29
あの絶望的なブラックホール事件が無事に解決し、太陽系に平和な日常が戻ってから、しばらくの時が経った。
太陽系の属国となり、いて座領域を治めることになったルメン王国と、俺の住むタイタンの間には、ファストトラベルの巨大な転送ネットワークが正式に開通した。
それぞれの星の住民たちが一瞬で距離を飛び越え、活発な交流が行われるようになったのだが、幸いにもルメン王国から俺に振ってくる仕事は今のところない。
だが、その便利すぎる技術のせいで、俺の平穏な引きこもりライフにはちょっとした問題が発生していた。
シュォォォン……!
俺の自室の空間が青白く光り、ルメン王国の第一王女であるアリアが、今日も元気にファストトラベルでやってきた。
「ごきげんよう、レオ様! 本日も属国の代表として、宗主国である太陽系の素晴らしい文化を学ばせていただきに参りましたわ!」
フリフリの美しいドレスを着たアリアは、満面の笑みで優雅にお辞儀をする。
そして、俺が寝転がっている超特大クッションのすぐ隣に、当然のようにピタリと腰を下ろしてきた。
彼女は「属国になったのだから文化を学ぶ必要がありますわ」という立派な大義名分を掲げ、こうして俺の部屋に通い詰めているのだ。
俺はタイタンの王宮システムを管理している絶対神帝なんだから、システムコアにアリアのアクセス権限をブロックと一言指示を出せば、本当なら強制的に彼女をこの部屋から排除することだってできる。
でも、俺にはどうしてもそれができなかった。
だって俺には、あの例のブラックホール事件の時、パニックになっていたルメン王国から問題を全てほっぽり出して、自分だけさっさとタイタンに逃げ帰ってきてしまったという強い負い目があった。
結果的に事件はルルが解決したとはいえ、あの時の自分の行動への罪悪感がどうしてもあり、わざわざ遠い星から笑顔でやってくるアリアを、無下に追い返すような冷たい真似はできないでいた。
「おはよー、アリア。……でもさ、文化を学ぶなら俺の部屋じゃなくて、タイタンの巨大図書館とか歴史博物館に行った方が絶対勉強になるよ?」
俺はなんとか理由をつけて、彼女を自分から遠ざけようと試みた。
毎日毎日、側にいられては、のんびりリラックスできないからだ。
「エルナに街を案内してもらいなよ。美味しいスイーツのお店とかいっぱいあるし、絶対そっちの方が楽しいって」
しかし、アリアはとろけるような甘い笑顔のまま、無慈悲に首を横に振った。
「とんでもありませんわ! 施設に展示されている過去の遺物などより、現在進行形で宇宙の頂点に君臨する神帝陛下のお側にいることこそが、最高の生きた文化学習なのです!」
アリアは無茶苦茶な屁理屈をこねて、俺の隣から離れようとしない。
俺はこれ以上説得するのを諦め、もういいやと小さくため息をついた。
「わかったよ、好きにして。俺はこれからしばらくゲームするから」
俺がそう言って空中にゲームのメニュー画面を呼び出そうとすると、隣に座っていたアリアがパァッと顔を輝かせ、さらに身を乗り出してきた。
「ゲーム……! 実は我がルメン王国はこれまで星の維持で手一杯でしたので、そのような娯楽の概念が存在いたしませんの!」
アリアは目をキラキラと輝かせながら、俺の顔を覗き込んだ。
「レオ様、それもまた太陽系の偉大なる文化! どうか私にも一緒に学ばせてくださいませ!」
(ええー、一人でゆっくりやりたかったのに)
俺は少し渋ったが、隣でずっと熱い視線を向けられながら一人で遊ぶのも気まずいので、まあ、いっかと了承することにした。
「じゃあせっかくだから、最近火星でめっちゃブームになってる、空間ダイブ型の没入ゲームを一緒にやってみようか。俺も興味あったけど、まだやったことなかったんだよね」
俺がシステムに指示を出すと、俺とアリアの頭の周りに、青白い光のリングのようなホログラムヘッドギアがフワリと展開された。
物理的な重いヘルメットを被るのではなく、空中に展開された光の輪が直接脳波にアクセスする仕組みだ。
「このゲームはね、自分の意識を完全に別世界にダイブさせて、まるで現実の世界みたいに五感を使って遊べる最新のゲームなんだ」
