4.
【レオ4歳】
あの外界の絶望的視察から約2年。
4歳になった俺――レオは、これまで星王になるため、さまざまなことを学んだ。
そこで知ったこの世界の歴史と真実は、俺の前世の一般常識を木端微塵に破壊してくるものばかりだった。
まず、ここが太陽系第6惑星土星の衛星タイタンであり、いまが西暦2938年。
転生前の202X年から約900年後の世界だ。
地球は2500年代に病原体に支配されて絶滅しかけたが、最終的に一人の少女に救われ、今は人が住みきれないほど発展しているらしい。
月へ移った人類は同じく2500年代に初めて光速の0.2%を達成して技術革新を進めたようだが、しかしそれ以降の技術革新は伸び悩んだとのこと。
火星は今最も技術発展している星で、2600年代に月から移住し、広大な面積と過酷な環境がマッチしたため飛躍的に技術が進化したし、人口も爆発的に増えた結果、技術力も爆上がりして光速の10%を2700年代に達成した。
火星の人口が溢れて、ここタイタンの人類は2731年に火星から移り住んだ。それから200年、初代星王の直系血縁が星王を継いでいるとのこと。
……つまり、現在その血を受け継ぎ、次期星王となるのがこの俺なのだ。
地球は絶滅寸前から人が住みきれないほど超発展。月は光速の0.2%。火星は過酷な環境で飛躍的に進化して光速の10%を達成、その火星から溢れ出した天才エリート集団の末裔が、俺たちタイタンの住人!
何だよ光速の10%って…。そんなのもうワープの世界じゃねーか。
いちいち俺の一般常識を破壊してくるこの歴史の事実を前にして、俺は完全に理解した。
こんな革新的にすすんでいる世界じゃ俺は何もできない。
王になっても真面目なやつらに言われるまま承認ハンコをひたすら押すだけの人生、一生使い潰されるだけだ。
前世の記憶が嫌でも蘇る。俺は前世で、誰よりも真面目に働いた。
「会社のため」「お客様のため」という綺麗事に踊らされ、上司から押し付けられる理不尽な仕事をすべて引き受けてきた。
その結果がどうだ? 俺が得たのは使い勝手のいい便利な駒という評価と、増え続けるサービス残業、そしてボロ雑巾のように心身をすり減らした挙句の過労死だ。
(この星でも同じだ。いや、もっとひどい)
この星の重鎮どもは、俺より圧倒的に頭の切れる天才エリートの末裔たちなのだ。
そんな連中の中に、前世のポンコツ知識しかない俺が真面目な王様として放り込まれたらどうなるか?
『レオ殿下、この超光速推進機関の予算配分案ですが、量子論的見地からの承認を』
『レオ殿下、ドーム都市の気象制御システムのアルゴリズム最適化にサインを』
そんなわけのわからない書類の山を、毎日朝から晩まで押し付けられるに決まっている!
少しでも口答えすれば「これだから無能な王は」「我々が代わりに国を回してやっているのに」と裏で嘲笑われながら、実質的な権力はすべて奪われ、ただのお飾りのハンコ押しマシーンとして死ぬまでこき使われるのだ。
(ふざけるな! 俺は絶対に、もうあんな思いはしたくない!)
あの神だって言っていたじゃないか。
『君は前世で真面目で損をしてきた。今度は、絶対に損をしないようにね』
『これまで君が苦しんできた分、今度は住民を思い切り苦しませてもいいからね』と。
俺はふかふかの椅子の上で腕を組み、考えに考えた。
俺のような凡人が、自分より圧倒的に頭のいい天才連中を顎で使い、誰よりも楽をして、最高に怠惰な一生を送るにはどうすればいい?
真っ向から知恵比べをしても絶対に勝てない。だったら……。
答えは簡単だ。
(周りをイエスマンで揃えればいい。真面目に働かせようとする奴らを全員クビにすればいい)
これだ! 俺は天才だ!
俺が王になった暁には、俺に「国のために働きましょう」「この書類に目を通してください」と近寄ってくる小賢しい真面目な奴らを、権力にモノを言わせて全員追放してやるのだ!
そして、空いた席には「レオ様のご決断はすべて正しいです!」「仕事なんて私が適当にやっておきますから、レオ様は昼寝していてください!」と肯定してくれる、都合のいいポンコツイエスマンだけを配置する。
天才のエリートどもが作った複雑怪奇なシステムなんて知るか。
俺は王という絶対権力だけを振りかざし、俺の機嫌を取る連中だけを周りに侍らせ、面倒な政治はすべて丸投げして、一日中ゲームをしてお菓子を食べるのだ!
国が傾こうが、民衆が這いつくばって苦しもうが知ったことではない。俺が気持ちよく生きて、一生楽できることだけがすべてだ!
(完璧だ……! 俺の輝かしい怠惰ライフのシナリオが完成した!)
