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あの後、俺たちは草原に現れた小さい猿を、全く同じ方法で何度か繰り返して倒した。


パパラパッパッパー!!


『クエストクリア! 経験値を獲得しました! レベルアップ!』


空中に心地よいファンファーレが鳴り響き、俺とアリアの頭上に浮かんでいた緑色の文字が『Lv. 10』へと変化した。


それと同時に、俺の体を包んでいたゲーム初期特有の少し重たい感覚が、フワッと抜け落ちた。


「おおっ! なんか、少し体が軽くなった気がする!」


俺はその場で軽くジャンプしてみた。


現実の俺の運動神経よりも明らかに高く跳べるし、手足を動かすスピードも上がっている。


これがRPGのレベルアップというやつか。


自分の成長がダイレクトに感じられて、ゲームの中とはいえ素直にテンションが上がる。


「ふぅ……! レオ様、なんだか私も、先ほどよりも体がスムーズに動くようになった気がいたしますわ!」


少し息を切らしていたアリアも、フリフリのダンサー衣装を翻しながら軽やかにステップを踏んでみせた。


「この調子なら、どんなクエストが来ても楽勝だね! よーし、次行こう!」


俺が空中のシステムパネルを操作し、次のクエストを受注した。


ピコーン!


『クエスト発生:牧場から逃げ出した【快速ダチョウ】を捕獲せよ!』


「おっ、次は討伐じゃなくて、捕まえるだけのクエストだね。これなら楽――って、うわあああっ!?」


クエスト開始の合図と共に、目の前の草原を、ダチョウを二回りほど大きくしたような二本足の巨大な鳥が猛スピードで駆け抜けていった。


「クエェぇぇぇッ!!」


土煙を上げながらジグザグに走り回る快速ダチョウは、目で追うのがやっとの凄まじいスピードだ。


「やばいやばいやばいっ! めっちゃ速い! あんなの俺の足じゃ絶対に追いつけないよ!」


俺が叫ぶと、アリアが「ここは私にお任せを!」と前に飛び出した。


「レベルが上がって体が軽くなりましたし、私が脚力で追いかけて、直接捕まえてみせますわ!」


アリアは踊るのをやめ、なんとフリフリのスカートの裾をガバッと両手でたくし上げると、猛然とダチョウの後を追いかけて走り出したのだ。


「待ちなさぁぁぁいっ!!」


「ちょっ、アリア!? 魔法とかスキルじゃなくて物理で追いかけるの!?」


俺のツッコミも虚しく、アリアは草原を爆走していく。


さらにその後ろから、「ウキキキッ!」と先ほど魅了した猿たちが、手にしたペンライトを振り回しながらアリアを応援するために走り出した。


草原のど真ん中で、巨大な鳥、フリフリのドレスの王女、そして光る棒を持った猿の群れが、ぐるぐると大きな円を描いて走り回る謎の追いかけっこが始まってしまった。


俺は生産職で体力がないので、一人だけその場にポツンと取り残された。


「はぁっ、はぁっ……! ま、待ちなさい……! もう少しで……手が届きそう……!」


「クエェェェーッ!」


アリアは必死に食らいついているが、ダチョウは揶揄うように少しだけスピードを上げ、一向に距離が縮まらない。


「どうしよう、俺がなんとかして罠で足を止めないと!」


俺は慌てて辺りを見回し、足元に手頃な長さのツル草が落ちているのを見つけた。


「そうだ、この生産スキルでこのツル草を、鳥の足に引っ掛けて転ばせるロープに変身させよう!」


俺は急いでツル草を拾い上げ、木槌を構えた。


(ロープだ! 鳥を転ばせるための、太くて丈夫なロープになれ!)


