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疲れた牛 ― 地下の牧場 ―  作者: stracchino


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第六話 間

店の中で、一番好きだったのは、多分沈黙だった。

 

会話が止まる瞬間。

 

誰かが水を飲む。

氷が鳴る。

 

カラン。

 

その短い静けさの中で、店の空気が少し動く。

 

最初は、その沈黙が怖かった。

 

何か話さないといけない気がしていた。

 

空気を止めてはいけないと思っていた。

 

でも、違った。

 

銀座では、沈黙も呼吸だった。

 

無理に埋めない。

 

少し空けておく。

 

その隙間へ、何かが通る。

 

女の子が、水を飲む。

 

自分も、少し遅れて水を飲む。

 

氷が鳴る。

 

カラン。

 

また少し遅れて。

 

カラン。

 

その繰り返しが、不思議と心地よかった。

 

完全に同じではない。

 

でも、何か少し同期している。

 

その感じが、店全体へ広がっていく時がある。

 

誰かが笑う。

 

別の誰かも、少し笑う。

 

静かな波みたいに、空気が伝わる。

 

それを見ていると、時々思う。

 

人間は、言葉で分かり合っている訳じゃないのかもしれない。

 

もっと小さいもので、繋がっている。

 

呼吸。

 

沈黙。

 

感謝。

 

そういう、目には見えないもの。

 

それらが、少しずつ場へ混ざっていく。

 

すると、空気が変わる。

 

店が、少し牧場みたいになる。

 

疲れた牛達が、水を飲み、草を食べる場所。

 

そこで、人はまた少し発酵する。

 

完全に元気になる訳じゃない。

 

孤独が消える訳でもない。

 

でも。

 

少しだけ、また歩ける。

 

多分、人間にはそれで十分なんだと思った。

 

店を出る。

 

地下へ降りる。

 

白いLED。

乾いた空気。

歩き疲れた牛達。

 

でも、今日は少し違って見える。

 

みんな、どこかで誰かと同期しているのかもしれない。

 

小さい沈黙。

小さい感謝。

小さい草。

 

その積み重ねで、今日も静かに歩いている。

 

ホームへ風が流れる。

 

白い風。

 

その風を受けながら、ふと思う。

 

人間は、多分。

 

完全に一人では、生きていけない。

 

でも。

 

完全に分かり合う必要も、無いのかもしれない。

 

少し空気が通う。

 

それだけで、人はまた歩ける。


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