音楽室③
扉のすぐ内側。
アンプの熱が、少しだけ空気を重くする。
紅がスティックを軽く打ち合わせる。
カチ、カチ、と乾いた音。
「いきますね、さっきのとこからで大丈夫ですか?」
後ろを振り向く。
「うん、そのままでいいよ、流れ崩さず入ろうか」
すまきゃがゆるく頷く。
Rizzは何も言わず、指を弦に置く。
グレイは一度だけコードを鳴らして、音を確かめる。
ゆるりが一歩前に出る。
「じゃあいくよー、合わせてね!」
息を吸う。
ドン。
紅のキック。
一拍遅れて、スネア。
リズムが一気に立ち上がる。
ベースが重なる。
低い音が、下から支える。
揺れない。ブレない。
(安定してる)
ギターが入る。
コードが広がる。
さっきまでバラけていた音が、一つにまとまる。
その上に、声。
「世界で一番おひめさま——」
一瞬で空気が変わる。
(……違う)
さっきまでの明るさじゃない。
まっすぐ通る。無理がない。
言葉の一つ一つが、ちゃんと音に乗っている。
跳ねるところは軽く、伸ばすところはそのまま引っ張る。
ドラムが少し強くなる。
サビ前。
「ねえねえ——」
声が少しだけ崩れる。
でも外れてない。遊んでる。
原曲の形をなぞりながら、少しだけ変える。
語尾を伸ばす。リズムをずらす。
それでも、曲は崩れない。
「ちゃんと見ててよね?」
少しだけ笑うような声。
サビ。
ドン、と一段強く入る。
紅の叩き方が変わる。勢いが乗る。
ベースが太くなる。
音が前に出る。でも出すぎない。
ギターが重なる。
音が一気に広がる。空間が埋まる。
その中心で。
「世界で一番——」
声が抜ける。
上に伸びる。
(引っ張られる)
視線を外せない。
途中。
「ちょっと待って、ここもう一回いこ!」
ゆるりが笑いながら言う。
演奏は止まらない。
そのまま、流れの中で戻る。
「今の好き、もうちょい跳ねてみよ!」
自由に変える。
でも全員がついていく。
ドラムが合わせる。
ベースがズレを吸収する。
ギターが隙間を埋める。
(完成してる)
最後。
一気に音が重なる。
ジャーン、と伸びる。
止まる。
余韻だけが残る。
少しだけ静かになる。
「どう!?今の!」
ゆるりが振り向く。
息が少し上がってる。でも笑ってる。
紅がその場で軽く跳ねる。
「やばいです今の!めっちゃ気持ちよかったです!」
Rizzが弦から手を離す。
「さっきより揃ってた、今の感じならもう少し詰めれば完成形見えると思う」
グレイが軽く弦を鳴らす。
「……悪くない、旋律は崩れていない」
最後に。
「いい感じだね、今の流れならそのまま形にできそう」
すまきゃが静かに言う。
(……)
音が、まだ残っている。
さっきまで“外で聞いてた音”じゃない。
中にいる音。
「で、どう?ちょっとは興味出た?」
ゆるりがまた身を乗り出す。
今度はさっきより、少しだけ優しい。
答える前に、少しだけ間ができる。
(……悪くない)
ゆるりが一歩近づく。
「無理に決めなくていいからさ、こういうの好きなら、また来てくれたら嬉しいなって思ってるだけだし」
さっきより少しだけ落ち着いた声。
押しつけない。
紅が横から覗き込む。
「でも絶対楽しいですよ、先輩たちも優しいし、音合わせるのほんと気持ちいいんで!」
勢いはそのまま。
でも言葉はまっすぐ。
Rizzがケースに手をかける。
「来るかどうかは自由だけど、やるならちゃんと教えるし、遊びで終わらせるつもりもないから」
視線は外さない。
軽くない。
グレイがギターを持ち直す。
「選択は汝に委ねられている、この場に留まるも去るも、全ては意思の帰結だ」
言い切る。
いつも通り。
その横で、すまきゃが少しだけ笑う。
「まあ難しく考えなくていいよ、気になったら来る、それくらいで十分だから」
空気が少しだけ柔らぐ。
部屋の奥。
まだ熱が残っている。
さっきの音が、耳の奥に残っている。
(……)
静かに息を吐く。
完全に知らない場所のはずなのに。
さっきより、少しだけ遠くない。
「……また来るかも」
自然に出る。
ゆるりの顔がぱっと明るくなる。
「ほんと!?じゃあ次はもっとちゃんと聴かせるから、今日よりいいのやる!」
紅もすぐに乗る。
「次はもっと揃えます!さっきのとこ、もうちょい詰められるんで!」
Rizzが小さく頷く。
「タイミング合わせればもっと化けると思う、さっきの感触は悪くなかった」
グレイが弦を軽く鳴らす。
「再び交わる刻を待つとしよう」
すまきゃが最後に静かにまとめる。
「うん、いつでも来ていいから。時間合えば、また一緒に音出そう」
その言葉で、全部が収まる。
ドアの外に出ると、さっきまでの音が嘘みたいに遠くなる。
でも。
(残ってる)
耳の奥に。
少しだけ、引っかかるみたいに。




