32.修羅場に乱入者
「いいえ、リオネル王太子殿下。今のアンネリーナは私の妻です。」
傷ついた顔のシルヴァン様から目が離せない。
体がガタガタと震える。
なんて事をしてしまったのだろう。
ずっと私に尽くしてきてくれたシルヴァン様を、最低な形で裏切ってしまった。
泣く資格など無いのに、涙が溢れる。
「ごめんなさい、ごめんなさい、シルヴァン様。。」
幸せな家庭を壊してしまった。
「応接間で話をしましょう。待っています。」と言って、シルヴァン様は部屋を出て行った。
応接室に着くと、「エマ、こちらへ。」と言われてシルヴァン様の隣に座った。
シルヴァン様が私の手を握っているから、リオ様は明らかにイライラしている。
メイドがお茶を入れたら、人払いをした。
「シルヴァン、どういうつもりだ。アンネの手を離せ。」
人払いした瞬間にリオ様がシルヴァン様に怒る。
「お久しぶりです、リオネル王太子殿下。私はアンネリーナの夫ですから、手を繋ぐのも当然です。…リオネル王太子殿下が、こちらへいらっしゃるとは思いませんでした。」
「アンネは私の妃だ。私はずっとアンネを探していて、ようやく見つけたんだ。」
「アンネリーナは、こちらで私達家族と幸せに暮らしています。また、アンネリーナの幸せを奪うのですか?5年2ヶ月前のように。」
「今度こそ、アンネを幸せにする。王太子妃を連れ去った罪で、シルヴァンを投獄することもできるのだぞ。」
「私が連れ出さなければ、アンネリーナは亡くなっていたかもしれません。私はアンネリーナを愛しているし、アンネリーナも私を愛しています。私はアンネリーナをお守りしたいのです。」
「アンネが愛してるのは私だ。アンネと私は愛し合ってる。先程も愛し合いながら、私のことを愛してると言っていたのだから。」
「…アンネリーナは毎日、私の事を愛してると言って、私の腕の中で幸せそうにしていますよ。アンネリーナと私の婚約の時も、今も、リオネル王太子殿下がいなければ、私達は幸せだった。」
穏やかな幸せな日々を思い出しながら、涙が出る。
その時、部屋がノックされて、メイドが入ってきた。
「失礼致します。フレデリック王太子殿下がおいでです。こちらに、向かっております。」
フレデリック王太子殿下は週に2回くらい私に会いに突然訪れる。
会社の事業の会談で度々会うにも関わらず、それ以外に私用で週2回程訪れてくるのだ。
私と同じ歳の王太子らしくない王太子だ。
もう来ないでと言っても、いつも来る。
「エマ!会いたかったよ!」
入ってきた瞬間に抱きついてくるから、避けて払いのける。
「おやめくださいませ。」
「いつも連れないよね。そんなエマも素敵だよ。もしかして、泣いてたの?」
「それは殿下フレデリック王太子殿下には関係のない事です。」
「フレデリックって呼んでっていつも言ってるよね。僕とエマの間柄なのに、そんな他人行儀な呼び方は悲しいな。」
「どんな間柄ですか。私たちには、国民と王族という間柄しかありませんよ。」
「本当にいつも連れないな。僕はいつもこんなにエマを想ってるのに。」
フレデリック王太子殿下の甘いマスクで、こんな事を言われてときめかない女性なんていないだろうと思う。
リオネル様がボーフォート王国一の美貌と言われているのに対して、フレデリック王太子殿下はシーモア王国一の美貌と言われている。
2人とも、金色の髪に、青い瞳がよく似合う、これ以上なく整った顔立ちをしているが、リオネル様の方が少し男らしく、フレデリック王太子殿下の方が女の子らしい顔をしている。
フレデリック王太子殿下の顔が良すぎて、顔が熱くなる。
「僕を意識してくれてるの?嬉しいな。」
「意識なんてしてません。ご自分の顔がいいことを少しは自覚してください。」
「エマ以外にこんなことしないよ。あぁ、良かった。エマの元気が出たね。泣いてるエマもいいけど、いつもの元気なエマの方がいいや。泣いてるエマを僕が慰めてあげるのも良かったけど。」
「慰めて欲しいなんて思っていません。」
「早く離縁して僕の妃になってよ。エマが貴族でもなく、夫もいるから正妃にできないのが残念だけど、僕は正妃なんていらないから、側妃だとしても妻はエマだけになるよ。」
また抱きつこうとしてきたので、避けた。
「夫の前で口説かないでくださいませ。」
「怒ってる顔もそそるね。ゾクゾクするよ。エマ。ああ、モリスいたんだね。早くエマと離婚してくれない?」
「私が妻と離婚することなどあり得ません。」
「あれっ、初めて見る顔がいるね。…ジョエルと瓜二つの君は誰?エマの何?」
急にフレデリック王太子殿下の纏う雰囲気が変わり、リオ様とフレデリック王太子殿下が睨み合う。
フレデリック王太子殿下は軽い雰囲気とは裏腹に、とても優秀な男だ。
甘いマスクの王太子に一度でいいから遊ばれたいと言う令嬢も多いけれど、浮いた話を聞いたことがない。
リオ様がボーフォート王国一の美貌と言われてるのと同じように、フレデリック王太子殿下はシーモア王国一の美貌と言われている。
フレデリック王太子殿下のチャラそうな雰囲気に騙されて油断して、痛い目に合う家族は多い。
「…リオネル ボーフォート。アンネの夫だ。」
「あぁ、やっぱりそうなんだ。初めまして。リオネル王太子殿下。僕はフレデリック シーモア。僕も一応王太子やってるんだ。お忍びで我が国に訪問するとは聞いてたけど、リオネル王太子殿下はエマに逃げられたから、追いかけてきたんだね。」
