第七話 白い風
冬の地下は、少し音が乾いている。
靴音。
発車ベル。
自動販売機のモーター音。
全部が、少し遠い。
地下へ降りる階段を歩きながら、ふと思う。
最初、自分はここを、閉じた場所だと思っていた。
誰も誰かを見ない。
誰も誰かへ触れない。
ただ、疲れた牛達が流れていく場所。
でも、今は少し違って見える。
人は、完全には閉じられない。
どこかで少し空気が漏れる。
小さい穴。
穿孔。
そこから、何かが出入りしている。
地下鉄がホームへ入ってくる。
白い風。
その風が吹く瞬間、時々、みんな少し同じ顔をする。
髪が揺れる。
コートが揺れる。
誰かが目を細める。
その一瞬だけ、地下の牛達が同じ風を受けている。
その感じが、少し好きだった。
店へ入る。
「寒いですね」
女の子が言う。
「そうですね」
それだけの会話。
でも、不思議と少し暖かい。
グラスへ氷が落ちる。
カラン。
水を飲む。
また、少し呼吸が戻る。
店の奥では、別のテーブルが笑っている。
大きな笑い声じゃない。
空気が少しほどける音みたいだった。
それを聞きながら、水を飲む。
女の子も、水を飲む。
また氷が鳴る。
カラン。
その繰り返しが、妙に安心する。
人間は、多分。
誰かと完全に一つになりたい訳じゃない。
でも。
完全に閉じたままでは、苦しい。
だから。
少し通じたい。
少し同期したい。
少し呼吸を混ぜたい。
それだけなんだと思った。
店を出る。
銀座の夜風が、頬へ触れる。
地下へ降りる。
白いLED。
乾いた空気。
歩き疲れた牛達。
でも、その群れの中に混ざりながら、ふと思う。
この人達も、きっとどこかで草を食べている。
誰かと水を飲み。
誰かにありがとうと言い。
誰かの呼吸を少し軽くして。
そして、自分もまた少し救われている。
そんな小さい循環を繰り返しながら、人は今日も歩いている。
電車が動き出す。
窓へ、白いLEDが流れる。
その光を見ていると、時々思う。
人は、孤独だから生きられないんじゃない。
少し通じるから、生きていけるのかもしれない。