そう強くイメージしてハンマーを振り下ろそうとした、その瞬間だった。


ちょうど俺の目の前を、先頭を走るダチョウと、必死にそれを追いかけるアリア、そして沿道から応援するようにペンライトを振って走る猿たちの集団が通り過ぎていった。


(……なんか、あの光景、昔のマラソン大会のデッドヒートだ……)


鳥を転ばせなきゃと焦っていたはずなのに、ふとそんな能天気な考えが頭をよぎってしまった。


ポンッ!


ハンマーがツル草を叩いた軽い音と共に、俺が握っていた草の見た目が一瞬で変化した。


「できたっ! 鳥を転ばせるロープ……って、ええええええええっ!?」


俺の手の中に現れたのは、頑丈なロープではなく。


俺のマラソン大会というイメージがそのまま反映されてしまったのか、真っ赤な布に白文字でGOALと書かれた破れやすいゴールテープだった。


「間違えた!っていうか、さっきと同じパターンじゃねーか! ロープ! ロープになれってば!」


俺が慌ててやり直そうとした時、ダチョウとアリアの追いかけっこがぐるりと大きく一周して、再び俺の立っている方向へと真っ直ぐに向かってきた。


「うわぁぁぁ、もう作り直してる暇がない! ええいっ、適当になんとでもなれぇぇっ!!」


俺は完全にパニックになり、ヤケクソになってそのゴールテープを、突進してくるダチョウに向かって投げつけた。


テープは風になびき、偶然にもダチョウの前で一直線に張り詰めた。


「クエェッ!?」


目の前に突然真っ赤なゴールテープが現れた快速ダチョウは、一瞬驚いたように目を見開いた――。


次の瞬間、鳥の中に眠るランナーとしての本能が限界まで刺激されたのか、急激にギアを上げて猛ダッシュしたのだ。


そして、宙を舞うゴールテープのど真ん中めがけて、見事なフォームで胸から飛び込んだ。


スパァァァンッ!!


真っ赤なゴールテープが気持ちよく弾け飛び、快速ダチョウは「クエェェェェェェェッ!!」と歓喜の雄叫びを上げながら、両翼を広げて完璧なガッツポーズを決めた。


そして、走り切った大満足感からか、パタリと足を止めて、大人しくその場に座り込んでしまったのだ。


『システム:対象のステータスが【逃走状態】から【完走の達成感】に上書きされました。対象の足が止まったため、捕獲クエストを終了します』


パパラパッパッパー!!


システムの判定が完全にバグった瞬間、空にファンファーレが鳴り響いた。


『クエストクリア! 経験値を獲得しました! レベルアップ!』


俺とアリアの頭上の文字が『Lv. 11』へと変化する。


「…………えっ、マジで?これでクリア扱いなの?」


俺が拍子抜けして立っていると、背後から重い足音が近づいてきた。


「はぁっ……はぁっ……ぜぇっ……!!」


振り向くと、髪を振り乱し、顔を真っ赤にして汗だくになったアリアが、鬼のような形相で俺とダチョウを交互に睨みつけていた。


「ず、ずるいですわ……!!」


アリアは肩で激しく息をしながら、フラフラとした足取りで俺に近づいてきた。


「えっ!?」


「レオ様……! 私だって、あの鳥と同じ距離を、最後まで一生懸命走り抜きましたのよ!?」


アリアは限界まで見開いた目で俺を凝視すると、突然バッ!と俺に詰め寄ってきた。


「なぜ! なぜあの鳥にだけ、あんなに気持ちよさそうなゴールテープを切らせてあげたのですか……!!」


「いや、あれは俺のミスで作っちゃっただけで……ていうか、そこ怒るの!?」


「私にもゴールテープを切らせてくださいませ! あのテープを切る時の、あの鳥の誇らしげな顔! 私もあれを味わいたいですわ!!」


アリアは悔しさからかすっかり理性を失い、再び走り出す。


「もう一周走ってきますから! 今度は絶対に、私のために新しいゴールテープを張って待っていてくださいね!!」


「ええええっ!? クエストもう終わってるのに!?」


俺のツッコミなど一切無視して、アリアは再び草原に向かってダッシュで走り去ってしまった。


(……何やってんだろう)