こういう意識をダイブさせるシステム自体は太陽系じゃ極ありふれたものなんだけど、娯楽の概念がないというアリアのために、俺は丁寧に説明してあげた。
「見た目も自由に変えられるし、敵を倒してレベルアップしていくことで、能力がどんどん増えていくシステムらしいよ」
「別世界へ意識をダイブ……! さすがは太陽系の超技術、娯楽の規模が次元を超えていますわね!」
俺たちは特大クッションの上に並んで仰向けになった。
「じゃあ、いくよ。ダイブ・イン!」
俺が起動コマンドを口にした瞬間、視界が真っ白な光に包まれ、フワッとした不思議な無重力感が全身を包み込んだ。
目を開けると、そこはタイタンの自室ではなく、見渡す限り果てしなく広がる満天の星空のど真ん中だった。
足元には宇宙の星々をそのまま映し出したような、ガラスみたいに澄み切った透明な水面が広がっていて、俺が一歩動くたびにポロン、ポロンと綺麗な音が響く。
「うおおおっ! すっげええ! なにこれ、足元が透けてる! 下にも星がある!」
俺はただ純粋にテンションが上がって、歩くたびに透明な波紋が広がる床の上で跳ね回った。
「わぁっ……! なんて美しく、圧倒的な星の海……! 手を伸ばせば、あの輝きに触れられそうですわ!」
アリアも自分の足元で波紋になって広がる星屑の光を見て、目をキラキラと輝かせている。
『ようこそ。これより、新たな世界で生きるための【姿】と【職業】を選択します』
突然、空中に巨大な半透明のウィンドウが浮かび上がり、剣や杖のシルエットと、色々な職業のリストが表示された。
「えーっと、職業かぁ。俺、モンスターと戦うのとか絶対に嫌なんだよね。痛そうだし、走るの疲れるし」
俺は剣士や魔法使いといった花形の戦闘職を、一秒の迷いもなくスルーした。
「そうだ! 安全な街の後ろの方で、適当にアイテム作ってのんびり遊べる生産職にしよーっと!」
俺は戦闘能力が皆無の生産職をポチッと選んだ。
ステータスの割り振りも、よくわかんないから、物を作る器用に全部振っちゃえ!
アバターの見た目も、今の自分でいいか。恰好は…動きやすそうな麻のシャツに、道具を入れるためのツールベルトを巻いた、ちょっと土臭い職人の姿に決定した。
「なんと……! 自ら血を流す野蛮な闘争ではなく、世界の理を紡ぎ、無から有を生み出す創造主としての道をお選びになるのですね……! さすがはレオ様、深く慈愛に満ちたご選択ですわ!」
俺の手抜き設定を、アリアが勝手に解釈して目を潤ませて感動している。
「あ、うん。アリアはどうするの? 俺、戦えないからアリアに守ってもらわないと困るんだけど」
「はい! 私は……そうですわね。力でねじ伏せるだけが戦いではありませんわね!」
アリアが真剣な顔で選んだのは、これまた前衛の壁役とは程遠い、フリフリの衣装を着た支援職の踊り子だった。
元のドレスよりもさらにヒラヒラとしたリボンやフリルがふんだんにあしらわれた、アイドル顔負けの最高に可愛い衣装に着替えていた。
「おおっ! ヒラヒラしててめっちゃ可愛いじゃん! 似合ってるよ!」
「ありがとうございます、レオ様! この身のすべてを懸けて、レオ様の征く道を華麗に彩ってみせますわ!」
前衛が一人もいない、お世辞にもゲーム的にバランスが良いとは言えないポンコツパーティーの完成である。
『キャラクターの登録が完了しました。これより、あなたを新たなる世界【アルカディア】の大地へと解き放ちます』
目の前に、真っ白な光が漏れる巨大な扉が出現した。
「よし、行こうアリア! どんな世界かめっちゃ楽しみ!」
俺は純粋なゲーマーとしてのワクワク感を胸に、アリアの手を引いて光の扉の中へと勢いよく飛び込んだ。
視界が真っ白になり――次の瞬間、俺の全身を、タイタンの無菌室では絶対に感じることのない強烈な情報が突き抜けた。
「……うっわあああああああっ!!」
俺は光が晴れた先の光景を見て、大声で叫んだ。
俺たちが降り立ったのは、小高い丘の上にある、見渡す限り果てしなく広がる緑の大草原のど真ん中だった。
頭の上には、目が痛くなるくらい底抜けに青い空が広がっていて、でっかい白い入道雲がポッカリと浮かんでいる。
足元には、ふくらはぎの高さまであるフサフサの若草が、絨毯みたいにびっしりと生えていた。
ザワワワワッ……!
