第三十四話 白い地下の終点
終電が近づく。
地下の空気が、少しゆっくりになる。
白いLED。
乾いた空気。
歩き疲れた牛達。
みんな、静かに今日を終えようとしている。
地下鉄がホームへ滑り込む。
白い風。
その風が吹く瞬間、ふと思う。
自分は、ずっとどこへ向かおうとしていたんだろう。
強くなる事。
正しくなる事。
答えを見つける事。
そういうものを追いかけながら、ずっと息を止めていた気がする。
でも。
人は、多分。
答えだけでは生きられない。
少し呼吸が必要なんだ。
少し草が必要なんだ。
少し、誰かの空気が必要なんだ。
店へ入る。
女の子が、小さく笑う。
「こんばんは」
その声を聞くだけで、少し身体が緩む。
席へ座る。
水が置かれる。
透明なグラス。
白い氷。
カラン。
その音が、静かに身体へ入ってくる。
女の子が、水を飲む。
自分も、水を飲む。
また氷が鳴る。
カラン。
その短い同期だけで、場の空気が少し整う。
何かを無理に変えなくていい。
無理に救わなくてもいい。
ただ。
少し呼吸を混ぜる。
それだけで、人は案外壊れずに歩いていける。
「なんか、不思議ですね」
女の子が、小さく言う。
「何がです?」
「みんな疲れてるのに」
少し笑う。
「ちゃんと、生きてますよね」
その言葉が、静かに身体へ残る。
ちゃんと、生きてますよね。
地下の牛。
銀座の牛。
みんな、少し疲れている。
少し閉じている。
でも。
完全には閉じていない。
小さい穴から、少しずつ空気を通している。
感謝。
沈黙。
氷の音。
「お疲れさま」
そういう、小さい呼吸。
それらを少しずつ身体へ混ぜながら、人は今日も歩いている。
店を出る。
銀座の夜風が、静かに頬へ触れる。
地下へ降りる。
白いLED。
乾いた空気。
歩き疲れた牛達。
その群れへ混ざりながら、ふと思う。
地下には、空が無いと思っていた。
でも、違った。
空は、人と人の間にあった。
沈黙の中。
氷の音の後。
「少し楽でした」の後。
そういう、小さい間の中へ、静かに風が通る。
そして。
その風に少し呼吸を預けながら、人はまた歩いていく。
地下鉄がホームへ滑り込む。
白い風。
その風を受けながら、静かに息を吸う。
呼吸が、少し深くなる。
窓へ、白いLEDが流れていく。
歩き疲れた牛達は、今日も静かに白い地下を歩いている。
草を食べながら。
水を飲みながら。
少しずつ、呼吸を戻しながら。
その白い流れを見つめながら、静かに目を閉じる。
遠くで、また氷が鳴る音がした。
カラン。
その小さい音だけが、いつまでも静かに身体へ残っていた。




