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本編自体はこれで最終回になります。

俺はタイタンの王宮にある、いつものふかふかのクッションの上にだらしなく寝転がっていた。


ゲームが崩壊したショックからようやく立ち直り、デジタルポテトチップス銀河海苔をのんびりと齧っていた時のことだ。


音もなく執室の巨大な自動扉が開き、漆黒の強化装甲服に身を包んだ第一近衛師団の特殊部隊隊長がドカドカと激しい足音を立てて進み出てきた。


俺の目の前に到達するなり、床がひび割れんばかりの勢いで直立不動の敬礼をキメた。


「神帝レオ陛下!! 火星の地下深くに潜伏していた大罪人ヴァルデンとその一味、および太陽系全土に潜んでいた裏組織の幹部共を、一人残らず完全に制圧いたしました!!」


隊長は喉がちぎれんばかりの絶叫で、俺に向かって熱い感謝の言葉をぶちまけ始めた。


「奴らが暗号化防壁の盾に隠れてコソコソと立ち回る中、まさか陛下自らがシステム内部に入り込み、物理サーバーごとセキュリティを爆破してくださるなど、我々凡人には到底成しえない神の所業でした!! 吹き飛んだ防壁から流出した確定的な証拠ログのダンプのおかげで、我々は奴らを一網打尽にすることができたのです! 陛下の神威に、全兵士がひれ伏しております!!」


(……また始まったし、このよくわからない話……)


俺の預かり知らぬところで、いつのまにか太陽系を揺るがす巨大なテロ組織が完膚なきまでに物理的にも社会的にも消滅してしまったらしい。


「お、お疲れ様、みんな、頑張ったんだね…」


俺は引きつった笑顔を必死に貼り付けながら、適当に手を振ると、部隊長は最敬礼で出て行った。


いちいち訳の分からない報告なんかしなくていいってのに!


とはいえ、悪党がいなくなったんだから、俺のニート生活も安泰になったのだと、納得することにした。


だが、平和の余韻に浸る間もなく、俺の斜め後ろに控えていたメイドのエルナが、スッと前に進み出てきた。


その腕の中には、システムコアが吐き出し続けた光り輝くホログラムの書類の山が、まるで絶望のスカイツリーのようにうず高く積み上げられている。


「見事な御采配でございました、レオ様。つきましては、逮捕されたヴァルデン一味が隠し持っていた太陽系全域の莫大な隠し口座の財産、および裏社会の巨大な物流ネットワークの処分についてですが……これらはすべて、タイタンの星王であるレオ様にしか処理できない状態になっております」


「……へ? なんで俺?」


これまでは地球大統領と火星議長に権限を与えて勝手にやらせてたのに、なんで?


俺がポカンと口を開けると、エルナは手元のホログラムをスクロールさせながら、冷徹な口調でその理由を告げた。


「ヴァルデンは、自身が秘匿していたすべての隠し利権のデータや闇物流のコアシステムを、ここタイタンの惑星管理マザーシステムの最深部――それも、星の生命維持と重力制御を司る最重要基幹回線に、完全に寄生・同化させておりました。外部から政府の役人や中央の技術者が強引にデータを引き抜こうとすれば、マザーシステムが外敵からのサイバー攻撃と判定し、タイタン全土の機能が永久に緊急停止する仕組みです。これらを星の機能を止めずに安全に分離し、処分を確定できるのは、この星の絶対的な最高管理者権限をお持ちの、レオ様ご本人の承認コードのみとなっております。いかがなさいますか?」


(何言ってるの?全く理解できない。でも俺が最高権限でポイってデータを外に放り出しちゃえば丸く収まるってことだよな?)


難しい政治の書類だの、利権の再配置だの、そんな話を俺のポンコツ脳みそで考えられるわけがない。それに訳わからない複雑な計算や役所の会議なんて付き合っていたら、俺の睡眠時間が根こそぎ奪われて過労死してしまう。


俺はふかふかのクッションの上でジタバタと暴れながら、とにかく自分が楽になる方向へと、己の私欲と怠惰の赴くままに適当に決めていく。


「めんどくさいから、そのタイタンのシステムに引っかかってる裏金は、全部ポイポイ強制分配しちゃって!」


エルナが真面目に聞いてくる。


「どのように分配いたしましょう」


うーん、この前の楽しいゲーム、何故か崩壊しちゃったから、そこを埋め合わせるか。


「通信環境が悪くてゲームのログインボーナスが少なそうな、一番レベルの低い底辺アカウントから順番に配分しといて」


「あと、そのなんちゃらネットワークとかいうのも、パスワード全部解除してシステムコアのAIに完全開放! ヴァルデンが持ってた技術とかデータとか、全部まとめてフリー素材としてネットに一般公開しちゃえば誰も文句言わないでしょ!! ほら、僕の最高権限で一括承認、ターンッ!!」


