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5.

戴冠式から一夜明けた、輝かしき星王ライフの初日。


俺はふかふかのベッドでたっぷり睡眠をとり、あくびをしながら王宮の巨大な執務室へと足を踏み入れた。


今日から仕事ゼロ、ストレスゼロの完璧なニート星王生活が始まるのだ。


だが、自動扉が開いた瞬間、俺は思わず顔を引きつらせた。


「レオ星王陛下! おはようございます! さあ、ただちに業務を開始いたしましょう!」


執務室の中には、昨日の戴冠式を取り仕切っていた最高幹部ヴァルデンをはじめとするランク5の3人全員と、各政庁のトップであるランク4のエリート官僚たちがずらりと整列していた。


どいつもこいつも、手元のホログラムパッドに山のような未決裁書類データを抱え、今か今かと俺の登場を待ち構えていたのだ。


ヴァルデンのモノクルの奥の目は、国家への異常な献身と「さあ徹夜で働きましょう!」という狂気じみた情熱で血走っている。


「現在、マザーシステム上で決裁を待つ未承認案件は実に2000件! 我々が完璧なサポートと解説を行いますので、共にタイタンの未来を切り拓きましょう!!」


(うわぁ……出たよ。前世のブラック企業も真っ青の、ド直球ワーカホリック軍団!)


俺は心の中で激しく舌打ちをした。


こいつらは純粋に国のためを思っているからこそタチが悪い。生かしておけば、一生「お仕事の時間です!」と俺の安眠を妨害しにくるに違いない。


俺は真っ直ぐ玉座に向かい、どっかりと腰を下ろした。


「ねえ、ヴァルデン。お前たち、今日からクビね」


「……はい?」


ヴァルデンの口から、間の抜けた声が漏れた。後ろに控えるランク4の連中も、ポカンと口を開けている。


「だから、クビ! もう王宮に来なくていいよ。あ、そうだ。ヴァルデンたちランク5の3人と、そこにいるランク4の真面目君たち全員、今から一番底辺のランク1に降格するから」


その瞬間、執務室の空気が完全に凍りついた。


「ら……ランク1、ですか?」


ヴァルデンが震える声で聞き返した。


ランク1といえば、下層エリアから一歩も出られない一般市民のランクだ。国家の最高幹部に対する、あり得ない処遇である。


「そうだよ。君たち、僕にいっぱいお仕事させようとしてるでしょ? 僕ね、お仕事なんて大嫌いなんだ! だから、僕を真面目に働かせようとする奴はいらないの!」


俺は空中にシステムのマスターコンソール画面を呼び出し、ヴァルデンたちの生体IDを一括選択した。


「な……ッ!!」


俺が本気だと悟ったヴァルデンは血相を変え、一歩前に踏み出した。普段の冷静沈着な姿はどこへやら、その顔は驚愕と焦燥で歪んでいる。


「お待ちください、陛下! それはあまりにも非論理的です! 我々最高幹部がいなくなれば、誰がこの巨大なドーム都市の政治を回すのですか!? インフラの更新も、食料の配給システムも、すべて我々が管理しているのですよ!?」


ヴァルデンは必死に手を伸ばし、声を荒げた。


「我々をバッサリと切り捨ててランク1に落とすなどという暴挙に出れば、このタイタンは政治が回らなくなり、数ヶ月で確実に崩壊しますぞ!!」


後ろのランク4たちも「そうです!」「国が滅びます! どうかご再考を!」と悲痛な叫びを上げ始めた。


(おお、焦ってる焦ってる。でもなぁ、お前らが政治を回すってことは、その最終責任と決裁の仕事は全部俺に回ってくるってことなんだよ。俺は絶対に働きたくないっての!)