どこからともなく強い風が吹いてくると、草原の草が一斉に同じ方向へとなびいて、緑色の波みたいにザァーッと揺れる。
「すっげえええ!! なにこれ! 風が吹いてる!本物の風だよ!」
俺は興奮のあまり草原にドサッと仰向けに寝転がり、手足をバタバタと動かした。
「うわっ、草の匂いがする! 土がちょっと湿ってて冷たい! すげえ、すげえリアルじゃん! 最新の没入型ゲームってマジでやばい!」
ただのデータの塊のはずなのに、むせ返るような草の青臭さや、太陽の熱で温められた土の匂いが、俺をガンガン刺激してくる。
「レオ様……! 太陽が……太陽の光が、こんなにも暖かくて、優しいなんて……!」
アリアは草原に膝をつき、大粒の涙をポロポロとこぼしていた。
「空が、どこまでも続いていて……風が、私を優しく包み込んでくれて……っ。私、こんなに美しい世界が在るだなんて、想像したことすらありませんでした……!」
アリアは本気で感動して泣いているが、俺はもう新感覚のゲーム空間が楽しくて楽しくて仕方がなかった。
「あはははっ! 最高じゃんこのゲーム! 遠くにでっかい山とか森も見える! よーし、あっちまで歩いてみよう!」
俺は完全に子供のようにテンションが上がり、服が土で汚れることも気にせず、アリアの手を引っ張ってフカフカの草の上をズンズンと歩き出した。
初めてのオープンワールドを探索するワクワク感。
柔らかな土を踏むたびにサクッ、サクッといい音が鳴り、草がサァッ……と擦れる。
ただ純粋にこのすげえ大自然の景色を満喫していた。
「レオ様! あちらに小さな小川が流れていますわ! お水が太陽を反射して、キラキラと輝いています!」
「おおっ! 水もあるのね! グラフィックどうなってるのか近くで見てみよう!」
俺たちが、せせらぎの音を立てる小川に駆け寄ろうとした、まさにその時だった。
ピロリンッ!
突然、草原の空気に全く似合わない、電子的なシステム音が鳴り響き、俺たちの目の前に赤い枠のウィンドウが表示された。
『クエスト発生:草原を荒らす【小さい猿】を1匹討伐せよ!』
「おっ、出た出た。RPGのお約束だね。……って、うわっ!」
クエスト開始の合図と共に、少し離れた木の上から、赤い目を光らせてキバを剥き出しにした凶暴そうな小さい猿が一匹、キシャァァァッ!!と奇声を上げて飛びかかってきた。
「やばいやばいやばいっ! 突然すぎるし!俺たち剣も魔法もないのにどうやって戦うの! アリア、なんかスキル使って止めて!」
俺がパニックになって叫ぶと、アリアが前に飛び出した。
「は、はいっ! いきますわ! ダンサー初期スキル、魅惑のステップ!!」
アリアがライブラリから取り出した扇子を広げ、襲いかかってくる凶暴な猿の目の前でクルッと華麗なターンを決め、腰をくねらせて魅惑的なダンスを踊り始めた。
フリフリの衣装がふわりと舞い上がり、光の粒子がキラキラと周囲に降り注ぐ。
すると。
「ウキッ……!?」
俺の顔面を引っ掻こうとしていた猿が、空中で急ブレーキをかけるように着地し、ピタリと止まった。
そして、アリアの魅惑的なダンスに完全に目を奪われ、口をポカンと開けたまま、その場でお座りをしてしまったのだ。
『システム:ダンサーのスキルが発動。敵のヘイトを集め、魅了状態にしました』
猿は完全に戦意を喪失し、その場に座り続けている。
「すごいじゃんアリア! 敵の動きが止まった!」
「やりましたわレオ様! ですが私、ずっと踊り続けなければならないみたいです! レオ様、今のうちに魔物の討伐を!」
アリアは華麗なステップを踏み続けながら、息を切らして俺に指示を出してきた。
「えっ!? 俺が倒すの!?」
俺は慌てて自分の初期装備とレベル1で使えるスキルを確認した。
武器は攻撃力1の木製ハンマーだけ。
そして、生産職レベル1で作れるものというか使える技能は、木の棒を、耐久力はそのままで見た目だけ自由に変えられる技能という、なんともしょぼい初期スキルしかなかった。
「やばいやばいやばい! 俺、殴る武器持ってないよ! どうやって倒すんだよ!!」
俺はパニックになりながら辺りを見回し、足元に手頃な長さの木の枝が落ちているのを見つけた。
「そうだ、このスキルでこの木の枝を、なんか超強そうな剣とかに変身させないと!」
俺は急いで木の枝を拾い上げ、木槌を構えた。
(剣だ! かっこよくて強くて、光る剣になれ!)
