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「……アリア殿下。大変申し訳ございません。現在の我々の科学力では、この超大質量ブラックホールの異常な回転低下を止めることは……」


ルメン王国の天体観測所。


代々この銀河の中心を管理してきた誇り高き我が国の筆頭学者が、私に向かってこの世の終わりのような顔で、絶望的な報告をしてきた。


彼の背後にある巨大なメインモニターには、空の半分を飲み込むほどの巨大な暗黒、超大質量ブラックホールの観測データが、無慈悲な警告色と共に映し出されている。


「……顔を上げてください。あなたたちが不眠不休で、この国の未来のために尽力してくださっていることは、このアリアが一番よく分かっていますわ」


私は、静かに首を振り、気丈な第一王女としての威厳を持ちつつ、優しく微笑みかけた。


「ルメン王国は決して諦めません。私たちが諦めれば、この星だけでなく、銀河そのものがすべてあのブラックホールに飲み込まれてしまいます。必ずや、この危機を乗り越える道を見つけ出しましょう」


その場にいた学者たちが、私の毅然とした態度に打たれ、再び絶望的な観測機器へと向かっていく。


(……とはいえ、本当にどうするのよ、これ。完全に万策尽きているじゃないの)


私は重すぎる使命感と焦燥感でギリギリまで追い詰められ、胃がキリキリと悲鳴を上げていた。


次期女王として、この美しい星と愛する民を絶対に守り抜かなければならないわ。私にはその使命と、王族としての誇りがあるのよ。


(でも、この壁はどうにもならないの……! このままじゃ本当に国が、私の愛するすべてが滅んでしまうわ……!)


(私は、私はどうすればよいの……?)


私が悲壮なまでに悩んでいる、まさにその瞬間だった。


視界が唐突に、目を焼くような青白い閃光に包まれ、空間そのものがグニャリと気味悪く捻じ曲がったのだ。


「きゃあっ!?」


私が可憐な悲鳴を上げた次の瞬間、私はルメン王国の観測所のバルコニーから、全く見知らぬ、異様に豪華で真っ白な絨毯の上にポンッと放り出されていた。


「えっ……? ここは、どこかしら……?」


(痛っ……! なにこれ!? 拉致!?)


(ルメン王国の第一王女である私をこんな乱暴に扱うなんて、どこのどなたの仕業かしら! 相手が誰でだろうと、これは大問題よ!)


私は警戒心を最大まで引き上げ、ドレスの裾を優雅に払って立ち上がり、周囲を鋭く睨みつけながら顔を上げた。


そこは、どこか見知らぬ、途方もなく豪奢な王宮だった。


そして、一段高い場所にある玉座のふかふかのクッションに、一人の少年がだらしなく寝そべっていたのだ。


「ち、違うんだ! 誘拐じゃない! ただのシステムの操作ミスだから!」


少年は、私と目が合うなり、慌てたようにパタパタと両手を振って弁明してきた。


「…………っっっ」


隣に控えていた美しい銀髪のメイドが、「ここは太陽系のタイタン。目の前におられるのは絶対神帝レオ様です」と名乗った。


しかし、私の耳にはそんな言葉は、本当に一欠片も入ってこなかった。


私の脳内で、超新星爆発スーパーノヴァに匹敵する、凄まじい衝撃が弾け飛んだ。


(……な、なに、あの子!?)


……実は私、アリアは、ルメン王国の次期女王としての重責を背負い、日々優雅に生きているけれど……極度な、可愛いもの好きなの。


フリルをふんだんにあしらったドレス、純白の希少な宇宙小動物、もちろん無垢で純真な可愛い少年も大好きなの。


私室の隠し扉の奥には、世界中から集めた最高級のぬいぐるみを敷き詰めた、絶対防衛可愛いルームが存在しているくらいよ。


純白の毛並みを持つ仔虎や、羽毛のように柔らかい宇宙猫たちを愛で、思いっきり抱きしめることだけが、厳しい王女としての人生における唯一の心の拠り所なの。


でも、ここ数ヶ月はブラックホール対策の殺伐とした会議ばかり。私の可愛いもの成分は完全に枯渇して、干からび切っていたの……そこに!


(な、なんなの、あの信じられないくらい愛くるしい生き物は……!?)


(大きく見開かれた、吸い込まれそうなほど純粋で無垢な黒曜石の瞳! 完璧な曲線を描く、ふさふさの長いまつ毛! 今すぐ私の両手で包み込んで、その柔らかいおほっぺたに思いっきり私の頬をすりすりしたいわ!!)


