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【地球外生命体ゼニス視点】


太陽系からの「水、ほしい?」メッセージ受信後…。


〈全素体、限界演算終了。……結論を出力します〉


広大なネットワーク空間を埋め尽くしていたパニックのノイズが、静かな、絶対的な絶望へと急速に収束していく。


〈全素体、意思を完全統一。我々に抵抗の余地は存在しない〉


〈即時降伏だ。これ以上の敵対行動は星系の死を意味する。当星系の希少資源をすべて差し出し、兵器の投下停止を懇願するしかない〉


統合知性体ゼニスのネットワークが、完全降伏のプロトコルを構築し終え、まさに送信を実行しようとしたその時だった。


〈推論素体#059。待て! 送信を停止しろ!!〉


ネットワーク全体に、鋭い制止のノイズが走った。


〈推論素体#059。論理演算に致命的な欠陥を発見! 無条件降伏のメッセージを送信すれば、我々が先日の攻撃でエネルギーを撃ち尽くし、完全な丸腰であることが相手に即座に露呈する!〉


〈戦略素体#102。肯定する! 相手は我々を家畜以下と見なしている圧倒的上位者。無条件降伏など無意味。慈悲もなく即座に殲滅されるぞ!〉


〈通信素体#001。極度の焦燥。ではどうする!? このまま沈黙していれば、無言の抵抗とみなされてやはり攻撃される! 逃げ場はない!〉


どうする。どうする。


彼らは論理の迷宮で激しく右往左往していた。


先日の攻撃でエネルギーを撃ち尽くしてしまったゼニスは、次弾装填までに78ゼニス周期(太陽系での100年)を要する、完全な無防備状態なのだ。


ここで丸腰だとバレるのは致命的すぎる。


〈戦略素体#102。最適解を出力! あえて我々から太陽系のメインコア、識別名レオへ、直接のリアルタイム通信でのホログラム対談を持ちかける!〉


〈推論素体#128。そうだ! 我々の絶対防衛マトリクスが現在も最大稼働中であると偽装する虚勢を実行する! 我々から対談を申し込んで堂々と強気の威嚇を行うことで戦力が健在であると偽装し、相手の出方を牽制しながら生き延びるための交渉の糸口を探るしかない!〉


〈全素体、合意。結論を出力します。……太陽系メインコアへ通信プロトコルを接続!〉


ゼニスの集合意思は即座に光の多面体を構築し、はるばる深宇宙から太陽系へとホログラム通信を開いた。


玉座に座る太陽系のメインコア(王)へ向け、持ち得る最大級の威嚇プロトコルを叩きつける。


『――ネットワーク同調、完了』


『太陽系の送信した「H2O(水)」のメッセージを受領した。全素体による協議が完了。結論を出力する。……我々を容易に屈服させられると思うな。我々の絶対防衛マトリクスは現在、最大出力にて貴星系の座標を捕捉している。不用意な干渉は自滅を招くものと理解せよ』


これで少しでも相手が躊躇してくれれば、我々は生き延びられる。


全素体が処理リソースを極大化し、相手の反応を注視する。


だが、ホログラム越しに対峙する太陽系のメインコア(王)は、我々の渾身の威嚇に対し、一切の処理遅延(動揺)を示さなかった。


それどころか、平然とした声でさらなる絶望を突きつけてきたのだ。


『あ、あー……さっきの話なんだけどさ。あなたたち、水ってやっぱり必要ですか?』


〈観測素体#304。……驚愕。対象は我々の最大出力の威嚇に対し、恐怖の反応を一切示していない!〉


〈言語解析素体#022。当該発言の意図が不明。当方の牽制を完全に無視し、再度、猛毒(水)の投下を仄めかしてきた!〉


〈推論素体#128。我々の威嚇が全く通じていない。極めて敵対的だ! このままでは撃ち込まれる! 牽制を継続せよ!〉


『……言語解析完了。当該発言の意図が不明である。当方への挑発と認識。宣戦布告と定義するか、全素体で協議中である。……協議完了。結論を出力する。極めて敵対的である』


