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13.

数時間後。


食堂の大型スクリーンが切り替わった。


通信を繋いだ地球統一政府の大統領と、火星共和国の議長が映し出されている。


つい先ほどまでタイタンをミサイルで消し飛ばそうとしていた彼らだったが、その表情は極めて重く、ひどく苦渋に満ちていた。


『……我々の完全な敗北だ』


地球大統領が、大国のトップとしてのプライドを噛み殺すように口を開いた。


『もし貴方が盾を作っていなければ、我々は攻撃を探知することすらできず、全滅していた。……感謝する』


火星議長が続く。


『先ほど、太陽系は未知の知的生命体による殲滅兵器の攻撃を受けました。……我々の防衛レーダーは、その攻撃を直前まで探知すらできなかった! だが……タイタンのレオ大帝陛下だけは、違いました!』


「……え?」


食堂にいた全員が、息を呑んでスクリーンを見つめた。


『陛下は、我々が気づきもしなかったこの破滅の危機を、あらかじめ完全に予知しておられた! そして、システムに何もない空間に穴を開けろと命じることで……敵の攻撃が持つ莫大な質量そのものを、空間を裂くためのアンカーとし、飛来する攻撃に真正面から太陽エネルギーをぶつけて空間ごと相殺する、という究極の盾を作ってくださったのです!!』


「――――ッ!!」


その瞬間、俺の脳内で、バラバラだったすべてのパズルのピースが、凄まじい衝撃と共に一つに繋がった。


「あああああっ!!! そうか! そういうことだったのか!!」


俺は狂ったように立ち上がり、空に向かって絶叫した。


「最初から、飛んでくる敵の攻撃を利用するための計算だったんだ!!」


食堂にいた誰もが、一言も発することができなかった。


「マザーシステムの能力を10万倍に引き上げたのもこのためだったんだ!!」


ボラが持っていた合成ビールのジョッキが床に落ち、ガシャーンと割れたが、誰も気に留めなかった。


「……俺たちの行政手続きが5日間も止まっていたのは……」


ジャックスが、震える声で呟いた。


「王様が狂ったからじゃなかった……。陛下がその間ずっと、エイリアンの攻撃の軌道を計算するという、神の如き演算に全リソースを集中させていたから……!!」


「俺たち市民がパニックにならないように、極秘裏に……たった一人で、エイリアンと戦ってくれてたっていうのかよ!!」


ボラが顔を覆って号泣し始めた。


「それを俺たちは、結婚許可証がどうだの、妄想に取り憑かれた暴君だのって……自分たちのちっぽけな不満ばっかり! 俺たちはなんてバカだったんだ!!」


俺も視界が滲んで、画面がよく見えなかった。


全人類がパニックにならないよう沈黙を守り、他国からミサイルを向けられても言い訳一つせず、ただ黙って人類の盾となる。


あんな5歳の小さな王が、どれほどの恐怖と孤独の中で、その重圧に耐えていたというのだ。


「俺たちは……命懸けで俺たちを守ってくれていた神に向かって、暴言を吐いていた……」


通りにいた数千人の市民が、己の浅はかさを恥じ、アスファルトに額を擦り付けて号泣し始めた。


リアルな世界で助け合い、現実の生活の重みを知った俺たちだからこそ、たった一人で世界を背負い、孤独な沈黙を貫いた小さな王の痛絶なまでの自己犠牲が、痛いほどに胸に突き刺さったのだ。


食堂の大型スクリーンに、王宮の玉座に座るレオ陛下が新たなウィンドウに映された。


タイタン王宮からの公式放送のカメラだ。


その神の如き威厳は微塵も崩れておらず、極めて冷徹な瞳で、画面越しに地球統一政府の大統領と火星共和国の議長を見据えている。


『……えっと、太陽系は守られたの?……うん、それがすべてだよ……?』


地球統一政府の大統領は、血を吐くような重苦しい声で言った。


『自国の主権を手放すことなど、本来であれば到底受け入れがたい屈辱だ。……だが、未知の知的生命体が存在し、これほどの力を持っていると知った以上、我々の浅知恵だけでは太陽系を守り切れない』


地球統一政府の大統領と火星共和国の議長は深く息を吸い込み、画面越しの幼き王を真っ直ぐに見据えた。


それは、300億人の命を背負う者たちが真剣に考え抜いた、極限の決断だった。


『今日をもって地球統一政府と火星共和国を解体し、タイタンを首都とする太陽系絶対連邦を樹立する!レオ大帝。……極めて不本意ではあるが、貴方を全人類のトップとして迎える。太陽系の防衛や外交など、星の未来を決める超・重要案件のすべてを、貴方に委ねたい』


