間後、気がつけば、私は馬車の前に飛び出していました。」
「死のうと思っていた訳では無いのです。馬車が近寄ってきているのを見た途端、轢かれれば死ねるのではと一瞬だけ思ってしまったのです。それから数秒の記憶はなく、気がついたら馬車が目の前にあって、強い衝撃で意識を失いました。」
「幸い、命は助かりましたが、酷い怪我をしました。私は、なんて馬鹿な事をしてしまったのだろうと、酷く後悔をしました。それと同時に自分が怖かった。私が私で無いような感覚になりました。」
「リオ様は私にカウンセリングをつけてくださいましたが、私の恐怖は変わらず、また私もすぐに自分の気持ちを打ち明けることもできずに、シルヴァン様とロラン様の助けで王宮を逃げ出しました。」
「シルヴァン様はジネット王太子妃殿下から人伝で、『アンネリーナ様が大切であるならば、2人で逃げるべき、今度こそアンネリーナ様が死ぬ』と言われ、ロラン様と共に私を逃がしてくださいました。ご自分の身分を捨ててまで。」
「逃げて初めて私は自分の妊娠を知りました。それまで、全然自分のことを考える余裕など無かったのです。私が馬車に轢かれたのにジョエルが元気に生まれて来てくれた事は、奇跡のような幸運です。私は、ジョエルに最低なことをした上に、父親まで奪ってしまったのです。」
「そんな私をシルヴァン様は変わらず愛していて、お腹の子の父親になると言ってくださいました。でも、私はシルヴァン様ではなくリオ様を愛していました。シルヴァン様は、子供のためにも夫婦の振りだけでもいいと言ってくださり、お腹の子供のために、私たちは夫婦のふりを始めました。私は酷い女ですね。」
「そんな事はないよ。アンネが酷い女なものか。」とフレデリック王太子殿下が否定してくれた。
「ありがとうございます、フレデリック様。それから半年間、色々な国を転々として、事業計画を考えながら旅を続け、シーモア王国に定住することを決めました。その1ヶ月後、私が17歳の時にジョエルが生まれました。」
「ボーフォート王国を出発してから一年後、私は会社を設立しました。ずっと、私を支え続けてくれたシルヴァン様を、再び愛した私は、初めてシルヴァン様と結ばれ、本当の夫婦になりました。」
「その頃に出会ったのが、フレデリック王太子殿下です。それから先は、フレデリック王太子殿下もご存知の通りです。」
「…まさか、アンネがそこまで辛い想いをして、シーモア王国に来ていたなど、思いもしなかった。今まで気づかなくてごめん。」
「いいえ、知らなくて当然です。このような事、その時の私の気持ちを話したのは、フレデリック王太子殿下が初めてです。あの時から時間を置いて話してみて、少し自分の気持ちが楽になりました。ありがとうございます。」
「僕がアンネの辛い時にそばにいられたなら、守ってあげられたのに。悔しいよ。」
「そう言ってくださって、嬉しいです。ありがとうございます。」
「こちらこそ、想像出来ないほどに辛かっただろうに、話してくれてありがとう。生きていてくれて、ありがとう。アンネ。」
私とフレデリック王太子殿下は、泣きながら抱きしめ合っていた。
フレデリック王太子殿下に抱きしめられて、体の震えも、涙も少しずつ引いていく。
「ありがとうございます。フレデリック王太子殿下。もう大丈夫です。」
フレデリック王太子殿下の腕が離れて、少しだけ寂しく感じる。
「きっと、私、泣き過ぎて酷い顔をしているので、化粧直しをしてきますね。」
慌てて立ち去ろうとすると
「会場に戻る時は僕にエスコートさせてよ。また、誰に酷いことを言われるかも分からない。僕はアンネがこれ以上傷つくのは耐えられない。化粧が崩れていようと、どんなアンネも世界で一番美しいよ。」
とフレデリック王太子殿下に言われて、「ありがとうございます。でも、化粧が崩れていても世界で一番美しいというのは、流石に嘘です。」と答えて、「嘘なものか。」と言う呟きを聞きながら部屋を出た。
部屋を出たら、ロラン様も泣いていて、「お話を聞いてしまいました。あの時は本当に申し訳ございませでした。」と言われたが、本当に気にしないように、私はロラン様に助けられていることを伝えた。
つい先程まで、フレデリック王太子殿下と抱き合ってしまっていた事に、リオ様に対する罪悪感と、フレデリック王太子殿下の居心地のいい腕にもっと抱きしめられていたかったという気持ちが芽生えて、私は慌てて自分の気持ちを否定した。




