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「あー、怖かった! マジで怖かった!!」
たった今ルメン王国から帰ってきた。
タイタンの王宮に逃げ帰ってきた俺は、玉座に置かれた最高級のふかふかクッションにダイブし、全身を預けて深く安堵のため息を吐き出した。
さっきまでいた、あのいて座領域のルメン王国。
空の半分を覆い尽くすほどの超大質量ブラックホールは、思い出しただけでも寿命が縮むほど恐ろしい光景だった。
中身が大人とはいえ、ただの平和ボケしたゲーマーである俺のポンコツ脳みそでは、あんな星を何億個も飲み込むような宇宙の怪物なんて、絶対にどうすることもできない。
だから俺は、子供の絵本レベルの適当な感想を言い捨てて、変態科学者のルルを置き去りにしてさっさと逃げ帰ってきたのだ。
「はぁ……やっぱりタイタンの自室が一番落ち着くわ。あんなヤバい星、もう二度と行くか」
俺はエルナが用意してくれた極上の地球産フルーツパフェを一口食べて完全に落ち着きを取り戻すと、床に転がっていたバーチャルホログラムゲーム端末を拾い上げた。
今は俺がやっている、宇宙開拓サンドボックスゲームの期間限定イベントの真っ最中なのだ。
銀河の中心の危機なんていう俺の手におえない問題よりも、イベントの周回の方がよっぽど大事である。
俺がクッションに寝転がりながらゲームに没頭し、至福のぐうたらタイムを満喫していた、その時だった。
『――地球連邦政府大統領および火星議長より、緊急の直通通信要請です。神帝陛下にお繋ぎしますか?』
マザーシステムの無機質な音声が、俺の脳内のインプラントに響いた。
「えー。今イベント周回中で忙しいんだけどなぁ……」
俺が渋々通信を許可すると、空中に巨大なホログラムモニターが展開された。
そこに映し出されたのは、地球大統領と、火星を束ねる火星議長の姿だった。
二人とも、葬式にでも出ているかのような、この世の終わりみたいな重苦しい顔をしている。
「んー? なにー、俺、今ゲームのイベント周回中で忙しいんだけど」
俺は手元のゲーム端末から目を離さずに、クッションでゴロゴロと体勢を変えながら適当に返事をした。
大統領たちは、俺のそのだらしない姿を見ても怒るどころか、逆にひどく申し訳なさそうに、深く、深く頭を下げてきた。
「陛下、お寛ぎのところ申し訳ない。本日は、太陽系の存亡に関わる、極めて深刻なご相談があり、通信を繋がせていただいた」
「存亡に関わる? またぁ? 大げさだなぁ」
俺はあくびを噛み殺しながら生返事をした。
このおじさんたちは、ちょっとしたことでもすぐに太陽系の危機とか大袈裟に言ってくる癖があるのだ。
おじさんたちは、俺の適当な態度を気にすることなく、血を吐くような悲痛な声で長々と説明を始めた。
なんでも、最近みんなが使いまくっているパーソナル・バルクとかファストトラベルのせいで、太陽系のエネルギーがものすごい勢いで消費されていて、あと数年で完全に枯渇してしまうらしい。
「既存の恒星エネルギー機構や、次世代核融合炉をフル稼働させても……消費に全く追いついていません」
「我々は、この一年間あらゆる解決策を模索してきたが、ついに万策が尽きた。陛下の御心を煩わせる我々の無能を、どうか許していただきたい……」
二人は画面の向こうで、完全に絶望しきった顔で懺悔している。
しかし、物理学の知識など皆無な俺のポンコツ脳みそには、彼らが口にする専門用語は完全にチンプンカンプンだった。
(要するに、みんなが便利になりすぎて、太陽系の電気が足りなくなっちゃったってことでしょ?)
俺はゲームのキャラクターを操作しながら、極めて安易にそう結論づけた。
電気が足りないなら、新しい発電所でも作ればいいだけのことだ。
なんでそんなことで、一年間も悩んで、この世の終わりみたいな顔をしているのかさっぱりわからない。
「ふーん。エネルギーが足りないのかぁ。それは困ったねぇ」
俺は画面も見ずに、ひどく曖昧な返事をした。
「まあ、なんとかなるんじゃない?」
俺としては、大人たちが一年も悩んだんだから、そのうち何かいいアイデアでも思いつくでしょという、完全なる丸投げのつもりだった。
だが、俺のその無責任な言葉を聞いた瞬間、大統領と火星議長は「な、なんとかなるって……!」と顔を見合わせて愕然とした表情を浮かべた。
俺がゲームのボス戦に突入し、コントローラーのボタンを連打し始めようとした、まさにその時だった。
『――緊急警告。マザーシステムのメインストレージに、極めて異常な数値のエネルギー流入を検知しました』
突然、王宮のシステムにマザーシステムの無機質なアラートが鳴り響き、部屋の照明が警告の赤色に点滅した。
「うおっ!? なんだなんだ!?」
俺がびっくりしてゲーム端末から顔を上げると、大統領たちの通信モニターの横に、別の通信画面が強制的に割り込んできた。
『ふしゅっ……あひ、ひひひひっ! レオ様ぁ! レオ様ぁぁっ!!』
画面に大写しになったのは、ダボダボの白衣を着て、目の下の真っ黒なクマを歪めながらヨダレを垂らし、狂喜乱舞している変態科学者、ルルだった。
さっき俺が恐怖のあまり、銀河の中心のルメン王国に置き去りにしてきたあの女だ。
「ル、ルル!? お前、まだあんなヤバい星にいたのかよ! っていうか、今の警告音なに!?」
『繋ぎましたよぉ! レオ様のご命令通りぃ、4次元の排出口から太陽系のシステムコアへの、超巨大エネルギーバイパスを!』
「は……? 排出口? バイパス?」
俺はポカンと口を開けた。
ルルは自身の身体を抱きしめるように身悶えしながら、恍惚とした表情で叫び続けた。
『ええ、ええ! 今、超大質量ブラックホールのエルゴ球から抽出された、莫大で……あまりにも暴力的な無限のエネルギーが、太陽系へ向けてドクドクと流れ込んでいるはずですぅ!!』
「…………はあ!?」
俺のポンコツ脳みそは、完全に理解を拒絶した。
ブラックホールから太陽系へエネルギーが流れ込んでいる? ご命令? 俺、そんなこと一言でも言ったか!?