俺は、草原を走るフリフリの王女様を、半ば呆れたように見つめた。


「まあアリアが楽しんでるなら、それでいいか」





なんとかクエストを乗り越え、果てしなく広がる青々とした大草原を駆け抜けた俺とアリアは、ついにこの広大なVRMMO空間における最初の巨大な拠点、はじまりの街【アイテール】へとたどり着いた。


視界を遮っていた小高い丘を登り切った瞬間、眼下に広がったその光景に、俺たちは思わず息を呑み、歩みを止めて立ち尽くしてしまった。


そこにあったのは、最新のVR技術と超高精細なグラフィックエンジンが、途方もない計算量と芸術的なセンスをもって描き出した、息を呑むほどに美しいファンタジーの巨大都市だった。


なだらかな丘陵地帯の地形に寄り添うように、白亜の石と赤茶色のレンガで造られた重厚な建造物たちが幾重にも連なり、街全体が陽の光を浴びて真珠のように輝いている。


街の周囲をぐるりと囲む城壁は、長い年月を経たような堅牢な灰色の石積みで構成されており、その表面にはうっすらと青々とした魔法の苔が這い、歴史の長さを物語っていた。


「わぁっ……! レオ様、見てくださいませ! なんて美しく、そして壮大な街並みなのでしょう……!」


アリアは、目の前に広がる圧倒的な異世界のパノラマにすっかり心を奪われ、両手を胸の前で組んで目をキラキラと輝かせた。


俺自身も、これが仮想現実の作られたゲームだと頭では分かっていながら、その途方もないスケールと細部までの異常な作り込みに深く魅了されていた。


俺の住むタイタンは、高度な環境制御システムによって寸分の狂いもなく管理された、完璧だがどこか冷たいSF都市だ。


しかし、眼下に広がるこの街並みは、それとは対極にある、生命の息吹と、不揃いゆえの温もりに満ち溢れていた。


「本当にすごいや……。遠くから見ているだけでも、この街で暮らす人々の息遣いが伝わってくるみたい」


俺たちは巨大なアーチ状の城門へと向かって、純粋な期待に胸を膨らませながら歩みを進めた。


鉄格子の意匠が施された重厚な門をくぐり内部へと足を踏み入れた途端、外の草原の静けさとは打って変わって、凄まじいまでの熱気と喧騒が俺たちの全身を包み込んだ。


大通りには、綺麗に切り出された石畳が美しい幾何学模様に敷き詰められ、荷馬車の木製車輪が通るたびにカラカラと小気味よい音が響き渡る。


通りに面した建物は、太いオーク材の梁と白い漆喰で造られたヨーロッパの伝統的な木組み様式で統一されており、それぞれの窓辺には色鮮やかなゼラニウムの花が飾られていた。


