第四十四話 白い地下の間
地下を歩く。
白いLED。
乾いた空気。
歩き疲れた牛達。
今日も、同じ白い地下が静かに続いている。
でも。
最近は、その白さの中に「間」が見える。
ただの空白じゃない。
風が通るための隙間。
呼吸が戻るための余白。
地下鉄がホームへ入ってくる。
白い風。
その風が吹く瞬間、歩き疲れた牛達の髪が揺れる。
コートが揺れる。
みんな、一瞬だけ同じ空気を吸う。
その一瞬の同期が、妙に好きだった。
人は、多分。
完全に一つになる訳じゃない。
でも。
少しだけ重なる。
少しだけ、同じ風を吸う。
その「少し」が、人を生かしている。
店へ入る。
女の子が、小さく笑う。
「こんばんは」
その声だけで、少し身体が緩む。
席へ座る。
水が置かれる。
透明なグラス。
白い氷。
カラン。
その音が、静かに身体へ入ってくる。
呼吸だった。
女の子が、水を飲む。
自分も、水を飲む。
また氷が鳴る。
カラン。
その後、少し沈黙が落ちる。
でも。
その沈黙は、空っぽじゃない。
静かに風が流れている。
見えない呼吸が、少し混ざっている。
「最近、落ち着いてますね」
女の子が、小さく言う。
「そうですか?」
「前より、ちゃんと“間”があります」
そう言って笑う。
その言葉が、静かに身体へ残る。
ちゃんと“間”があります。
多分。
昔の自分には、それが無かった。
全部を埋めようとしていた。
全部を理解しようとしていた。
全部へ意味を与えようとしていた。
でも。
人は、多分。
余白が無いと、呼吸出来ない。
沈黙が無いと、風が通らない。
少し空くから、人は誰かと通じられる。
店の奥で、また氷が鳴る。
カラン。
誰かが笑う。
別の席でも、少し笑う。
その空気が、静かに場へ広がっていく。
牧場。
また、その言葉が浮かぶ。
疲れた牛達が、水を飲み、草を食べ、静かに呼吸を戻す場所。
完全に救われる場所じゃない。
でも。
少し風が抜ける場所。
少し、自分へ戻れる場所。
そして。
少し、“間”がある場所。
多分、人間には、それで十分なんだと思う。
店を出る。
銀座の夜風が、静かに頬へ触れる。
地下へ降りる。
白いLED。
乾いた空気。
歩き疲れた牛達。
その群れへ混ざりながら、ふと思う。
地下には、ずっと「間」が流れていた。
白い光と光の間。
沈黙と沈黙の間。
呼吸と呼吸の間。
その小さい余白へ、静かに風が通っている。
人は、その風へ少し呼吸を預けながら、今日も白い地下を歩いていく。
地下鉄がホームへ滑り込む。
白い風。
その風を受けながら、静かに息を吸う。
呼吸が、少し深くなる。
遠くで、また氷が鳴る音がした。
カラン。
その小さい音だけが、いつまでも静かに身体へ残っていた。




