昼休み-音楽の授業①
昼休み明け。
教室の空気はまだ少しゆるい。
笑い声と気の抜けた会話が、ところどころに残っている。
前に立ったアスカが軽く手を叩く。
「はい、じゃあ軽くだけな」
「今週の連絡だけして終わるぞー」
「え、もう終わり?」と誰かが言う。
「長いよりいいだろ」と別の声。
少しずつざわつきが収まっていく。
「まず来週、小テストな」
「えー無理」「聞いてないって」
「今言っただろ」とアスカが即返す。
小さな笑いが起きる。
「あと、委員会のやつ出てない人、今日中に出せよ」
「まだいける?」「今日までな」
教室のあちこちでやり取りが飛ぶ。
アビィはその空気をぼんやりと見ていた。
(こういう時間も、少し慣れてきたかも)
前は、ただ座ってるだけだった。
今は、少しだけ“いる”感じがする。
「じゃ、以上」
「次、音楽だろ?移動気をつけてな」
椅子が引かれる音が一斉に鳴る。
「だる〜」「楽器あるやつ?」「歌じゃね?」
教室が一気に動き出す。
⸻
廊下に出ると、少しひんやりした空気。
足音が重なって、自然とリズムになる。
スイが大きく伸びをする。
「は〜、移動めんど」
アムネが横でちらっと見る。
「さっき楽って言ってなかった?」
「それとこれとは別」
「都合いいね」
「いいでしょ」
軽い笑い。
スイが続ける。
「音楽とか久しぶりじゃない?」
「そう?」とアムネ。
「だって寝るか歌うかじゃん」
「どっちもダメでしょ」
「え〜、じゃあ何すんの」
「普通にやるの」
「普通ってなに」
「それを考えるのが授業でしょ」
「めんどくさ」
そんな会話がぽんぽん続く。
アビィは少し後ろからそれを聞いていた。
(こういうのも、前より自然に聞こえる)
無理に入らなくてもいい。
でも、遠くもない。
その距離が、少しだけ心地いい。
⸻
そのとき、前の方から賑やかな声が流れてくる。
「いやそれはずるいって!」
「勝ちは勝ち〜!」
「次は負けないし!」
「もう一回やる?」「やるやる!」
笑い声が一気に広がる。
空気ごと引っ張って、そのまま通り過ぎていく。
アビィは思わず視線を向ける。
(……またこの声)
耳に残る明るさ。
少しだけ、引っかかる。
振り返るけど、人の流れに紛れて見えない。
スイが軽く笑う。
「元気すぎない?」
アムネも苦笑する。
「朝からあれはすごい」
「体力分けてほしいわ」とスイ。
「使い切るでしょ」とアムネ。
アビィも小さく言う。
「……すごいね」
一瞬、二人がこっちを見る。
スイが軽く笑う。
「ね」
(ちゃんと会話に入れてる)
ほんの少しだけ、そんな実感。
⸻
音楽室に近づくにつれて、人の流れが少し落ち着く。
会話のトーンも、少しだけ下がる。
扉の前を通りかかったとき――
中から声が漏れる。
落ち着いた、低い声。
ぽぽの声だった。
「恋してんのか?」
一瞬、空気が止まる。
「ちがいますって!」という焦った声。
周りから小さな笑い。
ぽぽが少しだけ間を置く。
「時にはリズムも大事だぞ」
また笑いが広がる。
「やめてくださいよ!」みたいな声も混ざる。
スイが目を丸くする。
「なにそれ」
アムネが少し笑う。
「音楽の先生っぽい」
「いや自由すぎでしょ」
「でも嫌いじゃない」
アビィは扉の方を見たまま立ち止まる。
(……この人が)
声だけで、少し分かる。
強くないのに、残る感じ。
⸻
音楽室の前。
ただの教室じゃなくなる。
少しだけ、気になる場所になる。
スイがドアノブに手をかける。
「入る?」
アムネが軽く頷く。
「入るしかないでしょ」
その流れで、アビィも小さく息を吐く。
(なんか、気になる)
ほんの少しだけ前に出る。




