己の馬鹿さ加減
私は今、非常に緊張している。ガッチガチである。
「ミリーさん、そんなに固くならないで?」
それもそのはず、庭園のベンチに私はカタリーナ様と肩を並べて座っているのだから。
「あ、はい、いや」
ろくにカタリーナ様の顔も見れず、私は自分の膝の上で握りしめた両手を凝視している。
何故こんなことになったのかと言うと今から一時間前。カタリーナ様が再びエリオ様の部屋を訪れた。
エリオ様に恐る恐るそのことを伝えに行くと、案の定不機嫌になり「あなたがうまく片付けてきなさい絶対に。失敗しようものならすぐに馬糞にでも変えて差し上げますよ。ヒヒッ」と、ありがたいご使命をくださった。
結局今回もカタリーナ様には、エリオ様はまだ体調が優れないとか何とか言って誤魔化すことになってしまった。本当に申し訳ない。
「少しお話できないかしら?」
頭を深々と下げる私の上からそんな言葉が聞こえた。
「あなたとお話がしてみたいの。駄目かしら?」
困ったようにはにかむカタリーナ様が天使過ぎて、私は無意識に頷いていた。
もちろんカタリーナ様からの申し出を私なんかが断れるはずもないのだが。
そんなこんなで今に至る。
「本当に素敵なお城ですねここは」
「あ、ありがとうございます!」
やばい。声が裏返った。
「このお庭も素晴らしいわ。私のお城では見たことのないお花がたくさん」
「きょ、恐縮です!」
やばい。先ほどから挙動不審すぎだ私。
「お仕事は、大変ではない?」
大きなアメジストの瞳が心配そうにこちらを覗き込んできた。
「実は噂で聞いたの。エリオ様の侍女はあなた一人だと。身体を壊したりしてはいない?」
私の予想通り、カタリーナ様は心まで清らかなお方だった。
「お、お気遣い感謝致します。一応、もう一人世話役がおりますので何とか」
はははと笑ってみせたが、カタリーナ様はますます表情を曇らせた。
「まぁ・・・でも男性の中に女性一人だなんて。きっと心細いでしょうに」
「あ、それなら大丈夫ですよ。何の問題もございません」
そこはきっぱりと断言できた。あそこで私を女性だと思ってくれてるのはぎりぎりコラートさん位ではないかと思う。
「ミリーさんはしっかりしたお方なんですね」
「いえ、そんな!もったいないお言葉です」
話せば話すほどにカタリーナ様の人柄の良さを実感して、主と比較しては心の中でため息をつく。
「私のようなしがない下級侍女なんぞにできることは限られてますので、それを目一杯やるまでです。あははは」
何よりアドル様のために!
「ミリーさん・・・」
いつの間にか私の両手はカタリーナ様のか細い両手に包み込まれていた。
「あ、でもカタリーナ様のようなお方の元で働けたら楽しいだろうなぁ。なーんちゃっ」
「今の言葉本当ですか?」
ん?
「私の元で働きたいと、今おっしゃったのは本心ですか?」
あれ?
「光栄です!あなたからそう言っていただけるなんて・・・!ああ、奇跡だわ!」
ちょ、様子が。
「嬉しい!こんな可愛い子が私の元に!?ああなんて素晴らしい日なの!」
何か思い切り抱き締められて頬擦りされているんですが。
「カ、カタリーナ様!おっ落ち着いてくださっ」
ぎゅむぎゅむと甘い香りに包まれながら、私は思わず付き添いの侍女に視線で助けを求めた。
カチ無視だった。
「はぁぁぁん何て柔らかいの!やだ離れられない!モチモチだわ!」
鼻息の荒くなったカタリーナ様に色んな所を撫で回され、私は放心してしまった。
ちょ。え。誰これ。
「本当はエリオ様に直接あなたを譲って下さるようお願いしようと思っていたの。でもやはり本人の意志をまずは確認すべきよね!ふふっ」
カタリーナ様は熱のこもった瞳で私を見つめている。
「栗色のサラサラの髪、私の髪と同じ桃色の瞳。初めて見たときからあなたのことが気になって仕方がなかったわ!」
そして私は衝撃の事実をカタリーナ様から聞かされた。
以前、カタリーナ様がお城を訪問しに来たときに偶然私を見かけたらしく、その時からずっと私のことが気になっていたのだとか。うん、ちょっと、いや、かなりよくわからない。
「ふふふ、この日がくるのを夢見ていたわ」
つまりカタリーナ様は最初から私を自分の侍女にするためにエリオ様と面会しようとしていた、と言うことになる。
もはや色々と突っ込み所満載すぎて何をどう突っ込めば良いかわからなくなっていた。
「あの・・・私なんかのどこがそんなに」
自分で言ってみて物凄く恥ずかしいことに気付く。
「愛らしい容姿はもちろん、その小さな身体で一生懸命仕事に取り組む姿勢が素敵だわ」
カタリーナ様の腕の中で私は盛大に赤面した。
「なっ、ななななな!」
「まぁ可愛い」
さらりと頬を撫でられて私は居たたまれなくなる。
「こんな可愛い子、やっぱり放ってはおけないわ」
クスリと笑うカタリーナ様はいつもと雰囲気が違ってどこか妖艶だ。
「あの、そろそろ・・・離していただけないでしょうか」
そして私も限界だ。
「うふふ、ますます離したくなくなっちゃう」
ひぃやぁああぁぁぁぁあ。
「仕事を放棄して何を悠長に遊んでいるのですメス豚。テメェ何様のつもりですか」
全く予期していなかった声が突如すぐ側で聞こえた。そしてその瞬間、首もとを掴まれて凄い勢いでカタリーナ様から引き剥がされた。ぐえっ!