絶対に真面目に生きてやるもんか。
俺は、この国を俺にとって最高に都合のいい、怠惰と堕落の国に変えてやるんだ!
4歳の俺は、ふかふかの椅子の上で一人、最高に身勝手な決意を固めて高笑いしそうになるのを必死に堪えていた。
【レオ5歳】
俺が、真面目な奴らをクビにして、俺を全肯定するイエスマンだけで固める、という完璧な計画を思いついてから、1年。 俺は5歳になった。
そして今日、ついに俺の星王としての戴冠式が行われる。
本来、星王の即位は十分な帝王学を修めた10歳で行われる。
だが、この超絶システム管理社会では、最高権限保持者たる決定者が不在だと、新しい法案はおろか、老朽化したインフラの更新すらシステム上で決裁が下りないという致命的な縛りがあった。
エリートどもは星王の権限が無くてもできるギリギリのことを執行することで何とかごまかしてきたようだが、それも限界を迎えた。
俺が玉座にいない間、書類とタスクは雪だるま式に山積みになり、行政が完全にストップしてしまったのだ。
その結果、国の停滞に耐えきれず胃に穴を開けかけた真面目なエリートどもが、「5歳でもいいから、とにかく承認キー(星王)を玉座に座らせてシステムを動かさないと国がもたない!」と悲鳴を上げ、仕方なく俺の即位が前倒しされたというわけだ。
(ふっ、要するに、早く無能な俺を玉座に縛り付けて、自分たちの山積みの仕事を片付けさせたいだけだ。だが、そうはいかない。俺はお前らの想い通りにはならない!堕落した人生を歩んでみせる!)
自室の巨大な姿見の前で、俺は専属メイドのエルナに豪奢な式典用の服を着せられていた。
周囲の環境に合わせて温度や重力を自動調整する超ハイテクなスマートファブリックだが、デザインは前世のヨーロッパ貴族が着るような、重厚な真紅のマントにこれでもかと金糸の刺繍が施された仰々しいものだ。
5歳の短い手足にはいささか重いが、権力の象徴としては申し分ない。
「……装具のシステムリンク、完了いたしました。レオ殿下、本日は誠におめでとうございます」
エルナは相変わらず分厚いメガネの奥の目をピクリともさせず、マントの襟元のシワを整えながら淡々と告げた。
「ばっちりだよ、エルナ! ねえねえ、今日僕が王様になったら、みーんな僕の言うこと聞くんだよね?」
俺がわざと舌足らずな子供らしさを装って聞くと、エルナは深く恭しく一礼した。
「はい。このタイタンにおいて、星王陛下の御言葉は絶対の法となります。都市を管理する絶対システムが、物理的にも情報的にも陛下の意志を執行いたします」
「それじゃあ、僕に説教してくる生意気な奴らがいたら、クビにして追い出しちゃってもいいってことだよね?」
「……陛下の、御心のままに」
よしよし! 分かってはいたけど、このメイドはすでに俺の完璧なイエスマンだ。
「そんなワガママはいけません」と窘めることもない。
俺の暴君ライフの第一歩は順調だぜ。
準備が整った俺は、音もなく浮遊する自律型護衛ドローンの群れを引き連れ、ドーム都市の中心にそびえ立つ王宮の巨大な大広間――玉座の間へと向かった。
そこは、俺の想像を絶する光景だった。
数十万人がすっぽり入るほどの広大なホール。
無数の青白いホログラムが宙を舞う中、タイタンの政治と経済を動かすトップエリートたちが、軍隊のように一糸乱れず整然とずらりと並んでいた。
どいつもこいつもピシッとした制服に身を包み、いかにも国のために身を粉にして働く真面目なエリートという顔つきだ。
俺が赤い絨毯を歩き、光の粒子が舞い散る玉座へと向かうと、厳かな電子音のファンファーレが鳴り響き、式が始まった。
その祭壇の最前列で、式の進行を取り仕切る一人の男が待ち構えていた。
こいつの名前はヴァルデン。
タイタンの最高幹部であり、国を良くしようと、文字通り不眠不休で働き、喉から手が出るほど俺を早く働かせたがっている超絶生真面目エリートの筆頭だ。
銀色の髪をオールバックにきっちりと撫でつけ、制服にはシワ一つない。
姿勢は定規を当てたように真っ直ぐで、モノクルの奥の知的な瞳は、一点の曇りもなく国家の安寧と発展だけを見据えているような、恐ろしく生真面目な光を宿している。
ヴァルデンは俺に向かって深々と、そして寸分の狂いもない完璧な角度で平伏した。
俺には分かる、「ああ、やっとシステムを動かす生体マスターキーが手に入った……! これで滞っていた未決裁の法案1万件を、殿下と共に不眠不休で処理し、国民の生活を向上させられる!」とかなんとか思ってるに違いない。
