21
あの4次元インフラ革命によって、人類がパーソナル・バルクとファストトラベルという究極の技術を手にしてから二年の月日が流れた。
前世の大人の記憶を持ったままこの未来世界に転生し、現在は太陽系神帝というチート級の肩書きまで不本意ながら持ってしまった俺は、先日ようやく10歳の誕生日を迎えていた。
俺の脳みそは悲しいほどポンコツのままだが、別に構わない。
難しい政治の判断や労働の管理は、すべて優秀な大人たちとマザーシステムが完璧にこなしてくれている。
俺の日常といえば、タイタンの王宮の玉座で、ただひたすらにダラダラと過ごすだけの極限のぐうたら生活だった。
朝は昼過ぎまで寝坊し、玉座の最高級のふかふかクッションに寝転がりながら、空中に浮かべたホログラムのディスプレイで面白動画をだら見する。
喉が渇けば、指を鳴らすだけで専属メイドのエルナが宇宙で一番美味しい極上のジュースを口元まで運んでくれる。
少し移動するだけでも自動浮遊ソファーが勝手に動いてくれるため、自分の足で歩くことすらほとんどない。
俺は無限の権力と財力を使って、ひたすら骨の髄まで堕落しきった、絵に描いたような究極のぐうたら生活を満喫していた。
「はあぁ……ひま。ひますぎる……」
俺はクッションに顔を埋め、両足をパタパタとさせながら大きなあくびをした。
毎日毎日、誰からも怒られずに無限にダラダラできるのは最高なんだけど、さすがに何の起伏もない生活ばかりだと、刺激が欲しくなってくる。
「……気分転換に、何か珍しいものでも召し上がりになりますか?」
部屋の隅に控えていたエルナが、俺の退屈しきった顔を見て提案してくれた。
「うーん。地球で今、すごく美味しいって評判の新作パフェがあるらしいから、それ食べたいな」
「かしこまりました。すぐに私が手配を……」
「あ、待って。今日は俺が自分でファストトラベルの操作をやってみるよ。今まで全部エルナ任せで、自分でシステムを使ってみたことなかったからさ」
俺は少しだけ体を起こし、脳内のインプラントを通じてシステムコアのインターフェースを開いた。
目の前の空間に、半透明のホログラムの星図が浮かび上がる。
「えーっと、地球のパフェを取り寄せるんだから……あっ」
指先でホログラムを適当にスワイプしていたら、勢い余ってマップの尺度が太陽系の所属する天の川銀河全体まで一気に広がってしまった。
「うわ、広っ。星が多すぎ。えーっと……太陽系はどこだっけ?」
無数の星々が光の粒のように瞬く広大なマップの中を、俺は指でなぞりながら地球を探した。
たしか地球は人類にとって一番大事な星なんだから、銀河の中心の方だったよな。
俺は中心部のひと際明るく渦を巻いているあたりを拡大し、青と緑が混ざった美しい地球を見つけた。
「あ、これこれ。やっぱり地球は青いなー。よしよし」
俺はその青い星を指でタップし、引き寄せ(ファストトラベル)の実行ボタンを押した。
『――警告。指定された座標は超大質量ブラックホールの事象の地平面に極めて近接しています。太陽系防衛ネットワークの安全圏外です』
脳内にマザーシステムの無機質なAI音声が響き、赤いエラー画面が展開された。
「え? ブラックホール? 圏外?」
俺はエラー表示を見て不満げに眉をひそめた。
地球がブラックホールの近くにあるわけがないし、ネットワークが圏外なのもおかしい。
完全にシステムの一時的なバグだ。俺は赤いエラー表示を鬱陶しく感じながら、実行ボタンをポチポチと何度も連打した。
