第二話 草
地下を歩く。
白いLED。
乾いた空気。
でも、前ほど閉じた感じがしなかった。
理由は分からない。
ただ、銀座の店で聞いた、
「少し楽でした」
という言葉だけが、まだ身体へ残っていた。
店へ入る。
女の子達は、その日も水を飲んでいる。
小さいグラス。
細い指。
氷の音。
カラン。
女の子は、時々遠くを見る。
でも、何を見ているのかは分からない。
客の顔でもない。
店の中でもない。
もっと遠く。
呼吸の置き場所みたいな所を、見ている気がした。
銀座では、女の子はあまりつまみを食べない。
小皿で出てくる乾き物や珍味は、綺麗に並んでいる。
でも、ほとんど手を付けない。
最初は不思議だった。
でも、しばらくして分かった。
あれは、食事じゃない。
場の温度だった。
その代わり。
客が持ってきた手土産は、少し違う。
「皆さんで」
と言って渡した紙袋は、別盛でテーブルへ出てくる。
小さい焼き菓子。
チョコレート。
フィナンシェ。
女の子達は、
「ありがとうございます」
と言いながら、それを食べる。
その感じが、少し好きだった。
「これ、美味しいですね」
小さい声。
それだけなのに、何か空気が柔らかくなる。
地下では、誰も誰かを見ていない。
でも、この店では、時々誰かが誰かを見る。
長くじゃない。
ほんの少し。
呼吸を確認するみたいに。
水を飲むタイミングが、少し重なる時がある。
同時に氷が鳴る。
同じ方向を見ている時がある。
でも、別に意味は無い。
約束も無い。
ただ。
何か少し、通じている。
恋愛とは少し違った。
もっと静かだった。
あなたが居ると、少し呼吸しやすい。
多分、それだけだった。
地下の牛。
銀座の牛。
みんな、疲れている。
でも、時々草を食べる。
水を飲む。
少し笑う。
その繰り返しで、また歩いている。
歩き疲れた牛。
その言葉を思い出す。
ゴルゴンゾーラは、疲れた牛の乳から作られたチーズだった。
疲れた牛が、発酵する。
青い菌を育てる。
空気を通す。
穿孔。
カードに穴を開けるみたいに。
閉じたものへ、少し空気を通す。
人間も、同じなのかもしれないと思った。
完全に閉じたままだと、発酵出来ない。
少し穴が必要なんだと思った。
その夜。
店を出た後、地下へ降りる。
白いLED。
乾いた空気。
歩き疲れた牛達。
でも今日は、不思議と孤独じゃなかった。
誰とも話していない。
誰とも約束していない。
それでも。
何かが、少し通っている気がした。




