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【エルナ視点】
私はエルナ。
太陽系絶対神帝であらせられるレオ様にお仕えする筆頭メイドでございます。
私の最大の使命は、大宇宙の平和を守ることなどという大仰なものではありません。
愛しき主であり、この太陽系において最も尊き存在であられるレオ様の、健やかで快適な日常と、完璧なティータイムを死守することです。
先日、未知の異星文明から突如として放たれた光速攻撃も、私にとってはレオ様の平穏な読書タイムを妨害する、無礼極まりない騒音トラブルでしかありませんでした。
地球防衛軍の凡夫どもが絶望のパニックに陥る中、レオ様は読みかけの漫画から目を離すことすらなく、指先一つで星系全体を覆う防衛力場を展開し、攻撃を完全に無効化なさいました。
地球の首脳陣は神の御業とひれ伏していましたが、私に言わせれば、うるさいから少し静かにしてという、レオ様の至極当然の空間管理に過ぎません。
そして現在。
玉座の間のモニター越しに、未知の異星文明ゼニスとのホログラム通信が繋がっています。
『我々の絶対防衛マトリクスは現在、最大出力にて貴星系の座標を捕捉している。不用意な干渉は自滅を招くものと理解せよ』
ゼニスの使節が、己の分際も弁えずに物騒な言葉で威嚇してきました。
私は玉座の斜め後ろに控えながら、内心で冷たく軽蔑しました。
なんて無礼な客人でしょうか。
もうすぐレオ様の至高のティータイムだというのに、このような殺気立ったホログラムを点滅させては、レオ様の繊細な御心にわずかながらも影を落としかねません。
そんなことを私が思っていると、レオ様が口を開かれました。
「あ、あー……さっきの話なんだけどさ。あなたたち、水ってやっぱり必要ですか?」
私は、その気高きお言葉に、思わず身を震わせました。
「水、欲しい?」というメッセージは、事前にレオ様から送られていたものです。
あのような無礼な態度で敵意を向けられている極限状況下においても、一切の動揺を見せず、あえて同じ話題を繰り返す。
なんと恐ろしいほどの胆力でしょうか。
『……言語解析完了。当該発言の意図が不明である。当方への挑発と認識。宣戦布告と定義するか、全素体で協議中である。……協議完了。結論を出力する。極めて敵対的である』
しかし、野蛮な客人にはその気高き御心が理解できず、さらに怒りを露わにしました。
ここから、レオ様による人智を超えた、美しき神の外交が幕を開けるのです。
「違う違う! 怒らないで! いや、欲しいならあげるんだけどさ。ただ、そっちまで送るのってとんでもない送料がかかるんだよね。送料をそちらが負担してくれるなら、今すぐでもいいんだけど……何光年も離れてるし、とんでもない額になるよ? そっちで全部払えるの!?」
ああ……!
私は、その底知れぬ発想に感嘆のため息を漏らしました。
隣接するモニターの向こうで、地球の大統領が「星間輸送に送料など発生するはずがない。いったい何の暗喩だ?」と激しく困惑しています。
愚かですね。
だからレオ様と違って凡人なのです。
私にはレオ様のお考えの鱗片が理解できました。
純粋な輸送コストの話など、現代の技術レベルにおいてあり得るはずがありません。
レオ様が仰る送料とは……対象の星系全体を空間ごと切り取り、超巨大ブラックホールという名の宇宙のゴミ捨て場へ着払いで強制発送する絶対廃棄システムのことに決まっているではありませんか!
自分たちをゴミ捨て場へ送るための莫大な送料を、自分たちの星のエネルギーで全額負担しろという宣告です。
粗大ゴミの処分費用は、ゴミ自身に払わせる。
なんという経済的で、宇宙の断捨離理論でしょうか!
「それにさ! 水ってナマモノだから、長期間運んでると腐るんだよ! 途中で謎のバクテリアとか藻がめちゃくちゃ繁殖して、そっちに着く頃にはドロドロの緑色のヘドロみたいになってるかもしれないだろ!? そんなのそっちの星にぶちまけたら、未知の病原菌とかで大惨事になるよ!?」
素晴らしい。
私は感動のあまり、震える両手を胸の前で組みました。
地球の大統領は「絶対零度の宇宙空間でバクテリアが繁殖するはずがない! 物理法則を無視している!」と頭を抱えていますが、嘆かわしいほどの知能の低さです。
生体理論でいえばあり得ません。
ですが、レオ様はただの水を送るのではなく、物理法則そのものを書き換える虚数次元エントロピー崩壊機、漂白バクテリアを星系にぶち撒けるとおっしゃっているのです!
触れた瞬間に星系全体の法則が不可逆的に暴走し、あらゆる物質がドロドロの緑色のヘドロ、素粒子のスープへと腐敗していく……!
まるでシンクの頑固な汚れを強力な漂白剤でドロドロに溶かして洗い流すかのように、一つの文明を宇宙の汚水として処理してしまおうとなさるなんて!