「レオ様! あちらをご覧ください! 魔法使いのような方々や、獣の耳を持った方々が普通に歩いていらっしゃいますわ!」


アリアの言う通り、すれ違うプレイヤーやNPCノンプレイヤーキャラクターたちは多種多様だった。


重厚な金属の甲冑をガチャガチャと鳴らして歩く人間の騎士たち。


透き通るような緑色のローブを羽織り、静かな足取りで進むエルフの魔法使い。


自分の背丈ほどもある巨大な戦斧を背負った、筋肉隆々のドワーフの戦士たち。


さらには、フサフサの尻尾を揺らしながら屋台の間を駆け抜けていく獣人の子供たちまで、様々な種族が何の違和感もなくこの街で生活を営んでいるのだ。


どこからともなく漂ってくるのは、香ばしく焼かれた串肉の匂いや、甘く煮詰められた果実の香り、そして鍛冶屋の炉から立ち昇る鉄と焦げた木の匂いだ。


街の至る所に設置された青銅のガス灯の中では、淡い水色の光を放つ魔法の妖精がフワフワと飛び回り、昼間であっても路地裏に幻想的な光の粉を振りまいていた。


俺は、この未知に溢れた美しい異世界を前にして、歩くことを面倒に感じるどころか、むしろ街の隅々まで自分の足で歩き回ってみたいという純粋な探求心が湧き上がっていた。


「レオ様、あちらの市場から、とても芳醇で美味しそうな匂いがいたしますわ! まずはあちらへ行ってみましょう!」


アリアはフリフリのダンサー衣装の裾をふわりと翻し、子供のように無邪気な笑顔で俺を誘った。


「うん、行ってみよう! せっかくこんな素晴らしい街に来たんだし、全部見て回らないと絶対に損だよ!」


俺たちはただの観光客として、肩を並べて活気あふれる市場へと足を踏み入れた。


道端に並ぶ赤や青の日よけテントを張った屋台からは、威勢のいいNPCの商人たちの声が飛び交っている。


「いらっしゃい! 採れたての輝く薬草はいかがかな! 傷薬の調合に最適だよ!」


「そこの若いの、剣の刃こぼれは命取りだぜ! うちの工房で研いでいかないか!」


俺は一つの屋台に近づき、初期クエストの報酬で得たわずかなゲーム内通貨を使って、そこに山積みにされている真っ赤なリンゴと、ジュージューと音を立てて焼かれている巨大な串焼き肉を買った。


「はい、アリア。これ食べてみよう。炎竜の尻尾肉だってさ」


アリアと一緒にその串焼きを一口頬張ると、パリッとした表面から熱々の肉汁が溢れ出し、ピリッとした香辛料の風味が口いっぱいに広がった。


「美味しいですわ……! 表面は香ばしく、中は信じられないほど柔らかくて……私、お城の晩餐会でもこんなに力強いお料理は食べたことがありません!」


アリアもドレスを汚さないように気をつけながら、嬉しそうに串焼きを頬張っている。


りんごも一口かじると、目が覚めるような濃厚な旨味と、爽やかな甘みが広がり、ゲームの中とは思えないほどのリアルな味覚に感動した。


その後も俺たちは、なんとなく街の中心を目指しながら観光を心ゆくまで堪能した。


ドワーフの鍛冶屋の奥で、真っ赤に熱された鉄が重いハンマーで打たれ、オレンジ色の火花が飛び散る様を横目に歩き、


魔法道具屋の薄暗い店内で、淡く蒼く発光する不思議な水晶玉や、星屑を閉じ込めたようなポーションの瓶を店の外から覗き込んだり、


見上げるような大聖堂の色鮮やかなステンドグラスの神々しい光の柱に息を呑んだ。


見るものすべてが新鮮で、どこまでも広がるこの作られた世界を、もっと深く知りたいという純粋なワクワク感で胸がいっぱいだった。


そうして俺たちは街の中心部に位置する、最も広く神聖な場所、中央大広場へと足を運んだ。


石畳が美しい円形に敷き詰められ、周囲を立派な大理石の柱が囲む広大な空間だ。


そこには多くのプレイヤーやNPCたちが行き交い、活気に満ち溢れている。


そしてその広場の中心には、この街の象徴とも呼ぶべき、巨大で荘厳な『世界樹のクリスタル噴水』が鎮座していた。


大理石で造られた巨大な水受けの盆の中央に、本物の大樹のように無数の細かい枝葉を広げた、高さ二十メートルはあろうかという透明な水晶の木がそびえ立っている。


本来であれば、そこから透き通るような清らかな水がとめどなく流れ落ちているはずなのだが。


「……あれ?」


水晶の木からは水が一滴も出ておらず、噴水の下の大理石の盆は完全に干上がり、白い石の底がむき出しになっていた。


その乾いた盆の中で、NPCの小さな女の子が、木で作ったおもちゃの小舟を抱きしめながらシクシクと泣いていた。

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