どうする。どうする。どうする。


威嚇が通じない。


彼らが論理の迷宮でパニックに陥る中、太陽系の王による、我々の理解を遥かに超える悪魔的なシミュレーションの提示が始まった。


『違う違う! 怒らないで! いや、欲しいならあげるんだけどさ。ただ、そっちまで送るのってとんでもない送料がかかるんだよね。送料をそちらが負担してくれるなら、今すぐでもいいんだけど……何光年も離れてるし、とんでもない額になるよ? そっちで全部払えるの!?』


個を持たないゼニスの高度な集合知性は、瞬時にその言葉の意味を解体し、パラノイア的な深読みと演算の暴走を開始した。


〈物理演算素体#404。未知の概念「送料ソウリョウ」を抽出。星間規模の超質量輸送を成立させるための物理的牽引力……すなわち、当星系側に膨大な重力磁場を強制設置し、その引力で遠方の水惑星を引き寄せるという意味か!〉


〈事象シミュレート完了。……なんという悪辣な! 対象は水惑星を引き寄せるための重力力場を我々の星の側に設置するつもりだ!さらに天文学的な磁場エネルギーを我々の恒星から全額負担させる作戦だ!!〉


〈戦略素体#102。自らの手は汚さず、我々自身の引力を利用して星系ごと物理的に圧殺する超重力牽引・質量爆撃作戦の宣告!!〉


〈戦略素体#128。我々が恐怖していることを悟られてはならない! 表強で気に突っぱねろ!〉


ネットワーク全体に、戦慄のノイズが走った。


『……推論実行。全素体での協議完了。結論を出力する。天文学的輸送コストの全負担要求は、当星系のエネルギーと富を根こそぎ奪い尽くす経済的収奪の宣告と認定』


だが、太陽系の王がもたらす絶望は、これだけでは終わらない。


『それにさ! 水ってナマモノだから、長期間運んでると腐るんだよ! 途中で謎のバクテリアとか藻がめちゃくちゃ繁殖して、そっちに着く頃にはドロドロの緑色のヘドロみたいになってるかもしれないだろ!? そんなのそっちの星にぶちまけたら、未知の病原菌とかで大惨事になるよ!?』


幾千億の並列思考が、生物学、環境学のあらゆる側面からその言葉を解体していく。


〈生体環境素体#205。そのシミュレーション結果は破滅的だ! 対象は猛毒(水)の内部で、未知の微小生命体を意図的に培養してから投下する気だ!〉


〈環境素体#402。防衛網を透過して自律増殖し、論理回路を内部から喰い破り星系全体を不可逆的に汚染する自律増殖型生化兵器バイオテロ!! 対抗手段、皆無!!〉


論理が飛躍し、深読みが新たな恐怖の連鎖を呼ぶ。


『……情報共有。事象をシミュレート。協議完了。結論を出力する。当該物質内での未知の微小生命体の培養、および意図的な投下。自律増殖型生化兵器による、星系全体の不可逆的汚染宣告と認定』


王はとどめとばかりに、信じられない現象を語り始めた。


『あとさ! 宇宙空間で巨大な水の玉ができたら、無重力だからまん丸な水滴になるでしょ? それが太陽の光を集める虫眼鏡みたいになっちゃって、そっちの星が黒焦げに燃えちゃうかもしれないんだよね! 小学校の理科の実験でやったでしょ? 黒い紙が燃えるやつ! あれの超デカい版だよ!』


〈光学素体#711。限界演算実行。軌道上に超巨大な真球の流体レンズを展開し、恒星の光を一点に収束させて地表を数万度のプラズマで焼き尽くす……間違いない。恒星光収束殲滅兵器の構築予告だ!!〉


