10.
――あの最悪の法令が施行されてから、丸1ヶ月が経過した。
俺は玉座の間で、暴動の報告を今か今かとワクワクしながら待っていた。
いくら暇つぶしの宿題を与えたとはいえ、1ヶ月も無意味な星探しをさせられ、大好きなゲームも制限されれば、そろそろ星民たちのイライラも頂点に達し、クーデターの準備が整っている頃合いだろう。
「おはよう、エルナ! そろそろじゃない?1ヶ月経ったけど、僕の支持率は10%未満まで落ちた!? みんな僕の出したゴミデータの宿題なんか放り出して、僕をクビにするために怒り狂ってるんでしょ!?」
しかし、俺の前に立ったエルナは、どこか神の御使いでも見るような、熱を帯びた瞳で俺を深く見つめ、恭しく一礼した。
「……暴動ですか? いえ、暴動の兆し一つ起きておりません。タイタン全土がかつてないほどの圧倒的な知の熱狂と、前人未到のデバッグ作業に包まれ、星民たちは涙を流して陛下の神算鬼謀を讃え続けております」
「……は?」
俺の笑顔が凍りついた。
「現在の陛下の支持率は、ついに95%に到達いたしました」
「きゅ、きゅうじゅうごぉ!?」
俺は悲鳴を上げ、玉座の間の巨大な窓へと駆け寄った。 そして、その外の景色を見た瞬間、俺は腰を抜かしてその場にへたり込んだ。
「な、なんだこれはあああああっ!?」
窓の外、タイタンの巨大なドーム都市。
そこには、王宮を取り囲む暴徒の姿は一人もなかった。
代わりに、都市全域の空を覆い尽くすほどの超巨大なホログラムスクリーンが展開され、そこには800兆行のゴミデータが11次元の位相空間へと変換された、複雑怪奇で美しい幾何学のネットワークが映し出されていた。
そして、10億人の星民たちが血走った目で端末を叩き、「そこだ! そのクラスターのトポロジー空間構造を抽出して削除しろ!」 「第4層のノイズが晴れたぞ! 次の星を探せ!」と、狂気じみた一体感で大歓声を上げているではないか!
「す、すぐにリディアを呼んで!」
玉座に呼ばれたリディアもまた、マザーシステムのデータ端末を見つめながら、顔面を蒼白にさせ、ガタガタと震えながら呆然と立ち尽くしていた。
彼女はレオがVR制限の前に文字の星を探す宝探しを本命の命令として組み込んでいた事実に愕然としていた。
「なんでよ……なんで……」
リディアは虚ろな目で呟いた。
「私の計算では、娯楽を理不尽に奪われ、あんな非科学的な宝探しを強要されたら、星民は知性を侮辱されて絶望し、確実に国が暴動で崩壊するはずだったのに……。あなたが本命だと言い放ったバカげた星探しが、マザーシステムの演算効率を、たった1ヶ月で10万倍に跳ね上げているのよ……!?」
事の真相は、こうであった。
1ヶ月前、法令が施行された日。星民たちは当然激怒した。
「ふざけるな! 200年前から続く文字化けの中から星の形を探せだと!? そんな非論理的な宝探しが終わるまでVR禁止!? 王は俺たちをバカにしているのか!」
だが、火星由来の超天才エンジニア集団である彼らは、愛するVRゲームを取り戻すために、渋々その膨大なエラーログをダウンロードした。
そして彼らは、テキストの文字を並べて星の形を探す、などという非効率なことはせず、データ全体を多次元空間データビジュアライザに放り込んで視覚化しようと試みたのだ。
普通の地図に8つの隠れた要素を足し合わせて、普通の人間には絶対に理解できない11次元の立体地図を作り上げたのである。
すると――。
「……おい。ちょっと待て。これ、ただの放射ノイズじゃないぞ」
一人の天才データサイエンティストが、11次元の立体地図を見て息を呑んだ。
「この800兆行のエラーの塊……ランダムなノイズじゃない。11次元空間上にマッピングすると、エラーの発生座標が完全に規則的な、超星型十二面体の幾何学構造を形成している!」
「星型……つまり『星の形(☆)』ってことか!? 王様が言っていたのは、テキストの文字の並びじゃなかった! 11次元空間上におけるエラーの偏りが描く、この異常な空間構造のことだったんだ!!」
その事実を認識した瞬間、10億人の天才エンジニアたちの脳内で、凄まじい衝撃と共にパズルのピースが完璧に組み合わさった。
