7.
ランク1の一般星民たちが娯楽として集う巨大バーチャル空間、メガ・ネオン。
現実世界では狭い居住区に住む彼らも、ここでは自由にアバターをまとい、サイバーパンク調の繁華街で酒を飲むことができる。
その一角にある薄暗いバーチャル酒場で、仕事上がりの若者たちが円卓を囲み、深刻な顔で話し込んでいた。
「おい、聞いたか? 今日の夕方に王宮から発表された新法案……」
一人の若者が、テーブルにバーチャルジョッキをドンと置いて身を乗り出した。
「超大型増税だってよ。いきなり一律10%の引き上げだ」
「はぁ?マジかよ!?」
向かいに座っていた友人が、目を丸くして声を荒げた。
「いきなり10%も搾り取る!? なんだよそれ、新しい星王様は、就任初日で腐敗した幹部連中をバッサリ切ってくれた稀代の賢王じゃなかったのか!?」
「俺もそう思ってたんだがな……。しかも、その増税分の使い道が信じられないんだよ」
「使い道? まさか王族の贅沢のためか? それとも王宮の建て替えか?」
「いや……防衛費を大幅に上げるんだってさ。増税した莫大な資金を、全部タイタンの惑星防衛プラットフォームと新型兵器の開発に突っ込むらしい」
「はぁ!? 防衛費? なんでまた?」
若者たちは怪訝な顔を見合わせた。
「今の太陽系で、戦争なんか起きてねえだろ。地球も火星も、こんな辺境の氷の星に攻め込んでくる理由なんて一つもねえ。完全に無駄遣いじゃねえか。やっぱりあの王様、何も分かってないただのガキだったのか!?」
若者たちが「ふざけるな」「暴動を起こしてやる!」と息巻いていると、円卓の奥で静かに紫煙をくゆらせていた、情報通で知られる年長の男が、呆れたように深くため息をついた。
「お前ら、表面上のニュースしか見てねえのか? だからいつまでもランク1のままなんだ」
「あ? どういうことだよ」
男は周囲を警戒するように仮想の視線を巡らせ、声を限界まで潜めた。
「……知らないのかよ。つい最近、タイタンの深宇宙観測アレイが、太陽系外の知的生命体からの謎の通信を受信したって、アンダーグラウンドのネットワークじゃ持ちきりの噂だぜ」
「なっ……! た、太陽系外の……宇宙人だと!?」
「ああ。しかも、その暗号化された通信波のパターンを解析した連中の話じゃ、そいつら、極めて好戦的で攻撃的な可能性が高いらしいんだ」
その言葉に、若者たちの顔からスッと血の気が引いた。
もちろんこれは、宇宙のノイズをオカルトマニアが深読みしただけの、信憑性の低い都市伝説に過ぎない。
だが、絶妙すぎるタイミングで王宮から下された、防衛費の異常な増大という事実が、この情報に恐るべきリアリティを与えてしまったのだ。
「そ、そいつらから……俺たちタイタンを守るために……?」
「その通りだ」
情報通の男は重々しく頷いた。
「いいか? もし太陽系外から未知の侵略者がやってくるとしたら、一番外側に位置する辺境のタイタンが真っ先に狙われる可能性が高い。だが、平和ボケした火星や地球の連中は、まだその真の脅威に気づいていても、ウダウダやってるだけ。……だからこそだ!」
男の言葉に、熱がこもり始めた。
「我らが星王様は、まだ5歳という若さでありながら、いち早くその脅威を察知したんだ! そして、いざ攻められてからじゃ遅いと判断し、すべての批判を自分が被る覚悟で、即座に超大型防衛予算を組んだんだよ! 今から全力で対策しておかないと、タイタンの星民が全滅しちまうからな!」
「す……すげえ……!!」
一人の若者が、震える声で呟いた。
「誰にも知られていない全人類の危機を背負って、俺たちの命を守るためにあえて嫌われ役を買って出たってことか……! さすがは賢王だ、見据えている未来のスケールが違いすぎる!」
「でもよ……」
別の若者が不安げに口を挟む。
「いくら国を守るためとはいえ、10%の増税は正直キツいぜ。俺たちの今の稼ぎじゃ、生活が破綻しちまう……」
「そこが、あの賢王様の恐ろしいほど完璧なところだ」
情報通の男は、ニヤリと口角を上げた。
「お前ら、あの戴冠式の日を思い出してみろ。陛下がランク4以上の腐りきったエリートどもを粛清した際、奴らが裏で中抜きしていた莫大な不正資金や、癒着して進めていた無駄な巨大公共事業の予算を、マザーシステムで全部没収・凍結しただろ? ……あの途方もない額の国家予算が、ここ数日でどう使われたか知ってるか?」
若者たちは顔を見合わせた。
情報通の男は、ドヤ顔でテーブルを叩いた。
