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【エルナ視点】


私はエルナ。


太陽系の絶対神帝であられる、私の主、レオ様。


レオ様の行動のすべてには、凡人の理解を遥かに超越した、深く、そして恐ろしいほどの意図が常に隠されております。


レオ様はタイタンの王宮の玉座で、いつものようにクッションに身を委ね、寛いでおられました。


「あ、待って。今日は俺が自分でファストトラベルの操作をやってみるよ。今まで全部エルナ任せで、自分でシステムを使ってみたことなかったからさ」


普段は単純な操作のすべてを私に任せ、ご自身で動くことなど決してないレオ様が、突然そのようにおっしゃいました。


その時、私は背筋に冷たい電流が走るのを感じました。


これは単なるレオ様の気まぐれなどではありません。


レオ様は、私の手を介していては成し得ない、何か重大な事象を、自らの手で直接引き起こそうとされているのです。


私は呼吸を潜め、レオ様の指先が描くホログラムの軌跡を静かに凝視しました。


「あ、これこれ。やっぱり地球は青いなー。よしよし」


レオ様は無邪気な笑顔を見せながら、なぜか地球ではなく、天の川銀河の中心、いて座領域の座標を一瞬の淀みもなくピンポイントで指定されました。


そして、マザーシステムからの、ブラックホールの近傍であり安全圏外であるという真っ赤なエラー警告を、鬱陶しそうに一蹴します。


神帝としてのレベル6権限を用いて、強制的に4次元ネットワークの連続体を突破されたのです。


凄まじい閃光と共に次元の穴が開き、玉座の間の純白の絨毯の上に、一人の少女が勢いよく放り出されました。


彼女はルメン王国という、銀河中心のブラックホールを代々管理する星の第一王女殿下でした。


私は、玉座の傍らで息を潜め、思考を巡らせます。


(……レオ様は、なぜ、銀河の中心から王族を呼び出されたのでしょうか)


レオ様ほどの御方です。すべては、あらかじめ綿密に計算され、描かれた完璧なシナリオのはずです。


では、この遠く離れた異星の王女を太陽系に召喚することに、どのような意図があるというのでしょうか。


「ち、違うんだ! 誘拐じゃない! ただのシステムの操作ミスだから!」


見知らぬ場所で怯えて警戒するアリア殿下に対し、レオ様はひどく慌てた様子で、必死に弁明を繰り返しておられます。


いきなり神帝としての圧倒的な威圧感で接してしまえば、誇り高き異星の王族である彼女は完全に心を閉ざし、対話の糸口を失ってしまうでしょう。


だからこそ、レオ様はあえて操作ミスで慌てふためく無害な子供を演じきることで、彼女の強烈な警戒心を内側から解きほぐそうとされたのです。


「エルナ、さっき俺が取り寄せようとしてた地球のパフェ、ここに出せる?」


レオ様からのご指示を受け、私は静かに、そして恭しく一礼をしました。


「かしこまりました。ただちにご用意いたします」


私はパーソナル・バルクを用いて、何もない虚空から青白い光と共にパフェを取り出しました。


「な、何の予備動作もなく、空間の裏側から直接物質を……!?」


驚愕し、完全に絶句するアリア殿下。


武力や言葉による脅迫ではなく、給仕という最も日常的で平和的な行為を通じて、太陽系が持つ4次元技術の圧倒的な格差を、無言のうちに見せつけたのです。


極度の緊張と恐怖で疲弊しきっていた彼女の肉体は、レオ様が差し出したパフェの極上の甘味とナノマシンの効果によって、強制的に武装解除させられてしまいました。


見事な心理的掌握術です。


しかし、レオ様の恐るべき計算は当然それだけでは終わりません。


落ち着きを取り戻したアリア殿下が、王宮の設備を不思議そうに見回し始めた、まさにその絶妙なタイミングでした。


「あっ!」


レオ様は、極めて自然に見えるよう手を滑らせ、テーブルの上の熱い紅茶を絨毯に向けて自ら派手にこぼされました。


「お怪我はございませんか、レオ様」


私が言葉をかけるのと同時に、王宮の局所重力制御と自動清掃ナノマシンが瞬時に作動し、空中の熱湯を静止させ、塵一つ残さず分解して消し去ります。


普段から完璧なレオ様が、自らお飲み物をこぼされるなど、あり得ないことです。


「ふぅ、危ない危ない。絨毯が汚れるところだったよ」


呑気に笑うレオ様の前で、アリア殿下は完全に石像のように硬直しておられました。


……素晴らしいです。


ただ紅茶をこぼすという些細な日常の失敗を装うことで、重力制御と物質分解という技術を、強烈に彼女の魂に刻み込んだのです。


言葉で自国の力を誇示することなく、相手に、自分たちは手も足も出ない下位の存在であると分からせる。


洗練された外交交渉の手段です。


完全に畏怖の念に打たれたアリア殿下は、ついに王族としての矜持を投げ打ち、レオ様の足元に深々と膝をついて平伏しました。


「……どうか、レオ様。貴方たちのその進んだ空間技術の力で……わたくしの星を、救っていただけないでしょうか!!」


彼女の口から涙ながらに語られたのは、超大質量ブラックホールの異常と、ルメン王国の滅亡の危機でした。


その悲痛な懇願を聞いた瞬間。


(……ああ。そういうことだったのですね、レオ様)