「信じられるか……この星の形をした異常データの正体! これは、人類がタイタンに入植して以来200年間、誰も触れることができずブラックボックス化していたシステム・コアエンジンに潜む、量子デコヒーレンスの痕跡だ!」
「な……なんだって!?」
「例えるなら、タイタンの巨大な都市の情報とエネルギーの血管に、200年間詰まっていた目に見えないゴミは……この致命的なバグのせいだったんだ! だが、現代の優秀なAIたちは古すぎるこのバグを昔からの正常なルールと思い込んで無視するようにプログラムされている。だからどんな天才も、AI任せでは誰も見つけられなかった!」
「AIでは直せない……だからこそ、王様は俺たち人間に命じたんだ! VRという逃げ道をあえて絶つことで俺たちのマンパワーを強制的に確保し、10億人の脳を超巨大な分散型・人力デバッグネットワークとして連結させたのか!」
「ただバグを直せと命令しても、俺たちは何から手をつければいいか分からなかったはずだ。だが王様は、この11次元の立体マップ上でしか見えない異常な詰まりの形……星の形を探して消せという、究極に的確でシンプルな大ヒントを俺たちに与えてくださったんだ!!」
「なんて恐ろしい神算鬼謀だ……!陛下が指し示したこの200年間の人類の負の遺産を、俺たちの手で完璧に掃除してやるぜ!!」
こうして、怒りから一転、狂熱の全市民参加型・巨大システムお掃除部隊と化した10億人の星民たちは、この1ヶ月間不眠不休で星型のバグをピンポイントで特定し、次々と消去・最適化していった。
彼らの圧倒的な人海戦術と人間の天才的直感により、200年間放置されていたタイタンの心臓部は、驚異的なスピードで浄化されてしまったのである。
その結果、マザーシステムの処理能力は劇的に10万倍へと跳ね上がり、タイタンのエネルギー出力は限界を突破。
完全な重力制御と無限のクリーンエネルギーを同時に達成する、太陽系最強の超技術国家へと一瞬で進化を遂げてしまったのだ。
「ありえない……絶対にありえないわ!!」
リディアは頭を抱えて、床の上でガタガタと震えていた。
「なんで……なんで5歳のクソガキが思いついた星探しのお遊戯が、11次元トポロジー空間の特異点を示す暗号になり、AIの限界を突破した超巨大マンパワー・デバッグに直結するのよ!? VR制限をペナルティとして使って労働力を確保しつつ、200年分のシステムゴミを完璧に掃除させるなんて……これが、これが賢王の真の力だというの……!?」
リディアはついにその場に崩れ落ち、俺の玉座に向かって深く、深く平伏した。
「……我が賢王。国を内側から壊そうとした私の浅はかな計略すらも、このタイタンを宇宙最強の完全無欠なシステム国家へと進化させるための、ただの労働力確保の口実として利用されたのですね……。このリディア、完膚なきまでに敗北いたしました」
「ちがうっ! 違うんだ!!」
俺は窓ガラスにベタッと顔を押し付け、涙目で絶叫した。
(僕はただ、みんなが家の中で画面睨んで文字をチマチマ追っかけてる間に、静かに昼寝したかっただけなのに! なんで200年前のバグが直ってシステムが超進化してんだよ!! 暴動起こして王宮に来いよ! 僕のニート生活を返せえ!!)
「レオ陛下。本日のマザーシステムからの、新エネルギー炉の稼働承認、およびシステム浄化による全インフラの再構築案の書類が届いております。システムの超進化により、本日の決裁総数は2000件に到達いたしました。至急のご決裁を」
エルナが、満面の笑みで俺の横に絶望の山脈をドスッと積み上げた。
「ぎゃあああああああああっ!! 死ぬぅぅぅぅぅぅ!!」
俺の思惑もリディアの計略も完全に外れ、俺がただ昼寝の邪魔をされたくないというしょーもない理由で本命に据えた馬鹿な星探しが、人類のシステム工学を根底から覆す最大の奇跡となってしまった。
絶対に働きたくない5歳の暴君に対し、王宮の外から響き渡る我らが賢王レオ陛下万歳!という数億人の星民たちの熱狂的な大合唱に包まれながら、ニートになりたい星王の果てしなき過労死ロードは、絶望と共にさらに光速へと加速していくのであった。




