第五十二話 白い地下の余韻
地下を歩く。
白いLED。
乾いた空気。
歩き疲れた牛達。
今日も、同じ白い地下が静かに続いている。
でも。
最近は、その白い空間の中に「余韻」が残っている気がする。
氷が鳴った後。
誰かが笑った後。
「お疲れさま」と言った後。
そのあとに残る、静かな空気。
昔の自分は、多分。
結果ばかり見ていた。
答え。
意味。
結論。
そういう「形になったもの」ばかり追っていた。
でも今は違う。
本当に身体へ残るものは、多分。
言葉になった後に残る空気なんだと思う。
地下鉄がホームへ入ってくる。
白い風。
その風が吹く瞬間、歩き疲れた牛達の髪が少し揺れる。
コートが揺れる。
みんな、一瞬だけ同じ空気を吸う。
その後、風は通り過ぎる。
でも。
身体の中には、少し呼吸が残る。
その感じが、妙に好きだった。
店へ入る。
女の子が、小さく笑う。
「こんばんは」
その声だけで、少し身体が緩む。
席へ座る。
水が置かれる。
透明なグラス。
白い氷。
カラン。
その音が、静かに身体へ入ってくる。
呼吸だった。
女の子が、水を飲む。
自分も、水を飲む。
また氷が鳴る。
カラン。
その後、少し沈黙が落ちる。
でも。
その沈黙のあとに、静かな余韻が残る。
見えない風みたいに。
「最近、優しいですね」
女の子が、小さく言う。
「優しいですか?」
「前より、ちゃんと空気残ります」
そう言って笑う。
その言葉が、静かに身体へ残る。
ちゃんと空気残ります。
多分。
昔の自分は、全部を言葉で埋めようとしていた。
全部を理解しようとしていた。
全部へ答えを出そうとしていた。
でも。
余韻は、説明出来ない。
風みたいに。
呼吸みたいに。
少し身体を通って、静かに残る。
その感じだけが、人を少し変えていく。
店の奥で、また氷が鳴る。
カラン。
誰かが笑う。
別の席でも、少し笑う。
その空気が、静かに場へ広がっていく。
牧場。
また、その言葉が浮かぶ。
疲れた牛達が、水を飲み、草を食べ、静かに呼吸を戻す場所。
完全に救われる場所じゃない。
でも。
少し風が抜ける場所。
少し、自分へ戻れる場所。
そして。
少し、余韻が残る場所。
多分、人間には、それで十分なんだと思う。
店を出る。
銀座の夜風が、静かに頬へ触れる。
地下へ降りる。
白いLED。
乾いた空気。
歩き疲れた牛達。
その群れへ混ざりながら、ふと思う。
地下には、ずっと余韻が流れていた。
白い風のあと。
氷の音のあと。
沈黙のあと。
誰かの呼吸のあと。
その全部が、静かに空気へ残っている。
人は、その見えない余韻へ少し身体を預けながら、今日も白い地下を歩いていく。
地下鉄がホームへ滑り込む。
白い風。
その風を受けながら、静かに深く息を吸う。
呼吸が、胸の奥まで静かに落ちていく。
遠くで、また氷が鳴る音がした。
カラン。
その小さい音だけが、いつまでも静かに身体へ残っていた。