あのブラックホールが異常の兆しをみせはじめたことは、我々の科学技術省でも観測していました。


当然レオ様もご存じです。


その上で、管理者の王女である彼女をこのタイタンへと単独で召喚したのです。


圧倒的な技術力を見せつけて彼女を心服させ、彼女自身の口から「星を救ってほしい」と懇願させるように仕向けるために。


相手の星を救済するという、他星系も決して口を挟めない圧倒的な大義名分。


恩を売り、相手から懇願される形で、完全に合法的な手段で、あの銀河の中心へ堂々と介入するための権利を手に入れられたのです。


神の如き盤面支配です。


「う、うーん……まあ、いきなりどうにかしてって言われても、俺には難しいことはよくわかんないし……」


目の前で、レオ様がわざとらしく、ひどく自信なさげな声で演技を続けておられます。


「助けてあげるにせよ……まずは実際に現地を見てみないと、何も言えないかな……」


アリア殿下は感動して平伏しています。


……ですが、レオ様は、合法的にルメン王国へ行けるように手配して、一体何をなさるおつもりなのでしょうか。


ただの人助けなどという甘い理由で、あのお方が動くはずがありません。


あの超大質量ブラックホールの近傍へ自ら赴き、神帝陛下は一体何を成し遂げようとされているのか。


私には本当の目的までは、まだ計り知ることができませんでした。


---


数時間後。


レオ様は、わざわざタイタン王立研究所から、あの常軌を逸した変態科学者であるルル博士を呼び寄せました。


目の下の深いクマを歪め、ヨダレを垂らしながら奇声を上げる彼女の姿に、アリア殿下は完全に青ざめておられます。


なぜ、あのような常軌を逸した狂人をあえて選ばれたのでしょうか。


優秀な科学者ならば、他にも大勢いるはずです。


ですが、レオ様がわざわざルル博士を指名されたということは、今回の事態が常識的な物理学の範疇では決して解決できない、狂気的な真理の飛躍を必要としているからに他なりません。


「……エルナ。俺がまた操作間違えると危ないからさ……ファストトラベルの実行、お願いしていい?」


「かしこまりました。レオ様」


私にシステム操作の権限を委ねるその振る舞いすらも、周囲への気弱な少年という演技の徹底であると理解できます。


私は恭しくお辞儀をしながら、コンソールを操作し、冷却待機中にシステムコアが構築していたルメン王国への直通ネットワークを起動させました。


二万六千光年の距離を瞬時に越え、我々はルメン王国の天体観測バルコニーへと降り立ちました。


目の前に広がるのは、空の半分を覆い尽くすほどの、途方もなく巨大な漆黒の穴。


ルメンの学者たちとルル博士の間で、高度な物理学の議論が白熱し始めました。


彼らの観測データによれば、ブラックホールの質量変化がないにも関わらず、エルゴ球の回転だけが異常に低下しているとのことです。


レオ様はブラックホールを見つめ、何かお考えになられております。


そして、学者たちの議論が完全な袋小路に陥り、観測所が絶望的な沈黙に包まれた、その時でした。


「あ、あのさ……」


それまで沈黙を保たれていたレオ様が、口を開きました。


「ほらあそこだよ、あそこ。飲み込んだ星をゲップできずに詰まってるでしょ! わかった?じゃあそう言うことで、エルナ帰るよ」


ブラックホールの周囲の、何もない真空空間を指差し、抽象度の高いご発言をされました。


「……は?」と呆然とするルメンの科学者たち。


……ゲップが詰まっている? 空間を指差して、一体何を?


