第五話 牧場
冬が近づいていた。
地下の風が、少し冷たくなる。
白いLED。
乾いた空気。
歩き疲れた牛達。
でも最近、その群れを見ると、少し違う事を思うようになっていた。
みんな、何かを抱えて歩いている。
仕事。
家庭。
孤独。
疲れ。
後悔。
でも。
それだけじゃない。
どこかで、小さい草も食べている。
それが無ければ、多分、人は歩けない。
店へ入る。
「こんばんは」
女の子が笑う。
その声を聞くだけで、少し肩の力が抜ける。
それが不思議だった。
何か特別な事をしてもらっている訳じゃない。
救われるような言葉がある訳でもない。
ただ。
同じ空気を吸っている。
時々、水を飲む。
それだけ。
でも、多分、人はそういうもので少し生き返る。
テーブルへ、小さい皿が並ぶ。
乾き物。
チーズ。
ナッツ。
女の子達は、ほとんど手を付けない。
でも、その代わり。
客が持ってきた土産を、少し嬉しそうに食べる。
「これ、美味しいですね」
「東京駅ですか?」
「この前のも好きでした」
そんな、小さい会話。
でも、その度に空気が少し柔らかくなる。
感謝が混ざる。
呼吸が混ざる。
そうすると、不思議と場が変わる。
誰か一人が楽しい訳じゃない。
みんなが少しだけ、呼吸しやすくなる。
その感じを見ていると、時々思う。
人間って、本当は牧場みたいなものなのかもしれない。
一人では、生きられない。
草を食べる。
反芻する。
そして、自分の中で何かを育てる。
バクテリア。
目には見えない、小さい生き物。
でも、それが無ければ発酵出来ない。
人間も、多分同じだった。
感謝。
沈黙。
同期。
そういう、目に見えないものを互いに渡し合って、生きている。
完全に閉じた人間は、多分発酵出来ない。
少し穴が必要なんだと思う。
穿孔。
空気の通り道。
店を出る。
銀座の夜風が、少し冷たい。
地下へ降りる。
白いLED。
歩き疲れた牛達。
でも、前ほど孤独には見えなかった。
みんな、どこかで草を食べている。
そして、また静かに歩いている。
それだけで、少し十分な気がした。




