軽音部①
教室のドアが開いて、朝の空気が流れ込む。
「おはよー、昨日あのあと普通に帰れた?途中で変なテンションになってなかった?」
アムネが椅子を引く。
「おはよ、あれはいつも通りでしょ、むしろ抑えてた方じゃない?」
スイが前を向いたまま返す。
「……おはよ、普通に帰っただけだけど」
短く返す。
椅子が引かれる音や机に物を置く音が重なり、教室のざわつきが整っていく。視線を上げなくても、二人の位置はなんとなく分かる距離にある。
「昨日の帰りさ、前より会話続いてた気がしたんだけど、あれって気のせいじゃないよね?」
アムネが言う。
「気のせいじゃないと思うよ、返しの間も短くなってたし、ちゃんと会話として成立してた」
スイが返す。
(見てる)
チャイムが鳴る。
教室の空気が切り替わり、授業の流れに入る。ペンの音が揃い、特別なことは何もない時間が進んでいく。
⸻
昼休み。
弁当の蓋を開ける音と、机を寄せる音が重なる。さっきまでの静けさが嘘みたいに、教室が一気に賑やかになる。
「今日さ、どっか行く?このあと時間あるし、軽くどっか寄ってもいいかなって思ってるんだけど」
アムネが箸を持ちながら言う。
弁当を開ける。まだ温かさが少し残っていて、湯気がわずかに上がる。周りの会話と混ざって、落ち着いた空気になる。
「急に決めると疲れるでしょ、とりあえず帰るか、軽く寄るかは後で決めればいいんじゃない?」
スイが淡々と返す。
(いつも通り)
そのとき——
低い音が一度、遠くから響く。
一瞬だけ、周りの音とずれる。
「……今の音、聞こえた?」
アムネが少しだけ声を落とす。
箸を持つ手が少し止まる。周りの会話はそのまま続いているが、その音だけが少し浮いている。
「聞こえた、ドラムっぽいね、この時間にやってるってことは軽音室だと思う」
スイがすぐに答える。
(軽音)
もう一度、音が鳴る。
今度は少しはっきりしていて、そのあとに弦の音が重なる。さっきよりも近く感じる。
弁当を食べながらも、意識だけがそちらに引かれる。完全に集中するほどじゃないが、無視できるほどでもない距離。
「なんかさ、ちょっと気にならない?普通にうまい下手とかじゃなくて、音の感じがさ」
アムネが続ける。
「分かる、揃ってないけど止まってもない感じ、合わせてる途中っぽい音してる」
スイが頷く。
(動いてる)
また音が鳴る。
今度は少し長く続いて、途中で止まる。
誰かが笑った声も、かすかに混ざる。
「これさ、放課後ちょっと見に行ってみない?普通に中入らなくても音聞くだけでも面白そう」
アムネが言う。
弁当の箸を止めて、少しだけ前に身を乗り出す。押しつける感じではないが、完全にただの提案でもない。
「いきなり入るとびっくりされるから、扉の前までにしといた方がいいと思うよ」
スイが返す。
机の上で指先を少し動かす。さっきの音が、はっきりした形にはならないまま残っている。
低くて、少しだけ近い。
「扉の前まで行って音だけ聞くとかでもいいし、嫌だったらそのまま帰ればいいと思う」
アムネが続ける。
「それくらいならいいと思うよ、無理に関わらなくても雰囲気は分かるし」
スイが頷く。
「……見るだけなら」
自然に出る。
午後の授業。
ペンの音が続く。内容は頭に入っているが、意識の端にはさっきの音が残っている。
完全に消えてはいない。
チャイムが鳴る。
教室の空気が一気にほどける。
「じゃあそのまま行こ、時間的にまだやってると思うし、終わる前に見ときたい」
アムネが立ち上がる。
「騒がないようにだけ気をつけよ、ノックして反応見てからにするよ」
スイも続く。
アビィも立つ。
椅子が軽く鳴る。
廊下に出ると、音が変わる。足音が少し響く。教室よりも広がる感じがある。
奥へ進むほど、人の気配が減る。
その代わり——
音がはっきりしてくる。
ドラムが鳴る。
低い音が壁越しに伝わる。
少し遅れて、ギターが重なる。
音がぶつかって、また離れる。
(やってる)
扉の前で止まる。
さっきより音が近い。
細かいリズムまで分かる距離。
コン、コン。
ノックの音。
一瞬、演奏が止まる。
空気が途切れる。
(止まった)
「はーい、誰かいる?」
中から声。
少し間があって——
扉が開く。
音が一気に外へ流れ出す。
(……)




