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あの恐ろしい異星文明ゼニスとのホログラム会談から、早くも一年が経過した。
現在、六歳になった俺は、王宮の玉座の間で、控えめに言って堕落の極致と呼ぶべき最高の生活を満喫していた。
「あー、この新作のデジタルポテトチップス、超・濃厚コンソメ銀河味、めちゃくちゃ美味いな……。エルナ、コーラおかわり。氷少なめで」
「かしこまりました、レオ様」
俺は最高級のシルクで設えられたふかふかの玉座にだらしなく寝転がりながら、前世のコーラを再現させたドリンクを飲みながら、最新のバーチャルゲーム機をピコピコと操作している。
前世、ブラック企業で毎日すし詰めの満員電車に揺られ、上司の理不尽な怒号をBGMに、冷めたコンビニ弁当と胃薬をかじりながらサービス残業に明け暮れていた俺からすれば、今の生活はまさに夢のようなパラダイスだ。
朝は目覚まし時計の忌まわしいアラーム音に怯えることなく、お昼過ぎまで好きなだけベッドで寝坊する。
起きたら、専属メイドのエルナが完璧な最高級の朝食、という名の昼食をベッドまで運んでくれる。
昼間は地球から取り寄せた最新アニメや映画ホログラムを、壁一面の超大型立体モニターで見放題。
ソシャゲのガチャは王室の経費で、推しが出るまで文字通り天井を叩きまくる。
少しでも眠くなれば、冷暖房が完璧に効いた玉座の間のシーツにくるまって、心ゆくまでシエスタ(お昼寝)を楽しむ。
暑ければエルナが絶妙な風を送り、喉が渇けば「お口を開けてくださいませ」と冷たいジュースをストローで飲ませてくれるのだ。
最高すぎる。
誰にも怒られず、何一つ責任も負わず、仕事もせず、ただ息をしてダラダラしているだけで褒め称えられ、無限にお小遣いがもらえるのだ。
かつては玉座の飾りの子供王として、なんだかんだと面倒な書類のサインや、式典の退屈な挨拶に駆り出されることもあった。
それに、太陽系全体を統べるこの玉座には、タイタンのシステムコアにおける最高権限、レベル6マスター権限を持つ俺にしか処理できない、星間規模の超重要案件が、本当ならば山のように存在しているはずなのだ。
星間防衛網の最終承認や、太陽系規模のエネルギー予算の割り当てなど、本来ならレベル6の僕が直接処理しなければシステムが受け付けない激重な決裁案件ばかりである。
だが、今ではそんな面倒な案件すら、俺の元には一切回ってこない。
なぜかというと、俺が地球連邦の大統領と火星の議長に、面倒な仕事を全部押し付けたからである。
俺は自分がぐうたらするために、地球のメインシステムと火星のメインシステムを、俺のいるタイタンのマザーシステムと直接リンクさせた。
そして、地球連邦大統領と火星議長に、前にあげたタイタンのサブ・レベル6マスター権限を地球と火星のマザーシステムと連結してやったのだ。
本来ならばレベル6の俺にしか処理できない特権的な案件だが、それぞれの星において最高権限を持つトップである彼らとシステムを直結させ、サブ権限を与えたことで、彼らが俺の代理として承認・処理できる抜け道を構築したのである。
俺からすれば、ただの仕事のぶん投げの職務放棄でしかない。
だが、あの一年前のゼニス事件以降、俺のことを全知全能の神か何かのように崇拝し始めてしまっている彼らは、この権限譲渡を壮大に勘違いしたのだ。
『おおっ……! 神帝陛下が、この凡人である我々を信頼し、星系最高の権限を委譲してくださった!!』
『神帝陛下の尊き御手を、我々凡人の事務処理などで煩わせるなど万死に値する!!』
『陛下の与えてくださったこのサブ・レベル6権限を使い、地球と火星の些事はすべて我々が処理し、陛下には太陽系を守るためだけにリソースを割いていただくのだ!!』
彼らは勝手にそんな狂信的なスローガンを掲げ、ものすごい勢いで太陽系の政治や経済、さらには星間防衛の超高度な承認案件まで、全部オートマチックに回してくれるようになった。
俺が今日のおやつは何かな〜とぼんやり考えている間に、地球の大統領がサブ権限を駆使して血眼で環境問題を解決する法案を通してくれる。
