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【ヴァルデン視点】


俺の名はヴァルデン。


かつて、この太陽系を統べる帝国の中枢、衛星タイタンにおいて、国家運営のすべてを実質的に牛耳る最高特権階級ランク5に君臨していた男だ。


俺は表向き、タイタンの平和と発展を誰よりも願う、完璧で清廉潔白な有能高官を見事に演じきっていた。


福祉政策に力を入れ、市民には常に温和な笑顔を向け、タイタンの良心とまで呼ばれるほどの完璧な仮面。


だが、それはあくまで俺の被った精巧な偽りの顔に過ぎない。


俺の真の姿は、タイタンの暗部を深く支配し、違法な兵器売買から巨大な裏金工作、さらには目障りな政敵の暗殺に至るまで、ありとあらゆる犯罪ネットワークを統括する裏世界の絶対的ボスだった。


光と闇、その両方を完全に掌握した俺の二重生活と、太陽系を裏から支配する優越感は、俺が寿命を迎えるまで続くはずだった。


あの忌まわしき小僧――絶対神帝レオが、突如として玉座に就くあの日までは。


五年前のあの日。神帝に就任した直後のあいつは、俺の長年の完璧な演技を一瞥しただけで、玉座の上で退屈そうに欠伸をしながら言い放ったのだ。


『ねぇ、ヴァルデン。お前たち、今日からクビね。今から一番底辺のランク1に降格するから。僕を真面目に働かせようとするやつはいらないの!』


……ふざけるな。


俺の裏の顔が暴かれ、決定的な証拠を突きつけられて法の下に裁かれたわけじゃない。


「俺に仕事をもってくる真面目な奴だから」という、ただそれだけの、あまりにも理不尽でふざけた理由で、俺は特権階級の頂点から、最下層のゴミ同然の身分へと突き落とされたのだ。


最初は、何も考えていない狂った子供の気まぐれだと思った。俺が長年かけて築き上げた国家への功績も、完璧な仮面も、すべてを台無しにするただの暴挙だと怒り狂った。


だが、俺がランク1の泥水をすすりながら、残された裏のコネを使って水面下で巻き返しを図ろうとした矢先。


俺が裏で巧妙に進めていた巨大な資金洗浄のルートや、悪徳企業との癒着政策が、ことごとく完璧に潰されていったのだ。


しかもそれは、精鋭の捜査機関が動いたわけではない。


あの小僧の、レオの勅令によるものだった。


そこで俺は、背筋が凍るような絶望と恐怖と共に完全に悟ったのだ。


あの真面目な奴だから落とすという理由は、ただの建前だったのだと。


あの悪魔のような小僧は、俺の完璧な演技を最初から完全に見抜き、俺が裏世界のボスであるという真実をすべて把握していたのだ……!!


そして、俺が絶望の中で自らの裏組織が解体されていく様を、すべては手の平の上だったとばかりに、玉座の上から嘲笑って眺めていたのだ!!


最初こそ芽生えたのは恐怖だったが、俺の心には、あの小僧に対する狂気じみた憎悪と、何としても玉座から引きずり下ろして社会的にも肉体的にも抹殺してやるというドス黒い復讐の炎だけが最後には残った。


「ふざけやがって……! レオ……ッ! 俺の尊厳を、俺のすべてをオモチャにしやがって……!!」


俺は、俺と同じようにランク1に落とされた、かつてのランク5やランク4の連中と密かに接触した。


そいつらも全員、俺の裏組織と繋がり、甘い汁を吸っていた連中だった。奴らもまた、レオにすべてを見透かされ叩き落とされたのだ。


身分は剥奪されても、俺たちが長年培ってきた圧倒的な裏のコネクションと、帝国の監視を逃れた隠し口座に眠る莫大な隠し金までは、あの小僧も奪い切れなかった。


俺たちは五年という歳月と莫大な裏金をとことん注ぎ込み、ついに究極の復讐計画を実行に移した。


それが、現在太陽系全土で爆発的なブームを巻き起こしている最新鋭の完全没入型ゲーム【アルカディア】だ。


俺たちに対するタイタンの厳重な政府の監視網の目をごまかすため、メインサーバーを遠く離れた火星の地下深くに極秘の独立施設として建造した。


裏社会の天才プログラマーたちに金を握らせ、莫大な資金を投じて作らせたそのゲームの完成度は凄まじく、リリースから瞬く間にユーザー数は三億人を突破するという大成功を収めた。