リオ様の顔が引き攣る。
「私がアンネリーナだと、ご存じだったのですか?」
「ご存じって言うか、初めて会った時に気がついたよ。エマ…アンネって呼んだ方がいいのかな。」
「エマでいいです。」
「エマの完璧な所作と教養と社交で、平民出身なはずが無いよね。何ヶ国語も話せるし、世界情勢にも明るい。妃教育だって全くする必要の無いくらいの教養だ。」
「買いかぶりです。」
「そんな事ないよ。エマ以上の女性なんていない。加えて、この美貌だ。国中を探しても、エマ以上に美しい女性はいない。ボーフォート王国の美しいと評判の王太子妃が失踪したと言う話を聞いていたし、エマはアンネリーナ王太子妃だと確信していたよ。極め付けは、出会って最初の頃にごく稀に出ていたボーフォート訛りの話し方かな。」
「なぜ今まで知らないふりをしていたのですか?」
「アンネリーナ王太子妃殿下を私の妃にするのは、国際問題になりかねないからね。知らないふりをしていた方がいいでしょ。僕はエマが欲しいんだ。でも、まだみんな知らないから大丈夫かな。エマも自分がアンネだって事隠したいでしょ?」
「そうですね。秘密にしてくれるのですか?」
「秘密にするよ。僕とエマの秘密だね。でも、僕の王太子妃になって欲しいのに、違う男の王太子妃だなんて嫉妬しちゃうよ、エマ。しかも、ジョエルはリオネル王太子殿下の子供だろう?」
「…この事は他言無用にしてくださいませ。」
「いいよ、愛するエマの頼みなら、なんでも聞くよ。それに、エマを僕の妃にするためだからね。」
「私はフレデリック王太子殿下の妃にはならないと何度も申し上げてるでしょう。」
「僕も諦めないって何度も言ってるよね。愛してるよ、エマ。」
「本当に話が通じない人ですね。諦めの悪い男は嫌われます。」
「連れない感じも好きなんだよ、エマ。諦めたらエマは手に入らないよね。それとも諦めたら僕の妃になってくれるの?」
「なるわけがありません。」
「妃になってくれないのなら、諦められないよね。あれっ、今日は夫を愛してますのでって言わなくていいの?」
フレデリック王太子殿下の笑顔を見て、分かっててそんな事を言っているのだと確信した。
「へえ、エマもそんな顔をすることがあるんだ。ねえ、エマはリオネル王太子殿下を愛してるの?」
動揺を隠しきれない私の手を取り、顔を近づける。
「それとも、モリスを愛してるの?」
「どっちも愛してないんだったらさ、僕でいいんじゃない?」
キスをされて、咄嗟にフレデリック王太子殿下の頬を叩く。
「エマに初めてキスしちゃった。まさか、そんなに動揺するだなんてね。」
「アンネに手を出すな。」
「妻に手を出さないでください。」
「やだよ。隙さえあれば手を出すに決まってるじゃん。僕はエマを妃にしたいんだ。」
「アンネはボーフォート王国に連れて帰る。」
「そうなの?エマ。」
今日、リオ様と再会したばかりで、すぐに帰るとは決められなくて返事に困る。
「エマは帰りたく無いんじゃないかな。そんな事したら、またエマに逃げられるんじゃない?王太子殿下。」
「4年間かけてアンネを傷付けないだけの力を手に入れたんだ。二度とアンネを傷つけないと誓おう。アンネを幸せにする。だから、私のもとに帰ってきてくれ。アンネ。」
「…リオ様。。私はここでの生活が幸せなのです。少し考える時間をもらえませんか。それに、逃げ出してシルヴァン様と子供までいる私が、今更王太子妃に戻れるとは思えません。」
「アンネが王太子妃になる事を誰にも文句は言わせない。アンネを守るために、力をつけた。アンネが嫌がったとしても、絶対に連れて帰る。」
ノックの音がして、フレデリック王太子殿下の臣下が
「フレデリック王太子殿下、そろそろお時間が。」と声をかけた。
「エマと、もっといたかったのに残念。ジョエルとレティシアにも顔を出してから帰るね。2人とも僕の子供みたいなものだから。」
「フレデリック王太子殿下の子供ではありませんが、ありがとうございます。」
子供達はよく遊びに来るフレデリック王太子殿下に懐いている。
「また来るよ、エマ。」
「もう来ないでくださいませ。」
「いつも通り連れないね。猫のようなエマ。でも、そんなエマを愛してるよ。知れば知るほど好きになる。またね。」
「そういえば」とフレデリック王太子殿下がついでかのように言う。
「父上がリオネル王太子殿下を王宮に招待したいって言ってたよ。来てくれるかな。」
「分かった。」
「また連絡するよ。滞在先を教えて。」
リオ様とやりとりしたフレデリック王太子殿下は
「今度こそ、またね。愛してるよ、エマ。」
と言って去って行った。
私の事を猫のようなと言うのはフレデリック王太子殿下だけだ。
来ないでと言われてももう3年間も懲りずに、私のもとへ通い続ける不思議な人。
フレデリック王太子殿下は強引だけど、私が本当に嫌がることはしない。
権力を使えば、私を側妃にできるだろうけど、いつもああやって私のもとに通ってくるのだ。
シーモア王国中の令嬢がフレデリック王太子殿下にお気に召されたいと思ってるのに。
フレデリック王太子殿下のことを嫌っているわけではない。
むしろ、好きか嫌いかで聞かれたら好きだ。
でも、今の穏やかで幸せな生活を壊されたくないのだ。
そう思っていたのに、リオ様に再開した途端、シルヴァン様を裏切ってしまっただなんて。。