「俺は太陽系の絶対神帝だぞ! レベル6権限で、こんなバグ無視してさっさとパフェを繋げ!」
『――警告をオーバーライドします。ユーザーの持つレベル6権限を検知しました』
『――システムコアの限界リソースを強制解放。天の川銀河中心部、いて座領域への4次元ネットワークを臨時構築します』
『――時空連続体を突破。対象の強制ファストトラベルを実行します』
直後。
王宮の玉座の間の中心に、バチィィッ!! と凄まじい青白い閃光が弾けた。
「うおっ!?」
空間そのものがメリメリと嫌な音を立てて歪み、空気を引き裂くような高周波のノイズが響き渡る。
普段のスマートなファストトラベルとは全く違う、暴力的で強引な次元の穴がポッカリと開いた。
「レ、レオ様! 下がってください!」
エルナが俺の前に庇うように飛び出した。
そして、閃光が収まった直後。
次元の穴から、玉座の間の最高級の絨毯の上へと、一つの人影がポンッと勢いよく放り出された。
「……きゃあっ!?」
短い悲鳴と共に床にへたり込んだのは、お目当ての美味しそうなパフェなどではなかった。
透き通るような美しい金糸の髪に、宝石のように澄んだ眼。
気品のある純白のドレスに身を包んでいるが、その生地の表面には微かに幾何学的な光のラインが流れており、明らかに高度な技術で作られた特殊素材を纏った、十代後半くらいの美しい少女だった。
「……えっ?」
俺はポカンと口を開け、床に倒れ込んだ少女を見つめた。
少女の方も、突如として放り出された異空間の光景に、完全に混乱しているようだった。
「……こ、ここは……? 空間転移装置の暴走……!? いえ、我が国の最新鋭のゲートでも、受信設備なしにこれほど瞬時に空間を跳躍させることなど不可能……!」
少女は青ざめた顔で周囲を見回し、震える声で呟いた。
だが、彼女は怯え切った表情をどうにか引き締めると、気高く顎を上げ、俺たちを鋭く睨みつけた。
「あ、あなた方は何者ですか!? セキュリティを突破し、わたくしを拉致するなど……ただで済むと思って……って、え!?」
未知の状況に酷く取り乱してはいるが、その叫び声や所作の端々には、隠しきれない気品と極めて上品なお嬢様特有のオーラが溢れ出ていた。
「ち、違うんだ! 誘拐じゃない! ただのシステムの操作ミスだから!」
俺が慌てて両手を振って弁解すると、少女はビクッと肩を震わせ、ドレスの裾を強く握りしめた。
「そ、そのような見え透いた嘘で、わたくしを騙せるとでも思って!? わたくしを人質にして、我が国のエルゴ球エネルギー抽出プラントの利権を奪うおつもりなのでしょう!」
エルゴ球? エネルギー抽出プラント?
全く理解できない。
「エルナ……これ、どういうこと……?」
俺が引きつった顔で尋ねると、エルナはマザーシステムのコンソールを物凄い速度で叩きながら、信じられないものを見るような顔で報告した。
「……レオ様。先ほど指定された座標は、銀河の中心、いて座領域のブラックホールに最も近い有人惑星の座標です」
「…………は?」
「本来繋がらないネットワーク外のエリアですが……レオ様が神帝としてのレベル6権限を発動して、無理やりネットワークを構築したため、そこの星に住む人をファストトラベルさせてしまったようです」
俺はあまりの事態に、頭を抱えて絶叫した。
地球のパフェを取り寄せようとしたら、銀河の中心のお姫様を誘拐してしまった!?
