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【地球連邦政府、大統領】
私、アーサー・マクスウェルは、第六十三代地球連邦大統領である。
私の目の前に浮かび上がるホログラムのグラフは、無慈悲な右肩下がりの赤い曲線を描いていた。
「……駄目だ。何度シミュレーションをやり直させても、結果は変わらん」
私は深く重い溜息を吐き出し、執務デスクに両手をついた。
通信モニターの向こう側では、火星を束ねる火星議長が、私と同じように苦渋に満ちた表情で頭を抱えていた。
「ええ。現在の消費曲線を辿れば、太陽系のメインエネルギーグリッドは、あと数年で完全に枯渇します」
我々太陽系の指導者たちは今、人類史上最大の繁栄の代償という名の危機に直面していた。
二年前にレオ陛下の起こした4次元インフラ革命。
パーソナル・バルクによる空間からの直接収納と、ファストトラベルによる瞬間移動。
それらが全人類に一般化され、世界は物理的な距離と時間から完全に解放された、究極のユートピアを手に入れた。
だが、その魔法のような奇跡の代償は、あまりにも重かった。
人類が日常的に、息をするように空間を跳躍し、4次元の裏側から物質を引き出すたびに、マザーシステムは太陽系全土から莫大なエネルギーを搾り取り、消費し続けている。
「既存の恒星エネルギーを限界まで搾り取るダイソン・スウォーム機構や、木星軌道の最新核融合炉をフル稼働させても……生成量が消費のスピードに全く追いついていません」
火星議長が、悔しそうに拳を握りしめる。
「このままでは、インフラの根幹であるシステムコアがダウンし、太陽系の流通と生命維持機能が完全に停止します。我々は、自らが生み出した理想郷の重さに押し潰されようとしているのです」
私は、両手で顔を覆った。
この一年間。私と火星議長は、太陽系中の天才的な頭脳と叡智を集め、不眠不休でこのエネルギー枯渇問題の解決策を模索し続けてきた。
新たなエネルギー資源の採掘、消費効率の劇的な改善、次元エネルギーの変換理論。あらゆる可能性を検証させ、実行に移してきた。
だが、そのすべてが、人類の果てしない欲望とインフラ消費のスピードの前には焼け石に水だった。
ついに今日、すべてのシミュレーションが破綻という残酷な答えを弾き出した。
万策は、尽きた。
「……大統領。もはや我々の手には余る事態です。我々の無能を恥じるしかありませんが……」
火星議長が、血を吐くような声で言った。
「やはりまた、あのお方のお力に縋るしか……ないのでは」
「…………ああ」
私は、深く、深く頷いた。
太陽系の絶対神帝、レオ陛下。
この4次元インフラ革命をもたらし、人類を神の領域へと引き上げた少年。
我々がこれまで必死に足掻いても解決できなかった太陽系の危機を、またしても、あの幼い少年の肩に背負わせなければならないのか。
「我々の力不足で、陛下に助けを乞うなど……大統領として、これ以上の屈辱と悔しさはない。……だが、太陽系を崩壊させるわけにはいかない」
情けなさと悔しさで腸が煮えくり返る思いだったが、背に腹は代えられない。
私は重い指先で、タイタンの王宮への直通通信回線を起動した。
『――通信要請を受諾。神帝陛下にお繋ぎします』
マザーシステムの音声と共に、執務室の空中に巨大なホログラムモニターが展開された。
そこに映し出されたのは、タイタンの王宮の玉座で、ふかふかの最高級クッションに深々と身を埋めている、太陽系の絶対神帝レオ陛下の姿だった。
『んー? なにー、俺、今ゲームのイベント周回中で忙しいんだけど』
レオ陛下が手元のゲーム端末から目を離さずに、少し面倒くさそうに首を傾げる。
そのあまりにも無邪気で平和な姿を見て、私は自身の不甲斐なさに胸を痛めながらも、深く頭を下げた。
「陛下、お寛ぎのところ申し訳ない。本日は、太陽系の存亡に関わる、極めて深刻なご相談があり、通信を繋がせていただいた」
『存亡に関わる? またぁ? 大げさだなぁ』
レオ陛下はクッションでゴロゴロと体勢を変えながら、気のない返事をした。
私は、火星議長と共に、現在の太陽系が直面しているエネルギー枯渇問題の全容を、嘘偽りなく、ありのままに説明した。
4次元インフラの莫大な消費量。恒星エネルギーと核融合の限界。
そして、このままでは数年で太陽系が完全に機能停止してしまうという絶望的な未来。
「我々は、この一年間あらゆる解決策を模索してきたが、ついに万策が尽きた。陛下の御心を煩わせる我々の無能を、どうか許していただきたい……」
私が血の滲むような声で懺悔を終え、レオ陛下の裁定を待った。
だが。
『ふーん。エネルギーが足りないのかぁ。それは困ったねぇ』
レオ陛下の返事は、拍子抜けするほど軽く、そしてひどく曖昧なものだった。
『まあ、なんとかなるんじゃない?』
「な、なんとかなるって……陛下、太陽系内のエネルギーはすでに限界まで……」
私と火星議長は顔を見合わせ、愕然とした。
いくら神帝陛下とはいえ、物理的なエネルギーの限界を、魔法のように無から生み出すことなど不可能なのだ。陛下ご自身も、どうしていいか分からず適当な返事で誤魔化しているのではないか?