「うるさーい!」


俺は玉座の肘掛けをバンバンと叩いた。


「国が崩壊する? そんなの僕の知ったことじゃないよ! 僕は遊びたいのに働けって邪魔する奴は全員敵だ! 僕の言うことが絶対なんだ!」


『対象者:35名。アクセス権限をランク1へダウングレードします。実行しますか? Y/N』


空中に浮かぶ緑色に光る『Y』のボタンを、俺は躊躇なくポチッと押した。


ピロリーン。 無機質なマザーコンピューターのアナウンスと共に、ヴァルデンたちの胸元で青く光っていた高ランクのバッジが、鈍い灰色へと一斉に変色した。


「あ、ああ……アクセス権限が……」


ヴァルデンは自分の手元のパッドが真っ暗になり、完全にシステムから締め出されたのを見て、膝から崩れ落ちた。


「終わりだ……。初代星王から受け継いできた、このタイタンの高度な政治システムが……たった5歳の王のワガママで……っ!」


俺は鼻で笑った。


「ほら、さっさと王宮から出ていけ! 僕は僕を甘やかしてくれる奴しかいらないんだよ!」


護衛ドローンたちが赤い警告光を放ちながら接近すると、ランク1に落ちた元・エリートたちは、絶望に顔を歪ませながら、文字通りつまみ出されていった。





「ふははは! 見たか、絶対権力! これで僕を真面目に働かせようとする連中は一掃されたぞ!」


執務室に静寂が戻り、俺は大きく伸びをした。


「……対象者の追放、完了いたしました。しかしレオ殿下」


玉座の横に控えていたエルナが、淡々と報告してきた。


「やったね、エルナ! さあ、今日からずっと遊ぶぞー!」


「いえ、殿下。ヴァルデン様たちが残していった未決裁の承認案件2000件が、システム上にスタックされたままです。これを今すぐ処理しなければ、王宮の管理システム含め、市民生活の根底を支えるシステムがエラーを起こし、停止する恐れがあります」


「げっ!?」


(くっ……真面目君たちを追い出しても、システム上の仕事は消えないのか! 空調やご飯が止まるのは俺が困る!)


「えーい、仕方ない! 適当にパパッと承認してやる! エルナ、概要だけ教えて!」


「御意に。ではまず第7区画・大深度地下エネルギープラントの増設計画です。エネルギー生産量は上がりますが、運用規定により、毎年1回、星王ご自身による現地視察と複雑な安全確認手続きが要求されます。ヴァルデン様は国益のために必須だと推奨しておられましたが……」


(は!? 僕がわざわざ地下深くまで視察に行かなきゃいけないの!? 冗談じゃない、絶対に行かない!)


「却下、却下ぁ! 僕が汗をかくような仕事が増える案件なんて絶対に嫌だ!」


俺はエルナの言葉を遮り、速攻で却下の赤いボタンを叩いた。


「承知いたしました。次は行政手続きの簡略化および、決裁権限のAIへの全面委譲案です。ヴァルデン様は、星王の権限と威厳を軽視するものだと否決する予定でしたが」


エルナはそう言いながら


「これを通せば王としての威厳が損なわれますが、いかがされますか?」


という真面目な視線を向けてきた。


(威厳? そんなのクソの役にも立たない! 全部AIが決めてくれるなら、俺が承認する手間が省けるじゃないか! ヴァルデンめ、俺に仕事をさせるためにわざと否決しようとしてたな!)


「大賛成! 承認! 威厳なんかより僕の時間が大事! 面倒な手続きは全部AIに丸投げ!」


ポチッ。


「……なるほど。では次は農業区画の完全自律AI統治システム導入案です。元ランク4の官僚たちは人間の監視の目がなくなるため、トラブル発生時の対応に遅れが出るリスクがあると猛反対していましたが……」


(人間の監視がなくなる? つまり、誰も俺に農業の調子がどうとかの報告書を持ってこなくなるってことか! 最高じゃん!)


「即承認! リスクとか知るか、全部AIにやらせとけ! 人間は仕事なんかしないで寝てればいいんだよ!」


ポチッ。


「……では次にタイタン全市民の労働時間の20%延長案。生産力向上のため、ヴァルデン様が強く推し進めていた法案です。タイタンの国力を火星に近づけるためには必要かと存じますが」


(出たよ、労働時間延長! 奴らが長く働けば働くほど、俺のところに回ってくる書類の数も増えるに決まってる! 前世のブラック企業みたいな真似は許さん!)


「絶対却下! むしろ労働時間は減らせ!」


(みんな働かずにダラダラしてれば、俺のところに仕事なんて来ないでしょ!)


ポチッ。


「すべての市民の労働時間を削減するのですね。……御意に」


エルナは都度「王としての責任が……」「生産力が……」と真面目な助言を挟んできたが、俺はとバッサリ切り捨てていった。


エルナの言いなりには決してならず、ひたすら、少しでも面倒なことにならないように、俺が一番楽できる方向へと、己の私欲と怠惰の赴くままに適当に承認を乱発していった。


(ふふふ、真面目な助言なんて聞くかよ。俺は絶対に、自分が一番楽になる選択肢しか選ばない! これが絶対権力者の仕事術だ!)