「……あ、あなたは何者なのですか!?わたくしをどうするおつもり!?」
少女は恐怖で完全にパニックになりながらも、誇りから決してすがりつくようなことはしなかった。
俺がどうしていいか分からずにいると、エルナがシステム画面を確認しながら、深刻な声で告げた。
「レオ様。先ほどの強引な接続により、王宮の次元跳躍モジュールが深刻なオーバーヒートを起こしております。安全に彼女を元の星へお返しするには、システムの冷却に数時間の猶予が必要です」
「ええっ!? じゃあ、数時間はここにいてもらうしかないってこと?」
「はい。……レオ様。あの方は突然の次元転移で極度のパニック状態に陥っています。冷却が終わるまで、まずは温かいものを召し上がっていただき、落ち着いていただくのが先決かと」
「そ、そうだな。エルナ、さっき俺が取り寄せようとしてた地球のパフェ、ここに出せる?」
俺の指示を受け、エルナは静かにお辞儀をすると、何もない空間に向かってスッと右手をかざした。
『――パーソナル・バルク、接続。指定座標の物質を引き出します』
エルナの手のひらの上の空間がチカッと青白く歪み、バチッという微かな音と共に、何もない虚空から銀色のトレイが音もなく出現した。
そこに乗っていたのは、湯気を立てる最高級のダージリンティーのセットと、色鮮やかなフルーツが山盛りに乗った極上のパフェだ。
「……えっ?」
少女は目を白黒させ、エルナの手とテーブルの上のパフェを交互に震える指で指し示した。
「な、何の予備動作もなく、空間から直接物質を……? ゲート発生器もなしに空間から直接干渉を行うなど……!」
どうやら彼女の星もそれなりに技術が進んでいるらしく、エルナのやったことがどれだけ異常なことかを理解して驚愕しているようだった。
「わ、我が国でも、空間干渉は国家レベルで限定使用の段階だというのに……それを、ただの給仕のために実用化しているというのですか……!?」
「えっと、これはパーソナル・バルクっていう技術なんだけど……ほら、毒なんか入ってないから食べてみなよ。すごく美味しいらしいからさ」
俺は別のグラスに盛られたパフェのクリームをスプーンですくい、パクッと口に入れた。
「んんーっ! 甘くて美味しい!」
俺が美味しそうに咀嚼して飲み込んでみせると、少女はビクッと震え、ゴクリと小さく喉を鳴らした。
極度の緊張で糖分を欲していた彼女は、迷った末に震える手でスプーンを受け取り、ほんの少しだけクリームをすくって小さな口へと運んだ。
「…………っ!?」
一口食べた瞬間、少女の碧い瞳が限界まで見開かれた。
彼女はスプーンを持ったまま硬直状態に陥った後、理性を溶かされたように、パフェを口に運び始めた。
あまりの美味しさにパニックが吹き飛んだのか、彼女の顔からみるみるうちに警戒心が溶け落ちていく。
さらに、食事に含まれる疲労回復用の微小なナノマシンの効果もあり、彼女の極度に張り詰めていた神経も強制的にリラックス状態へと移行していったようだった。
俺はホッと胸を撫で下ろし、彼女が紅茶を一口飲んで深く息を吐き出したタイミングを見計らって、再び優しく語りかけた。
「落ち着いた? 誘拐じゃないって信じてくれるかな。さっきエルナが言ってた通り、遠くの星と無理やり繋いだせいで、君を転送してきた機械がオーバーヒートしちゃってるんだ。それが冷める数時間後には、ちゃんと元の場所に帰してあげるから。約束するよ」
俺の言葉に、少女は少し考え込むように視線を落とし、やがて小さくため息をついた。
「……わかりました。見知らぬこの場所で、護衛もいないわたくしがいくら騒ぎ立てたところで、今のわたくしにはどうすることもできませんし」
彼女は、完全なアウェーであるこの状況下で、抵抗しても無意味であると冷静に判断したらしい。
「……ひとまず、無礼な態度をとってしまい、申し訳ありませんでした」
彼女は俺を見つめ、深く頭を下げた。
パフェを食べてすっかり落ち着いたらしい少女は、カップの紅茶を両手で持ちながら、ふと窓の外の景色へと目を向けた。
漆黒の宇宙空間に浮かぶ、美しく巨大な土星の輪と、その周辺を行き交う無数の宇宙船の光跡。
彼女の星も宇宙開発が進んでいるためか、窓の外に広がる宇宙空間そのものには驚く様子はなかった。