そう強くイメージしてハンマーを振り下ろそうとした、その瞬間だった。
俺の視界の端に、フリフリの可愛い衣装で懸命にダンスを踊り続けているアリアの姿が映り込んだ。
(……なんか、アリアってこうして見ると、完全にステージで踊るアイドルだなぁ……)
強敵を前にして焦っていたはずなのに、ふとそんな能天気な考えが頭をよぎってしまった。
ポンッ!
ハンマーが木の枝を叩いた軽い音と共に、俺が握っていた枝の見た目が一瞬で変化した。
「できたっ! 最強の武器……って、ええええええええっ!?」
俺の手の中に現れたのは、超強い伝説の剣ではなく。俺のアイドルに対するイメージがそのまま反映されてしまったのか、カラフルに発光するライブ用ペンライトだった。
もちろん耐久力は木の枝のままの、ただ光るだけのおもちゃである。
「ちょっ、間違えた! 剣! 剣になれってば!」
俺が慌ててやり直そうとした時、ずっと踊り続けていたアリアから悲痛な声が上がった。
「レオ様、早くっ……! 私、こんな激しい踊りをしたことないから、もう息が……っ!」
見ると、アリアの踊りのキレが落ち、猿の赤い目が正気を取り戻しそうになっている。
「うわぁぁぁ! ええいっ、もうなんとでもなれぇぇっ!!」
俺は完全にパニックになり、ヤケクソになってそのペンライトを、魅了されてお座りしている猿に向かって思い切り投げつけた。
ポスッ。
投げられたペンライトは、なんとか猿の肩に当たったが、ダメージを与えることもなく、足元にポロリと落ちた。
光る棒をぶつけられた猿は、一瞬キョトンとした表情で自分の足元にあるペンライトを見つめた――。
次の瞬間、本能の赴くままにそれを拾うと、殴りかかるためかペンライトを振り上げた。
そしてなんと、アリアの魅惑のダンスに合わせてそのペンライトを激しく振り回し始めたのだ。
『ウキィィィィィッ!!(アリアちゃぁぁぁぁん!!)』
小さな猿は、ペンライトを完璧なリズムで振りかざし、見事なファンとなった。
『システム:対象のステータスが【凶暴な小さい猿】から【熱狂的なファン】に上書きされました。敵対対象が消滅したため、戦闘を終了します』
パパラパッパッパー!!
システムの判定が完全にバグった瞬間、空にファンファーレが鳴り響いた。
『クエストクリア! 経験値を獲得しました! レベルアップ!』
俺とアリアの頭上の文字が『Lv. 2』へと変化する。
「…………えっ?」
踊るのをやめ、膝に手をついて肩で息をしていたアリアが、背後でペンライトを振り続ける猿を振り返った後、目をキラキラと輝かせて駆け寄ってきた。
「なんと素晴らしい……! 恐ろしい獣にあの美しく光る棒を与えて、私と共に踊るお仲間に変えてしまうなんて!」
アリアは両手を胸の前で組み、ハァハァと荒い息を吐きながら俺の行動を大絶賛した。
「太陽系の遊戯とは、このように平和で慈悲深いものなのですね! ああっ、レオ様! 慈愛に満ちたその気高き御心、もう我慢できませんわっ!!」
アリアは興奮のあまり、フリフリのダンサー衣装を翻し、両腕を広げて飛び込んできた。
――が。
「んぐぐぐぐっ……!!」
アリアの両腕は、俺の体に触れる数センチ手前の空中でピタッと止まり、凄まじい勢いでワナワナと小刻みに震え始めたのだ。
(……何やってんだろう)
俺が不思議そうに見つめていると、アリアは顔を真っ赤にして俯き、口をモゴモゴと動かして必死に何かをブツブツと呟き始めた。
……声が小さすぎて、何を言っているのか俺には全く聞き取れない。
俺は、一人でプルプルと震えながら聞き取れない言葉を呟いているアリアを放置して、ステータス画面を開きニヤリと笑った。
「これなら誰も怪我しないし楽でいいや! アリア、次に敵が出てもこの調子でやっちゃおう!」
前衛も後衛もいない、戦う力が全くないトンチンカンなパーティー編成。
けれど俺は、ワクワクしながらゲームの奥へと進んでいくのだった。
もし、少しでもおもしろいと思っていただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです。




