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疲れた牛 ― 地下の牧場 ―  作者: stracchino


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第三十八話 白い地下の灯り

地下を歩く。

 

白いLED。

乾いた空気。

歩き疲れた牛達。

 

今日も、同じ景色だった。

 

でも。

 

その同じ景色の中に、少しずつ違う呼吸が混ざっている。

 

疲れた顔。

眠そうな顔。

少し笑っている顔。

 

みんな、何かを抱えて歩いている。

 

でも。

 

みんな、どこかで少し草を食べている。

 

その感じが、今は少し見える。

 

地下鉄がホームへ入ってくる。

 

白い風。

 

その風を受ける瞬間、ふと思う。

 

人間は、多分。

 

完全に孤独では、生きていけない。

 

でも。

 

完全に分かり合う必要もない。

 

少し通じる。

 

少し呼吸が重なる。

 

それだけで、人はまた歩いていける。

 

店へ入る。

 

女の子が、小さく笑う。

 

「こんばんは」

 

その声を聞くだけで、少し身体の力が抜ける。

 

席へ座る。

 

水が置かれる。

 

透明なグラス。

白い氷。

 

カラン。

 

その音が、静かに身体へ入ってくる。

 

呼吸だった。

 

女の子が、水を飲む。

 

自分も、水を飲む。

 

また氷が鳴る。

 

カラン。

 

その短い同期だけで、場の空気が少し柔らかくなる。

 

無理に話さなくてもいい。

 

無理に笑わなくてもいい。

 

ただ。

 

少し同じ空気を吸う。

 

それだけで、人は案外、壊れずにいられる。

 

「最近、地下似合ってますね」

 

女の子が笑う。

 

「褒め言葉ですか?」

 

「多分」

 

そう言って、また笑う。

 

その笑い方が、少し眠そうで、少し柔らかかった。

 

完全に元気な笑いじゃない。

 

でも。

 

ちゃんと呼吸している笑いだった。

 

その感じが、妙に好きだった。

 

店の奥で、また氷が鳴る。

 

カラン。

 

誰かが笑う。

 

別の席でも、少し笑う。

 

その空気が、静かに場へ広がっていく。

 

牧場。

 

また、その言葉が浮かぶ。

 

疲れた牛達が、水を飲み、草を食べ、静かに呼吸を戻す場所。

 

完全に救われる場所じゃない。

 

でも。

 

少し風が抜ける場所。

 

少し、自分へ戻れる場所。

 

多分、人間には、それで十分なんだと思う。

 

店を出る。

 

銀座の夜風が、静かに頬へ触れる。

 

地下へ降りる。

 

白いLED。

乾いた空気。

歩き疲れた牛達。

 

その群れへ混ざりながら、ふと思う。

 

地下には、ずっと灯りがあった。

 

強い光じゃない。

 

誰かを劇的に救う光でもない。

 

でも。

 

疲れた牛達が、今日も静かに歩いていけるくらいの、小さい灯り。

 

水を飲む音。

 

「お疲れさま」の声。

 

沈黙のあとに流れる空気。

 

そういう、小さい灯り。

 

人は、多分。

 

その灯りを少しずつ身体へ混ぜながら、生きている。

 

地下鉄がホームへ滑り込む。

 

白い風。

 

その風を受けながら、静かに息を吸う。

 

呼吸が、少し深くなる。

 

白い地下のどこか遠くで、また氷が鳴る音がした。

 

カラン。

 

その小さい音を聞きながら、歩き疲れた牛達は、今日も静かに白い地下を歩いていく。


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