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疲れた牛 ― 地下の牧場 ―  作者: stracchino


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第四十三話 白い地下の余白

地下を歩く。

 

白いLED。

乾いた空気。

歩き疲れた牛達。

 

今日も、同じ白い地下が続いている。

 

でも。

 

その景色の中に、以前より多くの「間」が見える。

 

電車を待つ沈黙。

 

水を飲む間。

 

氷が鳴った後の静けさ。

 

誰かが笑った後に残る空気。

 

そういう、小さい余白。

 

昔の自分は、多分。

 

その余白を埋めようとしていた。

 

沈黙が怖かった。

 

止まる事が怖かった。

 

考え続けなければいけないと思っていた。

 

でも今は違う。

 

人は、多分。

 

余白が無いと呼吸出来ない。

 

少し空く。

 

少し止まる。

 

少し、風が抜ける。

 

その「間」の中で、人はまた自分へ戻っていく。

 

地下鉄がホームへ入ってくる。

 

白い風。

 

その風が吹く瞬間、歩き疲れた牛達の髪が少し揺れる。

 

コートが揺れる。

 

みんな、一瞬だけ同じ呼吸をする。

 

その感じが、妙に好きだった。

 

店へ入る。

 

女の子が、小さく笑う。

 

「こんばんは」

 

その声だけで、少し空気が柔らかくなる。

 

席へ座る。

 

水が置かれる。

 

透明なグラス。

白い氷。

 

カラン。

 

その音が、静かに身体へ入ってくる。

 

呼吸だった。

 

女の子が、水を飲む。

 

自分も、水を飲む。

 

また氷が鳴る。

 

カラン。

 

その後、少し沈黙が落ちる。

 

でも、その沈黙は苦しくなかった。

 

空気が流れていた。

 

静かに。

 

見えない風みたいに。

 

「最近、変わりましたね」

 

女の子が、小さく言う。

 

「そうですか?」

 

「前より、ちゃんと余白あります」

 

そう言って笑う。

 

その言葉が、静かに身体へ残る。

 

ちゃんと余白あります。

 

多分。

 

それが、一番大事だった。

 

昔の自分は、余白を怖がっていた。

 

空白を埋めようとしていた。

 

閉じたまま、考え続けていた。

 

でも。

 

余白があるから、風が通る。

 

沈黙があるから、呼吸が戻る。

 

少し空くから、人は誰かと通じられる。

 

店の奥で、また氷が鳴る。

 

カラン。

 

誰かが笑う。

 

別の席でも、少し笑う。

 

その空気が、静かに場へ広がっていく。

 

牧場。

 

また、その言葉が浮かぶ。

 

疲れた牛達が、水を飲み、草を食べ、静かに呼吸を戻す場所。

 

完全に救われる場所じゃない。

 

でも。

 

少し風が抜ける場所。

 

少し、自分へ戻れる場所。

 

そして。

 

少し余白がある場所。

 

多分、人間には、それで十分なんだと思う。

 

店を出る。

 

銀座の夜風が、静かに頬へ触れる。

 

地下へ降りる。

 

白いLED。

乾いた空気。

歩き疲れた牛達。

 

その群れへ混ざりながら、ふと思う。

 

地下には、ずっと余白があった。

 

白い光と光の間。

 

沈黙と沈黙の間。

 

呼吸と呼吸の間。

 

その小さい余白へ、静かに風が流れている。

 

人は、その風へ少し呼吸を預けながら、今日も白い地下を歩いていく。

 

地下鉄がホームへ滑り込む。

 

白い風。

 

その風を受けながら、静かに息を吸う。

 

呼吸が、少し深くなる。

 

遠くで、また氷が鳴る音がした。

 

カラン。

 

その小さい音だけが、いつまでも静かに身体へ残っていた。


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