第三話 同期
地下を歩いていると、時々思う。
人は、本当に一人で歩いているんだろうか。
白いLED。
発車ベル。
乾いた風。
歩き疲れた牛達は、今日も静かに流れている。
でも、前とは少し違って見える。
完全に閉じている人間なんて、本当はいないのかもしれない。
みんな、どこかで少し空気を通している。
小さい穴。
小さい草。
小さい感謝。
それだけで、また歩いている。
店へ入る。
「こんばんは」
女の子が、小さく笑う。
それだけなのに、少し呼吸が変わる。
店の空気は、その日も静かだった。
大声で笑う客もいる。
ボトルが入る音もする。
グラスも鳴る。
でも、その奥では、もっと静かなものが流れている。
呼吸。
誰かが水を飲む。
別の誰かも、少し遅れて水を飲む。
氷が鳴る。
カラン。
また、少し遅れて。
カラン。
それが妙に揃う時がある。
同じものを見ている訳じゃない。
同じ人生でもない。
でも、何か少しだけ同期している。
その感じが、少し好きだった。
「疲れてます?」
女の子が聞く。
「まあ、少し」
そう答えると、
「私もです」
と笑う。
それだけだった。
でも、その夜は妙に楽だった。
何か特別な事があった訳じゃない。
深い話もしていない。
未来の話もしない。
恋愛の話もしない。
ただ、水を飲んでいた。
時々笑って。
時々沈黙して。
同じ空気を吸っていた。
それだけだった。
でも、多分。
人間に必要なのは、本当はそれくらいなのかもしれないと思った。
地下へ戻る。
白いLED。
歩き疲れた牛達。
誰も、誰かを見ていない。
でも。
本当は、少しずつ空気を通し合っているのかもしれない。
コンビニ袋を持った男。
疲れた顔の女。
酔ったサラリーマン。
みんな、どこかで草を食べている。
感謝を混ぜて。
呼吸を混ぜて。
少しずつ、発酵している。
そう思った時、不意に笑いそうになる。
歩き疲れた牛達の牧場は、案外そこら中にあるのかもしれなかった。
地下。
銀座。
居酒屋。
喫茶店。
誰かと水を飲む場所。
そこに、少し草が生える。
そして牛達は、また静かに歩いていく。