その後も、俺は他の案件も概要すらまともに聞かず、手抜きコマンドを乱発し、実行キーを叩き込みまくった。


「これで終わり終わり! 俺はすっきりしたからコーラ飲んで寝る!」


俺は玉座から飛び降りると、これで全ての面倒事が片付いたと確信し、意気揚々とプライベートルームへと引きこもっていった。





それからわずか数日後のことである。


事の始まりは、底辺アカウントに放り投げた、莫大な隠し財産だった。


俺はゲームのアカウントのつもりで言っていたのだが、タイタンのシステムコアはそれを勘違いし、通信環境が劣悪な最下層スラム区画に住む、経済的に困窮した本物の貧民層へと、巨額の富をダイレクトに、強制的に還流した。


これにより、太陽系の歴史上で最も富の再分配が成された。最下層の市民たちの購買力が一夜にして爆発的に跳ね上がり、太陽系全土で前代未聞の超絶好景気バブルが巻き起こり、貧困という概念そのものが消滅した。


だが、本当の変化はそこからだった。


裏技術と一緒に一般公開(オープンソース化)した、あの崩壊したゲームの全ソースコード。あれは元々、ヴァルデンが裏社会の資金をこれでもかと注ぎ込んで、軍事級を越える超高次元演算エンジンを走らせるためのシステム基盤として作らせていたものだった。


太陽系中に無数に存在する科学者やエンジニアたちが、その人類最高峰の秘匿データと、剥き出しになった演算エンジンのソースコードを貪るようにダウンロードした。


そして、ヴァルデンのダミー会社が隠し持っていた最先端の超高度な分散並列アルリズムを組み合わせた結果、とんでもない技術進化が引き起こされてしまった。


既存の処理能力を数千倍上回る超並列演算が可能となり、科学者たちは暗黒物質の完全制御に成功。これにより技術レベルが一気に進化し、同時に経済水準も爆発的に上がった。


さらに、AIに完全開放した裏社会の物流ネットワークが、恐るべき化学反応を引き起こした。


元々、ヴァルデンが帝国の厳しい規制や関税を逃れるために宇宙空間の死角に張り巡らせていた極秘ルートに、制限を解除された超高度AIが直接流し込まれたため、AIは人間同士の政治的縄張り争いや煩わしい行政手続きをすべて完全に無視し、その裏ルートを太陽系全土を最短距離で結ぶ、ファストトラベルの超最適化、超空間経済インフラへと勝手に進化してしまった。


貧困の消滅による爆発的な市場の活性化、演算能力の爆発的進化による世界水準の大飛躍、さらに物流網へのAIの強制最適化。


このすべての奇跡が完璧に噛み合った結果、太陽系はわずか数日の間に、あらゆる社会的・技術的停滞を過去の遺物とした、完全無欠のユートピアへと超絶進化を遂げてしまったのである。


街の広場では、今日も数億人の市民たちが祈りを捧げる。


「タイタンのシステムを人質に取ったヴァルデンの姑息な罠を見抜き、ご自身の最高権限の一振りでそのすべてを解放されるとは、さすがは神帝レオ陛下!!」


「役所の無能な介入を阻み、富の還元が最も必要な最下層の市民へダイレクトに送金し、秘匿された軍事演算コードをオープンソース化させて歴史を100年進めた、神の経済采配!!」


「我々をすべての労働の苦痛とインフラの限界から完全に解放された、レオ陛下こそ真の救世主であられる!!」


全太陽系がかつてない熱狂と幸福の絶頂に沸き返っている。


「な、なにが起こっているんだ??」


そのとき、俺のプライベートルームの巨大ホログラム画面に、地球連邦政府の大統領と火星共和国の議長が、顔面を真っ青に引き攣らせて強制的に割り込んできた。


二人は、葬式ですら見たことのないような、恐怖と敗北感がないまぜになった複雑な表情で、画面越しに俺に向かって深々と平伏した。


『神帝、レオ陛下……!! 我々は、我々凡人の無能さを、今度こそ魂の底から恥じるしかない……!!』


地球の大統領が、机に手をついてガタガタと震える声で呟いた。


『陛下が下された、あの富の全分配と、演算エンジンを含めた技術のオープンソース化という神の采配により……太陽系の経済と技術の発展スピードが、我々連邦政府の処理能力の限界を遥かに超えて突き抜けてしまった……!!』


火星の議長も、髪を振り乱して泡を食ったように叫ぶ。


『もう我々凡人の浅知恵では、この恐るべき速度で進化した太陽系をコントロールできません! 悔しいですが、これほどの次元の発展は我々の手に負える代物ではないのです! 太陽系の未来のため、これからは全ての政治、経済の超・重要案件を、陛下自らがその神の領域の知性で直接御采配していただくしか方法がないのです!!』


バチィィッ!! と凄まじい音を立てて、彼らからの数万件の書類データが、俺のホログラムデスクへ雪崩のように転送されてきた。


(……は、はあぁ!? 発展スピードが速すぎて処理できない? 全部俺が直接やれって、何言ってんのこいつら!?)