だが、彼女は外の景色を見て、不思議そうに首を傾げた。
「……奇妙ですね。ここは軌道上の宇宙ステーションのようですが、ブラックホール特有の強烈な重力波や、事象の地平面の光の歪みが全く観測できません」
「事象の地平面?」
「はい。わたくしをゲートも無しに瞬時に強制転移させたということは、ここは、いて座領域の近傍星系のはず。なのに、なぜこれほど穏やかな宙域なのですか?」
彼女の疑問に、俺はあっけらかんと答えた。
「いて座? いや、ここは太陽系だよ。土星の衛星、タイタンに建造された王宮だからね」
「たい、たん……太陽系……っ!?」
少女の瞳に、強烈な驚愕の光が宿る。
「銀河の中心から、辺境の腕まで……数万光年もの距離を、ゲートもなしにたった一瞬で跳躍させたというのですか……!?」
彼女は震える声で呟き、ガクガクと足の震えを堪えながら後ずさった。
「我々の最新鋭の空間ゲートでは、多大なエネルギーを使っても、これほどの距離は無理ですわ……これほど圧倒的な距離を無視するなんて。貴方たちの空間技術は、我々よりも数世代先を行っているのですね……!」
少女は居住まいを正し、俺を畏れ多いものでも見つめるような、熱を帯びた瞳で見つめてきた。
「……わたくしはアリア。天の川銀河の中心、いて座にあるブラックホールを代々管理してきた国の第一王女です」
そして彼女は、王族としての矜持すらも投げ打つように、その場に深々と、祈るように両膝をついたのだ。
「えっ!? ちょっと!?」
「……どうか、レオ様。貴方たちのその進んだ空間技術の力で……わたくしの星を、救っていただけないでしょうか!!」
床に額を擦りつけるほどの勢いで頭を下げた彼女から飛び出したのは、あまりにも唐突で、悲痛な願いだった。
俺が戸惑ってエルナと顔を見合わせていると、アリア姫は顔を上げ、涙を湛えた瞳で語り始めた。
「我々の星は、大昔から天の川銀河の中心にある超大質量ブラックホールに極めて近い軌道を公転しております」
アリア姫の声は、切羽詰まったように震えていた。
「そこで我々は、ブラックホールが自転することによって生み出されるエルゴ球の領域の莫大な回転エネルギーを抽出し、それを動力源として文明を発展させてまいりました。我々はそのブラックホールの管理者として生きてきたのです」
「えるごきゅう? かいてんえねるぎー?」
俺のポンコツな脳みそには全く聞き馴染みのない難しい専門用語だったが、要するに、巨大なブラックホールの近くで、そこからパワーをもらって生きている、ということらしい。
「ですが現在……全くの理由不明で、ブラックホールの回転数が、落ち始めているのです」
「回転数が落ちてる……?」
「はい。我々の歴史上、初めての現象です。国中の天体物理学者たちを総動員して対応策を探していますが……原因すら全く掴めておりません」
アリア姫の細い肩が、絶望に震えている。
「このまま回転が落ち続ければ、いずれ遠心力とブラックホールの強大な引力の均衡が崩れます。そうなれば……あと数百年で、我々の惑星は軌道を維持できず、ブラックホールに飲み込まれて完全に消滅してしまいます。だから、どうか……!」
彼女は、祈るように両手を胸の前で強く組み合わせた。
「数万光年の距離を瞬時に繋ぐ貴方たちの技術ならば……あのブラックホール異常の原因を調べ、どうにかできるのではないかと! どうか我々の星をお救いくださいませ!!」
一つの惑星、いや、銀河の中心にある超大質量ブラックホールすらも巻き込んだ、あまりにもスケールが大きすぎる悲痛な懇願だった。
だが、涙ながらに必死に訴える彼女の姿を見下ろしながら、俺のポンコツな頭の中には、ひどく間の抜けた感想だけが浮かんでいた。
(あと数百年……? ずいぶん先の話だなあ)
数百年後なんて俺はとっくに寿命を迎えて死んでいる。
そんな途方もなく未来の危機を、なんで今からそんなに必死になって悩んでいるんだろう。
俺の怠惰な脳みそは、惑星規模の壮大な危機を前にして、そんなピントのズレたことばかりを考えていたのだった。
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