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疲れた牛 ― 地下の牧場 ―  作者: stracchino


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第一話 白い地下

疲れた牛たちが暮らす、

少し不思議な牧場を舞台にした物語です。


人生に疲れたとき、

何かを失ったとき、

立ち止まりたくなったとき。


そんなときに読んでいただけたら嬉しいです。


地下を歩く。

白いLED。

乾いた空気。

発車ベル。

夜の地下には、歩き疲れた牛達が流れている。

スーツ。

コンビニ袋。

疲れた靴。

みんな、少し黙って歩いている。

地下では、誰も誰かを見ていない。

視線が、白い床へ落ちている。

その感じが、少し好きだった。

誰とも、呼吸を合わせなくていい。

誰とも、空気を交換しなくていい。

ただ、白い地下を流れていればいい。

地下鉄がホームへ入ってくる。

白い風。

歩き疲れた牛達が、静かに車内へ吸い込まれていく。

自分も、その群れへ混ざる。

窓へ、白いLEDが流れる。

人は、完全に閉じたままでも、生きていけるんだろうか。

その頃の自分は、まだ穿孔という言葉を知らなかった。

 

銀座の店は、静かだった。

音楽が流れていた気もする。

でも、何だったかは思い出せない。

代わりに覚えているのは、水だった。

女の子達は、よく水を飲む。

会話の合間。

沈黙の前。

笑った後。

小さいグラスへ、何度も口をつける。

最初は、不思議だった。

酒の席なのに、みんな水ばかり飲んでいる。

でも、しばらくして分かった。

あれは、喉じゃなく。

呼吸へ入れている。

店の空気は、思っていたより静かだった。

騒がしくない。

でも、ずっと誰かが空気を読んでいる。

だから、少し息が詰まる。

女の子達は、その空気を吸い続けている。

だから、時々水を飲む。

地下の牛とは、少し違う疲れ方だと思った。

 

東京駅の地下を歩く。

白い照明。

土産袋。

人の流れ。

地下は、どこまでも白かった。

その途中で、ふと足が止まる。

青い匂いがした。

チーズの店だった。

ショーケースの中へ、小さい焼き菓子が並んでいる。

ゴルゴンゾーラ。

名前だけは知っていた。

でも、食べた事は無かった。

青かびのチーズ。

少し、地下とは合わない食べ物に見えた。

でも、匂いが妙に残る。

疲れた匂いだった。

店員が、小さい紙袋を包んでいる。

その動きを見ながら、ふと説明書きを読む。

Stracchino di Gorgonzola

歩き疲れた牛の乳から作られたチーズ。

その一文が、妙に身体へ残る。

歩き疲れた牛。

地下を歩く人達の顔が、少し浮かぶ。

銀座で、水を飲んでいた女の子達の顔も。

地下の牛。

銀座の牛。

何が違うんだろうと思う。

でも、まだよく分からない。

ただ、青い匂いだけが、少し身体へ残っていた。

 

店へ持っていくつもりは、最初は無かった。

ただ、地下の匂いが残っていた。

歩き疲れた牛。

その言葉だけが、頭のどこかへ引っかかっていた。

 

次に店へ行く前、東京駅の地下へ寄る。

ショーケースの前で、少し止まる。

小さい紙袋。

大げさな物じゃない。

ただ、少し青い匂いがする焼き菓子。

それを持ったまま、地下を歩く。

白いLED。

乾いた空気。

歩き疲れた牛達。

自分も、その中へ混ざっている。

 

店は、その日も静かだった。

女の子達は、時々水を飲む。

氷が、小さく鳴る。

カラン。

その音だけが、妙に身体へ残る。

 

帰り際、紙袋を渡す。

「皆さんで」

それだけ言う。

女の子は、少し驚いた顔をする。

でも、大きく反応しない。

「ありがとうございます」

静かな声。

そのまま、横へ置かれる。

それだけだった。

 

数日後。

テーブルの上へ、その焼き菓子が別盛で置かれていた。

「この前、食べました」

小さく笑う。

「少し楽でした」

その言葉が、妙に身体へ残る。

 

地下へ戻る電車の中でも、まだ残っていた。

白いLED。

乾いた空気。

歩き疲れた牛達。

でも、今日は少し呼吸が浅い。

その理由を、まだ上手く説明出来なかった。


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