第32話 四面楚歌
天使の襲来。ダンジョンでもたまに見かけることはあれど、人々の記憶に新しいのは1か月前の遊園地襲撃事件だろう。多数の死傷者が出たあの1件、それよりも多いのではないかと思うほどの獣天使が地上へと降り立ってくる。
「こんな数、無理だ」
「エクステラ、助けてくれ」
生徒たちは動くことも無く星へと祈る。彼女ならなんとかこの盤面をひっくり返せるのではないかと。そんな彼らの気持ちが分かるからこそ、信二は彼らを叱咤する。
「祈っている暇があるなら、今は自分にできることをやるんだ!リカとカナエは住民の避難誘導。パニックで将棋倒しになっている可能性もある。リカは転倒等でケガした人間を治療しつつ西側にある公民館へ。カナエはタロと一緒に逃げ遅れた人間が居ないか確認しつつ東側にある小中学校に」
「分かった」
「信二は?」
「エクステラにコンタクトが取れないか手は打つが、基本的には天使たちと応戦することになるだろう。次に会うのは全てが終わってからだ」
「おけ~」
二人が階段を下りて市中へと向かっていき、それに続いて自分たちもやらないとと思ったのか生徒たちが続々と市中へと繰り出していく。
「留学生なんかに任せられねえ」
「ああ、俺たちの街は俺たちで守るんだ」
彼らを止める必要はない。どのみち女子二人では住民全員の避難誘導ができないのは分かっているからだ。ならば、自発的に動いている地元の生徒たちに任せた方がずっと良い。
「これより、この亀北高校は対天使の最前線基地となる。ここに残ったメンバーは生徒会長の指示に従うこと。俺たちの後ろに一般市民がいることを忘れるな!」
「「「はい!」」」
「というわけで氷堂生徒会長、生徒たちの指示は頼みます」
「それは良いが、お前はどうするんだ? あの二人に何かこそこそと話していたようだが」
「人気のないところでエクステラにコンタクトを取ってみます。こちらからの連絡に彼女が応じるかどうかはわかりませんが」
「連絡手段があるっていうのか?」
「ええ。ですが、それは他の人には内緒ですよ。命狙われたくないので」
生徒会の二人に口止めした後は、信二は北の山の中へと入り、周囲に人が居ないことを確認してからエクステラに変身する。
【変身するですね、やったー!】
「数が想定以上だもの。とはいえ、見た感じ、獣天使主体なら何とかなりそうね」
市中に被害が出る前に片が付くかはともかく、何もなければ被害は最小限に済む目論見であった。
亀北地区での天使の発生は自衛隊にすぐさまキャッチされ、国防軍の指示の下、部隊が編成されることとなった。若頭と呼ばれそうなガラの悪そうな男が軍帽を被って目に出る。彼の名は鷲崎猛、コードネーム:イーグル。階級は大佐。大鷲部隊の長を務めている。
「作戦は先ほど述べた通りだ。ライチョウ少佐、亀北地区から人の子1人、誰も逃すな」
「あいよ、僕の異能と合わせて情報封鎖。外部への連絡手段は断ったよ」
「少佐には作戦本部に残ってもらい、軍本部と随時連絡してもらう。ホーク中佐、『模型』の準備は?」
中佐と呼ばれた若い女性がジェラルミンケースを持ち上げ、準備OKと合図を送る。
「これより、天使並びにエクステラの掃討作戦を開始する」
自衛隊と国防軍が亀北地区へと転移し、大半の自衛隊が市民の避難誘導を開始するも、すでに亀北高校の生徒たちによって開始されている。あまりにも早い対応に少し戸惑いはしたものの、パニックで動けないよりかはずっとマシ。彼らもまた市民を守ろうと動くのであった。
【亀北、西に次元湾曲反応!数は先ほどと同程度】
「北側はある程度叩いたし、後はみんなに任せるしかないわね」
苦戦が強いられるであろうフェンリルタイプの大天使級を優先して倒しておいたが、小型の獣天使はまだまだ健在。だが、防御が手薄な西側から市内の侵入を許せば、住民の避難先にある公民館はすぐそこにある。
西側の山上空に転移したエクステラに向けられたのは小型ミサイル。転移直後の不意を突かれたエクステラはまともに被弾し、地上に落下しそうになるのを踏ん張り、地表スレスレで止まる。
「一体、何!?」
【どうやら天使以外にも敵がいるようですね~】
「天使以外の敵……まさか!?」
この状況下で仕掛けるはずがないと高を括っていたエクステラに現実を突きつける誘導弾。エクステラにも直撃させるコースをとっているものがあれば、いくつかは地上に居る獣天使に向けて放たれているもののも混じっているからタチが悪い。
「全弾打ち落とすわけにはいかないわね」
それは完全な利敵行為になる。となれば、通常形態であるゴスロリ服から戦闘形態であるセーラー服に変化させ、増大した魔力を防御に回して、手数で押すスタイルに切り替える。幸いにも【浸食】によるデバフを考慮すれば、その戦術も不可能ではない。
「後はどれだけ持ちこたえられるか……ね」
そんなエクステラを後方から補足している人影があった。自衛隊から派遣されたEX-06を有する大鷲部隊である。
「こっちに攻撃を仕掛けて来ねえか。EX-00の使い手、馬鹿じゃないな」
「大佐、どういうことです? 撃ってきたんだからやり返しても良いのでは?」
「中佐、もし、それをやったら、俺たちは大手を振って、今後もアイツを敵認定できる。准将からの命令で一応、敵ではあるが、エクステラの攻撃を受けていない我々では、天使の討伐中に《《偶々》》巻き込まれた体で撃たないといけない。中佐、今度は奴の防御力を見る」