(慌ててパタパタと両手を振る、あの迷い込んだ仔猫みたいな無防備な仕草!! あの少し寝癖のついたサラサラの髪の毛に私の指を絡ませて、優しく撫で回したい!! そして、無駄に大きい玉座のクッションにすっぽりと埋もれている、あの愛らしいサイズ感!!)


干からび切っていた私の心に、究極の可愛いが突如としてお出しされた。


私の厳格な王女としての理性が、音を立てて粉々に吹き飛び、暴走する感情がマグマのように噴出してしまった。


(かっ、かかかかかかかか、可愛すぎるじゃないっっっ!?!?!?)


(ああっ! 今すぐ抱きしめたい! ぎゅーっとしてあのおほっぺに触れたい! 私の腕の中に閉じ込めて、ずっとずっと甘やかして、私だけの天使として囲いたいわ!!)


私は、王女としての矜持を総動員して必死に顔の筋肉を引き締め、口からこぼれそうになる歓喜の溜息を飲み込み、荒ぶる呼吸をなんとか止めた。


(落ち着きなさい私! 私は今、国を救わなきゃいけない絶望的な状況の王女なのよ! いくら可愛いもの成分が枯渇していたからって、初対面の少年に限界化している場合じゃないわ!)


「エルナ、さっき俺が取り寄せようとしてた地球のパフェ、ここに出せる?」


レオ様が甘えたような声でメイドにお願いをした。


するとメイドが、何もない虚空から青白い光と共に、フルーツがたっぷり乗った巨大なパフェをテーブルに取り出したのだ。


「な、何の予備動作もなく、空間の裏側から直接物質を……!?」


私は驚愕し、口元を押さえて絶句した。


(空間跳躍!? あり得ないわ、どれだけ異常な技術力なの! 私たちのルメン王国がどれだけ努力しても辿り着けない領域の空間干渉よ!)


私がその規格外の力に心底戦慄した、まさにその時だった。


レオ様は、私の存在など気にも留めない様子でスプーンを手に取り、パフェの上の生クリームをスプーンいっぱいにすくって、あむっ、と小さな口を目一杯広げて含んだ。


(…………っっっ!!)


(な、なんて無防備なの……! 異常事態なのに、少しも警戒せずに、パフェのクリームを味わっているわ!)


(あの小さな唇! 味わうように伏せられた長いまつ毛! 口の端にクリームがついていないかしら!? 私が指で優しく拭ってあげたいわ!)


(私が隣に座って、そのサラサラの髪を撫でながら美味しい? って聞きながら一緒にお茶会を楽しみたいわ!!)


私がその愛らしすぎる動作の連続に萌え死にそうになっていた、まさにその直後だった。


「あっ!」


レオ様が素っ頓狂な、まるで愛らしい小鳥のさえずりのような声を上げ、パフェに気を取られたのか、テーブルの上の熱い紅茶を絨毯に向かって派手にこぼしてしまった。


直後、空中の熱湯がピタッと静止し、チリ一つ残さず分解されて空中に消え去った。


「ふぅ、危ない危ない。絨毯が汚れるところだったよ」


レオ様は、てへっ、と気の抜けた、天使のような笑いを浮かべて頭を掻いた。


(…………っっっはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!)


(紅茶をこぼして、てへっ、と笑うなんて! 庇護欲をそそられるわ!)


(こぼしちゃったの!? 大丈夫? 火傷はしていないかしら!? 私の胸元に抱き寄せて、その手を優しく握って大丈夫よって甘やかしてあげたいわ!!)


その時、限界まで溶けかかっていた私の脳内に、一つの欲望が燃え上がった。


(待って。どうにかして、この奇跡の天使をルメン王国にお持ち帰りできないかしら……?)


(そうだわ! さっきの、空間から物質を取り出したり紅茶を消したりした、あの領域の技術力! あれを口実に、国を救う救世主としてルメン王国に呼び寄せればいいのよ!)


(あのブラックホールの絶望的な状況が解決できるなんて思っていないわ。でも、お城に招待する口実としては十分よ!!)


(お城にさえ連れ込んでしまえば、あとはこっちのもの! 離宮の奥深くにお通しして、私のお膝の上で一緒にお昼寝するのよ!! 王族の権力で毎日お茶会を開いて、私の可愛いものへの渇望を、ずっとこの子で満たし続けるの!!)