「全部、ランク1下層居住区のインフラの超大規模更新と、新しい産業への投資に全額ブチ込まれたんだよ!」
「なっ……!?」
「数日前から、下層エリアのあちこちでずっと放置されてた大気の循環システムの最新型への換装や、老朽化した居住ブロックの改修工事が一斉に始まっただろ? それだけじゃねえ! 行政の許認可権限が完全にAIへ委譲されたおかげで、これまでヴァルデン一派の特権企業にしか回らなかった事業発注が、忖度ゼロのAIの公平な判断で、俺たちランク1が働く中小の土建屋やシステム会社に次々と舞い込んできてるんだ!」
若者たちはハッとした。
確かに、ここ数日、街の至る所で真新しい建設ドローンが飛び交い、長年聞いたこともなかったような活気ある工事の音が鳴り響いている。
「そ、そういや俺の働いてる工場、ここ数日で急に最新の機材が国の助成で導入されて、おまけに労働時間が減ったのに給料のベースが跳ね上がったんだよ!」
「俺のとこもだ! 農業区画が完全AI化された関連事業にうちの会社が抜擢されて、大量の雇用が生まれて特別ボーナスが出たばっかりだぞ! しかも食料の生産効率が上がって、飯の値段まで下がってる!」
「それこそが陛下の狙いさ。腐敗した連中が溜め込んでいた莫大な死に金が、社会全体を潤す血液として一気に循環し始めたんだ」
情報通の男は、ジョッキを片手に誇らしげに頷いた。
「陛下が長年の癒着をぶっ壊し、社会のためになる本来の正しい場所に金を流したおかげで、ずっと低迷してた俺たち下層エリアの景気は今、過去最高レベルで爆上がりしてるだろ? つまり陛下は、先に俺たちの働く場所と生活基盤を極限まで引き上げて、みんなが稼げる完璧な経済の好循環を作り上げてから、満を持して今回の防衛増税に踏み切ったんだ!」
「な、なんだってえええええええっ!?」
若者たちは頭を抱え、絶叫に近い声を上げた。
「先に富を社会の底辺まで循環させて景気を爆発させ、市民の生活を底上げした上で、生じた余裕分を増税として集め、強固な国防を築く! まさか陛下は、増税のショックを和らげるために、就任初日のあの時からこの巨大な経済政策の布石を打っていたというのか!?」
「内政による経済の活性化と、迫り来る見えない脅威に対する防衛。この二つをこれほど見事に、しかもたった1ヶ月で両立させるなんて、もはや神算鬼謀としか言いようがねえ! どこまで俺たちの未来を考えてくださっているんだ、あの御方は!!」
「マジか……! すげぇ……すごすぎるぜ、あの賢王様は!!」
若者たちは一斉に立ち上がり、感動のあまりバーチャルジョッキを持つ手をワナワナと震わせ、目には熱い涙すら浮かべていた。
「俺、10%の増税って表面上の数字だけ見て文句言って……本当に自分が恥ずかしい! 陛下は俺たちの命を、そしてタイタンの未来を守るために、自分が暴君と罵られる泥を被る覚悟でこんな完璧な策を一人で練ってくれていたなんて!」
「ああ! こんなところで酒飲んでダラダラしてる場合じゃねえぞ!」
一人の若者が、目をギラギラと輝かせて叫んだ。
「超大型の防衛予算が動くってことは、インフラ整備の好景気に加えて、巨大要塞の建設や新型兵器の開発で、これからとんでもない規模の仕事と雇用がこのタイタンに雪崩れ込んでくるってことだ! 今なら新しい産業の立ち上げ支援金だって使えるんだぞ! こうしちゃおれん、俺今から防衛関連事業の下請けに何か絡めないか、すぐに探してくるわ!」
「俺も行くぜ! 賢王様の大きく、深い御心に応えるために、俺たちの手でこのタイタンに最強の防衛網を築き上げるんだ! そしてガンガン働いてガッツリ稼いで、きっちり10%の税金納めてやるぜ!」
「レオ陛下万歳! 我らが賢王に栄光あれ!!」
バーチャル酒場にいた若者たちは、ジョッキを力強く打ち合わせ、熱狂的な歓声と合唱を上げながら、次々と現実世界へとログアウトしていった。
この熱狂は彼らだけではない。同じような光景が、タイタンの巨大ネットワークの至る所で巻き起こっていたのである。
こうして、レオが嫌われてニートになりたい、という極めて個人的な理由で放った最悪の無駄遣い増税は、アンダーグラウンドの宇宙人襲来の噂と、レオ自身が初日に適当に承認したことで偶然引き起こされた社会投資による爆発的な好景気が見事に合わさった結果、星民の怒りを買うどころか、タイタン全土に空前の愛国心と防衛特需を巻き起こすことになってしまったのである。