「あとさ! 宇宙空間で巨大な水の玉ができたら、無重力だからまん丸な水滴になるでしょ? それが太陽の光を集める虫眼鏡みたいになっちゃって、そっちの星が黒焦げに燃えちゃうかもしれないんだよね! 小学校の理科の実験でやったでしょ? 黒い紙が燃えるやつ! あれの超デカい版だよ!」
私はもう、溢れる敬愛の念を抑えきれず、その場に膝をつきそうになりました。
水の玉が光を集める?
光学的に不可能?
地球の首脳陣は、本当に視野が狭い。
レオ様の仰る巨大な水の玉とは、対象星系の周囲の空間そのものを重力で球状に歪め、完全に密閉された事象の重力オーブンレンジに閉じ込めるという意味です!
内部に閉じ込められた彼ら自身の恒星の光と熱が、重力の壁で無限に反射と収束を繰り返し、星系全体を内側からチリ一つ残さず超高温で焼き上げる!
文明の丸焼き調理法を、幼子の理科の実験と称して無邪気に嘲笑するなんて!
なんと壮大なクッキングでしょうか!
『……物理演算完了。全素体の限界に到達。……結論を出力する。超巨大流体レンズの軌道上展開による恒星光収束殲滅攻撃と断定。我々の生存圏を完全に破壊する多段式環境破壊兵器の投下予告と認定』
『……全素体の合意が形成された。結論を出力する』
『我々はこれ以上の対立を望まない。……どうすれば、その物質の投下を停止してもらえるか。我々の星系の希少資源を譲渡する案で合意した。交渉を要求する』
当然です。
レオ様の構築された、超次元の殺戮家事理論を前にしては、いかなる高度文明であろうと平伏するしかありません。
ゼニスの使節は完全に沈黙し、恐怖に震え上がりながら大量の資源を差し出して命乞いを始めました。
「え、えっと、代償とか別に何もいらないよ。そっちが嫌なら、無条件で送らないって約束してあげる。こっちも助かるし」
レオ様はあっさりとそれを断られました。
よくわからない宇宙の生ゴミなどいただいても、お屋敷が散らかるだけで、レオ様の平穏な日常には何の役にも立たないのですから。
『……情報解析。代償の無条件放棄。協議完了。結論を出力する。当方の資源に一切の価値を見出していない、絶対的上位者の余裕と認定』
『……我々の、完全なる敗北である』
「あ、納得してくれた? よかった。じゃあお互いに、絶対に手出ししないでおきましょうね」
そして、レオ様は最後に、全宇宙の歴史に刻まれるべき完璧な裁定を下されました。
「じゃあさ、とりあえず……そうだな、100年くらい?完全に放置ってことでどう? こっちもそっちに行かないから、そっちも絶対にこっちに来ないで」
100年。
地球の大統領は「なぜ100年? 全く意味がわからない」とモニターの向こうで首を傾げておりますが、私にはレオ様の狂おしいほどの御心が痛いほど伝わってまいりました。
今すぐブラックホールに捨てたり、漂白剤で溶かしたり、オーブンで丸焼きにするのは簡単です。
ですが、レオ様はあえて100年という時間を指定なさいました。
そう、100年とは……あの事象の重力オーブンレンジの中で、敵の文明が最もカリッと香ばしく焼き上がるための調理時間に違いありません!!
100年間、じっくりと絶望の炎で炙ってあげるから、オーブンの中で大人しくカリカリになりなさいという調理宣告!
『……情報照合。太陽系100年、76ゼニス周期。協議完了。結論を出力する。……合意する』
『我々は向こう76ゼニス周期、太陽系100年間の間、絶対に貴星系へ干渉しないと誓約する』
「ええ、じゃあそういうことで。通信切りますね!」
自分が今まさに100年間のタイマーをセットされたことすら知らずに、ゼニス側は完全服従を誓い、通信は切断されました。
モニターの向こうでは、地球の大統領と火星議長が、畏怖の表情のままレオ様に向かって最敬礼を行っております。
『我々にはさっぱり理解できない、100年という数字すらも、敵の致命的な何かを完璧に突いていたのだ! 陛下の知性はもはや神の領域……!』
彼らはようやくレオ様の神威の片鱗に気づいたようですが、その程度の理解で拝み倒すなど、まだまだ信仰心が足りませんね。
ですが、彼らがそうして勝手に震え上がり、今後のレオ様への忠誠心が潤沢になるのであれば、私から口出すことは何もございません。
「エルナ……終わったよ……僕、もう疲れた……」
玉座から、甘えるような愛らしいお声が響きます。
ああ、先ほどまで大宇宙の星々をブラックホールのゴミ捨て場に送り、漂白剤で溶かし、オーブンで丸焼きにするという壮大なクッキングを行っておられた方が、私の前ではこのように無防備な御姿をお見せになる。
「お疲れ様でございます、レオ様。見事な御采配でございました」
私は優雅に一礼し、完璧な適温で淹れなおした最高級のダージリンティーと、手作りのプリンを差し出しました。
レオ様はプリンを見て目を輝かせ、無邪気な笑顔でスプーンを握られます。
この尊き笑顔と、穏やかな日常を守ること。
大宇宙の終焉や星間国家の丸焼きなどという些末な事象よりも、私にとってはその方が、何百倍も尊くて重要な任務なのでございます。
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