だが、このゲームの真の目的は、愚かな大衆に美しい大自然の冒険を提供することなどでは断じてない。


この【アルカディア】のシステム深層には、フルダイブ中のユーザーの脳波と視覚神経に直接干渉し、無意識下に刷り込みを行う洗脳プログラムが巧妙に仕込まれているのだ。


ゲーム内で美しい景色を見つめ、BGMを聞き、時間を過ごせば過ごすほど、ユーザーの精神には、小僧レオに対する根拠のない強烈な嫌悪感と憎悪が少しずつ蓄積されていく仕組みになっている。


そして洗脳が最終段階に達した時、俺たちは三億人のユーザーに向けて、現実世界で一斉にタイタンの中枢へと向けた大暴動を起こす信号を送信する。


暴動のクライマックスに合わせて、ゲーム中に脳内部に仕込んだトリガーを起動する電磁パルスを放ち、三億人のユーザーを同時に脳死に至らしめる。


「三億人の市民が神帝への反逆を叫びながら死ぬ……その大虐殺のすべてを暴君レオが反乱鎮圧のために行った無差別大虐殺だとでっち上げ、太陽系全土の憎悪をあの小僧に向けて、惨めに処刑台に送ってやる!!」


俺は火星サーバーのメインコントロールルームで、順調に増え続けるログイン数を見つめながら、長年の屈辱を晴らす勝利の確信に口元を歪めていた。


まもなく、ユーザーの脳波にレオへの明確な嫌悪感を植え付けるファーストステージが発動する。


そのカウントダウンが始まった、まさにその時だった。


「ヴァ、ヴァルデン様! タイタンの特権回線から、信じられない生体IDのログインを観測しました!」


監視パネルを操作していたプログラマーが、悲鳴のような叫び声を上げた。


「なんだと? 誰だ!」


「間違いありません! あのレオです!たった今この【アルカディア】にログインし、はじまりの草原に降り立ちました!」


「……ッ!! なぜあいつが俺たちのゲームに……!」


俺は心臓が跳ね上がるのを感じながら、すぐさま巨大なメインモニターにレオのアバターと行動ログを映し出させた。


監視カメラ越しに見るレオは、ただの初期装備の生産職の姿で、女と共に草原を歩き、最初のクエストに直面しているように見えた。


「ふん……。自分が憎まれるための洗脳装置とも知らずに、ただの暇つぶしの娯楽として遊びに来たというのか。ちょうどいい、貴様にもたっぷりと洗脳を……」


俺がそう嘲笑ってモニターを睨みつけた直後。俺は、その画面の中でレオが取った異常な行動を見て、訝しげに眉をひそめた。


「……おい、あいつは一体何をしている?」


草原のクエストでは、初心者向けに野生の猿のモンスターや、巨大なダチョウがクエストの対象として現れていた。


だが、レオは普通に武器で戦ってクエストをこなすのではなく、あろうことか現れた猿たちに、クラフターで作ったペンライトを持たせ、女の踊りに合わせて応援させるという狂った行動に出たのだ。


さらに、ダチョウの前にゴールテープをぶら下げてテープを切らせることで、クエストの正規の進行とは全く違う、意味不明な方法でクリア判定をもぎ取ったのである。


「な、なんだあのふざけたプレイは……! 猿にペンライトを持たせて振らせる? ダチョウにゴールテープを切らせる? なぜあいつは、正規の攻略ルートを完全に無視してあんな真似を……!?」