俺がガチャで推しが出ない!とジタバタしている間に、火星の議長がタイタンサブ権限で新しい貿易ルートを開拓して経済を潤してくれる。
たまに『陛下、こちらの法案はいかがいたしましょう?』と通信が来ることもある。
そんな時、僕が「んー、どっちでもいいよ。任せる」とあくび混じりに答えるだけで、彼らは『なんと! 凡人である我々の裁量を試しておられるのだ!』と勝手に感動し、徹夜で最高の法案を仕上げてくれるのだ。
俺が何もしないことこそが、太陽系を最も平和に導くのだと完全に開き直っていた。
一生この玉座でゲームして、デジタルポテチ食って、エルナに甘やかされて生きていきたい。
もう絶対に働かないぞ。
そう心に固く誓って究極のニート生活を謳歌していた俺だったが、そんな平穏な日常に、ちょっとした横槍が入った。
『――通信要請。月面自治州代表より、神帝陛下へ直接の相談を求めております』
システムコアの声が玉座の間に響き、空中にホログラムが展開された。
映し出されたのは、目の下にひどいクマを作った、神経質そうな顔の月面代表のおじさんだった。
『おお……! 太陽系を統べる偉大なる神帝陛下! 拝謁の栄誉をお与えいただき、身に余る光栄にございます!』
「あ、うん。こんにちは。どうしたの?」
僕がゲーム機のコントローラーから手を離さず、寝っ転がったまま適当に返事をすると、月面代表は悲痛な面持ちで深く頭を下げた。
『実を申しますと……我々月は現在、深刻な技術革新の伸び悩みに直面しております』
はぁ、そうですか。
『地球は環境制御技術で、火星は資源開拓技術で凄まじい発展を遂げておりますが、我々月には特筆すべきものが何もないのです……!』
「へー、そうなんだ」
『このままでは、月は地球と火星に大きく遅れをとり、ただの寂れた田舎衛星に成り下がってしまいます! 恥を忍んでお願いに上がりました!』
おじさんは、モニター越しにすがるような目を向けてきた。
『太陽系全体を統べる神帝陛下であれば、地球や火星だけでなく、我々月をも平等に助け、お導きくださるべきではないでしょうか!』
うわぁ。
『どうか我々に、地球や火星に追いつくためのヒントをお与えください!』
めっちゃ嫌なプレッシャーかけてきた。
要するに、お前太陽系のトップなんだから、うちの不景気もどうにかしろよ、というクレームである。
知るかよ。
こっちは六歳児だぞ。
星の技術革新の悩みとか言われても、分かるわけがない。
早くゲームの続きがやりたい俺は、適当に思いついたことを口に出して、このおじさんをサクッと追い返すことにした。
「えーっと……地球とか火星と同じことをして追いつこうとするからダメなんじゃないの? 月って、重力があんまりないんでしょ?」
『は、はい。月の重力は地球の約六分の一ですが……それが何か?』
「軽いんだからさ、もっと下の方まで、いっぱい深く穴を掘ってみたらいいじゃん。なんかすごいお宝が埋まってるかもしれないし」
『……あ、穴を深く掘る、ですか……?』
「そうそう! あとさ、裏側は地球から絶対に見えないんだから、その裏側に内緒ででっかいエンジンとか作っちゃえばいいんだよ! そんで月を宇宙船みたいに動かしてさ!」
『……穴を掘って、裏側にエンジン……?』
「そんでさ! 月といえばウサギだよね! 重力が軽いからウサギもピョーンて高くジャンプできるでしょ? だからウサギをいっぱいジャンプさせて、その力で発電するとかさ! じゃあ僕、ゲームあるから頑張ってねー!」
俺としては、絵本やアニメで見たような適当な思いつきを並べただけだった。
『穴を掘る(お宝探し)』『裏側に隠しエンジン(秘密基地)』『ウサギのジャンプ発電』
まったく脈絡のない三つのデタラメだ。
これで、子供の戯言と呆れて帰ってくれるだろう。
そう思ったのだが。
モニターの向こうの月面代表は、なぜか目を見開き、全身をブルブルと震わせ始めたのだ。
『……ッ!? ああっ……! そうか……!! この三つの御言葉、一つ一つが独立した指示ではない!?』
え?