俺たちタイタン市民は息を呑んだ。 地球と火星が、その巨大なプライドをへし折ってでも、この5歳の少年に全権を託すしかないと悟ったのだ。


だが、画面の中のレオ陛下は、ぽかんと口を開け、石像のように硬直していた。


そして……その幼い顔に、かつて誰も見たことがないほどの深い苦悩が浮かんだ。


「当たり前だ! つい先ほどまでエイリアンの攻撃を防ぐ計算を成し遂げたばかりなんだぞ! それなのに、今度は300億人の未来を背負わせようというのか!」


俺たちは画面を見つめた。


だが数秒後。 苦悩していた陛下は、ハッと何かを閃いたように顔を上げた。


『えーっと……じゃあ、やるけど。でも僕、毎日いっぱい承認するとか、面倒くさいから絶対やだ』


あまりにも子供っぽく、威厳の欠片もない言葉だった。


地球と火星のトップが怪訝な顔をする。食堂にいる俺たちも拍子抜けして画面を見つめた。


『さっきマザーシステム見たんだけど、僕のメインアカウントってやっぱり消せないんだよね。だから、君たちおじさん用にサブ垢(副管理人)作ってあげる。普通の仕事は全部そっちでやってよ。僕のアカウントは通知オフにして寝るからね。特大案件ってやつだけ、たまに見てあげるからさ』


その、ただのわがままのような発言を聞いた瞬間。 俺の隣の席で、元ネットワーク・エンジニアのジャックスがガタッと立ち上がった。


「陛下は!日常の雑務を完全に切り捨てられたんだ! 自分のリソースを宇宙の脅威に対抗するための演算だけに集中させるために!」


「あっ……!」


配管工のボラが顔を覆った。


「何百年先の防衛を計算してる神の脳みそに、俺たちは引越しやら結婚許可証やらの事務データを送りつけてたのか! そりゃあ邪魔になるに決まってる!」


「陛下は、俺たちのためにあえて子供っぽく振る舞って、雑務から手を引かれたんだ……!」


俺は震える声で呟いた。


重圧に苦悩しながらも人類を導く覚悟を決め、そのために面倒くさいと悪態をついて、地球や火星に自分たちの世話は自分たちでしろと自立を促したのだ。


スクリーンの向こうでは、地球と火星の首脳たちも、その陛下の真意に気づいたようだった。


彼らは再び、深く、痛切な面持ちで頭を下げた。


『……承知した。日常の政治は我々が泥を被ろう。貴方はただ、静寂の中で星の未来を決める重要案件のみをご決裁いただきたい』


通信が切れ、食堂は歓喜に包まれた。 だが、ジャックスが突然血相を変えてテーブルを叩いた。


「おい、喜んでる場合じゃねえぞ! 日常の雑務はいいとして……肝心の重要案件を、地球と火星の連中に任せきりでいいのか!?」


「えっ?」


「あいつらの作る法案なんて穴だらけだ。そのまま陛下に見せたら、結局法案の矛盾に気づいた陛下が一から計算し直す羽目になるぞ!」


ジャックスの言葉に、俺たちはハッと我に返った。


「ダメだ! そんなことになれば、陛下の宇宙演算の邪魔になる!」


俺は食堂の仲間たちに向かって叫んだ。


「一番陛下のお側にいる俺たちタイタン市民が防波堤になるんだ! 地球と火星の不完全な法案を俺たちで完璧に修正して、詳しい解説をつけてから陛下に出すんだ! 陛下はただ承認を押すだけでいいように!」


「「「おおおおおおおっ!!!」」」


タイタンのドーム都市全域が、前代未聞の熱狂に包まれた。


「陛下の時間を守れ!」


「俺たちで完璧な書類を作るんだ!」


と、誰もが神たる王の負担を減らすため、真剣な顔で情報端末を叩き始めた。





翌日のタイタン玉座の間。


そこには、タイタン市民が陛下の頭脳を煩わせないために、と気を利かせて作った超・詳細な解説と注釈つきの巨大な法案(辞書サイズ)のダブルパンチを食らったレオが居た。


「ちがうっ! 僕がやりたかったのはこんなんじゃないぃぃっ!!」


玉座の上で、絶望の涙を流して叫んでいた。


「サブ垢作って全部押し付けて、ゲームして寝たかっただけなのに! なんで前より読むの面倒くさい書類持ってくるの!?こんなの5歳児が、ましては人間が読める量じゃないって、なんで誰も気づいてくれないの!?」


かくして、地球・火星の首脳たちの真剣すぎる決断と、タイタン市民の巨大すぎる善意によって、絶対に働きたくない星王の果てしなき社畜過労死ロードは、宇宙規模の祭壇へと祭り上げられていくのであった。

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