「ヴァルデン様……あれは、もしかして……」


部下の一人が、顔面を蒼白にしながら震える声で言った。


「NPCや敵のAIが、どこまでイレギュラーなアイテム干渉を許容するか、そしてクエストの進行フラグ判定がどこまで柔軟かを……意図的にテストしているのではないでしょうか?」


「……っ!!」


その言葉を聞いた瞬間、俺の全身から冷たい汗が噴き出した。


そうだ。あのレオが、ただのおふざけでそんな馬鹿なことをするはずがない。五年前、俺の裏工作をすべて見抜き、弄んだあの悪魔だぞ。


ただの視察なのか?ゲームの粗探しに来ただけか?


だが、あいつの行動はゲームを楽しんでいるわけではない。この仮想空間のシステムの許容範囲の境界線を、あの異常なプレイングを通して確実に探っている。


「監視を続けろ! 奴が次に何をするか、一瞬たりとも見逃すな!」


俺が怒鳴り声を上げた時、モニターの中のレオは、そこでテストを終えたとでも言うように、一直線に、はじまりの街の中央広場へと向かっていった。


俺たちが固唾を呑んで見守る中、モニターの中のレオは、水が枯れた『世界樹のクリスタル噴水』の前に立ち、インベントリから初期素材である『青いスライムの粘液』を取り出した。


そして、生産スキルのUIを開き、粘液のパラメーターをいじって、噴水の干上がった盆の中を『巨大な青いゼリーの海』で展開したのだ。


「ふん、ただのエフェクト遊びか。そんなことをして何が……」


俺が鼻で笑いかけた、次の瞬間だった。


『警告! 警告! 環境アンカー座標(0,0,0)が未定義の不安定状態に移行! 影のリンクが強制切断されました!』


火星のコントロールルームに、突然けたたましいエラーアラートが鳴り響いた。モニターの中の広場では、NPCやプレイヤーの影が本体から切り離され、独立した黒い模様として地面をデタラメに暴走し始めていた。


「な、なんだこれは!? どうして影が外れている!? 何が起きてやがる!?」


「や、やばいですボス! レオの奴がシステムで展開したスライムゼリーのせいで、世界の座標定義が崩壊しそうです!」


部下がキーボードを狂ったように叩きながら、青ざめた顔で絶叫した。


「あの『世界樹のクリスタル噴水』、実は透明感と光沢を表現するために、開発の設定上はスライムと全く同じ属性として存在していたんです!」


「ただの設定の流用だろう! それがどうした!」


「普段は水が入っているため属性が干渉せずに済んでいたんです! し、しかし、今日はたまたまイベントで水が完全に枯渇している状態! その空っぽの盆に、レオのやつが全く同じ属性を持つスライムの液体を直接流し込んだ結果……クリスタル噴水自体とスライム液の座標が完全に重なり合ってしまうバグが発生したんです!」


「な、に……っ!?」


「あの噴水は、このバーチャル空間全体を固定するための環境アンカー座標(0,0,0)として使っています! しかし重なった状態は、基準座標として存在できないことになります! システムは大元となる基準座標を定義できず、極めて不安定な未定義状態に陥りました!」


「基準座標が未定義になったことで描画のアンカーが消失し、行き場を失った影が独立して動き出したんです! さらにそこにNPCのAIが流れ込んで暴走しています!」


「馬鹿な……っ!水がないタイミングを狙って世界の基点座標を不安定化させただと!? 我々すら知らん穴だぞ!? それを、あんなスライムの粘液一つで引き起こしただと!?」


俺は冷や汗を流しながら叫んだ。


だが、レオの悪夢のようなシステム破壊はこれだけでは終わらない。


奴は次に、その不安定になったゼリーの上に、クエスト用の小さな木の舟を浮かべたのだ。そして木の枝で作ったプロペラと動力ゴムをくっつけてモーターボート化し、工作を終えた。