我々はついに、本当に見限られてしまったのか。
私が深い絶望に沈みかけた、まさにその時だった。
『――緊急警告。マザーシステムのメインストレージに、極めて異常な数値のエネルギー流入を検知しました』
私の執務室と、タイタンの王宮のシステムに、同時にマザーシステムの無機質なアナウンスが鳴り響いた。
「な、なんだ!? 何が起きた!?」
私が慌ててコンソールを操作すると、目の前のエネルギーの枯渇を示す真っ赤なグラフが、凄まじい勢いで書き換えられていく。
マイナスに傾いていた太陽系のエネルギー総量が、一瞬にして青い光に反転し、限界値のメーターを軽々と振り切って、計測不能の『無限大』の表示へと跳ね上がったのだ。
「ば、馬鹿な!? 太陽系全体の一年分の消費エネルギーが、たった数秒で充填されただと!? いや、まだ増え続けている! 一体どこからこんな莫大なエネルギーが!?」
火星議長も目を見開いている。
私たちが完全にパニックに陥っていると、レオ陛下のホログラムの横に、別の通信が強制的に割り込んできた。
『ふしゅっ……あひ、ひひひひっ! レオ様ぁ! レオ様ぁぁっ!!』
映し出されたのは、ダボダボの白衣を着て、目の下の真っ黒なクマを歪めながらヨダレを垂らし、狂喜乱舞しているタイタン王立研究所のルル博士だった。
『繋ぎましたよぉ! レオ様のご命令通りぃ、4次元の排出口から太陽系のシステムコアへのエネルギーバイパスを! 今、莫大な……あまりにも暴力的なエネルギーが、そちらへドクドクと流れ込んでいるはずですぅ!!』
「ル、ルル博士!? い、一体そちらはどこなのだ!? 何を繋いだというのだ!?」
私が混乱の極みにいると、ルル博士の背後から、重厚なマントを羽織った初老の男が、深い畏敬の念を帯びた顔でモニターの前に進み出てきた。
ゲームのコントローラーを握っていたレオ陛下も、ただ事ではない剣幕で突如見知らぬ異星の王が画面に現れたのを見て、さすがにゲームを中断して画面を凝視した。
『太陽系の代表とお見受けする。私は、天の川銀河の中心、いて座領域ルメン王国の国王である』
「い、いて座……!? ぎ、銀河の中心!?」
ルメン国王は、画面の向こうにいるレオ陛下に向かって、深々と、それはもう狂信的な祈りを捧げるように平伏した。
ルル博士の異常な言葉と、画面の向こうに広がる全く見知らぬ異星の王の姿に、私と火星議長の思考は完全に停止した。
『偉大なる太陽系の神帝、レオ陛下……。貴方様のその神の如きご差配により、我がルメン王国は、そしていて座領域は、永遠の滅亡から救われました……!』
「め、滅亡から救われた……?」
ルメン国王の言葉に、私は息を呑んだ。
『あのまま放置しておけば、いずれ天の川銀河そのものを崩壊の渦に飲み込み、全星系を消滅させていたほどの宇宙規模の厄災でした……!』
天の川銀河そのものの消滅。
太陽系のエネルギー問題などというちっぽけな次元を超越した、本当の意味での宇宙の危機。
『我々は先祖代々、あのブラックホールを管理してきたつもりになっておりました。……ですが、今回の一件で、高次元の真理を前にして、自分たちがいかに無知で無力な存在であるかを、骨の髄まで痛感いたしました』
ルメン国王は、レオ陛下に向かって力強く宣言した。
『よって! 我々ルメン王国は、これより神帝レオ陛下の絶対的な庇護下に入ります! このいて座サジタリウス領域も、どうか陛下の手で、管理していただきたい!!』
「な……っ!?」
私と火星議長は、あまりの事態に腰を抜かしそうになった。
銀河の中心を治める王国が、無条件で太陽系の属国になるというのか。
そして、太陽系に今流れ込んでいるこの無限のエネルギーは……。
「……まさか。この無尽蔵のエネルギーは、神帝陛下が銀河中心の超大質量ブラックホールのエネルギーを、直接抽出して太陽系に供給しているというのか……!?」
私が震える声で呟き、ルメン国王が壮大な服従の宣言を終えたその時。
画面の向こうのレオ陛下は、持っていたゲーム端末をポトリと絨毯に落とし、完全に硬直していた。
『…………はい? いて座を、管理……? え、俺が……?』
陛下は画面に映るルメン国王と、異常な数値を示してアラートを鳴らし続けるエネルギーのグラフを交互に見比べている。
「……大統領。我々は……なんてちっぽけなことで、悩んでいたのでしょうね」
「ああ……」
我々が、血を吐くような思いで必死に頭を悩ませ、万策尽きて完全に絶望していた太陽系のエネルギー枯渇問題。
それを、この神帝は。
我々が相談を持ちかけるよりも前に。
超大質量ブラックホールの無限のエネルギーを、何事もなかったかのように太陽系へ流し込んでみせたのだ。
『まあ、なんとかなるんじゃない?』
先ほどの、あの気怠げな陛下の曖昧な言葉の真意。
それは、問題を投げ出したのではなく、すでにいて座のブラックホールから無限のエネルギーを引っ張ってくる手筈を整えてあるという、絶対的な王者としての宣告だったのだ。
そして今、いて座の国王からの大袈裟な感謝と服属宣言に対し、そんな当たり前のことでいちいち大騒ぎするなと言わんばかりに、呆れた表情を見せているのだ。
「我々のちっぽけな政治的危惧など……神帝陛下のその全知全能の御手の上では、文字通り一瞬で片付く些事にすぎなかったのだ……」
私と火星議長は、モニターの向こうで呆れた表情で固まったレオ陛下の姿を見つめながら、ただただ、己の無力さと、神帝の計り知れないスケールの大きさに、深く、深く平伏することしかできなかったのである。
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