〈言語解析素体#001。驚愕。「ショウガッコウノリカノジッケン」を解析。太陽系では、この星系破壊兵器の運用理論を幼体の初期教育フェーズで実践させている!!〉


〈推論素体#059。なんだと!? 幼体レベルで殲滅兵器の運用を学んでいるだと!? 太陽系との技術的格差、もはや測定不能!!〉


我々の技術は劣り、生殺与奪の権は完全に奴らの手に握られている。


『お前たちの星系に超重力場を設置させ、水惑星を引き寄せて砕いてやろうか?』


『星系全体を未知の病原菌で汚染してやろうか?』


『巨大な水鏡で、星を黒焦げに焼き尽くしてやろうか?』


逆らえば、一瞬で圧殺され、腐らされ、焼き尽くされる。


今の我々では絶対に勝てない。


逃げ場など、宇宙のどこにもない。


〈全素体、限界演算終了。……結論を出力する〉


広大なネットワーク空間を埋め尽くしていたパニックのノイズが、静かな、絶対的な絶望へと急速に収束していく。


〈全素体、意思を完全統一。我々に抵抗の余地は存在しない〉


〈即時降伏だ。これ以上の敵対行動は星系の死を意味する。当星系の希少資源をすべて差し出し、兵器の投下停止を懇願するしかない!〉


『……物理演算完了。全素体の限界に到達。……結論を出力する。超巨大流体レンズの軌道上展開による恒星光収束殲滅攻撃と断定。我々の生存圏を完全に破壊する多段式環境破壊兵器の投下予告と認定』


『……全素体の合意が形成された。結論を出力する』


『我々はこれ以上の対立を望まない。……どうすれば、その物質の投下を停止してもらえるか。我々の星系の希少資源を譲渡する案で合意した。交渉を要求する』


生き延びるため、我々はプライドを捨てて持てる限りの希少資源を提示し、命乞いをした。


しかし、太陽系の王は、それすらも無造作に切り捨てたのだ。


『え、えっと、代償とか別に何もいらないよ。そっちが嫌なら、無条件で送らないって約束してあげる。こっちも助かるし』


〈情報解析素体#333。……代償の、無条件放棄。我々が必死に提示した希少資源に対し、対象は一切の価値を見出していない〉


〈推論素体#128。我々の全技術、全財産は、対象にとって塵芥以下の無価値と判断された。すべてを手に入れる力を持つ絶対的上位者だからこその、余裕……!〉


『……情報解析。代償の無条件放棄。協議完了。結論を出力する。当方の資源に一切の価値を見出していない、絶対的上位者の余裕と認定』


『……我々の、完全なる敗北である』


そして通信の最後に、太陽系の王は、ゼニスの論理回路を永遠に決定づける言葉を放った。


『じゃあさ、とりあえず……そうだな、100年くらい?完全に放置ってことでどう? こっちもそっちに行かないから、そっちも絶対にこっちに来ないで』


〈時間演算素体#811。警告! 警告!! 対象が指定した「太陽系100年」という期間……。当方の防衛マトリクスが再稼働するまでに必要な時間「76ゼニス周期」と、完全一致!!〉


〈――――ッ!?〉


統合知性体を構成する全素体に、激しい量子コヒーレンスの崩壊ノイズが駆け巡った。


〈戦略素体#102。対象は、我々が丸腰であることを完全に把握している! 我々が防衛網を最大出力で稼働させているという虚勢は……初めから、全て見抜かれていた……!〉


幾千億の並列思考が、一つの真理に到達する。


〈推論素体#128。対象は我々の無力さをあえて直接指摘せず……圧倒的な兵器シミュレーションを順に提示することで、技術の絶対差を暴力的に証明した〉


〈統合中枢。76ゼニス周期待とうが技術差は揺るがないという絶対的自信の表れ……!〉


〈なんという知性の深淵。なんという神の如き余裕と慈悲……!〉


これほどの完璧な知性と強者の前に、我々はどうして抗えようか。


〈全素体、意思を完全統一。我々に抵抗の余地は存在しない〉


『……情報照合。太陽系100年、76ゼニス周期。協議完了。結論を出力する。……合意する』


『我々は向こう76ゼニス周期、太陽系100年間の間、絶対に貴星系へ干渉しないと誓約する』


通信が切断された。


ゼニスのネットワークは事象のログ記録を完了し、太陽系に対する一切の干渉を禁忌と設定。


こうして、かつて人類を滅ぼしかけた恐るべき異星文明ゼニスは、レオの浅い知識の言い訳によって、戦わずして完全にその心をへし折られたのであった。

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