ゴムの推進力が解放され、舟はゼリーの盆の縁に沿って、滑らかにぐるぐると旋回し始めた。


見た目には、ただのおもちゃの船が水面をすいすいと走っているだけの、ごく普通の光景だった。異常な速度で暴走しているわけでも、振動しているわけでもない。


――しかし、その直後。広場にいた数百人のNPCの姿が、一斉にのっぺらぼうの丸太へと変貌し、空中に浮かび上がって時計回りに回転し始めたのだ。


「ヒィッ……!? ボ、ボス! 今度はNPCのモデルが全部、初期のテスト用ダミー丸太にダウングレードされています!」


「どういうことだ!? 舟が水面を回っているだけだろう! なぜそれでNPCが丸太になるんだ!」


部下は頭を抱え、絶望的な声で報告を上げた。


「ボ、ボス……! レオの奴、さっきの属性の重なり判定によって生じた不安定な座標状態をあえて利用したんです!!」


「ど、どういうことだ……!」


「システムが今、座標(0,0,0)を定義できずにパニックになっている不安定な領域の中に、レオはゴムの推進力で物理的に動く特異点(舟)を放り込みました!」


「それがどうした!」


「座標を見失ってパニックに陥っていたシステムは、その不安定な領域内に突如として現れた明確なベクトルを持った特異点(舟)を検知したということです!」


「だから、それが何だっていうんだ!!?」


「はい!システムは、その不安定状態の中の特異点を見つけ、ただのアイテムである舟を新たな座標(0,0,0)だと勘違いして、再定義してしまったんです!!」


「ば、馬鹿な!! ただの木の舟が、世界の親オブジェクトの座標を乗っ取ったというのか!?」


「そうです! 舟は今や、バーチャル世界全体を統括する、世界の絶対座標です! レオはあの噴水が座標0,0,0に設定されていることを見抜き、座標を不安定にさせた上で特異点を作ってアンカーを乗っ取りました!」


「……ッ!!」


「そして、その新たな座標(0,0,0)である舟は、ゴムの動力で盆の縁を旋回しています! システム上、世界の基準点(0,0,0)そのものが円運動していると処理されます!」


「つまり、舟の動きに合わせて世界の空間全体を物理的に回転させるという、とてつもない演算が始まったんです!!」


「ふざけるな!! モニターに映る舟がゼリーの盆をぐるぐる回っているのは……舟が動いているわけじゃなく……舟が世界の軸となって、空間全体を振り回しているというのか!!」


「はい! 空間全体の回転演算という膨大すぎる過負荷で、メモリーが瞬時に枯渇しました!」


「サーバーは完全停止を防ぐため、一番メモリを食っている群衆NPCの精密な3Dモデルと重力演算をまずは緊急パージし、処理の軽い初期テスト用のダミー丸太に置き換えました!」


「そして、質量が軽くなったことで重力ベクトル情報が書き換わり、丸太たちが空中に浮かんで、空間の回転方向に、舟の動きに引っ張られて回転し始めたんです!!」


「あ、あ、……悪魔め!」


俺はモニターの中で平然と立ち尽くすレオの姿を見て、底知れぬ恐怖に全身を震わせた。


見た目はただおもちゃの船が水面をぐるぐる回っているだけ。だがシステム内部では、あの小僧は属性の重なりを利用して座標を未定義化させ、そこに動く特異点を作ることで世界のアンカーを乗っ取り、世界全体を捻じ回す状況を作り上げていたのだ。


それを、ただの初期アイテムだけを使ってピンポイントで踏み抜いてみせたのだ。


「……間違いない。あの野郎……最初から俺たちの作戦に気づいてやがったんだ!」


俺の絶望に満ちた叫び声が、コントロールルームに響き渡った。

長くなったので二分割します。

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