私は、これまでの王族としての人生で培ってきた、すべての演技力を解放した。


「……どうか、我々の星をお救いくださいませ!!」


私は、ボロボロと大粒の美しき涙をこぼしながら、世界で一番可哀想なヒロインを演じきって悲痛な声で懇願した。


(さあ! 私のこの涙に絆されて、救世主としてルメン王国にいらっしゃいな! そして私に一生甘やかされなさいな!!)


「う、うーん……まあ、いきなりどうにかしてって言われても、俺には難しいことはよくわかんないし……」


レオ様は、オドオドと困ったように視線を泳がせ、指をモジモジと絡ませた。


(ああん! モジモジしている指先すら愛おしい! 困っているお顔も最高にキュート! もっと困らせてから、全力でよしよしして抱きしめ倒してあげたいわ!!)


「助けてあげるにせよ……まずは実際に現地を見てみないと、何も言えないかな……」


「本当ですか……!?」


私はパァッと顔を輝かせた。


(やりましたわぁ!! 言質を取ったわぁ! これでお持ち帰り確定よぉ!! もう絶対に逃がさないわ、私の天使ちゃん!!)


数時間後。


レオ様はルルという、ダボダボの白衣を着てヨダレを垂らした、少し風変わりな科学者の女性を連れて、私と共にルメン王国へとやってきた。


(あら、ずいぶんと不潔な女性ね。あのような者が私の天使のすぐ隣を歩いているなんて。そのヨダレがレオ様の神聖なお肌に一滴でも跳ねようものなら、近衛兵を総動員して消し去ってあげるわ!)


私は内心でルルを睨みつけながら、観測所のバルコニーへと出た。


その瞬間。


「ひぃっ……!! こ、怖い怖い怖い! あんなの絶対吸い込まれるって!!」


レオ様は、眼前に広がる巨大なブラックホールを見るなり顔を蒼白にし、メイドの背中にサッと隠れて、ガタガタと震え始めたのだ。


(…………あっっっっはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!)


(怖がっているの! あの無駄に大きい黒い穴を見て本気で怯えているのね!!)


観測所のバルコニーでは、ルメンの科学者たちとルルが、「エルゴ球が!」「エントロピーが!」と、物理学の用語を並べて、銀河の存亡をかけた白熱の議論を交わしている。


けれど、私の耳には彼らの言葉など一切入っていなかった。国が滅ぶかどうかの瀬戸際だというのに、私はただひたすらに、穴が開くほどレオ様の姿をねっとりと見ていたのだ。


(ああ……ダメよ、尊い。尊すぎるわ。あのメイドの背中の服をギュッて力強く握りしめている小さな両手!! 関節が白くなるくらい強く握っているわ!)


(というか、どうして一介の使用人の背中なのよ! そこを退きなさい! 私の腕の中に飛び込んでいらっしゃいな!)


(アリアお姉様怖いよぉ、って泣きついてきなさいな! 怖くないわよー、私が守ってあげるわよー、って頭を優しく撫で回して、恐怖で震えるその体をギュッと抱きしめて安心させてあげたいのに!!)


私は、王女としての威厳をかろうじて保ちつつ、真剣な議論を聞いているフリをしながら、限界化する己の妄想と必死に戦っていた。


(あっ、今ちょっと首を傾げたわ! 尊い!)


その時、メイドの背中からチラッと顔を出したレオ様と、バッチリ目が合った。


(…………っっっ!!!)


(目が合った! ああっ、ズッキューンと心臓が激しく締め付けられる!! 尊すぎて胸が痛いわ!!)


私は、興奮のあまり心拍数が跳ね上がるのを必死に堪え、ハァハァと荒い息を悟られないように、何度も何度も優雅な深呼吸を繰り返していた。


そして、議論が完全に行き詰まり、観測所が絶望的な沈黙に包まれた時。


「あ、あのさ……」


レオ様は、メイドの背中からちょこんと顔を出し、空の何もない空間を適当に指差し、言い放った。


「ほらあそこだよ、あそこ。飲み込んだ星をゲップできずに詰まってるでしょ! わかった? じゃあそう言うことで、エルナ帰るよ」


「…………え?」


私の口から、思わず素の間の抜けた声が漏れた。


「わかったわかった、適当に切り上げて帰ってくるんだよ。じゃあね、アリア姫。元気でね!」


レオ様は私にヒラヒラと可愛らしく手を振ると、メイドと共にピカッと光って、あっという間に消えてしまったのだ。


「あ……お待ちくださいませ、レオ様!!」


私は悲痛な叫びを上げ、光が消え、完全に虚無となった空間に向かって、呆然と膝から崩れ落ちた。


(…………え?)


(帰ってしまった……?)


