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疲れた牛 ― 地下の牧場 ―  作者: stracchino


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第四話 呼吸戻りました

その言葉が来たのは、深夜だった。

 

地下鉄はもう終わっていて、地上を歩いて帰っていた。

 

銀座の夜は、昼より静かだった。

 

店の灯りが少しずつ落ちていく。

ビルの隙間を、湿った風が流れている。

 

スマートフォンが震える。

 

短いLINEだった。

 

「今日は、呼吸戻りました」

 

それだけ。

 

絵文字も無い。

 

何か説明も無い。

 

でも、その一文だけで、少し立ち止まる。

 

街路樹が揺れていた。

 

その葉の音を聞きながら、しばらく画面を見る。

 

呼吸戻りました。

 

その言葉が、妙に身体へ入ってくる。

 

多分、自分が欲しかったのは、こういうものだった。

 

特別な関係じゃない。

約束でもない。

所有でもない。

 

ただ。

 

自分が居た事で、誰かの呼吸が少し変わる。

 

そして。

 

相手が居た事で、自分の呼吸も少し変わる。

 

それだけ。

 

でも、多分、それだけで人はまた歩ける。

 

地下を歩いている時、時々思う。

 

人間は、本当に孤独なんだろうか。

 

もちろん、孤独ではある。

 

誰も、完全には分からない。

 

違う人生。

違う身体。

違う疲れ。

 

でも。

 

完全には閉じていない。

 

どこかで、少し通じている。

 

その小さい穴から。

 

感謝とか。

沈黙とか。

水とか。

 

そういう、何でもないものが出入りしている。

 

地下へ降りる。

 

白いLED。

乾いた空気。

歩き疲れた牛達。

 

誰も、誰かを見ていない。

 

でも、前ほど冷たく見えなかった。

 

みんな、どこかで草を食べている。

 

どこかで、水を飲んでいる。

 

どこかで、呼吸を戻している。

 

そう思うと、不思議と少し安心した。

 

地下鉄がホームへ入ってくる。

 

白い風。

 

歩き疲れた牛達が、静かに吸い込まれていく。

 

自分も、その群れへ混ざる。

 

窓へ、白いLEDが流れる。

 

その光を見ながら、ふと思う。

 

人は、完全に閉じたままでは、生きていけないのかもしれない。

 

少し穴を開ける。

少し空気を通す。

 

その繰り返しで。

 

疲れた牛達は、今日も静かに歩いている。


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