第八話 地下の牧場
気付くと、地下を見る目が変わっていた。
以前は、ただの通路だった。
白いLED。
乾いた風。
歩き疲れた牛達。
でも今は、少し違う。
ここにも、草が生えている気がする。
もちろん、本当に草がある訳じゃない。
地下は相変わらず白い。
無機質で、少し冷たい。
でも。
人は、どこかで草を食べている。
コンビニのコーヒー。
短いLINE。
小さい笑顔。
それだけで、また歩いている。
地下の牛達は、案外ちゃんと生きていた。
店へ入る。
その日、女の子は少し疲れて見えた。
でも、席へ着くと小さく笑う。
「今日は静かですね」
確かに、店は少し落ち着いていた。
遠くで氷が鳴る。
カラン。
別の席で、小さい笑い声がする。
誰かが、水を飲む。
その全部が、ゆっくり混ざっている。
その空気の中で、水を飲む。
不思議と落ち着く。
何かを頑張って話さなくてもいい。
沈黙が苦しくない。
その感じが、少し嬉しかった。
「ここ、なんか牧場みたいですね」
気付くと、そんな事を言っていた。
女の子が笑う。
「牧場ですか?」
「疲れた牛の」
そう言うと、また笑う。
でも、その後少しだけ静かになる。
「……分かる気がします」
その声は、小さかった。
でも、妙に身体へ残った。
分かる気がします。
完全に理解した訳じゃない。
でも。
何か少し、通じている。
その感じだけが、静かに残る。
店を出る。
地下へ降りる。
白いLED。
乾いた空気。
歩き疲れた牛達。
でも、今日はその群れが少し柔らかく見える。
みんな、どこかで水を飲み。
どこかで草を食べ。
どこかで感謝を受け取っている。
その小さい循環の中で、人は今日も発酵している。
地下鉄がホームへ滑り込む。
白い風。
その風を受けながら、ふと思う。
人間は、案外壊れない。
少し草があれば。
少し水があれば。
少し呼吸が通えば。
また歩いていける。