(うそでしょ!? うそよね!? お城でお茶会した後にお昼寝する約束はどうなったの!?)


(まだ一度も抱きしめていないのに! まだ香りも楽しんでいないのに!!)


(私の膝枕で一緒に過ごすはずだったのに、帰っちゃったの!!)


(私の人生のオアシスが!!)


「……だ、駄目です! 彼が指差された座標には……完全に何もありません! ただの真空空間です!!」


観測所の研究員が絶望的な報告を上げ、ルメンの学者たちが万策尽きたと頭を抱えて崩れる。


(ああもう、皆さん少し静かにしてちょうだい!? 私の天使成分が急速に減って、今すぐ息絶えてしまいそうなのよ……!)


私が完全に絶望し、王女の地位を捨てて太陽系への密入国を真剣に計画し始めていた、その時だった。


「……ふしゅっ。ひゅふ、ひゅふふふふふっ……!! わかりましたともぉ! 陛下が指差した何もない真空の空間の真意が……!!」


置いてけぼりにされた変態科学者のルルさんが突如として狂ったように奇声を上げ、コンソールを叩き出し、システムを強制的に操作し始めた。


直後、窓の外のブラックホールが青白く波打ち、なんと、異常な回転低下がピタリと止まり、正常な状態へと戻り始めたのだ。


「おおおおおっ……!! 奇跡だ……! 我々の星は、救われたのだ……!!」


学者たちが抱き合い、歓喜の涙を流している。


「……えっ?」


私は、その場にへたり込んだまま、ぱちぱちと目を瞬かせた。


(直ったの? レオ様のあの、どう聞いても純粋で可愛い一言で?)


(……もしかして、これは……チャンスじゃないの!?)


私はドレスの裾を翻して立ち上がり、観測所の奥にいた父、ルメン国王の元へと駆け寄った。


「お父様!! お聞きになって!!」


「おお、アリアよ! 見たか、あの太陽系の神帝陛下の奇跡を! 我々の星は救われたのだ!」


「ええ、ええ! ですからお父様! これほどの偉業を成し遂げた太陽系に、我が国は永遠の忠誠を誓うべきよ! 今すぐ太陽系の属国になりましょう!!」


「な、何を血迷ったことを言うのだアリア! 誇り高きルメン王国が、他星系の属国になるなど絶対に認められん!!」


父は猛反対した。当然の反応だわ。


けれど、今の私はそんなことで引き下がるような柔な女ではないの。


(属国になれば、王女の特権で毎日毎日タイタンに会いに行けるじゃないの!! タイタンに入り浸って、一緒にティータイムを楽しむ大義名分ができるのよ!!)


「何を仰いますの! このままでは、またいつブラックホールに異常が起きるか分かりませんわ! 太陽系の絶対的な加護がなければ、我が国はいつか必ず滅びます!」


私の剣幕と、実際に目の前で奇跡を目の当たりにした学者たちも、私に加勢してくれた。


「アリア殿下の仰る通りです、陛下! 我々ルメン王国の力だけでは、限界があります! 属国となる価値は十分にあります!」


「ううむ……そこまで言うなら……国と民の未来のため、背に腹は代えられんか……」


周囲の凄まじい圧に押し切られ、父はついに首を縦に振った。


直後、通信モニターが強制的に繋がり、父であるルメン国王が、画面の向こうのレオ様に向かって服属を誓った。


「我々ルメン王国は、これより神帝レオ陛下の絶対的な庇護下に入ります! このいて座サジタリウス領域も、どうか陛下の手で、管理していただきたい!!」


『これって俺の仕事が増えるやつじゃない!? なんで!? どうしてこうなった!!』


画面の向こうで、レオ様が頭を抱えて、純白の絨毯の上で「なんでー!」とジタバタと泣き叫んでいる。


(ああっ! 絨毯でジタバタしているわ! 可愛い! 足をバタバタさせてる! 可愛すぎる!!)


私は、画面の向こうで無邪気に暴れているレオ様の姿を舐め回すように見つめながら、満たされる至福に包まれていた。


(待っていてくださいませ、私の天使ちゃん! これから毎日タイタンに会いに行って、思いっきり頭を撫でて甘やかしてさしあげますからね!!)



読者の皆様、私の愛らしくも尊い天使、レオ様の無防備な御姿はしかと目に焼き付けていただけましたかしら……!?


皆様からの評価がたくさん集まれば、次こそは必ずやレオ様を私の離宮にお持ち帰りして、一生甘やかしてさしあげますわ……ああっ、レオ様尊いですわぁぁぁ!!

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