私は、その言葉の意味を理解できず、内心で首を傾げました。


レオ様が指差したのは、星の残骸はおろか、塵一つ存在しない完全な真空空間です。


常にレオ様の意図を読み解いてきた私でさえ、この時ばかりは困惑してしまいました。


「私、もう少しここで、この愛らしい特異点を詳細に観測していたいですよぉ! 残ってもいいでありますかぁ!?」


ヨダレを垂らしながら猛抗議するルル博士に対し、レオ様は極めて軽い口調で応じました。


「わかったわかった、適当に切り上げて帰ってくるんだよ。じゃあね」


私は指示通りにファストトラベルを起動し、レオ様と共にタイタンの王宮へと帰還しました。


(あのようなお言葉を残し、狂人のルル博士を置いて帰還される……。合法的にルメン王国へ介入する大義名分を得て、一体何をなさるおつもりなのでしょうか)


タイタンに戻ってからも、私はレオ様の真意が図りかねていました。


私には、まだレオ様の思考の深淵が見えていなかったのです。


事態が劇的に動いたのは、その直後のことでした。


地球大統領と火星議長から、緊急の通信が入りました。


彼らは悲痛な顔で、現在太陽系が直面している絶望的なエネルギー枯渇問題について懺悔を始めました。


パーソナル・バルクとファストトラベルの一般化による、システムコアの限界。


あと数年で太陽系が完全に機能停止するという、人類滅亡の危機。


それを聞いたレオ様は、ゲームから目を離すことすらなく、軽く言い放ったのです。


「ふーん。エネルギーが足りないのかぁ。まあ、なんとかなるんじゃない?」


その言葉が落ちた直後でした。


王宮のシステムに緊急アラートが鳴り響き、太陽系のエネルギー総量が、一瞬にして計測不能へと跳ね上がったのです。


通信画面に割り込んできたルル博士が、狂喜乱舞しながら報告します。


『繋ぎましたよぉ! レオ様のご命令通りぃ、4次元の排出口から太陽系のマザーシステムへの、超巨大エネルギーバイパスを!』


(……!!)


その瞬間。


私の頭の中で、すべての点と線が、爆発的な光を伴って完全に繋がりました。


(……そういうことでしたか!)


私は、その言葉に隠された恐るべき真理に、全身の産毛が逆立つほどの衝撃を受けました。


何もない空間……すなわち、3次元空間には存在しない、4次元バルク空間への接続点。


ゲップが詰まっている……すなわち、ブラックホールが排出すべきエントロピーが飽和し、時空の摩擦を起こして回転を阻害しているという情報熱力学の真理。


(ああ……なんという、恐ろしい……!)


これほど高次元の解答でも、そのまま伝えてしまえば、ルメンの科学者たちにも理解できてしまいます。


だからこそ、レオ様はあえて幼児の言葉に暗号化し、ルル博士のような狂気的な天才でなければ解読できないヒントとして放り投げたのです。


そして去り際の、適当に切り上げて帰ってくるんだよという言葉。


あれは、詰まった莫大なエネルギーを切り上げて、太陽系のマザーシステムへ直結させろという、ルル博士への絶対的な勅命だったのです。


これにより問題を解決したのがルル博士となるため、太陽系は合法的にブラックホールの莫大なエネルギーを手に入れることができたのです。


さらに、ルル博士の背後からルメン国王が進み出て、レオ様に向かって服属を宣言しました。


『神帝レオ陛下の絶対的な庇護下に入ります! このいて座サジタリウス領域も、どうか陛下の手で、管理していただきたい!!』


銀河の中心の危機が救われ、無限のエネルギーが太陽系に流れ込み、いて座領域が完全に服属しました。


レオ様は、太陽系がエネルギー枯渇問題に直面していることを把握しておられました。


そして、その解決策を、銀河の中心……いて座の超大質量ブラックホールに見出しておられたのです。


ただの操作ミスを装ったアリア殿下の召喚。


現地でのゲップが詰まっているという幼児の言葉に偽装された高次元の暗号。


これらすべてを、玉座で完璧に組み立て、実行された。


結果として、ルメン王国の危機を救い、相手から感謝されながら、太陽系を永遠に潤す無限のエネルギーを合法的に手に入れた。


さらには、銀河の中心という途方もない戦略的拠点を、血の一滴も流すことなく無血開城させ、完全に服属させてしまったのです。


「いて座を、管理……? え、俺が……?」


「これって俺の仕事が増えるやつじゃない!? なんで!? どうしてこうなった!!」


レオ様……。貴方様の御心は、あの超大質量ブラックホールの深淵よりも深く、そして恐ろしい。


私は、絨毯の上で「なんでだー!」と子供のようにジタバタと暴れ回っている我が主を見ながら、その計り知れないスケールの知略と、神の如き采配に対して、魂の底からの忠誠を誓いました。


私は静かに、そして深く頭を垂れるのでした。

読者の皆様、レオ様の完全なる掌の上のご采配、いかがでしたでしょうか?

太陽系の支持率95%を維持するレオ様への、皆様からのご支持もお待ちしております。


筆頭メイド、エルナ

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