なにが?
月面代表のおじさんは、なんか急に顔を真っ赤にして早口で喋り出した。
『深く穴を掘り、裏側にエンジンを作り、ウサギのように跳躍して発電する……まさか、これらすべてが完璧に絡み合う一つの究極のシステムの設計図か!?』
……ん?
『まず裏側に作る巨大エンジン! 地球の干渉を受けない絶対死角に超大型の指向性スラスターを建造し、月そのものを動かす!』
……んん?
『だが、そんな莫大な推力で月を物理的に移動させれば、地球の引力バランスが崩壊するか、月自体が砕け散ってしまう! どうやって安全に、かつ爆発的な速度を得るのか……そうか、そこで別の指示、ウサギの跳躍!!』
ウサギのジャンプがどう解決するんだ?
『巨大エンジンの莫大な推進力を物理的な直進に使うのではない! 空間そのものを折りたたんでワープする超空間量子ジャンプに全変換するのか!!』
ウサギが量子ジャンプになっちゃった。
『しかし、月ほどの超質量がワープ空間から通常空間へ着地と再出現する際、星を砕くほどの次元の反動が発生する! これでは一回のジャンプで月が崩壊してしまう!』
崩壊以前に、月をジャンプさせるとか無いでしょ…。
『そこで最後のピースが全てを繋ぎ合わせる……深く穴を掘り、ウサギのジャンプで発電する!そういうことか!!』
おじさんは、稲妻に打たれたように両手を天に掲げた。
『月を貫くほど深く掘った巨大な穴……これこそが、ウサギの強靭な脚の役割を果たす超重力サスペンション!!』
いや、ただのトンネル工事のつもりだったんだけど。
『ワープ着地時の巨大な次元摩擦と衝撃を、深く掘った穴、サスペンションの伸縮で全て吸収し、月へのダメージを完全にゼロにする!』
『さらに陛下はウサギのジャンプで発電せよと仰った! そう、その穴で吸収した天文学的な衝撃エネルギーを、そのまま次の跳躍のための電力として回収・再利用する量子跳躍ダイナモ発電なのだ!!』
おじさんが勝手に三つの適当な言葉を組み合わせ、完璧な理論を構築して一人で感動している。
『裏側のエンジンでワープする跳躍、深く掘った穴で衝撃を吸収するウサギの脚、その衝撃をエネルギーに変えて再装填するジャンプ発電!!』
『これら三つの要素が絡み合い、互いの欠点を完全に補完し合うことで、月は自壊することなく、外部からのエネルギー補給も一切必要としない、無限ワープ可能な超機動要塞へと生まれ変わる!!』
『なんてことだ……!! 地球の環境制御も、火星の資源開拓も、所詮は一つの星の特定の場所に縛られた旧世代の泥臭い技術に過ぎない!!』
『陛下の提唱されたこの三位一体の無限跳躍システムが完成すれば、月は宇宙のあらゆる場所へ瞬時にワープし、移動するだけで無限のクリーンエネルギーを引き出せる!』
『地球と火星の技術を根本から無価値にし、置き去りにする究極の次元超越技術パラダイムシフトだ!!』
「あ、うん。そうそう、それそれ」
僕は適当に頷いた。
なんかよくわかんないけど、勝手に超革新的な理論が完成したらしい。
『我々は地球や火星の真似事などして追いつく必要はなかったのだ! 太陽系絶対神帝陛下、万歳!!』
『月を無限ワープ可能なエネルギー無尽蔵の超機動惑星要塞へと造り変える究極のプロジェクトを、ただちに始動いたします!!!』
「う、うん、がんばってね。バイバーイ」
『ははっ!! 月面自治州に永遠の栄光あれ!!!』
ブツッ、と通信が切れた。
「うわぁ、やっと終わった。エルナ、プリンのおかわりちょうだい!」
「かしこまりました、レオ様。本日も完璧な御采配でございましたね」
横で控えていたエルナが、なぜかとても誇らしげな顔でプリンを持ってきてくれた。
……完璧な采配?