「ちょっと!女性に対して乱暴過ぎるのではないですか?」
眉間に皺を寄せてカタリーナ様が立ち上がった。あ、怒った顔も可愛い。
「これは私の下僕です。あなたにどうこう言われる筋合いはないと思いますし、これからもありませんね。何のつもりか知りませんが勝手に人のものを取ろうとするなんて、お里が知れますよ」
「貴様!!!」
カタリーナ様の侍女がエリオ様に食って掛かろうとしたが、それをカタリーナ様は手を伸ばして制止する。
「ふふ、そうですね。私も大人気なかったわ。今回のご無礼どうかお許しくださいませ」
カタリーナ様は一切無駄のない動きで一礼した。
「でも、私は諦めませんから。また出直してきますわねミリーさん」
パチンとウィンクをされて、私はエリオ様に首根っこを掴まれたままの状態で引き続き放心していた。
何、これ・・・。
◇
あれから毎日私の元にはカタリーナ姫から贈り物が届くようになった。花束やアクセサリーにドレス。さすがに私も戸惑いを隠せない。まるで求婚されているお姫様にでもなった気分だ。
そして何よりエリオ様の機嫌がすこぶる悪い。
最近では、私が贈り物を受け取る前にカタリーナ様の侍女に押し返す始末である。
「いつまでいるつもりだよあの女はよォォォォ!!!」
「わ、私が知りませんよ」
今日も侍女を追い返してからエリオ様が発狂した。
しかし私としてもあんな高価な物を頂くわけにはいかないので、エリオ様が対応してくれるのは正直ありがたい。ただ、侍女の方のエリオ様を見る目がかなり怒っている。かなり怖い。
「テメェにあのとき言いましたよね!?うまく片付けてこいと。なのに何ですかこの有り様は!?ハァァ!?」
「そ、そんなこと言われたって私だって好きでこんな状況になってるわけじゃありませんよ」
「無能な上に面倒事を持ってくるなんて本当に図太い女ですねあなたは!尊敬しますよ全く!」
「なっ!そもそも最初からエリオ様が面会していれば良かった話じゃないですか!」
「このドブ女がテメェ何様なんですかえぇ!?」
普段なら割りと聞き流せていた暴言も、ここ最近エリオ様に対してのイライラが積もっていた私はその理不尽さに耐えきれずに思わず叫んでしまった。
「そんなだからエリオ様は結婚できないんですよ!ばーかばーか!!!万年幼児!!!魔術オタクの引きこもり!!!」
「ハァ!?」
しまった!と思ったときには時すでに遅し。わなわなとエリオ様が震えている。や、やばい。
どす黒いオーラが見えた。
考える間もなく、私は直ぐ様部屋を飛び出した。逃げるが勝ち、だ。
窮地に陥った時、人間は己ですら計り知れない底力を発揮することがある。それが今この瞬間だ。
我ながら一連の動きが疾風のようだと感心してしまった。
チラリと後ろを確認したがどうやら追ってくる気配はないようでほっと胸を撫で下ろす。
無心に爆走した結果、気付けば見知らぬフロアまでやって来ていた。ここはどこだ。
そして感情的になってしまったことをすぐに後悔することとなる。
あんなことを言ってしまってはエリオ様の所、というか自分の部屋にすらに戻れない。戻る勇気はない。
そんな自分の馬鹿さ加減に嫌気が差した正にそのとき、ザバーッという威勢の良い音と共に、真上から大量の水が降り注いだ。
「やだ!ベストポジション!」
次にきゃははと楽しそうな笑い声が飛び交った。声が聞こえてきたすぐ側の螺旋階段を見上げると、こちらを見下ろす数人の侍女たちの姿があった。
よく見るとなんとも見たことのある顔ぶれだ。以前、いきなりやって来ては私にいちゃもんを付けてきた美人ボスとその取り巻きたちではないか。手にはそれぞれバケツを持っている。
「ごめんなさぁい。そんな所に人がいるなんて思わなかったわぁ」
美人ボスがわざとらしく驚いたように口に手を当てた。
いやいや、だとしてもそんなとこから水をぶちまけないだろ普通。
「あ、私たちもう行かなきゃ。悪いけどそこの掃除お願いね」
呆然と立ち尽くす私を他所に、彼女たちはクスクス笑いながらその場から去って行った。
もちろん私は全身ずぶ濡れだ。何と言うか、このタイミングは最悪過ぎる。
着替えるためには部屋に戻らなければならない。となると、エリオ様に出くわす可能性が非常に高くなる。どうしよう。きっとエリオ様のことだから素敵な呪文を用意して待ち構えているに違いない。
久しぶりにこんなに絶望している。
ああ、馬糞にされる覚悟で部屋に戻ろうか・・・。
「まぁ!ミリーさん!大丈夫!?」
そんなとき、天使が突如目の前に舞い降りた。