八時間後。


「や、やっと終わった…。長かった…。今後の楽のために死に物狂いで働いてしまった…」


「……すべてのスタック案件の処理が完了いたしました。素晴らしい決断スピードです、殿下」


「でもこれで、終わった終わった! 僕はおやつ食べてゲームするから、あとはエルナが適当にやってね!」


俺は玉座から飛び降り、意気揚々と自室へと戻っていった。


ヴァルデンたち超優秀な真面目エリートをバッサリ切り捨て、5歳の子供が自分の怠惰のために適当に承認を押しまくった。


俺はのちにこのタイタンの社会構造にどういう影響をもたらすかなど、まったく考えていなかったのだった。





薄暗く、埃っぽい空気が漂うランク1の最下層居住区。


配給される合成タンパク質の匂いが充満する、窓もない極小の居住スペースの中で、元・最高幹部ヴァルデンはギリギリと血が滲むほど奥歯を噛み締めていた。


「おのれ……ッ! おのれおのれおのれえええええっ!!」


ドンッ! と力任せに金属の壁を殴りつける。


戴冠式で王宮から追放されて数日。


タイタンの政治の中枢でふんぞり返っていた彼から、輝かしいエリートの姿は完全に消え失せていた。


高級な制服はシステムによって自動で剥ぎ取られ、今はランク1用のペラペラでみすぼらしい作業着に身を包んでいる。


ランク1に落ちた彼には、王宮のシステムへのアクセス権限など当然ない。


(あの憎き5歳の王――レオめ!今頃スタックした承認案件を前に、意味もわからず適当に決裁してシステムを大混乱させているに決まっている)


ヴァルデンは単なるクソ真面目で国想いなワーカホリック幹部などでは断じてない。


その勤勉さは偽装であり、彼の真の顔は、タイタンの富と権力を裏で貪り尽くす裏社会のドンだ。


巨大な公共事業の癒着、闇市場への物資の横流し、マフィアとの結託、裏金工作……タイタンの闇でバレずに悪事を働くには、必ずヴァルデンの承認という強大なフィルターを通し、巨額の賄賂を納める必要があったのだ。


あの何も知らない5歳のバカなガキを玉座に座らせ、騙して意のままに操り、前王時代すら遥かに凌ぐ絶対的な支配体制を築くはずだったのに。


「あのクソガキ……ただ仕事したくないなどというふざけた感情だけで俺たち幹部を一掃しおって……! はらわたが煮えくり返るわ!」


怒りに身を震わせながらも、ヴァルデンの目にはまだギラギラとした野心の炎が宿っていた。


表の権限であったランク5を失ったのは痛手だが、彼には長年かけて地下に張り巡らせた裏の帝国がある。


(ランク1に落ちようが関係ない。俺にはダミー会社、マフィア、闇市場の強固なネットワークがある。これらを使って莫大な資金を動かし、意図的に物流を麻痺させ、泣き叫ぶあのバカなガキから権力を取り戻してやる!)


ヴァルデンは薄汚い路地裏を抜け、下層エリアに巣食う自身の裏組織の拠点を巡り始めた。反撃の狼煙を上げるために。





だが――数日かけて街を歩き、裏の連絡網を辿るうち、ヴァルデンは次々と異様な壁にぶち当たっていく。


最初に向かったのは、当面の反撃資金を得るための第7区画・大深度地下エネルギープラントの建設を取り仕切る、自身のダミー会社だ。


あの増設計画は、莫大な国家予算を中抜きして懐に入れるための超特大の公共事業、いわゆるマネーロンダリングである。


しかし、アングラ回線でダミー会社の社長に接触を図ると、聞こえてきたのは絶望に満ちた悲鳴だった。


『ヴァルデン様! プラントの増設計画が……王宮の命令で突然無期限凍結されました! 資金の決済システムがロックされ、会社は不渡りを出して今日で倒産です!』


「な、なんだと!?」


王宮の命令……? 待て、あの法案は俺が国益に必須と最優先で上奏するはずだったものだ。


なぜ凍結されている?