穴掘って、ウサギをピョンピョンさせるだけなんだけどなぁ。
まあいいや。
プリン美味しいし。
◇
そして、その適当なアドバイスから、一年後。
七歳になった俺は、相変わらず王宮の玉座でデジタルポテチの銀河エクスプレス味を齧りながら、平和にゲームをしていた。
しかし、太陽系の外側ではとんでもないパニックが起きていたのである。
ある日突然、地球の夜空から月が完全に消滅したのだ。
そして、その月は遠く離れた火星の衛星軌道上にワープして出現した。
月面政府が国家予算を全振りし、死に物狂いで開発を進めた結果、俺の言った三つのデタラメなピースを本当に絶妙に絡み合わせ、月をまるごと無限ワープ可能な超機動型惑星要塞へと改造してしまったのである。
地球大統領と火星議長から緊急通信が入った。
画面に映し出されたのは、顔面を真っ青にして絶望の表情を浮かべる地球大統領と、髪を振り乱してパニック状態の火星議長だった。
『へ、陛下!! た、大変だ!! 今日未明、地球の軌道上にあった月が、突如として空間ごと消失した!!』
『火星軌道上でも確認しました!! 月が……月が、火星のすぐ隣に突如としてワープ出現し、また一瞬で木星圏へ向けて跳躍しました!!』
『なんという恐ろしい機動力だ……! 解析させたところ、月の裏側の特異点からエネルギーを噴射し、巨大な質量を持つ天体そのものを量子ジャンプさせる……あんな次元と空間を無視したデタラメな超絶技術、地球の今の科学力では追いつけんぞ!!』
地球と火星のトップ二人が、完全に恐怖でパニックを起こしていた。
地球の大統領が零すように吐く。
『我々が経済と環境の発展で少しばかり思い上がっていたのを、神帝陛下は見抜いておられたのか……!』
『あえて最弱だった月に我々を遥かに凌駕する超次元技術を与え、太陽系の絶対機動防衛要塞に仕立て上げることで、我々に決して調子に乗るなという強烈な戒めを突きつけられたのですね!お許しください陛下! 我々も直ちに月面に負けぬよう、火星の対ワープ技術の開発に全力を注ぎます!!』
なんか二人が勝手に絶望し、月に追いつこうとものすごい勢いで技術開発に猛進し始めてしまった。
その直後、別のチャンネルで月面代表のおじさんが、ものすごく誇らしげなドヤ顔で通信してきた。
『陛下! 我々はやりました! 地球も火星も、我が月の圧倒的な技術力に完全に圧倒されております!』
『裏面スラスターエンジン、着地の衝撃を吸収する深く掘った穴のサスペンション、そしてそれを再利用する量子跳躍でのウサギの発電……これら三つが完璧に絡み合って初めて成立する究極の永久機関! 全ては陛下のお導きのおかげでございます!!!』
「あ、うん。すごいね。よかったね」
俺は適当に相槌を打ちながら、ストローでコーラを啜った。
俺の適当な三つの発言が奇跡的に絡み合ったせいで、月が太陽系の常識をひっくり返し、それに負けまいと地球も火星も躍起になり、太陽系全体の技術力がとんでもない特異点シンギュラリティを迎えてしまったようだ。
だが、俺には一切関係のない話だ。
「ところでエルナ、なんかみんな慌ただしいけど、あのおいしいピザまた作ってよ、材料ちゃんと届く?」
「ご安心くださいませ、レオ様。すぐにアツアツをご用意いたします」
「うん、じゃあメガ盛りチーズでよろしく」
かくして太陽系の技術レベルは俺の適当な思いつきのせいで一気に次元を飛び越えてしまった。
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