音楽室② (ぽぽ)
扉が開く。
さっきまで外に漏れていた空気が、そのまま広がる。
中は思ったより広くて、音が少しだけ響く。
楽器の音がぽつぽつと鳴っている。
まだ揃っていない、ばらばらの音。
でも、不思議と嫌じゃない。
スイが小さく言う。
「うわ、広」
「意外とちゃんとしてる」とアムネ。
「ちゃんとしてるでしょ」と前の方から返る声。
くすっと笑いが起きる。
奥に立っていたぽぽが、ゆっくり振り返る。
「来たな」
落ち着いた声。
強くないのに、自然と耳に入る。
「全員いる?」
「たぶんー」「まだじゃない?」と適当な返事。
ぽぽは軽く周りを見て、頷く。
「まあいいか」
「来たやつからでいい」
スイが小声で笑う。
「ゆる」
アムネも少しだけ口元を緩める。
「いいじゃん」
⸻
楽器が配られていく。
ケースを開ける音、椅子を引く音。
少しずつ準備が進む。
ぽぽが前で軽く手を叩く。
「今日はな」
「いきなり合わせない」
「え、じゃあ何すんの」と誰か。
ぽぽは少し間を置く。
「出す」
「音を」
「……それだけ?」と別の声。
「それだけ」
「いや雑すぎでしょ」
小さな笑いが広がる。
ぽぽも少しだけ笑う。
「雑でいいんだよ最初は」
「揃えようとするな」
その言葉に、少しだけざわつきが止まる。
⸻
「適当でいいってこと?」とスイ。
ぽぽは首を横に振る。
「適当じゃない」
「ちゃんと出す」
「違いむず」と誰かが言う。
「むずいよ」とぽぽはあっさり返す。
「でもな」
少しだけ視線が教室を回る。
「出さないやつより、ズレてるやつの方がいい」
一瞬、静かになる。
アビィはその言葉をそのまま受け取る。
(ズレてても……いい)
⸻
「じゃ、やってみ」
ぽぽが軽く手を下げる。
それだけで、音がぽつぽつと鳴り始める。
誰かが様子見で鳴らす。
別の誰かが少し遅れて続く。
リズムは揃っていない。
止まりそうで、また続く。
スイが小さく言う。
「どうすんのこれ」
アムネが肩をすくめる。
「出せばいいんでしょ」
「雑すぎん?」
「今はそれでいいんじゃない」
⸻
アビィは手元の楽器を見る。
少しだけ迷う。
(出す……)
一瞬遅れて、音を鳴らす。
周りと重なる。
少しだけズレる。
でも、そのまま続ける。
ぽぽの声が静かに入る。
「いいね」
「止まらなくていい」
「続けて」
音が重なる。
揃っていないまま、広がっていく。
誰かが笑う。
誰かがミスる。
でも止まらない。
⸻
「今の、いい」
ぽぽが軽く言う。
「揃ってないけど、ちゃんと出てる」
「それでいい」
スイが小さく吹き出す。
「褒められてんのこれ」
アムネが少し笑う。
「たぶんね」
⸻
ぽぽが少しだけ間を置く。
「揃えるのは後でいい」
「先に“出る音”に慣れろ」
「出さないと、何も分からない」
静かに、言葉が残る。
⸻
アビィは少しだけ考える。
(うまくやろうとして)
(何も出さないより――)
まだ答えは出ていない。
でも、さっきより少しだけ分かる気がする。
⸻
「もう一回いくぞ」
ぽぽが軽く言う。
「今度は、さっきよりちょっとだけ周り見ろ」
「無理ゲー」と誰か。
「無理でいい」とぽぽ。
「ちょっとでいい」
⸻
もう一度、音が鳴る。
さっきより、少しだけ意識が変わる。
完全じゃない。
でも、少しだけ近づく。
⸻
授業の終わり。
ぽぽが手を叩く。
「今日はここまで」
「ちゃんと出てたな」
スイが伸びをする。
「意外と楽しかったかも」
アムネが頷く。
「でしょ」
アビィも小さく言う。
「……うん」
⸻
音楽室を出る。
さっきより、少しだけ足取りが軽い。
(うまくやるより)
(出す、か)
その言葉だけが、静かに残る。
(……少しだけなら)
(やってみてもいいかも)