俺がパニックになっていると、ルルの背後から、重厚なマントを羽織った初老の男が、深い畏敬の念を帯びた顔でモニターの前に進み出てきた。
ゲームのコントローラーを握っていた俺は、ただ事ではない剣幕で突如見知らぬ異星の王が画面に現れたのを見て、ビクッと肩を震わせ画面を凝視した。
『太陽系の代表とお見受けする。私は、天の川銀河の中心、いて座領域ルメン王国の国王である』
その言葉に、通信を繋いでいた地球大統領と火星議長が「い、いて座……!? ぎ、銀河の中心!?」と悲鳴のような声を上げた。
ルメン国王は、画面の向こうにいる俺に向かって、深々と、それはもう狂信的な祈りを捧げるように平伏した。
『偉大なる太陽系の神帝、レオ陛下……。貴方様のその神の如きご差配により、我がルメン王国は、そしていて座領域は、永遠の滅亡から救われました……!』
「め、滅亡から救われた……?」
地球大統領が震える声で復唱する。
『…あのブラックホールの異常は、……あのまま放置しておけば、いずれ天の川銀河そのものを崩壊の渦に飲み込み、全星系を消滅させていたほどの宇宙規模の厄災でした……!』
天の川銀河そのものの消滅。
あまりにもスケールが大きすぎる単語の羅列に、俺の頭は完全にキャパシティをオーバーしていた。
『我々は先祖代々、あのブラックホールを管理してきたつもりになっておりました。……ですが、今回の一件で、高次元の真理を前にして、自分たちがいかに無知で無力な存在であるかを、骨の髄まで痛感いたしました』
ルメン国王は、涙を流しながら、俺に向かって力強く、そしてとんでもない爆弾発言を投下した。
『よって! 我々ルメン王国は、これより神帝レオ陛下の絶対的な庇護下に入ります! このいて座サジタリウス領域も、どうか陛下の手で、管理していただきたい!!』
「な……っ!?」
画面の向こうで、地球大統領と火星議長が腰を抜かしたのが見えた。
俺は、持っていたゲーム端末をポトリと純白の絨毯に落とし、完全に硬直していた。
「…………はい?」
俺の口から漏れたのは、事態が全く飲み込めていない、ひどく間の抜けた一言だった。
「いて座を、管理……? え、俺が……?」
俺はポカンと口を開け、画面に映るルメン国王と、異常な数値を示してアラートを鳴らし続けるエネルギーのグラフを交互に見比べた。
俺はただ、ゲップが詰まってるとか適当なことを言って、ルルを置き去りにして逃げ帰ってきただけなのだ。
なのに、なぜかそれが、ブラックホールの排出口からエネルギーのバイパスを繋ぐという狂った解決策にすり替わるのか。
なぜか、銀河系そのものを崩壊の危機から救ったことになり、なぜか、銀河の中心にある王国が、丸ごと俺の管理下に入るとか言い出している。
(待て待て待て。いて座を俺が管理するって……それ、どういうことだ?)
俺の怠惰な脳みそが、必死に現状を処理しようと回転を始める。
銀河の中心の管理。それはつまり。
「……大統領。我々は……なんてちっぽけなことで、悩んでいたのでしょうね」
「ああ……。我々のちっぽけな政治的危惧など……神帝陛下のその全知全能の御手の上では、文字通り一瞬で片付く些事にすぎなかったのだ……」
画面の向こうで、地球大統領と火星議長が、俺に向かって深く平伏している。
彼らの目には、俺がエネルギー枯渇問題を見越して、すでに銀河の中心から無限のエネルギーを引っ張ってくる手筈を整えていた絶対的な王者として映っているらしい。
だが、俺の内心は、彼らの感動とは全く真逆の絶望に支配されていた。
(いやいやいや!! 違う!! 俺はただ、ゲームしてパフェ食べてダラダラしたいだけなんだよ!!)
太陽系だけでもめんどくさいのに、これ以上、銀河の中心なんていうバカでかい領域の管理なんて絶対にやりたくない。
新たな星系の統治、エネルギーの分配。
考えただけでも吐き気がするような、面倒くさい仕事の山が、雪崩のように俺の元へ押し寄せてくる未来がハッキリと見えた。
俺は、歓喜と狂気に沸き立つ三つの通信画面の真ん中で、両手で頭を抱え、純白の絨毯の上に崩れ落ちながら絶叫した。
「これって俺の仕事が増えるやつじゃない!? なんで!? どうしてこうなった!!」
誰にも理解されない底知れぬ絶望を抱えながら、俺はただ一人、その理不尽すぎる因果に打ち震えることしかできなかったのである。
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