嫌な予感を抱えながら、ヴァルデンは次に、懇意にしている悪徳企業幹部たちが集まる秘密クラブの裏口へと向かった。


彼らに新事業の許認可をチラつかせ、反逆のための支援金を出させるためだ。


だが、現れた悪徳幹部たちは、みすぼらしい作業着姿のヴァルデンを嘲笑うように見下した。


「悪いがヴァルデンさん、もうアンタの権力は使えなくなった。数日前に決裁権限のAIへの全面委譲案が可決されてね。今じゃ新規事業の許認可は、忖度ゼロのAIが完全公平に審査する仕組みになっちまった。アンタに裏金を払う意味がもうないんだ」


「決裁権限の……AIへの委譲だと!?」


ヴァルデンは絶句した。その法案は王の威厳、つまり俺たちの権力が損なわれるとして、ヴァルデン自身が確実に握り潰すはずだったものだ。


それが可決された? 賄賂とコネという、俺の最大の権力の源泉が絶たれたということか!?


背筋に冷たい汗が伝うのを感じながら、彼は最後の希望を求めて農業区画の闇市場へと走った。


人間の監視員を買収し、架空の人件費を請求しつつ、最高級の合成食料をこっそり横流しさせているドル箱のシノギだ。


横流し品を売り捌けば、まだ再起の道はある。


しかし、闇市場の倉庫はもぬけの殻だった。顔見知りのマフィアのボスが、青ざめた顔で頭を抱えていた。


「終わりだ……農業区画に完全自律AI統治システムが導入されやがった。人間の監視員は全員クビ。ドローンとAIがなんの狂いもなく食料を厳格管理するようになりやがって、横流しルートが完全に消滅したんだよ!」


「…………ッ!!」


ヴァルデンはその場によろめき、薄汚れた壁に手をついた。


さらに街角の巨大ホログラムビジョンが、追い打ちをかけるように、タイタン全市民の労働時間の削減を歓喜の映像と共に報じていた。


ヴァルデンがブラック企業と結託して市民を限界まで搾取するための労働時間延長案の真逆の決定。


これにより、ブラック企業の不当な利益は激減し、彼へのバックマージンも完全に断たれる。


「ぜ、ぜんぶ……潰された……っ」


ランク1に落ちたヴァルデンには、レオの承認案件を直接見る権限はない。


しかし、ここ数日の街の異常な激変という結果を見れば、嫌でも逆算できた。あの5歳のガキが何を可決し、何を却下したのかを。


すべて、ヴァルデンが戴冠式後にレオに処理させようとしていた裏金法案の真逆!


ただ無作為に適当な承認をした? そんなわけがない。


自分の息がかかった裏事業だけが、まるで精密なレーザー手術のように、ピンポイントで、かつ完膚なきまでに叩き潰されている!


偶然で片付けるには、あまりにも完璧すぎる。


「まさか……まさか……!!」


ヴァルデンはガタガタと震え上がった。


『お前たち、今日からクビね。僕を真面目に働かせようとする奴はいらないの!』


あの日、あの玉座で放たれた無邪気な言葉。あれは子供のワガママではなかったのだ。


『お前たちが国のためと偽りながら、裏で私腹を肥やそうとしている巨悪であることはすべてお見通しだ。だから、お前たちのような腐敗した連中はこの国にはいらない』


という、冷酷なる絶対権力者からの宣告だったのだ!


「あのガキ……ワガママな子供を演じて俺を油断させ……俺の利権の構造を完全に把握した上で、即座に手足を切り落とし、急所を的確に突いたのか……!」


たった5歳の子供が。 長年かけて築き上げたタイタンの裏の帝国を、就任初日に、完全に崩壊させた。


あの戴冠式の時、玉座から自分を見下ろしていた冷ややかな目は、俺を嘲笑っていたのに違いない。


「な、なんという恐ろしい怪物だ……! クソ真面目なエリートの仮面を被っていた俺の裏の顔を完全に見破り、この俺を……タイタンの裏のドンである俺を、葬り去ったというのか……ッ!」


ヴァルデンは、はらわたが煮えくり返るほどの屈辱と怒りを通り越し、圧倒的な底知れぬ恐怖に震え上がった。


自分が神輿にしようとしていたのは、都合よく操れるバカな操り人形などではない。


タイタンの何百年にもわたる腐敗を、たった数日で根絶やしにする、冷徹にして完璧なバケモノだったのだと。


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