国を想う純粋な使命感と、自己犠牲も辞さない悲壮なまでの熱意を全身から放っていた。
(……全身からにじみ出てやがる。前世で俺を過労死させた、俺も徹夜で働くから、お前も徹夜で働け、タイプの激務大好きワーカホリック上司と完全に同じ匂いがプンプンしやがるぜ)
「すべては国のためです!」とかいう大義名分を盾にして、悪気ゼロで俺に分厚い書類の山を押し付けてくる気満々の顔だった。
このタイタンという世界の権限は、血統や人望といったフワッとしたものではない。
絶対AIコンピューターが管理する厳格なランク(アクセスレベル)がすべてを支配している。
ランクは全部で6レベル。
星王である俺は、唯一のランク6の権限を持つ。
つまり、このドーム都市のすべてのAI、ドローン、インフラ、人事、経済に対する完全なアクセス権と絶対的決定権を独占しているのだ。
目の前にいるヴァルデンを含め、ランク5の権限を持つ最高幹部はタイタン全土でたった3人しかいない。
その下のランク4が各政庁のトップたちだ。
そして、タイタンの人口の大多数を占める底辺の一般市民はランク1で、一定の居住エリアから外に出る権限すら持たない。
驚くべきことに、10億人クラスが押し込められているランク1の居住エリアと、ランク2以上のほんの一握りの特権階級が住む上層エリアの面積が、ほぼ同じなのだという。
VR空間での無限の娯楽や、フードプリンターによる配給食で完全に飼い慣らされているとはいえ、こんな異常な超格差ディストピア社会で満足しているらしい一般市民もどうかと思うが……まぁ俺の知ったことではない。
俺がその頂点で、一番広くて豪華な部屋で贅沢に暮らせればそれでいいのだ。
俺にとって重要なのは、ただ一つ。
俺がレベル6の最高権力者であるということ。
超高度にAI化されたこの都市において、システムが管理する権力は絶対だ。
もし俺がシステムに「ヴァルデンの権限をレベル0にしろ」と命じれば、マザーコンピューターは即座にそれを実行し、あのクソ真面目なヴァルデンは明日から自分のオフィスのドアすら開けられなくなる。
ヴァルデンたちレベル5が束になって喚こうが、どんなに完璧なプレゼンをしてこようが、物理的にシステムを掌握しているレベル6の決定は絶対に覆らないのだ。
ふふふ、最高じゃないか。お前らの作ったこの完璧で冷酷な階級システムが、そっくりそのまま、今日からお前らを縛る鎖になるんだ。
この圧倒的なシステム権力さえあれば、俺に国境なき激務を押し付けてくる真面目な連中を全員クビにして、俺をヨイショするだけのポンコツを集めた最高に怠惰なニート王国を作るなんて、赤子の手をひねるより簡単だ!
「――これより、システム・イニシエーションを開始する。新たなる星王の戴冠の儀を執り行います」
ヴァルデンのよく通る、誠実さに満ちた声がホールに響き渡ると、空間そのものが波打ち、空中に幾重にも重なる巨大な光の王冠が浮かび上がった。
ヴァルデンが恭しく差し出した光のパネルに、俺は右手を押し当てた。
『生体ID認証完了。DNA照合、網膜パターン、脳波同調……すべてクリア。アクセスレベル6・オールグリーン。全システムのマスターコントロールを移譲しました。ようこそ、レオ星王陛下』
機械的なアナウンスと共に、空中の光の王冠が静かに降りてきて、俺の頭上に収まった。
俺の網膜に直接、緑色のシステム文字が浮かび上がり、都市のすべてを掌握した全能感が走る。
「――ここに、新たなる星王の誕生を宣言する! タイタンの栄光ある未来は、若き王と共に!」
ヴァルデンが感極まったように両手を高く掲げると、会場を埋め尽くすエリートたちから、割れんばかりの拍手が巻き起こった。
式は滞りなく終わる。 俺という星王の誕生だ。
誰も彼もが、国を動かすためのシステムキーがようやく稼働したことに安堵の表情を浮かべている。
誰もが、この幼き星王がこれから自分たちと共に、真面目にタイタンのために尽くして働きまくる立派な王になると信じて疑っていないのだ。
ヴァルデンの目には、これからの激務に向けての並々ならぬ気合の炎が燃え上がっている。
俺は光り輝く玉座の上から、拍手をするヴァルデンや真面目なエリートどもを冷ややかに見下ろした。
5歳の可愛らしい無邪気な笑顔を顔に貼り付けながら、心の中では暗く邪悪な笑い声を上げていた。
(さあ、国のために働く気満々のエリートども。せいぜい今のうちに喜んで、国の未来に夢を見ておくんだな。お前らが俺に国のためのお仕事を持ってきた瞬間……俺の輝かしい大リストラ・クビ切り祭りが開幕される!)