俺が白目を剥いて硬直した、まさにその瞬間だった。


『レオ様ぁ! レオ様ぁぁっ!! 大変ですわ、今すぐわたくしたちを助けてくださいませ!!』


別の通信回線から、フリフリのドレスを着たルメン王国のアリアが、顔を真っ赤にして画面に飛び込んできた。


『太陽系との交流によってオープンソース化されたあの超高度演算データを、我がルメン王国の全システムが学習した結果、一瞬で次元を飛び越えて爆発的に進化してしまいましたの!!』


アリアは涙目で、しかし嬉そうな顔で、俺に向かって巨大なホログラムのスクロールを突きつけてきた。


『あまりの技術進化の速度に我が国のすべての科学者や役人の頭脳が追いついておりません!完全に機能不全に陥っております! これほどの超技術をどう運用すべきか、レオ様のご判断を、このアリアに直接お授けくださいませ!! 毎日お部屋へお伺いしますので、じっくりとご決裁を仰ぎますわ!!』


ズズンッ!! と凄まじい質量の決裁案件の束が、アリアの笑顔と共に俺の前へと積み上げられた。


(嘘だろ!?……銀河の中心まで爆発進化しちゃったの!? ていうか、なんで俺の決裁が必要なの!?)


胃袋が雑巾のように絞り上げられる極限の緊張に、俺が頭を抱えて悲鳴を上げようとした、その刹那。


ピピピピピピピピピピッ!!!


王宮のマザーシステムが、レッドアラートの緊急警告音を鳴り響かせた。


天の川銀河のさらに向こう側、隣のアンドロメダ銀河の領域から、巨大な多面体のホログラムが強制的に玉座の間の中央へと大映しになった。


それは、かつて俺の適当な「水、欲しい?」の一言に怯えて完全降伏した、あの恐怖の異星文明、統合知性体ゼニスの集合意思だった。


現在の彼らから放たれているのは、かつての怯えではなく、宇宙の命運を賭けた、恐るべき決意と一体感のノイズだった。


『天の川銀河の絶対統治意識、メインコア・レオ。……我々集合体ゼニスは、貴殿が放った軍事級演算コードの全一斉解放、およびそれによって引き起こされた天の川銀河の全爆発的進化ログを完全に検知・同期した。そして、その絶対データを全アンドロメダ銀河の高度知的生命体へと強制転送・開示した』


ゼニスの無機質なはずの合成音声が、圧倒的な覇気をもって、俺の脳髄を直接揺さぶる。


『貴殿が天の川銀河を瞬時に掌握・駆動せしめたその底知れぬ演算能力、および宇宙全体のポテンシャルを塗り替える発展スピードの脅威に対抗すべく、我々はすべての個体障壁を排し、レオを最終目的とする超銀河大同盟の構築を完了した。 我がアンドロメダ銀河に存在する覇府ギルガ、及び知性体クリスタリアは精神集合は単一の意思へと統合され、アンドロメダ銀河は完全なる一つの知性体として同期を完了した』


(……はい? アンドロメダ銀河? 完全に一つにまとまった……!?)


ゼニスのホログラムは、畏怖の念に打たれたように、光の形を深々と沈み込ませながら、全宇宙の未来を決める特大案件を俺の目の前に叩きつけてきた。


『二大銀河のパワーバランス、およびこの爆発的に進化する宇宙の覇権をどのように管理し、いかなる銀河間協定を結ぶべきか。 全宇宙の最高支配者である、レオ大帝。……貴殿の、冷徹にして絶対の意思を、今こそ我々に提示していただきたい。アンドロメダの数千億の生命体が、貴殿の決裁を待っている』


ピロンッ!


その宣告が終わった瞬間、俺の視界のすべて、網膜の隅々から天井にいたるまでの全空間が、地球、火星、月、ルメン王国、そしてアンドロメダ銀河の全文明から送りつけられた、天文学的な数の重要最終決裁通知の光の壁で、完全に、跡形もなく埋め尽くされた。


その総数、およそ、無限大。


俺がただ、誰にも怒られず、何一つ責任も負わず、ゲームをしてお菓子を食べて、毎日ぐっすりお昼寝をしたいという、個人的で、くだらない怠惰のために放った適当な采配。


勘違いフィルターが奇跡の限界突破で合致し続けた結果。


俺を、二つの銀河の頂点に立つ、宇宙規模の過労死ブラック祭壇の生贄へと、祭り上げてしまっていたのである。


俺は、目の前を埋め尽くす天文学的な決裁書類の壁と、きらきらした目で俺の指示を待つホログラムに映る代表たちの真ん中で。両手で頭を抱え、ふかふかの玉座のクッションの上にズルズルと崩れ落ちながら、涙目で、魂の底から絶望の悲鳴を上げきった。


「どうしてこうなったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!!!!!!」


絶対に働きたくない星王の、果てしなき社畜過労死ロードは、全宇宙を巻き込んだ終わりなき無限残業の絶望と共に、光速のその先へと、永遠に加速していくのであった。

これにて本編自体は終了となります。ここまでお読みいただきありがとうございました。


次回エピローグで本作品は完結です。

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