「じゃあ、この戦車を。【縮小】解除」
手に持っていたミニキュアが大きく、いや元の姿に戻る。中佐が乗り込んで戦車砲をエクステラに向ける。EX-06とのデータリンクで、有視界内に居なくとも、とらえることが可能だ。ただ、その轟音はエクステラに聞こえたらしく、とっさに躱され、後方に居た天使を爆散させる。
「今度はなに!? バズーカ砲でも持ってきたの!」
【威力を見るに戦車砲ですね~あと、EX-06、EX-07の反応も見つけました。消耗を待つのは無理です】
「最悪にもほどがあるわよ……ぐっ」
再び放たれた誘導ミサイルに吹き飛ばされ、フェンリルタイプの大きな口が迫る。とっさに銃口を口の中に突き付けて撃ち殺す。それに追い打ちを掛けるのように飛んできた戦車砲を短距離転移で躱す。
「さすがのエクステラ様も戦車からの攻撃は避けているな。よ~し、このまま攻撃を続けて体力切れを狙う。いかに人型EXギアと契約して人並み以上に魔力が多くなっていたとしても、人間である以上、体力は有限だ。年端のいかぬ女子なら尚更だろうよ」
鷲崎が自身の異能【爆撃】を使い、自分の髪の毛数千本を小型ミサイルに変化させて、エクステラに向けて放つ。山の中で木々がいくら入り込んでいようと、EX-06の感知能力があれば、それらを掻い潜ってターゲットに攻撃できる。
「ナイチンゲール、弾丸装填だ」
「はい、【復活】」
EX-07ナイチンゲール、看護師の女性を中心としたサークルが浮かび上がり、サークル内に居た鷲崎の失われた髪の毛も消費した戦車や銃の弾丸まで元に戻る。無限の補給路を確保した国防軍にどれほど長期戦になろうと負けの目はない。エクステラの体力が切れるまで撃ち続ければ勝てるのだ。
「市民を守るためなら、この状況下で逃げるわけにもいかない。辛いもんだよな、正義の味方さんよぉ」
国防軍から背後撃ちされつつも、エクステラは着実にフェンリルタイプの数を減らしていく。だが、着ているロングスカートはミニスカートのように破け、破損した眼鏡は何処かへといった。その一方で、抜けた獣天使に対処するためか、エクステラへの攻撃も最初の頃よりかは心持ち減っている。というより減っていると思い込みたいといったところだ。
(これだけ倒せば、残りは国防軍と自衛隊に丸投げしたいけど)
【転移先がEX-06のサーチ範囲内ですからね。逃げることができませんよ】
この場での撤退が不可能となれば、目の前の天使を突破して離脱。サーチ範囲外に出るまで逃げ、複数回の転移で撒くしかない。
(飛行魔法は得意ではないが、この策で行くしかないか……)
【!? 待ってください】
(どうした?)
【亀北、東に次元湾曲反応。今までよりもはるかに大きい反応です!】
「まずいわね。転移するわよ」
エクステラが転移すると同時に、西側の防衛をホーク中佐たちに任せ、鷲崎やリョウコもエクステラの転移先に転移する。
そして、彼らが見たのは上空からゆっくりと降臨する4,5mほどの巨人。今まで確認されてきた人型の天使とは異なり、四肢の欠損は見受けられず、顔も金属質ではあるが、はっきりと人間の男性の顔がある。さらに、背中には2対の羽が付いており、今まで遭遇してきた天使と呼ばれる化け物の中で最もイメージされる天使に近い。
「智天使級……!?」
それはラスボスよりも1個下の階級を持つ天使の総称。ゲームでも最終章である第8章のボスキャラとして登場し、個体によって異なるギミックを持つ難敵だ。
それがゆっくりと降り立ち、地面に着こうとしたとき、その地面がまるで何もなかったかのように消える。そして、宙に浮いている智天使がゆっくりと動き、周りの木々を消し飛ばしながら街中へと侵攻していく。
「こいつはエクステラに構っている場合じゃないな!弱点を探す。全弾装填、殺人曲芸!」
鷲崎が放った5,60発のミサイルが智天使の頭部、心臓、手足に向かうも何事も無く消える。爆発すらない。智天使の手前で消失したのだ。EX-07に弾丸を装填してもらい、EX-06のデータリンクで背後を狙うも結果は同じ。死角はない。足止めすらできないこの状況に、鷲崎の出せる命令は一つしかなかった。
「……撤退の準備を進めろ。直に軍本部からも撤収命令来るだろ」
「亀北地区を見捨てろと!?」
「速水1尉に聞くが、あれに勝つ方法はあるのか?」
「そ、それは……」
「通常兵器が効かないやつが出た時点で俺たちに残された道は逃げるしかねえんだよ。それとも隕石が降ってきて、押しつぶれるのを待つか?」
「……了解しました」
「この際だから言わせてもらう。エクステラ、上からの命令とはいえ、さっきは悪かったな。悪いことは言わねえ。正義の味方ごっこなんかやめて逃げたほうが良いぜ」
「あら、私は星の裁定者。ごっこでも無いし、正義の味方を気取ったつもりは無いわよ。星に祈る民がいるなら、彼らの願いに応え、裁定を下すまで。すなわち……」
エクステラは智天使をまっすぐ見据え、手にした銃口はぶれることなく敵を狙い撃つ。この絶望的な状況でもあきらめない彼女の姿に鷲崎は目を見開く。
「正気か?」
「私はいつでも正気よ」
「ったく、忠告はしたからな」
二人がどこかへと転移する。そして、目の前には智天使が1体。このペースで侵攻されたら2、30分程度で街中への侵入を許すことになるだろう。
「敵は1体!四面楚歌じゃないだけマシね!」




